話のテンポが難しいです。
——— 数週間前
「
とても下の者に対して行うような態度ではない丁寧な口調で、柱である姉は十二鬼月を倒したという少年、
この言葉に最初面をくらったのは当然
柱というのは鬼殺隊の中でも相当に上位、というよりも実質的な現場のトップのような者達だと聞いていたからだ。そんな立場の人が、功績を上げたとはいえ自分のような新人に対してお願いするかのような対応をすることは流石に予想外だった。
(命令すれば良いのに……変わった人だな)
「いえ、その、むしろ申し訳ありません。柱であるカナエ様に足を運んで頂いた上にあのような醜態を見せてしまいまして」
まあ、勿論それもほとんどが目前の人のせいではあるが。
「気にすることではありません。怪我をしている貴方に無理をさせる訳にもいきませんし。…それにとっても面白かったから!」
思い出すだけで楽しいと言った様子で頬に片手を当てて周囲の空気を桃色に染め上げながら、カナエは楽しげに話す。
(…あぁ、まあもうこの人はこんな感じでいいんだろう)
全く自身のペースを崩さない花柱の姿に半ば悟りを開いたかのような表情で
「…姉さん、そろそろ話を戻して。
いつまでも桃色の空間から帰ってこない姉の様子にカナエの後ろで控えるように立っていたしのぶが呆れた様子で会話の再開を促していく。
(いや、まあ起きるっていうか、寝台に固定されてて全く起きれてはいないんだけれども)
そう、信乃逗は決して起き上がっている訳ではない、寝台で横になっているのだ、強制的に。これも先日の騒ぎのせいだが、
その瞬間を見ていたしのぶの適切な処置によってことなき終えたが、結果として完治するまで二度と動けないように、拘束具のような物で寝台に固定されてしまったという訳である。
その時のしのぶの静かな怒り心頭と言った様子を思い出して
「…
「いいえ、気のせいです。しのぶさんは綺麗だなぁって思ってました。」
嘘ではない。思ったそのあとに何かあったとしても少なくとも嘘ではない。
だから笑顔で背景に蝶を舞わせないでくれませんかね?怖いので、いや切実に。
そして何やらこのやりとりも非常に既視感がある。やはり姉妹、なんだかんだ言ってもそっくりである。
◆
「なるほど、やはり隠しの方の報告の通り、そこは既に廃村だったという訳ですか」
信乃逗の報告を聴き終えたカナエは静かにそう呟いた。
そう、俺達が指令を受けて向かった先にあったあの村は、もう数十年も前に廃棄されていた廃村だったのだ。
鬼が消えたあと、側からは人が住んでいるように見えたあの村は、唐突に霧の中に呑まれ、隠しの者達が入ったときにはとても先程まで人が住んでいたとは思えない、荒れ果てた畑と朽ち果てた家々が広がっていただけだという。
俺達は当初、鬼の能力によってあの霧が生み出されていたと思っていたが、そもそも霧が現れたのは突然でもなんでもない、あの霧は最初からそこにあったのだ。本来、あの一帯はずっと霧に閉ざされた場所であり、あの場所に陽光が差しこむこと自体が滅多にない。
まるで霧がないかのように陽光に照らし出されたあの様相こそ、あの鬼の少女が血気術で作り上げていた幻だったのだ。
「はい、真菰は村の住人と会ったと言っていましたが、恐らくそれも鬼の血気術による幻です。カラスの指令ではあの村から子供の行方不明者が出ているとありました。ですがあの鬼は…」
信乃逗の脳裏に浮かぶのはあの鬼の少女との会話。
『せっかく久しぶりに人と遊べると思ったのに、もっと楽しませてよ!』
この言葉、とてもつい最近人を喰らったことのある鬼のものとは思えない。まるでここ暫く人と会っていないかのようにあの少女の鬼は語っていた。
「あの御堂は村からもそれほど離れていない場所にありました。畑も御堂からよく見える位置にあった。
なのに、御堂の近くで子供が居なくなったと言う人がいて、その犯人だと思われていた鬼は人を見るのが久しぶりと言う。これには違和感しか感じません。
