鬼狩りは嗤う   作:夜野 桜

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澱んだ街

 

 

 

 救援の為に走り続けてしばらく、見えてきた街並を見て、信乃逗(しのず)真菰(まこも)の2人は顔を顰める。遠くから眺めているのにも関わらず明らかに街の様子が可笑しかったからだ。

 

 

 街の中心部だけが空気が淀んでいるかのような、まるで濁った水面を通して見ているかのような、誰が見てもわかるほどの明らかな異変に晒されていた。一体なにが起きているのか、時刻は昼を超えたところだが相変わらず分厚い雲に覆われた空模様で、陽の光が差し込む様子は見られない。この空模様で、あのような明らかな異常事態の中に真っ直ぐ飛び込んでいくのは少々無謀に過ぎる。

 

 

「これは……血鬼術、なのか?」

 

 

「多分、…でも、どんな能力なのか、ここから見るだけじゃ分からないね」

 

 

 明らかに通常の現象ではない。鬼の能力と見るのが妥当だが、漠然と街を包むように感じる空気の淀みのようなものだけではその正体まで突き止めることはできない。街の目前まできて、2人は一度足を止めることになった。

 

 

 この異常を鬼の能力と仮定するなら、街に入るだけでも何らかの影響を受けることになる可能性は否めない。何よりも街の中心部を覆う程の血鬼術ともなると、今回の相手はかなりの確率で強力な鬼、それも以前真菰(まこも)と2人で倒した十二鬼月にも匹敵する可能性がある。

 

 

「…厄介だな、もし毒の類なら、街に入るのも難しいぞ?」

 

 

「でも、毒みたいな感じはしないよ。街の中はみんな普通に生活してるみたいだし」

 

 

 そう、戸惑う点があるとすれば、これほどはっきりとした異常が起きているにも関わらず、街の入り口から見る限りでは街の住人達には異常が見られないということだ。街に起きている異変に誰も気がついていないかのように、至って平凡に自然と生活しているように見える。どこにでもある、街の日常の風景がそこにはあった。

 

 

 しかし、この淀んだ空気の中ではそれ自体が異常なことのようにも感じる。

 

 

「…入るしかねぇかなぁ、どの道、鬼はこの街の中にいるんだろうし」

 

 

「…普通に人が生活できている以上、少なくとも人間に対して即効性のある毒ではないはず。救援の要請を出した隊士もきっと街の中だろうから、調査するにしてもどの道、街には入るしかないね」

 

 

「あぁ。情報が欲しいし、ひとまずは他の隊士との合流を目指そう。いくら陽がさしていないとはいえ、鬼がこの時間に堂々と外を出歩いてるとも思えんし…なんとか夜までに情報を集めたいな」

 

 

 分厚い雲に覆われているとはいえ、雲の切れ目から陽が差さないとも限らない。いつ陽の光に照らされるかも分からないような状況で、鬼が陽の当たるような場所にいるとはあまり思えない。おそらくは何処か一目につきにくい屋内など、日陰のある場所で潜伏している可能性が高い。ならば鬼が本格的に活動を開始し始める前に可能な限り情報を集めること、救援を要請した隊士の無事を確認するのが先決となる。

 

 

 それに救援を要請した隊士なら鬼の情報を握っている可能性も高い。

 

 

 一旦の方針の確認を終えた2人は、ひとまず救援を要請した隊士の居場所まで(からす)に案内させながら街の中を走り抜けることにした。

 

 

 

 街に入った2人が驚いたのは外から見た時に感じた異変を街の中からはまるで認知できないということだ。目で見る限り、淀んだような空気も濁った水面を通して見ているかのような違和感も、一切感じることができない。これならば街の住人達が気付かないのも無理はない。だが、鬼殺の剣士として生きる信乃逗(しのず)真菰(まこも)の2人には街の中に歪な空気が漂っていることを確かに感じとることが出来ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (からす)に案内されて、辿り着いたのは大きな蔵が複数集まって出来た街の一画、その中でも一際大きな蔵の前に信乃逗(しのず)真菰(まこも)は立っていた。鴉はここで止まった、つまりこの中に救援を要請した隊士がいるということになる。

