鬼狩りは嗤う   作:夜野 桜

10 / 90
なんか長くなっちゃっいました(>人<;)
テンポよく進めたい今日この頃です。


月夜の悩み

 

 

 深夜、随分と夜が更けてきた頃、一際小柄な人影が1人蝶屋敷の屋根の上へと登っていく。数週間前に鬼との戦いによる負傷によってこの屋敷へと運ばれた少女、真菰(まこも)だ。

 

 

(月が綺麗だなぁ)

 

 

 屋根上に登った彼女は独り、もの想いに耽りながら頭上で綺麗な輝きを見せるその月光に見惚れていた。

 

 

 夜は好きだ。こうして月が見れるし、何よりも静かだ。鬼の活動時間でさえなければ、こんなにもいい時間はないだろう。

 

 

 

——— 鬼

 

 

 人を喰らい、人を嘲り、人を不幸にする化け物。だから斬らなければいけない。真菰を育ててくれた鱗滝(うろこだき)も真菰にそう教えてくれたし、彼らが何の罪もない人々を喰らい、不幸を作り続ける以上それは勿論そうするべきだと真菰自身思っている。

 

 今まで一体どれだけの人々が鬼という存在に苦しめられてきたのか。きっと真菰に想像できるよりも遥かに膨大な数の人が鬼という暗闇に苦しめられてきたのだろう。

 

 

 そしてまた、彼もきっとそうなのだろう。

 

 真菰の脳裏に過ぎるのは1人の少年の姿だ。

 普段は陽気に笑い、人を元気にさせるように振る舞う彼が、鬼を前にすると時々人が変わったようになる。残酷に残虐に、そう、あれはまるで鬼が人を見て嗤うように、ぞくりとした怖気を感じるような微笑みを彼は浮かべる時がある。

 

 

 鬼を憎んで、鬼を恨んでいる。

 

 

 そう考えるのが普通なのだが、だけど本当にそれだけだろうか?

 

 

 真菰(まこも)には信乃逗(しのず)がただ鬼に対しての怨みだけで、鬼狩りをしているようには見えない。鬼は斬らないといけない、剣士達はいつもそう思って鬼の首をはねる。

 

 

 人の行いにはそれがどんな行いであろうとも、そこには必ず付随する想いがあると真菰は考えている。

 

 

 家族を想い、働く父、家事をする母。

 

 国を想い、考え続ける治世者。

 

 鬼を憎み、人を想う鬼殺の剣士。

 

 

 そこにある想いは様々でいい想いもあれば悪い想いだってある。鬼狩りを行う多くの人達には、悲しみや絶望や使命感、そして怨み、この想いがある。

 

 この蝶屋敷にいる人たちも同じ。少し変わっているとすれば花柱(はなばしら)のカナエだろうか。彼女の中にあるのはただの怨みや怒りではない。言ってしまえば哀れみ、鬼という存在を憐れむ自身の抱く想いに近いものを感じている。

 

 

 ところが、信乃逗(しのず)からは鬼狩りという行いから想いを強く感じない。一見、壮絶な怨みや怒りを顕にしているように見えるのにその実、彼の想いは酷く薄い。怨みの想いが存在していないわけではない。だけど彼が鬼の首を跳ねた時、そこにあった想いはその表情はとても空虚なものだった。

 

 

(あれは鬼に対して怨みを抱いているというよりは……)

 

 

「何をしているんですか?こんなところで?」

 

 

 そう自身の考えに耽っている時、隣から突如掛けられた声に真菰(まこも)は思考を現実へと戻す。屋根に登っている筈なのに非常に近くからしたその声の主を見やれば、既に自分の間隣へとしのぶが座っていた。

 

 

「下から何度も声をかけたんですよ?真菰(まこも)さんったら全然気付かないんだから仕方なく登ってきちゃいました」

 

 

 困ったようにそう微笑むしのぶに真菰(まこも)は申し訳ないような恥ずかしいような気持ちでいっぱいになった。

 

「すいません。その、考え事をしていて、全然気付きませんでした」

 

「別に怒ってるわけじゃないんですよ?

