鬼狩りは嗤う   作:夜野 桜

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皆さん、しのぶさんも神なんですよ(*´∇`*)


鬼狩りの迷い

 

 あの夜から数週間、しのぶの前にいる信乃逗(しのず)は相も変わらず笑い続けている。

 

 だが、これまで、観察してきていくつか分かったことがある。本の一瞬僅かな間、稀に彼はあの時見せた空虚な、それでいて疲れたようなそんな表情を浮かべる時がある。

 

 そして彼が私や他の人と喋っている時と真菰(まこも)さんと話している時に見せるその笑顔は僅かに違う。側から見れば些細な差でしかない、だけど気付いてしまえば、それは酷く目立つ。彼の中で明らかな線引きがある。

 

 しのぶの目の前で、鍛錬を続ける信乃逗(しのず)を心配そうに覗き見る彼女は、彼を助けられないと言っていたが少なくとも私の目にはそうは見えない。

 

(…きっと彼は真菰(まこも)さんに助けられている。)

 

 結局奇妙なもので、この2人は自覚のないまま互いに助け合っているのだ。姉の言う様に彼がいつか自分の想いを見つけられるように見守っていこうと思ったが、自分が何かするまでもなく、この娘がきっと彼の笑顔を本物にしてくれる。

 

 だから、自分は見ていよう。そうやってしのぶは姉のカナエの様な優しい微笑みを浮かべて信乃逗(しのず)を見つめ続ける。

 

「ギャー、血がまた出たー!!ヤバイ!しのぶさんに処刑される!」

 

 蝶屋敷の庭に響き渡るこの声を聞くまでは。

 

 

 

 

「さぁ、往生して口を開けなさい。…それとも本当に頬を斬られたいんですか?」

 

(ひぃぃー!!死ぬー!死んでしまう!)

 

 小刀のような小さな刃物を片手に微笑みながら信乃逗(しのず)へと近づいていくその姿はさながら死の天使とでも言うのだろうか。

 

 微笑みを浮かべるその姿こそ本人の美しさも相まって見惚れるほどに綺麗だが、その実内面は鬼のように恐ろしい。

 

「…誰の内面が鬼ですか?女性にそんなことばかり言ってると、そのうち刺されますよ」

 

(いや、そのうちっていうか今じゃん!?現在進行形で人の頬を切り裂こうとしてる人が何言ってるんでしょうね!…あれ?)

 

「今!心読んだ!?読みまし、だはっ!?」

 

 何気なく会話が成立している事実に、信乃逗(しのず)も一瞬気付かなかったが、今自分は口に出して言っていただろうか。信乃逗(しのず)はそんな馬鹿なと、思わず口を開けてツッコミを入れるが、そんな隙を他ならぬ胡蝶しのぶが見過ごすはずもなく、信乃逗の開けた口に瞬時に薬を突っ込み飲み込まさせる。それもいつもの2倍の量を。

 

「ふう、何度も言わせないでください。私も忙しいんですよ。それと言っておきますけど、さっきの言葉は全部口に出ていましたからね。…年頃の女性にあまりそういうことを言ってはいけませんよ」

 

 見事な手際で再び信乃逗(しのず)に薬を飲ませたしのぶは、以前と同じ様に一仕事終えたというように手をパッパと打ち合わせながらそう呟く。ちなみに投薬された信乃逗(しのず)は口に広がるいつもの2倍の激不味っぷりに、涙目で身を捩って苦しみ数秒で意識を消失した。これは信乃逗が入院してからの最速ラップである。

 

「…しのぶさん、信乃逗(しのず)ならもう気絶してるから聴いてないと思う」

 

 口に入れられてからものの数秒で気絶した信乃逗(しのず)を見て、薬ってそんなに苦かったっけと若干疑問に思いながらも、一連の流れを静かに見つめていた真菰(まこも)は現状をしのぶへと伝える。

 

「…全く情けないですね。真菰(まこも)さん、このお馬鹿さんが拘束を解かないように見張っていてくださいね」

 

 それだけ言うとしのぶは足早に信乃逗(しのず)の病室を去っていく。その耳を僅かに赤く染めて。

 

 

 

 

 

 深夜、目が覚めた信乃逗(しのず)はゆっくりと瞼を開いて声を出す。

 

「あのさ、いつまでそこにいるつもりなの?」

 

 窓からさす月光だけが唯一の光源となった暗い静かな部屋の中で、信乃逗(しのず)の声は響き渡る。

 

「…気付いてたんだ。」

 

 その声に反応するように月光ですら照らし出されていない部屋の暗い影の中からまるで忍びのようにすっと出て来たのは小柄な少女、真菰(まこも)だ。

 

「まあな、で、真菰(まこも)はそこで何をしてるわけ?」

 

 バツの悪そうな表情で月光に照らされた信乃逗(しのず)の寝台へ近づいてくる彼女に信乃逗は驚く様子もなく、静かな口調で問い掛ける。

 

