川神アンダードッグ   作:ナバター

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負け犬の日常

 翌朝、月曜の朝という事もあり川神の街全体にどこか気だるげな雰囲気が漂うものの、学園までの道を行く翔一、百代、一子、京、大和、由紀江、卓也、岳人、クリスティアーネからなる風間ファミリー一行は和気あいあいとした様子で通学路を進んでいく。

 

「むむむ、むーんんん!」

 

「さっきからワン子は何してんだ?修行のし過ぎでおかしくなっちまったのかよ」

 

 川沿いの通学路に入った所で一子は仕切りに右手を川に向け、何やらいきんでいる姿に岳人は完全に変人を見る目を向けた。同時に尻を百代にしばかれていたが。

 

「誰がおかしくなったって!?違うわよ!失礼しちゃうわ!」

 

「川神波、と言うか気の放出の修行なんだがもう昨日から夢中になってるんだ」

 

 気によるほぼ無意識で行われる身体強化から、意識的に気を一定部位に集める、又は放出する基礎的な修行に入った一子だが、川神院の修行はまだまだ気の扱いより身体的基礎の鍛練が主流であり、加えて気の修行は鉄心、ルー、百代、十花のいずれか立ち会いの元でしか行ってはならないと厳しく言い付けられている為、通学中を使っての鍛練を行うことにした経緯があった。

 

「へー、それで今日はタイヤもダンベルも持ってなかったんだ(なんか昔拗らせてた時の大和みたいだけど、流石に言わないでおこう)」

 

 モロが気を使った事で事なきを得たとは露知らず、一子の奇行が中二的なものだった場合下手に指摘すると飛び火する、という保身から成り行きを見守っていた大和はホッとした様に息を吐いた。

 

「早くお姉様みたいに川神波とか十花の雪達磨みたいな技を使ってみたいわ!」

 

「百代さんの川神波は分かるのですが、十花さんの雪達磨はまだ見た事がないですね」

 

「そう言えば私もないな、噂くらいは聞いた事があるが」

 

 風間ファミリーでも最近加入した由紀江、クリスの両名は技名からついつい頭の中で雪達磨を転がし相手にぶつける十花を想像している。

 

「川神流雪達磨、気を冷気に変換して相手を凍らせる技なんだが、十花のは範囲が桁違いで最早別の技だからな。ざっくり言うと十花の雪達磨は発動すると周囲の対象が一瞬で凍り付いて雪達磨になる広範囲殲滅の技だな。相手は死ぬ」

 

「むむ、冷気は流石の私もレイピアで防ぐのは無理だ」

 

「と言うか怖すぎぃ!そしてクリ吉以外驚いてないって事は全員存知かよ!使用頻度どうなってんだよ!エターナルフォースブリザードかよ!!」

 

 松風を使って由紀江がオーバーに驚くものの、十花の雪達磨を見たことがある面々は全くの無反応、平常運転であった。

 

「トーカはモモ先輩と違って肉弾戦より気を使った攻撃が多いからね、打撃より加減が楽出来るって言ってたし」

 

 歩きつつ器用に文庫本を読みふけっていた京は十花とは読書仲間であり、密かにカップリング談義などをする仲でもある為、ある意味で百代、一子の姉妹より十花に関して詳しい所がある。

 

「そういや今日は十花はどうしたんだ?ワン子がいて十花が遅刻とは珍しいな」

 

「私はキャップと違って遅刻なんてしてないわ!」

 

「長門と一緒に朝早く通学したぞ」

 

 変態橋に辿り着く頃になると、まばらだった他の生徒の姿も変態達と比例する様に増え、学園でも美少女揃いの風間ファミリーへ向けらる視線も増えて行く。

 

「あの二人ってまじで付き合ってないのかよ?いくらなんでも一緒に居すぎだろ、羨ましいぃぃ!」

 

「男の嫉妬はみっともないぞ~ガクト。本人はきっぱりと否定しているが、なんであんな距離感なのかは姉の私にもわからん」

 

「十花が長門さんの事だけは兄さんって呼ぶから、お姉様と長門さんが付き合ってるんじゃないかって噂もあるわよねぇ」

 

「私は私より強い男でないと認めない!等とは流石に言う気はないが、男として認めた相手でないとな」

 

 百代の中の長門の評価は今一つ何かが足りない武芸者という所だった。

 

 修行には真摯に取り組んでいるものの、決闘では明らかな格下にしか安定した白星を拾えておらず、長門が負けた相手はそのまま百代や十花との決闘を行う事があるのだが、その相手の実力も高く見積もってせいぜいが一子クラス、壁超えには程遠いレベル。

 

 共に修行している為動きは良く見ている、その身体能力は壁を超えているのは確実なのだが、何故か壁超え未満の相手に頻繁に負ける為、勝負所や本番に弱いイメージが強かった。

 

 

 

