コロニー内部に突撃していったサンタクロース。
上空では、騒ぎが聞こえたらしいグレーテルが皆に説明。
冷たい目で、かぐや姫はその騒ぎを見下ろしていた。
「……止めます~?」
「必要ないわね。私達が止めるのはあくまで『内戦』。人間と血式少女の殺しあう事であって、サンタクロースの介入は赤ずきんたち自身の責任よ。自分達の行いがあのナイトメアを介入させた。アリスのやり方も地上じゃ何も問題ないし。それよりもあのウィッチクラフトの祝福の方が私は気になって仕方ないの」
グレーテルはかぐや姫に言う。
事前に止めるのはあくまで、人間と血式少女による自滅。
それを防ぐため、分散した。故に、この事態は想定外。
勝手にしろと、サンタクロースの方が気になっているので蚊帳の外。
アリスの行為を皆は正当なものであって、あの措置は人間への肩入れと糾弾する娘たち。
「やはり、殺せばいい。かぐや姫、お前の同類は、考えるまでもなく、救えない」
「……」
コッペリアの吐き捨てるのも、彼女も悪意で死にかけた。
その気持ちが同調できる以上、あの幸せな連中に加担する理由もないか。
結局、過去に人の悪意を満足に知らない充実な幼少時を過ごした奴ら。
かぐや姫は、首を振った。もういい、庇いきれない。
このあとの未来も知れている。戻ってくる因果にいい加減自覚してもらおう。
皆は、見ていることにした。
ウィッチクラフトの祝福と奇声をあげて突撃していく阿呆の行く末を。
「ふふふっ……人間はあたしに任せて、ジャック少年は戦闘をする準備をなさいな」
「へっ!? いや、戦うってなに!?」
「ジャック少年の願いですが」
「してませんよ!! まさか、願いを曲解したんですか!?」
「曲解とは失礼な。愛の戦士、ジャック少年の誕生にしただけ」
「頼んでないよそんな願い!!」
「戦わなければ、愛は貫けないのです。喜びなさい、相思相愛のアリス少女の純潔はあなたのモノです」
「下ネタ止めて!! まだその気はないしそもそも僕はケダモノじゃないんだぁ!!」
「ごー、あーすー」
「話を聞いてええええええーーーー!!」
相変わらずだった。取り敢えず中空から落とす。地面に。
絶叫して墜落していくジャック。だが、空中で身を翻し華麗な着地を披露した。
「……なんで僕無事なんだ……」
自分でもよくわからないが、無事だった。
どうやらジャックを使ってサンタクロースは喚く民衆の注目を集める気だったようで。
慌てて隠れて、サンタクロースは大声を張り上げる。
「皆さーん!! ちょっといいですかー!!」
呼び掛けに応じる民衆。白いナイトメアだ、と誰かが叫ぶ。
希望が来たぞと皆がざわめき、視線が集まった。
サンタクロースは民衆たちが口々に勝手なことを言うのを聞く。
総合すると取り引きしたいと言う申し出。
「今回は忙しいので、取り引きは出来ませんが、出血大サービスです! 気分がいいので、そこのプレハブに幽閉された人殺しをあたしが身請けしておきますよー! 何か異議はありますかー!?」
要するに隔離されたアリスを自発的に回収すると言うと大喜び。
ありがとう白いナイトメアと礼を叫んでいた。
(……それが本音だって言うのか……!?)
(吐き気がしますね~……)
地上ではジャックが、空ではかぐや姫が嫌悪感を丸出しにして睨む。
民衆たちは白いナイトメアこそが我々の救世主だと崇めているように、今はそれでいいと言っている。
「取り引きは次回にして下さいな! ただ、あたしからも皆さんにお伝えしたいことがありますー!」
今回は急ぎなので済まないと言いつつ、民衆は望みが叶うので暴動に発展しない。
目の前の欲望が叶っていて、満足しているからだった。
サンタクロースの言葉にも突然静粛になり、耳を傾ける。
現金すぎる連中だが、今はいい。こう言っておけば。
「ここで、黎明の血式少女をぶちのめしてそこの幽閉された人殺しを回収がてら暴れるので避難してください! 巻き添えで死にますよー!」
と、避難勧告。邪魔だから退けと指示する。
すると、尚更お望みの展開なのか皆一堂に撤退していく。
駆け足だった。我々の敵に正義の鉄槌を、と頼まれる。
酷い有り様。これが、地上の人間の生き方。
これでも尚、守るとか張り切るとは……哀れ以外に何がある?