信乃逗(しのず)が拘束を解いて鍛錬し始めないか見張ってただけだよ」

 

「いや、流石に昨日出血しまくったのにやらないでしょ。安心して部屋に戻りなよ」

 

 普通なら彼の言う通り、あれほど散々しのぶさんにこってり絞られたのだから、そのすぐ後に動くとは思わないだろう。だが、目の前の彼ははっきり言って普通とは言えないと真菰(まこも)は思う。

 

 真菰(まこも)がこんな時間までここにいるのは、しのぶに頼まれたというのも勿論あるが、一重にこの目の前の男の言に疑念があるからだ。今まで散々寝台を抜け出して鍛錬をしていた彼の言うことだから、ある意味では当然なのだが、真菰(まこも)がそれ以上に気になっているのは、昨夜見た鍛錬をする信乃逗(しのず)の様子が、何やら鬼気迫るようなものに見えたのだ。

 

「…絶対嘘だと思う。信乃逗(しのず)はまだ懲りてないでしょ?」

 

 現に今、どうやったのか信乃逗は手をしっしっと虫を払うかのように動かした。つまり腕の拘束を既に解いているという訳だ。

 

「あっ、い、いやこれは上半身が窮屈だから、その、脚の拘束は解かないから、上半身起こしたりするだけだからさ、鍛錬にも行かないし」

 

 腕にじっと視線を向けながらそういえば信乃逗(しのず)ははっとした表情で取り繕うように下手な言い訳を始める。

 

「やっぱりしのぶさんに報告を「待ってください真菰(まこも)様!どうかそれだけはご勘弁を!!」……」

 

 凄まじい速度で寝台から起き上がって、部屋を出ようとした真菰(まこも)の腕を掴んで引き止めはじめた信乃逗(しのず)の姿を、真菰は目を細めて見つめる。

 

 一見、信乃逗はいつものように調子良くそう言うがやはり、真菰にはどうにも無理をしている様に見える。どことなく彼から壊れてしまいそうな、そんな危なっかしいような空気を感じるのだ。

 

 

「ねぇ、信乃逗(しのず)は何をそんなに焦っているの?」

 

 

 真菰(まこも)の言葉に信乃逗(しのず)の頬がぴくりと僅かに動く、だが次の瞬間には笑顔になる。まるで貼り付けた様なそんな気持ちの悪い笑顔を。

 

「…何言ってんだよ、急に。焦ってなんかないよ。

もう、遅いんだし早く部屋に戻らないとしのぶさんに怒られるぞ。」

 

(…嘘つき)

 

 ここに来て真菰(まこも)信乃逗(しのず)の異変に確信を持った。今まで信乃逗の笑顔を数多く見て来た真菰だからこそはっきりとわかる違和感。あれだけさっきまで真菰を引き止めようとしていたのに、確信をついた途端、明らかに彼はこの会話を早く終わらせようとしている。

 

「…その笑顔、やめた方がいいよ。

すぐに嘘だって分かっちゃう。少なくとも、私には」

 

 静かに呟かれた真菰(まこも)の言葉に信乃逗(しのず)は驚きに目を見開いて、ついで諦めた様にため息を吐いた。

 

「はぁ、真菰(まこも)って本当に目敏いというか何というか。

いちよ聞くけどさ、どうして俺が焦ってるって思ったわけ?」

 

 思いのほか素直に信乃逗(しのず)は自分が嘘をついていたことを認めると、自分の何が彼女に疑念を与える要因となったのかを聞き出そうと試みる。

 

「昨日の信乃逗(しのず)の鍛錬を見てて、なんとなく…それに、」

 

(…なるほどね、随分と早くにしのぶさんが来たとは思ったけど、真菰(まこも)にも見られてわけだ)

 

 思わぬ出血にかなり大きな声で叫んだからしのぶさんには気付かれても可笑しくはないと思っていたがそれにしても登場するのが早すぎた。おおよそ、見られていた可能性は考えていたが、しのぶだけではなく目の前の少女も一緒になってということだった様だ。

 

 しかも昨夜しのぶが真菰(まこも)と一緒に見ていたというのなら、おそらくしのぶ自身が気づいたのはそれより以前という可能性が高い。

 

(…一体いつから気付かれていたのやら)

 

 だが、真菰(まこも)が勘付いた理由はそれだけではない様だ。何やら続きを言いにくそうに此方の表情をちらちらと伺うその様子は、小動物を連想させる可愛いさを持っていて、信乃逗(しのず)の心を和ませるが、意を決した様に続いた真菰の言葉に、信乃逗はこの夜2度目の驚愕を味わうことになる。

 

「…今日はいつもより信乃逗(しのず)が無理して笑っている様に見えたから」

 

 真菰(まこも)が俯き気味に言ったその言葉に信乃逗(しのず)は目を見開いて固まる。

 

 今、この目の前に立つ少女はなんと言った?