まだあばらが完治してない筈の人が、こんな時間にこんな場所に居たからって私は怒ったりなんて全然していませんから」

 

 

(怒ってる、すっごく怒ってる)

 

 

 笑顔で真菰(まこも)に微笑み掛けながらそう言うしのぶは確かに一見怒ってなんていないように見えるが本当に怒っていない人は額に青筋を浮かべたりはしないものだ。

 

 

「くすっ、冗談ですよ。ただ、何か思い悩んでいるようでしたので少し気になっただけです」

 

 

 やや慌てたようにあたふたとする真菰(まこも)に、しのぶは我慢出来なかったかのように笑い出してその真意を明かす。しのぶの言葉に真菰は少し驚く。あまり顔には出さないようにしていたと思っていたのだが、目の前の彼女にはすっかりバレてしまっているようだ。

 

 

「上がった階級に不満でもあるんですか?」

 

 

 しのぶは簡潔に真菰へとそう問い掛ける。今悩んでいたことではないが、しのぶが問い掛けてきたのは間違いなく最近の真菰の悩みの一つだ。

 

 

「……いえ、その、私には不相応な気がして」

 

「そんなことはないと思いますけど、あの十二鬼月をたった2人で倒したのですから」

 

 

 しのぶのその言葉に真菰の顔に再び影が差す。

 

 

「……私はほとんど何もしていません。信乃逗(しのず)が居なかったら、私はきっと一撃も与えられずに死んでいました。何もしていないのに階級だけお溢れをもらうみたいに上がっただけです。私には、階級に伴った実力がない」

 

 

 あの十二鬼月の少女の能力を自分は何一つとして看破していない。信乃逗(しのず)があの鬼の注意を引きつけてくれなければ、自分はあの鬼に近づくことすら出来なかっただろう。

 

 あの選別試験で信乃逗(しのず)に命を助けて貰ってからこれまで、必死になって鍛えてきた、あの時及ばなかった力を少しでもましなものにしようと努力し鍛錬を続けてきた。

 

 

 なのに、今回、またしても自身の無力を痛感させられた。

 

 

 届かない、必死になってあの時の彼の背中を追い続けても、ふと顔を上げてみれば彼との距離は少しも縮まっていなかった。それどころか、一層遠くになっているようにすら感じる。

 

 

 どんどんと強くなって先に進んでいく彼に自分は助けてもらってばかりで何も返してあげられない。信乃逗(しのず)との距離があまりにも遠くなっていてその実力差に真菰(まこも)の心は折れそうになっていた。

 

 

「…… 真菰(まこも)さんは雨笠(あまがさ)君に憧れてるんですね」

 

 

「憧れ……そう、かも知れません。信乃逗(しのず)は私を助けてくれるだけの強さがあるのに、私には信乃逗(しのず)を助けてあげられるだけの強さがない。彼の持つ強さが羨ましいんだと思います。」

 

 

 信乃逗(しのず)は強い、ように見える。

 

 少なくとも鬼との戦いにおいて、真菰など足元にも及ばないであろうことはあの十二鬼月の少女との戦いでよく分かった。

 

 信乃逗(しのず)が凄いのはその速度でも太刀筋でもない。戦い方そのものが上手い、というより異質だ。

 

 あの鬼がどれだけ注意して見ようとも、いや、注意すればするほど信乃逗の一挙一動、全てがあの鬼を惑わせた。対して真菰では、どれだけ速度であの鬼を上回ろうとも、あの鬼の間合いに単独で入ることは出来なかった。

 

 

 自身の無力を痛感して落ち込む真菰(まこも)の姿をしのぶは優しく微笑んで見詰める。

 

 

「…… 真菰(まこも)さんは私と似ていますねぇ。私も姉に憧れています。

柱である姉が、いつも笑顔で笑っている優しい姉が私は大好きです。まだ私が小さかった頃、私の家族は鬼に襲われました。姉と私は鬼殺隊の方に救われましたが、母と父は鬼に殺されてしまった。……私達家族の幸せはその時に壊れたんです。……でも、その時に姉と約束したんですよ」

 

 ——— 強くなってまだ壊されていない幸福を守ろう

 

 鬼を倒そう、一体でも多く、2人で、私達と同じ思いを他の人にはさせない

 

 

「その為に私達は鬼殺隊に入りました。

……ですが、なかなかままならないもので、知っていますか?真菰(まこも)さん。私、鬼の首を斬れないんですよ。毒を使わなければ自身の力だけでは鬼を殺せない。姉はどんどんと強くなって、今では鬼殺隊最強と言われる柱の1人にまでなったのに。……焦りました。姉はあの時の約束を果たして進んで行くのに、私だけまるで姉に置いていかれたみたいで」

 

 

 月を淋しそうな表情で見つめながら、しのぶは自身の経験してきた想いを語る。月光を浴びて眩しそうに月を見詰めるしのぶから、真菰(まこも)は目を離すことができなかった。彼女の今の姿しか知らない真菰には、とてもしのぶが自分と同じような焦りを感じているようには見えなかったのだ。

 

 

「どうやって、その気持ちを乗り越えたんですか?」

 

「……乗り越えたわけではないんですよ。今でも、力の及ばない自分に悔しさを感じることなんて、幾らでもあります。もし、今の真菰さんと違うところがあるとすれば、それは相手との距離ですかね」

 

 

(……距離?)