 

 

 

 だが、どうやら無事ではないようだ。蔵の方から僅かに漂ってくる血臭を感じて信乃逗(しのず)真菰(まこも)は目を見合わせる。

 

 

 

 蔵が立ち並ぶだけの一画であるせいか周辺の通りには明らかに人が少ない上、大きな蔵が立ち並ぶこの通りは1日を通して日陰になるであろう場所が多い。それはこの場所が鬼にとって絶好の隠れ場所となり得るということでもある。

 

 

 警戒を強めた2人は慎重に、しかし素早く蔵の入り口の両脇に立つと、顔を見合わせ、息を合わせて蔵の中へと同時に飛び込む。

 

 

 

 蔵に入った瞬間、急激に濃度を増した血臭を感じ、次いで視界に入ったその光景に信乃逗(しのず)真菰(まこも)は揃って顔を顰める。

 

 

 

 薄暗い蔵の床に血溜まりを作って横たわる三つの人影、血に塗れた身体はぴくりとも動かずその様子から3人は明らかに既に事切れていた。床に落ちた三本の日輪刀に加え、滅の1文字の入ったそ装いは彼等が紛れもなく鬼殺隊の隊士であることを表している。

 

 

 また間に合わなかった、そう無念に想う気持ちが信乃逗(しのず)へと訪れようとしたその時、掠れたような声が2人へと届く。

 

 

 

 

 

「…増、援か…逃げ、ろ、あいつが…くる…」

 

 

 

 

 背後から唐突に聴こえたその声に信乃逗(しのず)真菰(まこも)が勢いよく振り返ると、蔵の扉の脇に息も絶え絶えの様子で言葉を発している隊服を着た若い男が、ぐったりとした様子で蔵の壁に背を預けていた。

 

 

 

「生きてる!」

 

 

 

 まだ息のあるその様子に真菰(まこも)は隊士へと駆け寄っていく。

 

 

「…逃げ、てくれ、…柱を、呼ぶん、だ」

 

 

 傷の具合を確認する真菰(まこも)に必死の形相で力なく手を伸ばす男の様子を信乃逗(しのず)は目を細めて見る。

 

 

 

真菰(まこも)、その人は動かせそうか?」

 

 

 

 異常なまでに怯えた様子を見せる男の様子に信乃逗(しのず)は一度この場を離れた方がいいと判断した。

 

 

 どの道怪我をしているのなら治療する必要がある。陽の差し込むことのない屋内で怪我人の手当てを行うのは、少々危険過ぎる。この様子なら鬼の情報も握っているようだし、出来るだけ早く、落ち着いた場所で今の状況を聴いておきたい。

 

 

「傷は多いけど、そこまで深くはないから移動はできる。でも、血を流しすぎているから早く止血しないと、これ以上は危ない」

 

 

「なら担いで逃げるか…っ真菰(まこも)

 

 

 

 突然、蔵の奥を睨みつけるように見つめる信乃逗(しのず)の様子を見て、真菰(まこも)も気付いた。カタン、カタンと甲高い不気味な音が徐々に近づいてきていることに。

 

 

 

 

 

 

 

 — ぞくっ —

 

 

 

 

 

 薄暗い暗闇の中からぼんやりと徐々に姿を顕にした音の正体を視界に入れた瞬間、信乃逗(しのず)真菰(まこも)の背筋には冷たい汗が大量に浮かび上がる。

 

 

 

 

「おやおや、またお客さんですか?

…それもその格好は鬼狩りさんですね。

いやぁ、次から次へと鬼狩さんにいらっしゃって頂けるとは今日は実についていますね。」

 

 

 

 黒い髪に真っ赤な羽織りのようなものを羽織って足には下駄を履いたその姿は一見、若い好青年のようにも見える。だが、それが決して人間などではないことは信乃逗(しのず)にも真菰(まこも)にもはっきりと分かることだった。

 

 

 

 あれが現れた瞬間、明らかに空気が変わった。一瞬でも気を抜けば、この人の形をした化け物の前では生きることすら許されない。

 

 

 