退いていく民衆が消える頃に、何処からか激昂した赤ずきんが現れた。
ニコニコ笑うサンタクロースを見上げて吠えた。
「サンタクロースッ!! 一体何のつもりよ!?」
「喧しいですよ、人間の奴隷風情が。正しいことをして、仲間を守った彼女を閉じ込めて主様のご機嫌を窺っているなんて、奴隷は大変ですねえ? 可哀想に、ひゃははははははっ!!」
手を叩いて大爆笑。指差し、愉快なものを見るように挑発する。
「何をッ……!! あたしたちの気持ちも立場も知らないで!!」
「選んだのは自分でしょ? ならそんな言い訳しないで、素直に受け取りなさい。何が立場ですか、バカが。自滅の同伴を分かっていたのに、不協和音が出れば排除ですか。大した仲間意識ですね、クズ」
腹を抱えて爆笑するナイトメアに、赤ずきんは短気だったが今回は真面目にキレた。
人のことも知らない化け物が、血式少女を笑った。
彼女をどうするか話し合っていたのに乱入してきて民衆を味方につけ、挙げ句アリスを奪うと?
「ふざけんな!! 勝手なことを言いやがって! もう許さない、ぶっ殺してやるクソナイトメアァッ!!」
得物のハサミを取り出して、跳躍。
浮遊するサンタクロース目掛けて振り上げる。
血式少女の集団のうち、ナイトメアをぶっ殺すと言う思考を固まっているのは赤ずきん。
基本的に敵を殺すと言う認識に固まるから、直ぐに勝てない相手にも挑もうとする。
浮かんでいたサンタクロースが、四本の鎖をニヤニヤ笑って構えている。
「さぁ、始めましょうか……季節外れの、楽しいクリスマスパーティーをねぇ!!」
今回は、サンタクロースもアリスの救出は譲れない。
そして、自分の未練も断ち切れた。やっぱり無理だ。
コイツらも血式少女を幸福にはできない。出来るのは、自分だけ。
人間などクズの集団。利用する以外に価値はない。
それを守るなど抜かして正しきアリスを、本当の意味で見捨てる輩は、お灸を据えておこう。
素直になったアリス、選んだジャックの事が嬉しくてたまらない。
今は最高にハッピーな気分なのだ。派手に暴れてやろう。
「メリークリスマスっ!!」
乱闘騒ぎの始まりである。
赤ずきんを鎖の凪ぎ払いで横に吹っ飛ばして、叩きつける。
体勢を空中で立て直して着地するも、眼前には拳大の雹が埋め尽くす。
「ひゃっはー!! メリークリスマスっ!! 精々悪い子にはハラワタのプレゼントを堪能なさい!!」
バカ笑いして、どかどかとぶちこむサンタクロース。
防御を気にしない氷の弾丸が、赤ずきんをあっという間に傷つける。
血を流す赤ずきんは防戦一方。下品な笑いが木霊する。
その間に、ジャックは走る。プレハブに閉じ込められた大事な彼女を救うべく。
表で派手にメリークリスマスと狂喜乱舞のサンタクロースに血式少女が陽動と知らずに突っ込んでいく。
仲間と戦うサンタクロース。皆はあんな光景を見てよくもまあ戦意が出てくる。
選んでみると、信じられない心理をしていると、ジャックも思ってしまう。
(あの人意外と作戦考えてた……ノリと勢いと思ってたのに……)
不死身のサンタクロースなら囮には持ってこい。しかも強い。
ジャックに美味しい部分を譲ると言う意味でも、最高の采配。
単なるノリかと思っていたジャックは申し訳ない気分になった。
ジャックは知らない。事実はノリと勢い。喜びの発狂だった。
尊い幼馴染が素直になってずっと一緒。こりゃめでたい。
ウィッチクラフトの祝福も滅多にしないのにイチャイチャが見れて幸福になったサンタクロースは自重しない。
詰まりこの戦いは、変態の自己満足なのである。深い意味などない。
悪い子の血式少女にキツいお仕置きをしつつ、笑いが止まらない。
シリアス? 残念、シリアルでした!