 

 彼女に先程の笑顔が、貼り付けた仮面であることを見抜かれたのは、焦りを見抜かれたことによる虚を突かれたからだろうと思っていた。だが、彼女は今、間違いなく今日と言った。それどころか、いつもよりなどと言わなかっただろうか。それではまるで…

 

(…ずっと前から気付かれていた?)

 

「…い、いつから、いつから気付いてた?」

 

 動揺のあまり、信乃逗(しのず)はうまく言葉を紡ぐことができない。辿々しい様な口調になりながら、愕然とした表情で、信乃逗は目の前の少女にそう問い掛ける。

 

「…多分、あの村で会話してる時かな」

 

 正確にはよく思い出せない、と言った風に真菰(まこも)は呟くが、信乃逗(しのず)としては衝撃的な事実を叩きつけられた様な気分だ。

 

(…ほとんど最初からじゃん)

 

 真菰(まこも)とはそれほど長い付き合いというわけではない、とは言ってもそもそも信乃逗には付き合いの長いものなどいないのだが。とはいえ、初めて会ってからまだ一年も経っていない彼女に、それも会話した時などに至ってはひと月程度でしかない相手に、自信たっぷりに見せていた笑顔が貼り付けた仮面であると、再開した当初からばれていたということだ。

 

(なんだろう、無性に恥ずかしくなって来た)

 

「…なに、俺ってそんなに笑うの下手だったわけ?」

 

「別に下手じゃない、寧ろ上手なんだと思う。最初は少し妙だなって思っただけだから。でもここに来てから信乃逗が他の人と話してるのを見て、本当は無理して笑ってるんだなってそう思っただけ。

 多分、カナエ様とか、あとはしのぶさんとかも気付いてるんじゃないかな?

…あの人達は信乃逗(しのず)を見る目がすっごく優しいから」

 

 さらに衝撃的な事実を叩きつけられた。

 

 見る目が優しいとか、そんなあからさまにわかる様な目つきで見られていたのか。カナエ様は柱だから納得できなくもないけどもしのぶさんにまで気付かれているのか。もし真菰(まこも)が言うことが事実で本当に気付かれているのであれば…

 

(明日からどんな顔して合えばいいわけ?)

 

信乃逗(しのず)、話を逸らそうとしてない?」

 

「……今日の真菰(まこも)は目敏すぎて怖いね」

 

 信乃逗(しのず)としてはあまりにも言い当てられることが多過ぎて頭の整理が追いつかない状況なのだ。

 

 

「焦ってる理由だっけ?…よく分からなくなっただけだよ、自分の向かう先がさ」

 

 窓から覗く月を静かに見上げながら信乃逗はゆっくりとその悩みを打ち明かしてくれる。

 

「向かう先?」

 

「そう、真菰(まこも)が言ったでしょ、『鬼は人だった、人が鬼になったんだ』って。その言葉を聞いて今までを思い返した、鬼は憎い、そのはずなのに、刀を振るうたびに、鬼の首を落とすたびに、それが本当に正しい行いだったのか、意味のある行いだったのか、よく分からなくなる」

 

 自分でも理由は良く分からないんだけどね、そう肩を竦めながら、信乃逗(しのず)は家族を喪ってから初めて、他人に自身の本当の気持ちを打ち明ける。

 

 寂しそうに笑う彼の笑顔を見て、真菰(まこも)は少しほっとした。彼の今の微笑みは、無理に偽って出たものではない。それはつまり、彼が本当の心を見せてくれると言っているに等しい。それを理解すると同時に、少し罪悪感の様なものも感じる。昨夜の鬼気迫る様な彼の鍛錬も、彼の焦燥感も、自身の放った言葉が原因だったのだから。

 

(… 信乃逗(しのず)は迷っているんだ。)

 

 今の信乃逗(しのず)は指針として来たものが何か分からなくなっている。迷いがあるということは彼の中に自覚のない鬼に対する憎しみ以外の何かがあるということだ。ならば、それを知って貰えばいい。

 

信乃逗(しのず)はどうして、鬼狩りになったの?」

 

 原点に還る。彼が鬼を知ったその時の気持ちを思い返す。それは彼にとって、きっといい記憶ではない。だけど今の信乃逗(しのず)にはきっと必要なことだ。

 

「…なんか前にも聞かれたな、それ、よくある話しだよ。俺の家族は、鬼に殺された。それがきっかけだよ。…もしも他の人と違うところがあるとしたら…」

 

 

 —家族を殺したのは鬼だけじゃないってところかな—

 

 

 そう言って信乃逗(しのず)は鬼狩りとしての彼の原点を教えてくれた。

 

 

 




御一読ありがとうございます。
御意見・御感想頂けますと幸いでございます!

次回は明かされる信乃逗の過去!?
お楽しみに!!

そして真菰ちゃんは神です。

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