 

 

 どういうことなのだろうか?信乃逗(しのず)と自分はそんなに距離があるように見えるのだろうか?よくわからないと言った風に首を傾げる真菰の様子にしのぶは思わず苦笑する。

 

 

「実際に体験した方が早いかも知れませんね。ちょうどいい時間なので少し付き合ってもらえますか、真菰さん?」

 

 

 そう言って見惚れるくらい綺麗な微笑みを浮かべながら立ち上がると、しのぶは真菰を伴って蝶屋敷の広い御庭の一角へと向かった。そして建物の角で、急に立ち止まるとそっと壁から顔だけを覗かせて庭の奥を覗き見る。

 

 

「……全く、相変わらずですね。真菰さん、そっとあちらを覗いてみてください」

 

 しのぶは少し困ったように微笑みながら、真菰にそっと壁の角から御庭の奥を指し示して、覗きみるように言ってくる。真菰(まこも)は少し首を傾げながらもしのぶの言うことに従ってそっと壁側から庭の奥を覗き込む。

 

 蝶屋敷の御庭は信じられないくらい広い、夜も大分更けてきたこの時間遠くの暗闇を見るのには目が慣れるまで少し時間がかかる。庭の奥はちょっとした林のようになっていて幾本かの木が生えていた。その木の間を何か黒い影のようなものが動いている。

 

 少しずつ闇夜に目が慣れてきた頃、その場所にちょうど雲の切間から月光が差し込んだ。月光に照らし出され、顕になったその影の正体に、真菰(まこも)は唖然とした。

 

 

「な、なんであんなところに……」

 

 影の正体は信乃逗(しのず)だった。庭に生えた木と木の間をゆっくりと縫うように僅かに足を引きづる様子を見せながら体を動かしている。

 

 寝台で動けないように拘束までされているはずの彼が、どうしてこんなところにいるのか。なぜ、そんなことをしているのか、真菰(まこも)は半ば困惑気味にしのぶの顔を見る。

 

 

雨笠(あまがさ)君は、夜な夜な自力で拘束を解いて寝台を抜け出しては、ああやって鍛錬をしているようです。日が昇る前には寝台に戻って、また自分で拘束し直す徹底ぶりですから……本人はばれてないと思っているようですが、本当に困った人です」

 

 

 呆れたような表情でしのぶはそう言うが、彼女が信乃逗(しのず)を止めにいくような様子はない。真菰(まこも)が今まで見てきた普段の彼女ならば怒りを顕に寝台に引きずり戻しに行きそうなものだがどうして止めに行かないのだろうか。

 

 そんな疑問を抱いていることが顔に出ていたのか問いもしていないのにしのぶは真菰の気になっていた疑問に答えていく

 

 

「まあ最近の傷の具合をみるに、あれくらいならば確かに問題はないと思いますから止めはしません。多少は体を動かした方がいいのも事実ですし、彼がじっとしていられない気持ちもわからないでもありませんから」

 

 

 そう言ってしのぶは優しそうな、少し悲しげな表情で信乃逗(しのず)を見つめる。しのぶの脳裏に思い起こされるのは、以前、彼が放ったある一言。

 

 

真菰(まこも)がいなければ、俺は鬼の能力を理解することもできなかった……自身の無力を痛感しました』

 

 

 大きな成果をあげたと言うのに互いに自身の力量不足を嘆いているなど随分と似た者同士だ。それにお互い、かなりの不器用ときたものだ。

 

 

 信乃逗(しのず)の言葉が脳裏に浮かぶと同時にしのぶは思い出すのだ、あの夜、姉と共に十二鬼月を倒した経緯を信乃逗に聞いたときの彼の表情を。

 

 

 




御一読頂きましてありがとうございます。
今回は文字量が多めになっていましたので人によっては読みにくい内容になっていたかもしれません。
そう言った方には大変申し訳ありません!次回も割と文字量多めになります。

御意見・御感想等頂けましたら幸いでございます!
なるべく読み易くまとめていけたらと思いますので次回もよろしくお願い致します!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。