鬼狩りは嗤う   作:夜野 桜

21 / 90
下弦ノ弐

 

 

 覚束ない足取りでゆっくりと遠ざかって行く男の姿はボロボロなのに何故だか去って行くその背中は信乃逗(しのず)にはとても大きく見えた。

 

 

 

信乃逗(しのず)、あの人の分まで頑張ろう」

 

 

 

 真菰(まこも)は離れていく彼の後ろ姿を見ながらそっと口ずさむように言った。

 

 

 

「……あぁ、そうだな」

 

 

 

 相変わらず真菰(まこも)には色々と驚かされる。自分には彼の想いをたったのあれだけの会話で汲み取ることなど出来なかった。真菰は時々、まるで人の心を読んでいるかのように信乃逗(しのず)には理解できない言動をするが、今回のようにそれには全て意味がある。

 

 

 

 信乃逗(しのず)が改めて真菰(まこも)の凄さを感じている時、その声は聞こえてきた。

 

 

 

「そろそろいいですかねぇ?」

 

 

 

 声が聞こえた瞬間、信乃逗(しのず)は驚愕にすぐさま声のした方を見遣ってぞわりとする怖気に再び襲われた。何故なら、その声がした方向は、先程信乃逗達が決死の思いで出できた蔵とはまるで反対側の建物の屋根上だったからだ。

 

 

 

 視線の先にいる声の主人は間違いなく赫周(かくしゅう)だった。

 

 

 

(……馬鹿な、一体いつの間に)

 

 

 

 信乃逗(しのず)は蔵の方向への警戒は一切緩めていなかった。蔵の入り口から声が聞こえたなら驚きなどないが、まるで反対の建物となると話は別だ。一体いつの間に蔵から出てきて自身達を飛び越えたというのか。それに赫周(かくしゅう)が言葉を発するまであの場所からはまるで気配を感じなかった。あの言いようから赫周は長らくその場にいた筈だが、信乃逗は勿論真菰もそれを微塵も察知することが出来なかった。

 

 

 

 だが、そうだとすれば自分達が涙ぐましいやり取りをしている最中でもこの鬼は十分に攻撃出来たと言う事だ。機会は幾らでもあった筈、なのに何故攻撃してこなかった?

 

 

 

「…なんで、見逃したの?」

 

 

 

 同じことを疑問に思ったのか、厳しい表情で真菰(まこも)赫周(かくしゅう)に問い掛ける。

 

 

 

「うーん、別に深い理由はないんですけどねぇ。

強いてあげるなら彼にはそれほど興味がありませんので、無理に殺す必要がなかったというところでしょうか」

 

 

 

「…貴方は…随分と変わった鬼だね」

 

 

 単に興味がなかったと言うなら納得できなくもないが、それはそれで珍しい。鬼という生き物は人間に対してそもそも興味云々など口にしない。興味があろうがなかろうが殺して喰らう、一部の例外を除いて、それが真菰(まこも)信乃逗(しのず)が知る鬼という存在だ。

 

 

「貴方達に言われたくはありませんがねぇ。鬼狩りの癖に鬼と会話をし、ある種の理解を示そうとするその態度が、私にはどうにも理解出来ないのですが。……まぁそれも今は構いません。場所も広くなりましたし、折角足手纏いがいなくなったのですから、貴方方ももう少しまともに動けるようになるのでしょう?期待していますよ?」

 

 

 先程までの蔵での遣り取りもかなりギリギリだったのだが、この鬼からすれば小手調べ程度のものでしかなかったようだ。あの少女の鬼といい、十二鬼月ともなるとやはり化け物じみた強さを持つ者ばかりのようだ。それに今回は下弦ノ弍。感じる威圧感からもおそらく下弦ノ陸よりもはるかに強力な鬼だ。

 

 

 だが、真菰(まこも)と俺は2人で下弦ノ陸を倒している。少なくともあの時の連携は下弦ノ陸にも有効だった。ならば同じように2人で協力すれば倒せないまでも柱がくるまで時間を稼ぐくらいのことはできるかもしれない。

 

 

