鬼狩りは嗤う   作:夜野 桜

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蝶屋敷での仕事

 

 

 ……ゴリゴリ……ゴリゴリ……

 

 それほど広くもない静閑な室内に何かが動くような不自然で歪な音が響き渡る。

 

「……こんなものかな」

 

 薬研という植物や鉱物をすりつぶす為の特殊な道具を動かしながら信乃逗はボソリと呟く。

 薬研とは古くからある薬作りには欠かせない非常に便利な道具で、師匠の元にいた時もこれをよく使っていた。

 

 今は昨日乾燥させておいたセンブリという植物を粉末状にすり潰して粉薬にしている。この薬草は基本的には消化不良の改善や食欲増進の効果があるので、怪我で食の細くなった者や胃が弱っている者には覿面効果があるのだ。

 まあかなり苦いので隊士達からは不評だが、良薬は口に苦しと思ってどうか我慢して欲しい。

 

 茎一本を丸々煎じてもいいのだがそれだと長期の保存はできないし、連続で使えるのは一本あたり2回か3回が限度なので経費の観点もあってこの蝶屋敷ではあまり行っていない。きちんと粉末状にしておけば乾燥容器に入れて暫く保存が効くのでそれなりに使い勝手がいいのだ。

 

 これが今の俺の仕事の一つ。しのぶさんに稽古を付けてもらう代わりに俺が請け負うと言った薬作りの仕事。勿論それだけではなく怪我人の治療や包帯の取替えなどにも力を貸している。怪我が完治してからというもの日中の殆どをこの蝶屋敷で仕事をして過ごしている。あいにくと俺もしのぶさんも忙しいので最近は毎日稽古というわけにもいかず合間を縫って週に2回程時間を合わせてもらって稽古をしてもらっている。

 

「アオイちゃん、悪いんだけどこれ山本と清水に飲ませてきてくれるかな?」

 

「あのお二人ですか……分かりました」

 

 僅かに顔を顰めながらも仕方なしと言った風に了承してくれる彼女の名前は神崎アオイ。

 鬼殺の剣士としてこの蝶屋敷で働く数少ない同僚だ。

 歳は俺が上だし、入隊したのも俺が先だけど俺が眠っていた半年の間にここで働くようになったそうだから蝶屋敷において言えば彼女の方が先輩になる。

 

 彼女は今俺が粉末状にした薬を乾燥容器に入れてくれる作業を手伝ってくれている。

 

「あいつらがまた拒否するようならいってね。問答無用で口の中にぶち込むからさ!」

 

「……いえ、私の仕事ですから」

 

 そう言って彼女は出来上がった薬瓶を持って部屋を出ていく。

 見る人が見れば少し素っ気ない態度に見えるだろうが、別に彼女の機嫌が悪い訳ではない。彼女の俺への対応は割といつもこんなものだ。

 決して嫌われている訳ではない……と思う。

 俺に対していろいろと思うところはあるみたいだけど、それは彼女がこの蝶屋敷で働くことになった経緯を考えれば無理もないことなのかもしれない。鬼を殺せないからここで働く彼女と鬼を殺せてその上でこの蝶屋敷で働く俺、それを比較して劣等感のようなものを感じているのだと思う。

 

 それについて俺にはどうすることもできない、彼女自身が自分の中で折り合いをつけるしかない。

 

「ぎゃー!!薬は嫌だー!!!」

 

 まあそれでも、薬を嫌がる馬鹿の処理くらいは手伝ってあげるけどね。

 

 

 

 

 

「アガガガガっ!??」

 

「悪いね、アオイちゃん俺の同期(・・)が迷惑かけて」

 

 

 薬を嫌だと騒いで廊下を走って逃げる馬鹿を鎮圧した後縛り上げて薬を馬鹿の喉に流し込みながら俺はアオイちゃんにそう声を掛ける。

 

 

「いえ、えっと、その私もうまく説得出来なかったので。

 ……あの少しやり過ぎでは?」

 

「何言ってるのアオイちゃん、こんなの嫌がる奴の方が悪いんだからそんなの気にしなくていいよ」

 

 少々過激な状況をみて戸惑い気味になっている彼女を励ますようにそう声を掛ける。

 

「ごほっ、ごほっ!!いやっこれはどう考えてもやり過ぎだろうが!?」

 

 肺に入ったらどうすんだっと派手に咳き込みながらも元気よく文句を言ってくる少年の名前は山本宗一。

 俺と同じ年に最終選別を突破した所謂同期という奴だ。

 坊主頭の彼は身体は小さく19歳という年齢でありながら身長がしのぶさんと同じくらいしかない。

 その割には妙に力があって腕まわりの筋肉量は俺が引くほどの発達っぷりをしている。

 