それにあの村に到着するまでの2日間、一つとして宿場も村もありませんでした。
いくら辺鄙な場所とはいえあのような長距離に渡って村も宿場もないのではとても鬼殺隊と連絡がとれるような生活をしていたとは思えません。」
それに俺はあの村の住人とは誰一人として会えていないし、見かけてもいない。村の入り口にほど近い場所で
それだけなら単に会えなかっただけかも知れない。だが、御堂から見えた畑には人影は一切なかった。まだ日も高かったはずのあの時間に畑に一切人がいないなど今考えれば奇妙なことこの上ない。
「日もまだ高いあの時間に畑に誰もいないなど、少なくとも農村では考えられません。その事実と合わせて鬼の能力、発言を統合して考えた結果…」
「行方不明の子供など最初からいなかった、貴方はそう判断した訳ですね」
「はい。村の件から考えても、今回の行方不明になった子供がいるという噂そのものが流言であったのは、間違いありません。しかも、あれほどの規模で血気術を行使し続けることが可能な鬼が待ち構えていた訳ですから、どう考えても罠であったとしか思えません」
あの鬼の少女が、どれほどの間血気術による幻を作り上げていたのかは不明だが、少なくともあれほどの規模の血気術を、数年以上もの間行使し続けられるのなら下弦の鬼、それも陸などという括りではおさまらないはずだ。
ならばあの鬼が血気術を行使し始めたのは、どれだけ長くとも数ヶ月程度前といったところのはず。そんな時にタイミングよくそのような流言が流れたとなれば、それは明らかに鬼殺隊を誘き寄せる為の餌と考えるのが妥当だろう。
「…恐らくは
そしてそれ以上に疑問として残るのは…
「姉さん、疑問は他にもあるわ。最初に派遣されていた筈の隊士は一体、何処に消えたの?…その鬼の言いようでは隊士とは遭遇していないということでしょう?」
「恐らく、としか言えませんが、他の隊士と遭遇していれば鬼もあのような発言はしなかった筈です」
忽然とその姿を消した1人の隊士だ。あの鬼の少女が鬼狩りと遭遇していたのなら仮にも久しぶりなどとは言うまい。十二鬼月と遭遇していない筈の隊士が消息をたっている理由は一体なんなのか。
「これ以上はこの場で考えても仕方ありませんね。…
答えの出ないその疑問にカナエは静かに終止符を打ってこの報告会の幕を降す。
「…十二鬼月の討伐は俺1人では不可能でした。
本当に悔しそうに、無念であるというように信乃逗は口を噛みしめてそういう。
自分よりも歳の低い者があの十二鬼月の1人を倒したという事実がしのぶの心に嫉妬にも似たような感情を味合わせていた。しかし今こうして彼の様子を見た後ではそんな感情は微塵も湧いてこない。
あの十二鬼月を倒したというのに本人は随分と謙虚な様子で、自身の強さに傲るわけでもなく、寧ろ自身の弱さに打ちのめされたかのようなその様子にはしのぶも好感が持てる。
だが、彼の悔しそうな表情は間違いなく目の前でしのぶの視界にも映っているのにその様子には何か違和感を感じさせる。
この時しのぶが感じた違和感を、カナエも感じていた。しかしその違和感の正体を、カナエはしのぶよりも正確に把握していた。彼に感じた違和感を確信へと導く為に、彼女はある質問をすることにした。
「…
唐突にカナエによって始まったその詮索に一瞬会話が止まる。
「…よくある話しですよ。家族が鬼に殺された。
だから、だから俺は鬼を殺す、殺さないといけない。理由なんて、それだけです。」
そう話す
まるでそうでなければという、ともすれば義務感のような、そんな様子で喋る信乃逗にしのぶは言葉が出なかった。
目の前にいるのは一体誰だろうか、そんな疑問がしのぶの中には浮かび上がる。しのぶの知っている彼はいつもおちゃらけた様子で、笑顔で周りを楽しませるように会話を繰り広げる。それが彼女の知っている
だが、今の彼の様子を見たあとでは、普段の彼の笑顔が、まるで張り付いた仮面であったかのようにすら思えてしまう。
