あの夜から数週間、しのぶの前にいる
だが、これまで、観察してきていくつか分かったことがある。本の一瞬僅かな間、稀に彼はあの時見せた空虚な、それでいて疲れたようなそんな表情を浮かべる時がある。
そして彼が私や他の人と喋っている時と
しのぶの目の前で、鍛錬を続ける
(…きっと彼は
結局奇妙なもので、この2人は自覚のないまま互いに助け合っているのだ。姉の言う様に彼がいつか自分の想いを見つけられるように見守っていこうと思ったが、自分が何かするまでもなく、この娘がきっと彼の笑顔を本物にしてくれる。
だから、自分は見ていよう。そうやってしのぶは姉のカナエの様な優しい微笑みを浮かべて
「ギャー、血がまた出たー!!ヤバイ!しのぶさんに処刑される!」
蝶屋敷の庭に響き渡るこの声を聞くまでは。
◆
「さぁ、往生して口を開けなさい。…それとも本当に頬を斬られたいんですか?」
(ひぃぃー!!死ぬー!死んでしまう!)
小刀のような小さな刃物を片手に微笑みながら
微笑みを浮かべるその姿こそ本人の美しさも相まって見惚れるほどに綺麗だが、その実内面は鬼のように恐ろしい。
「…誰の内面が鬼ですか?女性にそんなことばかり言ってると、そのうち刺されますよ」
(いや、そのうちっていうか今じゃん!?現在進行形で人の頬を切り裂こうとしてる人が何言ってるんでしょうね!…あれ?)
「今!心読んだ!?読みまし、だはっ!?」
何気なく会話が成立している事実に、
「ふう、何度も言わせないでください。私も忙しいんですよ。それと言っておきますけど、さっきの言葉は全部口に出ていましたからね。…年頃の女性にあまりそういうことを言ってはいけませんよ」
見事な手際で再び
「…しのぶさん、
口に入れられてからものの数秒で気絶した
「…全く情けないですね。
それだけ言うとしのぶは足早に
◆
深夜、目が覚めた
「あのさ、いつまでそこにいるつもりなの?」
窓からさす月光だけが唯一の光源となった暗い静かな部屋の中で、
「…気付いてたんだ。」
その声に反応するように月光ですら照らし出されていない部屋の暗い影の中からまるで忍びのようにすっと出て来たのは小柄な少女、
「まあな、で、
バツの悪そうな表情で月光に照らされた
「
「いや、流石に昨日出血しまくったのにやらないでしょ。安心して部屋に戻りなよ」
普通なら彼の言う通り、あれほど散々しのぶさんにこってり絞られたのだから、そのすぐ後に動くとは思わないだろう。だが、目の前の彼ははっきり言って普通とは言えないと
「…絶対嘘だと思う。
現に今、どうやったのか信乃逗は手をしっしっと虫を払うかのように動かした。つまり腕の拘束を既に解いているという訳だ。
「あっ、い、いやこれは上半身が窮屈だから、その、脚の拘束は解かないから、上半身起こしたりするだけだからさ、鍛錬にも行かないし」
腕にじっと視線を向けながらそういえば
「やっぱりしのぶさんに報告を「待ってください
凄まじい速度で寝台から起き上がって、部屋を出ようとした
一見、信乃逗はいつものように調子良くそう言うがやはり、真菰にはどうにも無理をしている様に見える。どことなく彼から壊れてしまいそうな、そんな危なっかしいような空気を感じるのだ。
「ねぇ、
「…何言ってんだよ、急に。焦ってなんかないよ。
もう、遅いんだし早く部屋に戻らないとしのぶさんに怒られるぞ。」
(…嘘つき)
ここに来て
「…その笑顔、やめた方がいいよ。
すぐに嘘だって分かっちゃう。少なくとも、私には」
静かに呟かれた
「はぁ、
いちよ聞くけどさ、どうして俺が焦ってるって思ったわけ?」
思いのほか素直に
「昨日の
(…なるほどね、随分と早くにしのぶさんが来たとは思ったけど、
思わぬ出血にかなり大きな声で叫んだからしのぶさんには気付かれても可笑しくはないと思っていたがそれにしても登場するのが早すぎた。おおよそ、見られていた可能性は考えていたが、しのぶだけではなく目の前の少女も一緒になってということだった様だ。
しかも昨夜しのぶが
(…一体いつから気付かれていたのやら)
だが、
「…今日はいつもより
今、この目の前に立つ少女はなんと言った?
彼女に先程の笑顔が、貼り付けた仮面であることを見抜かれたのは、焦りを見抜かれたことによる虚を突かれたからだろうと思っていた。だが、彼女は今、間違いなく今日と言った。それどころか、いつもよりなどと言わなかっただろうか。それではまるで…
(…ずっと前から気付かれていた?)
「…い、いつから、いつから気付いてた?」
動揺のあまり、
「…多分、あの村で会話してる時かな」
正確にはよく思い出せない、と言った風に
(…ほとんど最初からじゃん)
(なんだろう、無性に恥ずかしくなって来た)
「…なに、俺ってそんなに笑うの下手だったわけ?」
「別に下手じゃない、寧ろ上手なんだと思う。最初は少し妙だなって思っただけだから。でもここに来てから信乃逗が他の人と話してるのを見て、本当は無理して笑ってるんだなってそう思っただけ。
多分、カナエ様とか、あとはしのぶさんとかも気付いてるんじゃないかな?
…あの人達は
さらに衝撃的な事実を叩きつけられた。
見る目が優しいとか、そんなあからさまにわかる様な目つきで見られていたのか。カナエ様は柱だから納得できなくもないけどもしのぶさんにまで気付かれているのか。もし
(明日からどんな顔して合えばいいわけ?)
「
「……今日の
「焦ってる理由だっけ?…よく分からなくなっただけだよ、自分の向かう先がさ」
窓から覗く月を静かに見上げながら信乃逗はゆっくりとその悩みを打ち明かしてくれる。
「向かう先?」
「そう、
自分でも理由は良く分からないんだけどね、そう肩を竦めながら、
寂しそうに笑う彼の笑顔を見て、
(…
今の
「
原点に還る。彼が鬼を知ったその時の気持ちを思い返す。それは彼にとって、きっといい記憶ではない。だけど今の
「…なんか前にも聞かれたな、それ、よくある話しだよ。俺の家族は、鬼に殺された。それがきっかけだよ。…もしも他の人と違うところがあるとしたら…」
—家族を殺したのは鬼だけじゃないってところかな—
そう言って
御一読ありがとうございます。
御意見・御感想頂けますと幸いでございます!
次回は明かされる信乃逗の過去!?
お楽しみに!!
そして真菰ちゃんは神です。