アクセル・ワールド クロム・ディザスター(チェリー・ルーク)撃破RTA オリジナル主人公チャート 作:透明紋白蝶
「着いてくるの」
トイレから出ると、出口付近に残っていた先程のメガネの人に腕を掴まれて連行された。
不意打ちだったにも関わらず足をもつれさせて倒れなかったのは奇跡だろう。もしそうなってしまっていたら抱きつくような形になっていたに違いない。
通常の監視カメラとは別にあらゆる場所に設置されているソーシャルカメラは犯罪の抑止の意味で設置されていて、なにか起こった場合あとから映像を確認する形になるが、暴行などのAIでも簡単に判断できる犯罪行為や、公共の場での過剰な接触などが映った場合は設置場所の責任者の元へと通知が飛び、映像が確認できるようになっている。
先程の接触は明らかに事故であったが、今回そうなっていた場合は確実に通知が飛んでいたことだろう。
振り払うべきかどうするべきか。振り払った場合、そのあとはどうすればいいのか。
学内という閉鎖的な環境以外での対人経験は皆無に等しいため悩んでいると、そこまで広くない店内での移動なため直ぐに目的地に着いたようで、先導する彼女はこちらに向き直って足を止めた。
しかし、それに引かれていた僕はそうはいかない。そもそも、ここまで早歩きで移動していた彼女についてこれたのが奇跡だったのだ。つまづいて、転んでいないのは偶然の産物に過ぎない。
つまり、ブレーキを踏めずに彼女に再び衝突した。
「すいません……」
「問題ないの」
今度の衝突では倒れ込むことなかった彼女は僕を抱きとめると平静な声色でそう言った。
ニューロリンカーの視界範囲の都合上表情を伺うことは出来なかったが、おそらく怒ってはいないのだろう。
「ここって――」
「入るの」
足が止まったことでAR表示されている情報に意識が回るようになった。
視界の端にはインスタンスキーが強調表示されており、つまり僕がつい先程まで利用していた部屋の前に立っているということを告げていた。
この人は何故僕が利用している部屋を知っているのだろう、という疑問が頭をよぎったが、こちらが迷惑をかけたことは事実である。
このカフェでは最初の一品に場所代が上乗せされるが、その程度で済むなら飲み物一杯を奢って話し合うのも悪くないかと思った。
しかし、そうなると問題なのは時間だ。
アクア・カレントとの約束の時間までもう五分もない。それまでにこちらの問題が解決すると考えるのは甘すぎるだろうし、接触があるだろう開始時刻の加速では謝罪から入ることになるかもしれない。
そこまで考えたところで強調表示されているインスタンスキーに手を伸ばして部屋の鍵を開けようとした。
しかし、インスタンスキーに触れる前に部屋の鍵は開き、彼女は中に入って行った。
どういうことだ? 店員? しかし、店員は識別タグを頭上に浮かべているはず。
ダブルブッキング客? ……いや、機械で管理されている現代でそんなことが起こるとは考えにくい。
そうして、漸くそんなことよりも高い確率を有する人物が脳内に浮かんだ。
ただ、それだけでは口に出さなかっただろう。口に出すだけでリスクがあるからだ。
しかし、先程の見た画像が何だったのかを今になって理解したのだ。
あの画像は、きっとこの部屋で僕を撮影したものだ。
撮影後にタブレットに表示されていたものと色の配置が酷似していた気がする。
ここまで要素が集まっているのならば、逆にそうでない方がおかしい。
「アクア・カレントさん?」
僕がそう問いかけると、空のコーヒーカップが置かれた席に座った彼女は一瞬呆けた顔をした後、背もたれに寄りかかり天を見上げた。
「…………今気づいた?」
やらかしたと表情で語る彼女に対して、僕は正直に答えたのだった。
「とんだ早とちりだったの……」
「あの、『用心棒』との契約は継続って事で大丈夫ですか?」
向かい合って座り、落ち込んでいるアクア・カレントさんを見て不安になり問いかけてみると、彼女はイレギュラーな状況ではあるものの仕事はすると断言してくれた。
「本当ならローカルネット内の加速で済ませたかったけど、折角顔を合わせたのだからこれを使うの。それなら万が一も防げるから」
そう言って差し出されたのは反対側の端子が既にニューロリンカーに接続された直結用のケーブルだった。
「……ベテランって、直結に抵抗とかないんですかね?」
そうは言うものの、僕自身も昔からしたら考えられないが、先程出会ったばかりの他人から差し出されたケーブルを受け取って自分のニューロリンカーに接続した。
それによって彼女のニューロリンカーが得ている彼女の体格などの具体的な情報がこちらに流れてきて、視覚情報を補強し、より鮮明にその姿が映った。
ついさっきまでも感じていたが、コートで隠してこそいるものの女性的な印象を隠しきれていないような美人であった。
先輩といいアクア・カレントといい、古参のバーストリンカーには美形しかいないのではと思ってしまう程だ。
『わたしは今、二つの可能性を検討してるの。あなたがものすごく演技のうまい食わせもので、わたしのリアルを割るために接触してきたのか、それとも正真正銘のおっちょこちょいなのか。わたしとしては、前者の可能性が高いと思ってるの』
『なるほど……』
相槌を打っているような状況ではないが反射的に口から相槌が飛び出してしまったため、疑惑を晴らすために弁明の言葉を追加した。