先程彼が見せた悔しそうな表情は何だったのか、彼が今まで見せてきた笑顔は本当に笑顔だったのか。しのぶには急に目の前にいる
唖然とした様子のしのぶとは対称的に
「…そうですか、ごめんなさい。
込み入ったことを聞いてしまいましたね。」
「いえ、カナエ様に気にして頂くようなことではありません。」
そう言ってカナエに笑いかける
それを最後にカナエとしのぶは静かに信乃逗の病室を後にした。
◆
「姉さん、どうしてあんなことを聴いたの?」
部屋を出て廊下を歩くしのぶは前を行く姉に静かに問い掛ける。姉は普段確かに気が抜けているようなふわふわとした様子を見せてはいるが、何気なしにあのように他人の過去を詮索するようなことを聞くような人ではなかった筈だ。
「うーん、どうしてかしらねぇ?…しのぶはどうしてだと思う?」
「姉さん、私は真剣に聞いて「姉さんももちろん真剣よ?」…」
急に立ち止まって此方を振り向いたカナエは、先程まで浮かべていたいつものふわふわとした胡蝶しのぶの姉としての表情ではなく、鬼殺隊花柱の胡蝶カナエとしての凛とした表情へと、その身に纏う雰囲気と共に変わっていた。
急に変わったその変化に戸惑いながらも、しのぶは真剣に考える。そうしてしのぶは先程彼に感じた、ある違和感を思い出した。
「…彼の人柄を確かめるため?」
「うん、そうね、姉さんは嬉しいわ。
…しのぶはさっきの
しのぶの導き出したその答えにカナエは嬉しそうに微笑みながらしのぶへと再度問い掛ける。
「…カナヲに少し似てるような気がしたわ。
まだはっきりとはよく分からないけど、私には少なくとも彼の言った理由には彼の気持ちがあるようには見えなかった」
口数も少なく、自分の意思で何かを決めることが出来ないあの娘に、まるで正反対に見える
彼の放ったその言葉と彼の表情は酷く矛盾したものになっていた。何よりあの瞬間の彼は酷く希薄で、まるで今にも消えてしまいそうな儚さすら感じるようなそんな様子だった。普段笑っている彼とあの時見ることのできた彼は一体どちらが本当の彼なのだろうか。
「そうね。しのぶの言う通り、今の彼の理由には彼自身の想いがない。
いえ、迷っていると言った方がいいのかしら。どちらにせよ、自分の想いを見つけることが出来ないでいる。
きっと普段の彼のあり方も、そうでなければらないというただの義務感からきている振る舞いでしかないのでしょうね。そういう意味では彼は確かにカナヲに似ているわね」
カナエはいつものように朗らかに微笑んでそう言うが、しのぶにとってはやはり衝撃が大きい。信頼する姉が、彼の普段浮かべる笑顔もそのあり方も偽りのそれだとはっきりとそう言っているのだから。
そんなしのぶの様子を見てカナエは安心させるような優しい声色でそっと声をかける。
「ねぇ、しのぶ。…あの子はただ見失っているだけ、自分のあり方も自分の意思も、今は何もないように見えるかもしれない。だけど、きっといつか彼も自分をもう一度見つけることができるわ。だから、しのぶも優しく見守ってあげて」
カナエの脳裏には、怪我をして眠る彼の側に寄り添うように、ずっと側で彼が目を覚ますのを待っていた少女の姿が浮かび上がる。
—きっかけさえあれば人の心は大きく花開く—
あの少女が彼の側にいれば彼もいつか気付く、自分の意思に、想いにきっと気づける。だから心配することはない、カナエはいつものようにそう優しい笑顔を浮かべてしのぶを見つめる。
「…姉さん」
姉が誰かを思いやって見せるその優しい笑顔にしのぶは嬉しくて仕方がなくない。この人が私の姉だと、自身を持って周囲に自慢できる。姉は私の誇りだ。
「それに、
再び背景に花畑を作り上げるような朗らかな満面の笑みでカナエは頷く。
「だから、今はそんな話はしてないでしょう!」
結局はいつものやりとりにはなるのだが。
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