 こいつは鬼だ。それも、ただの鬼ではない。この重苦しいような重圧感には覚えがある。もう半年も前に真菰(まこも)と共に戦った少女の姿をした鬼と、十二鬼月の下弦ノ陸と戦った時と似たような感覚だ。

 

 

 だが、あの時よりも明らかに感じる重圧が強い。身体中に重りをつけられたような動き辛さ、呼吸を一瞬忘れるほどの重圧、目の前にいるこの鬼はあの時の十二鬼月の鬼の少女よりも強い。

 

 

 

 

「……真菰、俺が気を引く、そいつを連れてこの蔵から出ろ」

 

 

 

 

「…死ぬ気?2人がかりでも一撃入れられるかすらわからないよ」

 

 

 

 ただそこに立っているだけで感じる圧倒的な存在感の強さに、信乃逗(しのず)は怪我した隊士を連れて逃げるように真菰(まこも)へと促すが、あの存在にたった1人で挑むということは自殺行為に等しい。いくら怪我人がいるとはいえ、そんなことを真菰が了承するはずがない。

 

 

 

「おや、もう逃げる算段を立てらっしゃるのですか?

まあまあ、もう少しゆっくりなさって行ってくださいよ。

私は赫周(かくしゅう)と申します。鬼狩りさん達のお名前は?」

 

 

 

 にっこりと不気味な微笑みを浮かべて、逃げようとする2人を諭すようにゆったりとした口調で赫周(かくしゅう)と名乗ったその鬼は呑気に自己紹介を促してくる。

 

 

 

 

「……雨笠(あまがさ)信乃逗(しのず)だ。」

 

 

 

「…鱗滝(うろこだき)真菰(まこも)

 

 

 

 鬼が人に名前を聞くなど一体何が狙いなのか。とはいえ、いきなり戦闘に突入しなくていいのならこちらとしても好都合だ。会話で時間を稼げれば、まだ増援が来てくれる可能性がある。運が良ければ、柱が来てくれるかもしれない。真菰(まこも)も同じ結論に至ったのか信乃逗(しのず)に続いて赫周(かくしゅう)へと名前を教える。

 

 

 

「おぉ!素晴らしい!貴方方はきちんと挨拶を返してくれるのですね!」

 

 

 

 その返答に赫周(かくしゅう)は大手を振って喜ぶ。唐突に興奮したようにあまりにも大袈裟に喜ぶ赫周の様子に信乃逗(しのず)真菰(まこも)も思わず半歩程、身を引いてしまう。

 

 

「あぁ失礼、みっともないところをお見せしてしまいましたね。其方の方々はなかなか名前を教えて頂けなかったもので、素直に仰って頂けたことが嬉し過ぎて、少々興奮してしまいました」

 

 

 名前を教えただけで随分と大袈裟に喜ぶものだと思ったが、どうやら、目の前で事切れている3人からは名前を教えては貰えなかったようだ。まあ鬼とまともに会話しようという者の方が少ないだろうから、名前を聞けなかったのは無理もないことだろう。そもそも自己紹介を促す鬼など信乃逗(しのず)とてあったことがない。人間を食料としか見ていない彼等が人間に興味を示すということの方が可笑しいのだ。

 

 

「…鬼の貴方がどうして人間の名前に興味を示すの?」

 

 

 同じことを疑問に思ったのか真菰(まこも)赫周(かくしゅう)へとその疑問をぶつける。

 

 

「うん?どうしてと言われましても、気にはなるでしょう。同じく喋ることのできる生き物なのですから、例え殺すのだとしても僅かな時間くらいは会話を楽しんでもいいでしょう?」

 

 

 

 

 — 異質 —

 

 

 

 目の前の鬼は妙だ。感じる威圧感もそのあり方も今まで会ってきた鬼とは違う。少なくとも人との会話を楽しむなどという鬼は信乃逗の知る鬼という存在とは酷く異なる。理解できない発言をして、どこか歪な気配を漂わせる赫周(かくしゅう)信乃逗(しのず)真菰(まこも)には酷く不気味に映った。

 

 

 

 

 

 

 




御一読頂きましてありがとうございました!
御意見・御感想を頂けますと幸いで御座います!

真菰様!神!!(*≧∀≦*)

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