『どちらかといえば後者なんですけど、自分がおっちょこちょいと認めるのはなんか違いますね……。ただ、過去の依頼者から信頼を得ている用心棒をPKして彼ら彼女らから恨まれるようなことはネガ・ネビュラスの置かれた状況からしてありえないということで納得していただければ』
『確かに、今のあなた達が不特定多数から追加の負の感情を受けるのは得策だとは思えないの。それに、領土戦での合計レベル差が大きい対戦での勝率が七割を超えているあなたがニアデス状態だなんてにわかには信じがたかったの。ただ、あなたがポイントが溜まり次第マージンを取ることもなく直ぐにレベルアップ操作を行ってしまうようなおっちょこちょいだと考えればこれも納得がいく』
まさか勝率まで知られているとは思わなかった。
喧伝している訳でもないし、領土戦は一般観戦不可のため、対戦相手が僕らを相手に勝率何割だと話したところでそれ以外の相手とも戦っている僕らの勝率を割り出すのは難しいからだ。
『随分詳しいんですね』
『通常対戦に出てこないあなたが自分のことをよく知らないのは仕方ないと思うけど、加速世界ではどこに行ってもあなたの話題ばかりなの。ただ一人の完全飛行型で、通常対戦に出てこない。そのレアリティの高さにあなたの姿を見るためだけに即席のレギオンを作って杉並まで遠征する古参もいるの』
確かに、六王のレギオンではなく、レベル4前後のバーストリンカーが領土戦にやってきたことも一度や二度ではない。
その多くは領土戦であるというのに数の利を捨てたタイマンを申し込んでくることが多く、実戦経験という意味では大きく貢献してくれていた。その分、レベル以上の強さを持つ彼らに勝つのは至難の業であり勝率は犠牲になっていたのだが。
『ちなみに、今の加速世界でのあなたの評価は「王のために献身的に働く親衛隊」、「敵軍の有望格を引き抜いたヘッドハンター」なんてものがあるの。特に青のレギオンからのヘイトはすごいの。あとは狡い手ばかり使う癖に王道を弁えていたり、戦い方が飛行アバターっぽくないって言われていたりもするの』
『はは、随分言われてるみたいですね……ただ、これで一般対戦も解禁なのでそこらに対する需要もみたせるかもしれませんね』
かなり注目されるだろうけどよろしくお願いしますと告げると、彼女は観戦者の数に対するプレッシャーなど微塵も感じてないかのように頷いた。
『それでは仕事内容を確認する。あなたのポイントが五十ポイント代に回復するまでガードするの。対戦エリアは最初はここ、千代田戦域で戦って、相手がいなくなったら隣の秋葉原に移動。問題は?』
『あー……実は僕、リアルでの移動能力が死んでるので秋葉原に移動する場合は迷惑をかけるかもしれません』
『了解したの。なら、このエリアの相手には片っ端から乱入するの』
『僕も頑張りますね』
かなり強いだろうことが予想されるとはいえ、相性の問題や単純なレベルの暴力というものに苦戦することもあり得るだろう。わがままを言う以上おんぶに抱っこではなく頑張らなくてはいけないな。
『グローバル接続したら、直ぐに加速』
『わかりました』
そうしてタイミングを合わせると店内ローカルネットに接続したままグローバルネットに接続し、同時に加速した。
初期加速空間に現れた彼女は眼鏡をかけたカワウソという動物系アバターであり、リアル割れへの対策はバッチリに思えた。
そもそも、先輩が対戦用のアバターを自分の姿をそのまま写したアバターに設定していた方が問題なのだが。
アバターを眺めていると、彼女はマッチングリストを開いて迷うことなくその中間に手を伸ばした。
「ちょ、いきなりミドルレベル相手ですか?」
マッチングリストはレベル順でのみ表示される。つまり、昇降順問わず真ん中に表示されているのはミドルレベルという事だ。
連携の確認なんかのためにまずは同格相手に対戦を申し込むとばかり思っていたのだが……。
「万が一に負けたとしてもミドルレベルのペア相手ならば一発で全損することは無いの。連携の確認をするにしても相手はある程度強い方が良いし、どうせローラーするんだから順番の問題なの。それに、このペアはよく知っているの。彼らはポイントに余裕があるから正面から戦えるはず。加えてあなたが苦手としている近接戦闘で高火力を叩きつけてくるアバターでもないの。あなたがしっかり実力を発揮できれば問題ない」
全損チャレンジをしているニュービーに言ってくれる。
確かに理屈でいえばその通りだがそれが通るのならメンタルスポーツなんて呼ばれているもの達は廃れているはずだ。
「ちなみに、わたしのアバターは外見から男性型女性型を判断しにくいの。もし、ポイントが回復しきるまでに見極められたらご褒美があるの」
「え? ブレインバーストのアバターの性別はリアルとおなじなんじゃ?」
「わたしはまだ、わたしが女だとは一言も言っていないの」
確かにそうではある。しかし、わざわざ自分の性別を告げる人間が存在するのだろうか?
そもそも、ああまで綺麗なくせして男だというのも詐欺である。……もしかしたら、その思考を逆手にとっているのかもしれないが。
そんなくだらないことに意識が向いたためか、程よく脱力することが出来、また全損しないために戦うというネガティブな目標の他にご褒美を貰うために戦うというポジティブな目標が追加され、いつのか間にかプレッシャーは霧散していた。
「始めるの」
次で対戦、その次に仕事終了後の会話で用心棒編は終わります(予定)
ついでに早く投稿できたご褒美に評価とか感想とかを強欲におねだりしたいとおもいます