「随分と余裕じゃないか、前にあった下弦ノ陸もお前と同じように余裕ぶっていたが、十二鬼月っていうのはどいつもこいつも人間舐めすぎなんじゃねぇか?」

 

 

 信乃逗(しのず)の挑発とも言えるその言葉に赫周(かくしゅう)は頬を僅かにぴくりとさせる。

 

 

 今までと同じだ、奴の意識をこちらへと誘導する。真菰(まこも)の動きから目を逸させ、一切認識できないようにする。眼の良いもの程この手の技はかかりやすくなる、俺の声、重心の移動、指の動きに至るまで一挙一動その全ての動きに奴が注目するようにする。

 

 

 

 既にあの時と同じように真菰(まこも)は動いてくれている。

 

 

「…そういえば、下弦ノ陸は変わったのでしたね。なるほど、彼女を殺したのは貴方だったという訳ですか。これはこれは、既に十二鬼月の1人を狩るだけの実力はお持ちだったとは、尚更楽しめそうじゃないですか」

 

 

 

 やはり互いに十二鬼月、以前戦った下弦ノ陸の少女とも赫周(かくしゅう)は顔見知りだったようだ。信乃逗(しのず)の言葉に赫周は興味を示し、今その注意を信乃逗へと向けている。どんな実力の持ち主でも虚を突かれれば致命打を受けることなどざらにある。

 

 

 

 — 水の呼吸 (いち)ノ型 水面斬(みなもぎ)り ー

 

 

 赫周(かくしゅう)の背後へと勢いよく跳躍した真菰(まこも)が赫周の首元目掛けてその刀を水平に奮う。

 

 だが、その刀が赫周(かくしゅう)の首元へと届くことはなかった。

 

 

 

 — ギンッ —

 

 

「おっと、危ない、危ない。」

 

 

 

「なっ!?」

 

 

 完全に虚をついたかに思われた真菰(まこも)のその一撃は赫周(かくしゅう)が手に握る槍によって阻まれていた。

 

 

 

「っ!槍!?」

 

 

 一体どこから取り出したというのか、それまで何も持っていなかった赫周(かくしゅう)の手の中には深紅の槍が握られていた。蔵の中で突如出現した赤い槍よりも一層深みをました紅いその槍はまるで虚空(こくう)から抜き出るように突如として赫周の手元に現れた。

 

 

 

「驚きました?…鬼狩りさん達はどういう訳か鬼が武器を使用するとは思ってないようで、これを使うといつも皆さん驚かれるのですよね。…それにしても信乃逗君でしたか?君は随分と面白い技を使いますね。視線を、いえ、意識を誘導しているのですか?…いやぁお陰でお嬢さんが近づいてきていることに気付くのが遅れてしまいましたよ」

 

 

 

 頭上から勢いをつけた真菰(まこも)の一撃を片手で持った槍で楽々と受け止めながら、涼しい顔して喋る赫周(かくしゅう)の様子に真菰も信乃逗(しのず)も驚愕に目を見開く。

 

 

 確かに意識の誘導からの奇襲は信乃逗と真菰が常用する手ではあるが、たったの一度見せただけで信乃逗の最も得意とする技をこれほどまで完璧に看破されたことなど今迄なかった。

 

 

 

「お嬢さんも随分と素早い。ですが、少々力不足ですね。

これでは私の首を斬りとばすのは難しいですよ」

 

 

 そう言うと赫周(かくしゅう)は受け止めていた真菰(まこも)の刀を弾き飛ばすように振り上げるとくるりと槍の柄を回転させながら、真菰の腹部に向けてまるで棒切れでも手にしているかのように軽々と振り抜く。

 

 

「あっぁ!?」

 

 

 空中で人外の速度で持って振るわれた強力な一振りをもろに受けた真菰はゴキっ!と、決して人がたててはいけない音を発して、近くにあった小さな木製の小屋へと豪快に吹き飛ばされる。

 

 

真菰(まこも)っ!?」

 

 

 小屋を突き破り半壊させるほどの勢いで吹き飛ばされた真菰(まこも)の姿に信乃逗(しのず)は焦りのあまり駆け出しそうになるが、目の前の存在がそれを許してはくれない。

 