「ジャック!? あんた、何してるのよ!?」
途中、うっかりジャックは親指姫と出会した。
サンタクロースが仕掛けてきたから手伝えと言われるも、
「邪魔をしないで親指姫!!」
「ジャックあんた、裏切る気!?」
ジャックは押し通す。己の意思を。己の覚悟を。
一気に祝福を解き放つ。ジャックが、サンタクロースから貰ったプレゼント。
髪の毛が銀色に、瞳は綺麗な桜色に。
薄紅の炎が両手にまるで、植物の蔦のように巻き付いて燃え上がる。
……その姿は。
「ジャック……!? な、何でブラッドスケルターになってるの!?」
アリスと同じ、ブラッドスケルター。意識がしっかりと保ったまま、彼も覚醒していた。
「これが、僕の覚悟だッ!! 後ろで庇うだけの、援護するだけの無力で弱い僕はいない!」
「……ッ! ちょっと力を手に入れたからって、調子に乗るんじゃないわよこのバカがッ!!」
カードを構える親指姫。魔術で焼くのか。本気で止めようとする。
怒りを浮かべる幼い顔。分かりやすい裏切りへの失望だった。
「今まで見ていただけのあんたに、何が出来んのよ!」
「見ていたからこそ、分かるんだ……その弱点もね!」
カードが焔になる前に、纏った蔦を素早く放つ。
この力は……こうやって使う。直感が、親指姫の反応をも越える。
「!?」
槍のように一点を絞った一撃はカードを貫き灰にする。
そして豪快にジャックはそのままタックルをかました。
「かはっ!?」
親指姫は軽々と吹き飛び喀血。
破壊力のある本来の男としてのジャックの力強さを思い知った。
無様に転がり、よろよろと理解できない彼女は混乱していた。
「魔術に頼りきりの親指姫はね、接近されると迂闊に火力の高い術は使えない。自滅が怖くて一瞬使う術を判断に迷う。だから、遅れるんだ。大体、反応速度を白兵戦に置いては重要なファクターだって、理解してないじゃないか。皆が居るから、援護に専念できた。それを分かってないのは親指姫、君の方だ」
「このっ……裏切り者……!!」
親指姫は援護を中心にする魔術師。
それを、ブラッドスケルターの能力と同等の祝福を受けたジャック一人で挑む……その時点で敗北は決まった。
己の特色を経験で知るだろうに、ジャックの能力を把握する前に戦おうとするから。
情報を知る、ジャックが有利だった。
憎しみを込めて、睨み付ける親指姫。
一応慈悲に、鮮血を浴びせておく。暴走されたらアリスが危険。
「何よ……情けのつもり!? なんで……なんで裏切ったのよ、バカ!」
「……失望しただけだ。人間と言う存在に。……どうせ、アリスを追い出すんだろう?」
「!」
話し合いにはジャックは居なかった。
だが、親指姫は知っている。
民衆たちの空気が全体的に強かった。
人を殺した時点で手遅れ。アリスを遠ざけよう、あるいはサンタクロースに押し付けよう。
そういう言葉を選ばないなら率直にそうなったのは、事実だった。
自分達の立場と、アリスを天秤にかけて保身的になった。そうしないと、生きていけないから。
「……でも、それは!」
「アリスが悪いって言うのか? 彼女のやったことは、地上では正しい対処だった。僕だってもう、分かるよ。……それでも、人間と一緒にいると決めたのは皆だ。アリスを苦しめるなら、僕は出ていくよ。選んだんだ、僕の意思で」
「……あぁ、そう! あんたはそんなにアリスが大事ってこと! じゃあ行きなさいよ、勝手にどこにでも!!」
理屈じゃジャックが正しい。
けれど、こっちの感情だって分かってくれる。
そんな淡い希望は失望の目をしたジャックによって打ち砕かされる。
本意じゃないのは知っての上で、苦渋の決断と知っていて敢えて自分から出ていくのか。
此方が悪かったとしても……あの穏健なジャックが暴力で訴えた。
それ程に我慢の限界だったのか。
なら、いい。行け。分かっている。その感情を。
親指姫は、怒鳴った。
「行きなさいよ! 自分で選んだ道なら! わたしたちは道を違えた、だったらこれも必然よ! 気にしないで、進みなさい! ほら、速く!!」
……それでいい。親指姫も理解している。
これ以上は此方も多分無理だ。近々自分等も追い出されると思う。
嫌われていると分かっているんだから、ジャックのように堂々と出ていくのも……正解。
裏切りと言ったことは謝罪する。これも、運命だと思おう。
「ありがとう、親指姫……そして、さようなら」
言葉は悪かったが、乱暴だったが、伝わった。真意を見てくれた。
倒れた横をすり抜けて走り去る。
仲間と戦う程の腹を括ったか。力なく再び倒れる親指姫は、思う。
(あいつ、男らしい顔しちゃってさ。あんな壮絶な表情、初めて見たわ……。頑張んなさいよ、ジャック。あんたみたいな良い奴、苦労すると思うけどサンタクロースってナイトメアなら助けてくれると思うから……。この地獄でも自立しなさい。そして、その未来に、幸あれ)
応援しよう。アリスのためにこんなことを仕出かしたのなら。
気を失う親指姫。彼女はやはり長女だった。
誤解なく、ジャックの行動を……受け入れられたのだから。
しゃんしゃんしゃんしゃん……。