 川神で見かける九鬼のメイド達がここ最近で数倍となり、街の治安が劇的に向上し始めたことで動向を探っていた長門と十花は校内を巡回しつつあることを確信した、それは。

 

「やはり時系列に乱れが出ていますね、天神館との交流戦前に転入してきますよ、具体的には来週です」

 

「やっぱり原作知識は役に立たないな」

 

 これまでに多くの転生者と戦い、そして調べて来た長門はこの世界が現状で原作より混沌としてはいるものの、情勢は悪化していないと言うことが奇跡だと思っていた。

 

 それと言うのも、この世界は真剣で私に恋しなさい!と言う作品に様々な人間が転生している蟲毒の様な世界だからだ。

 

 望んだ能力を与えられ転生するが、能力はマジ恋世界の法則に落とし込まれる。

 

「宮本武蔵のクローンがいますよ」

 

「どっちのパターンかな、研究者か、本人なのか」

 

 宮本武蔵が転生者なら話は早いが、クローンを作った研究者が転生者の場合対処が面倒だった。

 

 転生者の持つ能力には致命的な欠陥があり、原作キャラの前で使う、一定以上の目撃者(知名度)が出る、人的、物的に大きな被害を出す等の条件に一つでも当てはまると力をほぼ失うのだ。

 

 鍛えていない肉体は相応に弱り、明晰だった頭脳は鈍る、素養は残るので相応の努力をすれば再び力は取り戻すことが出来るが、大抵は才能を生かせず平凡な生活に戻って行く。

 

 授かった力をチートとは誰が呼んだのが始まりだったのか、この世界は転生者が持ち込んだ異物である力を観測すると当然修正を加える。

 

 才能としては認知してくれるが、一度初期化されたものを再び鍛えあげる様な根性のある人間は極々少数だった。

 

 生まれた時からカンストしていた力がある時初期化され、地道な努力を乗り越えても再びカンストするまでどれだけの月日が必要か分からない。

 

 幸いほどほどの努力で一般人よりマシ程度には成長する才能があるとなれば、大抵は身の丈にあった生活で満足できるものだ。

 

 職員室へと姿を消したクローンから視線を戻し、新人用務員としては殺気があり過ぎた事を踏まえ長門は早々に仕合を申し込んだほうが良さそうだと警戒度を引き上げた。

 

 武士道プロジェクトが動いている以上彼が危険人物なら九鬼が野放しして置かないだろうが、転生者には厄介な点がある。

 

 能力に修正が入るのは事が終わった後、どれだけ目立とうと仕合であればその一戦が終わるまでは力に変動は起こらない。

 

 そして大抵の転生者は【最強】を望んだ。

 

 この最強と言うのが曲者で、この世界に生まれた瞬間か前世の記憶を取り戻した瞬間に存在する者達の中での最強と設定される。その為原作より百代や釈迦堂、ヒュームが強くなっていたとしても、原作スタート後に覚醒する様に設定を希望した転生者がいた場合後から出て来たぽっと出が最強の力を持ちそれを振るってしまうのだ。

 

 故に長門は転生者に対し必ず初戦を自らが行う事を心に決めていた。

 

 死にかけたのも、無様になぶりものにされた経験も数えてなどいない、負け犬、咬ませ犬と嘲笑されることも気にしていない。

 

 病弱で遂に日の光を浴びながら大地を駆けてみたいと言っていた妹、その願いを叶えてくれたこの世界に感謝の念を抱き、この世界の住人が自分たちの様な部外者のせいで被害を被ることのないよう、妹に被害が及ばぬようデバッカーの様な真似を辞めるつもりはなかった。

 

 そこに苦痛はなく、あるのは妹を受け入れ幸せにしてくれているこの世界への感謝のみだった。

 

 原作キャラと呼ばれる少女達を力や怪し気な能力で我が物にしようとする者、闘争がありつつ平和な世界観を死と悲しみで染めたいと思う者、世間一般的に【悪】とされる者に必ず立ちはだかるも負け続ける事から、長門は裏社会ではアンダードッグと呼ばれる一方、関わりを持った転生者達からは酷く恐れられた。

 

 長門と十花は転生者でありながら努力し壁を越えた稀有な存在であり、誇張なく世界のバランスを支える存在だった。

 

 九鬼、不死川、綾小路の御三家にその血筋として悪意を持って転生した者達の野望を止めたばかりではなく、騒動の中心となるであろう川神のパトロールすら行っている。

 

 長門と十花の考えでは転生者が現れるピークが原作で一番描写された学園時代であり、それを過ぎればある程度落ち着くと判断しており、直江大和の卒業が一種の区切りであると思っていた。

 

 ある程度小刻みに目標を定めねば人は力と熱意を維持する事は難しいからだ。

 

 予鈴が鳴り始めたところで二人はそれぞれの教室へ別れ、そしてまた騒がしくも楽しい日常が始まった。

 

 

 

 

 

 

 




続かないです

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