「煩い山本、お前が大人しく薬を飲まないのが悪い」

 

「仕方ねぇだろ!?だってその薬不味いんだよ!」

 

「この程度で何言ってんの?言っとくけど俺の薬なんてまだ良心的だからね」

 

 俺の薬なんてまだ全然飲める方だ。薬を飲んだ後でも山本がこうして元気に喋れているのがその証拠だ。

 しのぶさんの薬の場合、飲んだ後こんなふうに勢いよく喋ることなどまず間違いなく出来ない、あまりの不味さに悶絶しまくって半日は意識を飛ばすことになる。

 まあその分効果も段違いなんだけど。

 

「なぁに?またやってるの?飽きないねー」

 

 ギャーギャーと文句をいう山本を適当にいなしていると唐突に背後から声がかけられる。

 その声に振り替えれば部屋の入り口からひょっこりと頭を出して此方を覗いてくる少女がひとり。

 彼女も信乃逗の数少ない同期の一人、名前を清水ハルという。

 年の頃は20と同期の中では最年長者だ。

 手入れをしていないのかと思うほど髪がボサボサでその上目を隠してしまうほど髪が長いので、一見しただけではとっつきにくそうな印象を受けるが喋ってみるとその印象が一変するほど非常に明るく元気な人だ。

 

 

「はぁ、清水さんまたかは此方の台詞ですよ。此処は男性用の病室だと何度も申しましたでしょう!?」

 

 断りもなく他人のそれも男用の病室に入って来た清水の姿を見てアオイは「もうっ」と呆れたように騒ぎ立てる。

 

「あちゃーアオイちゃんもいたのね。ごめんごめん、同期が揃うなんて珍しいからついね」

 

「おい清水、お前は薬飲んだのかよ」

 

「勿論、君と一緒にしないでよ。私は信乃逗の薬はきちんと飲んだわよ」

 

「……凄く苦そうにはしてましたけどね」

 

「アオイちゃん、それは内緒にしてよぉ〜」

 

 死に溢れたこの鬼殺隊では珍しいほどに明るく元気のいい笑声が病室に響き渡る。

 その光景をみて信乃逗はほっと安心したように息を吐く。こうして仲間達が笑って過ごしている光景を見るのが信乃逗の中である種の支えになっているのだ。

 信乃逗が蝶屋敷で働き始めてから2年半、力及ばず此処で何人もの仲間を看取ってきた。そんな地獄のような日々の中で同じ年に最終選別を突破したこの2人がこうして生きて此処で笑っている。そのことが信乃逗は嬉しかった。

 

 此処にあと1人、真菰が居てくれれば、全員揃ったと大手を振って喜べるのに。

 

「アオイちゃん、その辺にしといてあげて、生きて同期とこうして会えることなんてなかなかないことだからさ」

 

 なんとか清水を彼女の病室に戻そうと怒り続けているアオイに信乃逗はお目溢しを要求する。

 実際こんな機会でもなければなかなか同期とゆっくり話すことなど出来ないのだ。

 

「そう言えば信乃逗さんもお二方とは同期でしたか」

 

「そうそう、俺と信乃逗とそこのボサボサ頭の女の3人で生き残ってる同期は勢揃いってとこだ」

 

「……まぁ、同期って言っても信乃逗と其処の坊主頭じゃ実力は段違いだけどね」

 

「なんだとボサボサ頭!!」

 

「何よ!?事実でしょうが!!」

 

 ギャーギャーと揃って再び騒ぎ立て始める2人を尻目に信乃逗はアオイに仕事に戻るように促す。

 

「はぁー、アオイちゃんは仕事に戻っていいよ。俺はこの馬鹿2人を鎮めるから」

 

 この2人に付き合っていてはいつまで経っても仕事が終わらなくなる。

 他にも患者はいるし、薬の準備、洗濯、備品の買い出しなどやるべきことは山ほどあるのだから。

 

 アオイは信乃逗にそっと会釈すると呆れた様な表情をして部屋から出ていった。

 

「おい、そろそろ静かにしないと物理的に黙らせるぞ」

 

「「はい!黙ります!!すいませんでした」」

 

「おっおう。分かればいいんだけど」

 

 見事なまでに完全一致の動作で謝る2人に信乃逗は頬を痙攣らせて若干引き気味で応える。

 

「それにしても信乃逗はだいぶ出世したよなぁ」

 

「なんだよ唐突に?」

 

 唐突に変わった話題に信乃逗は怪訝な表情で応える。

 

「いやだってさ、今お前の階級って(きのえ)だろ?」

 

「まあ、そうだけど」

 

「いいなぁ、出世し過ぎだろ。どんだけ高速昇進してんだよ、羨ましい」

 