 

「おっと、何処に行かれるのですか?」

 

 

「っ!?」

 

 

 小屋に向かって一歩踏み出した瞬間に目前へと突如現れた赫周(かくしゅう)の姿に信乃逗(しのず)は咄嗟に後方に跳び下がる。

 

 

 速い、速すぎる、先程までこいつは屋根上にいた筈なのに一瞬で目の前に現れた。

 

 

「おや?長物を持つ相手にそれは悪手ですよ?」

 

 

 自身の命を狙う相手に対してゆったりとした口調で忠告しながらも、素早い動きで信乃逗(しのず)の顔面へと正確に狙いを定めた突きを入れてくる。その突きを半身を引くことで、すんでのところで信乃逗は躱すが赫周(かくしゅう)の攻撃はそれでは終わらない。

 

 

「私は一流とはいきませんし、他人に自慢できるような大した腕前ではないのですが、この槍は長年使っていますから素人よりはそこそこ自信があるのですよ」

 

 

「くっ!?」

 

 

 余裕綽綽(よゆうしゃくしゃく)の様子で、息も切らせぬ連撃を行いながらにっこりと微笑む赫周(かくしゅう)信乃逗(しのず)は内心で焦りを禁じ得ない。これで大したことがない腕、素人よりは増しだなどとは、随分とふざけたことを言う。まるで自身の体の一部であるかのように滑らかに隙なく槍を扱うその様子は、どう考えても並の域を超えている。

 

 

 胸•腹•喉と連続で繰り出されていく鋭い突きの数々を、紙一重で躱し、時に刀で受け流しながら、厳しい表情で信乃逗(しのず)は攻撃を凌いでいく。これまで槍のような長物を使う相手と戦った経験が信乃逗にはない。稽古で刀を持つ人間相手ならば幾度となくやりあってきたが、槍のような長物を使う相手は想定していなかった。戦ってきた鬼に至っては殆どが素手、稀に特異な能力を使用してくる者がいた程度で赫周(かくしゅう)のように長物、それも人間が扱う武器を使ってくる者など全くいなかった。

 

 

 

(くそっ!間合いがとりづらい!…それにこいつ、どんどん速くなっている!)

 

 

 

 

 通常突きというのは連続で行えば人間ならば疲労によって徐々に速度が落ちるものだ。だが、目の前の存在は人間ではない、人の限界など容易く超えて鋭い突きを続け、それどころか徐々にその速度が上がってきている。

 

 

 突きという点での攻撃にも関わらず、まるで線での攻撃を受けているかのような凄まじい連撃が信乃逗(しのず)の体を徐々に掠め始める。

 

 

「くっくっ、おやまぁ、なすすべもありませんか、最弱とはいえ仮にも十二鬼月に数えられた彼女を倒したという割には、大したことのない腕前ですねぇ…うん?」

 

 

 攻撃を一切緩めることなく赫周(かくしゅう)が傷が増えていく信乃逗(しのず)を嘲るように嗤っていると、何かに気が付いたように赫周が僅かに信乃逗から意識を逸らした。

 

 

 

 — 水の呼吸 (しち)ノ型 雫波紋突(しずくはもんづ)き —

 

 

 

 次の瞬間に、まるで弾丸のような凄まじい勢いで突っ込んできた真菰(まこも)が強烈な突きを赫周(かくしゅう)の顔面に目掛けて放つ。瞬きの間に距離を詰めて来た真菰の姿に驚愕し、僅かに目を見開きながらも赫周は冷静に槍の柄でもってそれを受け止めようする。

 

 

 

 ガキィン!と金属と金属がぶつかる強烈な音を周囲に響かせながら、真菰(まこも)の強烈な一突きを受け止めきれなかった赫周(かくしゅう)の体が土煙を舞い上げながら勢いよく後方へと弾きとばされていく。

 

 

 

 




御一読頂きましてありがとうございました!
御意見・御感想を頂けますと幸いで御座います。

戦闘描写は難しいですね(>_<)
読み辛かったら大変申し訳ありません(~_~;)

真菰ちゃんは神ですので今後とも読んで頂けますと幸いで御座います。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。