「確かに私達なんてまだ(つちのえ)だもんね」

 

「……そんないいことでもないけどな」

 

 僅か数年の間に十二鬼月と二回も遭遇して、何度も死にかけた結果のこの昇進なのでそこまで今の階級を喜んだことなどない。

 

「まあ選抜の時から信乃逗と、真菰ちゃんは飛び抜けて強かったからある意味納得だけどな」

 

「あの時は驚いたわよね、あんな小さな子供が選抜を突破するなんて思ってもみなかったもの」

 

「そんなに小さかったか?」

 

「そりゃ、だってあの時の信乃逗は確か俺より背が低かったぞ」

 

 言われてみればあの時は俺も真菰と身長はそんなに変わらなかった気がする。

 でも、当時の俺はまだ12歳だったし、身長云々を言われても正直なところ困るのだが

 

「選抜からもう4年でしょ?順調にいけば来年には信乃逗が柱になってるかもよ?」

 

「いや、それは無いと思うぞ」

 

 清水の浮き足だった意見を信乃逗はすかさず否定する。

 確かに才能のある者は早ければ入隊から5年ほどで柱になれると一般隊士達の間では噂になっている。

 だが、今回に限って言えば恐らくそれは当てはまらない。

 

「なんでだ?信乃逗は強いし才能あるし、いけると思うけど」

 

「今、柱は9人揃ってるし、そもそも俺じゃあまだ実力不足だからな」

 

 現柱の方々は9人全員が揃っている。

 そして、その9人全員が化け物並みに強い。

 9人の中のどなたかが引退すれば勿論その可能性はある。

 しかし、正直なところ信乃逗には彼等が引退する様な事態に追い込まれる所がまるで想像できないのだ。

 

「そう言えば信乃逗は胡蝶様に稽古付けてもらってるんだっけ?

 いいよなぁ、柱に稽古つけてもらえるなんて」

 

「……まあな」

 

 この会話からも分かる様にしのぶさんは今俺が化け物と称した柱の一画に就任している。

 今から1年程前、カナエ様が亡くなってからわずか1年半程で彼女は鬼殺隊最強の1人にまで登り詰めた。

 そんな人に稽古をつけて貰えるなんていうのは側からみている他の隊士達からすれば羨ましいことなのだろう。

 実際、そのお陰で俺はあの頃より随分と強くなれたと思う。

 【常中】を獲得出来たのもしのぶさんの助言があってこそだった。

 

 しかし、一方で俺がしのぶさんの役に立てているのかどうかは分からない。

 勿論、蝶屋敷での仕事では多少なりとも役に立てていると思う。

 でも、それだけ、逆にいえば単純に労働力にしかなっていないのだ。

 それでは御館様に言われた本当の頼み事からは程遠い。今の俺には彼女の貼り付けた笑みを本当の笑顔にすることがまだ出来ていないのだから。

 

 

「あっおい、信乃逗、後ろ」

 

 急に何かに気づいた様に山本が俺に声をかける。

 その視線は俺の背後に固定されていて促されるまま俺も部屋の入り口を見る。すると其処には大きな蝶の髪飾りを付けた少女が1人ちょこんと立っていた。

 

「あれ、カナヲちゃん?どうしたの?」

 

 栗花落カナヲ、苗字は違うがカナエ様としのぶさんの妹だそうでこの広い屋敷に住んでいる数少ない住人の1人だ。

 しのぶさん謂く幼い頃暴力を受けていたそうでそれが原因で今は自分の考えが持てない状態なのだそうだ。

 その為彼女はとにかく無口で表情もほとんど変わらない。

 彼女は普段、屋敷の奥でキヨちゃん達と家事をしているか最近では木刀を振っていることが多いのだが今日はどういう訳か表に出てきている様だ。

 

「…………」

 

「あっひょっとしてお客さん?」

 

 微笑んだまま無言で此方を見つめてくるカナヲちゃんに向かってあり得そうな用件を告げると

 コクンと僅かに首を縦に動かしてくれる。

 

 ……珍しい。

 こんな風に正解かどうかを伝える動作をしてくれることも珍しい。滅多なことでは喋りも反応することすらないのでどうすればいいか悩むことも少なくないのだが今回は割とすんなりといった。

 

「ありがとう、今から行くよ」

 

 俺がお礼と了承の旨を伝えると彼女はそのまま屋敷の奥に向かって歩いて行く。

 

「……お前よくあれで伝わるな」

 

「ほんと、凄いね」

 

「慣れだよ、慣れ。もう2年以上だからな、なんとなく分かるんだよ。

 じゃあ俺は行くから2人ともまた後でな」

 

 感心したように頷く2人に仕事を戻る旨を伝えて俺は正面口へと向かっていく。

 

 

 


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