鬼狩りは嗤う   作:夜野 桜

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主人公名:雨笠 信乃逗(アマガサ シノズ)
宜しくね!



まやかしの御堂

 

 

 

 人気の少ない村の中、件の御堂へと近づく信乃逗(しのず)真菰(まこも)の2人はさっそく妙な違和感を感じていた。

 

 

「なぁ?さっから背中に当たる冷気以外にも何か干渉を受けているような感じがするんだけども、これって気のせい?」

 

「多分、背中の冷気は気のせいだよ。……でも、確かに御堂に近づくほど妙な感じが強くなってる気がする」

 

 

 背中にあたる冷気も決して気のせいではないのだが、この場で突っ込むのはあとが怖いのでやめておこうと信乃逗は冷静にそう判断した。

 

 

「ここから見る限り御堂自体は至って普通の綺麗な建物に見えるけどな……確かになんか妙な気配を感じるよなぁ?」

 

 

 建物の正面に立った2人は、その表情を一層険しくして辺りを見渡す。

 

 建て替えたのだろうか、こんな辺鄙な村にあるにしては妙に立派なその御堂から感じる強烈な違和感。一見すると御堂の周りは草が生えたただの空き地だがその場所からも奇妙な違和感を感じて信乃逗(しのず)は御堂の周りをグルグルと警戒するように回り始める。

 

 

 一方の真菰(まこも)はいつでも抜刀できるようにと警戒しながら、御堂の扉を開ける。

 

 

 ギィーと立て付けの悪い音を立てながら、ゆっくりと開いていく扉に真菰(まこも)は僅かに違和感を感じて目を細める。だが開いた扉の先にあるのはなんの変哲もない、極めて一般的な御堂の部屋である。

 

 

 鬼が潜んでいるわけでも血臭や血の跡が残っているわけでもない。若干拍子抜けをした真菰(まこも)は僅かに強張った肩の力を抜いて、御堂の外へと出る。

 

 

信乃逗(しのず)、御堂の中には特に変わったものはなかったよ?……外には何かあるの?」

 

 

 真菰(まこも)が御堂に入った時と同じように依然としてグルグルとお堂の周りを歩き回っている信乃逗に向けて真菰が問いかける。

 

 

「あぁ、真菰(まこも)、御堂の中っていうよりは外の方にも何だか妙な気配がするような気がしてな。その違和感を探しているんだが……おぉ、この辺だな」

 

 

 そう言って信乃逗(しのず)が立ち止まったその場所は一見なんの変哲もないただの草むらで、そこから先にはただ林が覆い茂っているだけだ。

 

 

「これは、思ったよりも厄介な能力だな、先にきた隊士がやられたのも無理ないねこりゃ」

 

 

 そう言って信乃逗(しのず)は違和感のあるという場所で立ち止まると、腰に差した日輪刀を抜き放って何もないように見える草むらに向けて横一線に振り抜いた。

 

 

「うん?……へ!?そんな!?ここは確かに草むらで……」

 

 

 真菰(まこも)には信乃逗(しのず)が急に草刈りでも始めたようにすら見えたが、どうやらそれは間違いだったようだ。信乃逗が切ったのは草ではない、信じられないことに空間そのものだ。

 

 草を切るはずの信乃逗(しのず)の放った一閃は草をすり抜けるようにスラリと振り抜かれ、その次の瞬間にはただ草むらのように見えた空間は、ボロボロとまるで煉瓦の壁が崩れるように消え去り、その先に全く別の光景を映し出していた。

 

 今まで見ていた光景はなんだったのかと、そう疑問に思ってしまうほどそこに映る光景はあまりにも違う。新たに現れたその空間は洞穴のようになっており、見事なまでの階段が地下に向かってまっすぐに伸びていっている。

 

 

「やっぱりそうか。いや、なんとなく振ってみたら斬れたわ」

 

 

 呆然とした様子でその階段を見る真菰(まこも)とは対称的に、陽気な様子で嗤う信乃逗(しのず)の笑顔は普段見せる気さくなそれとは違って恐怖を覚えるような不気味なものだった。

 

 

信乃逗(しのず)……これ、どういうこと?」

 

 

 困惑のあまり言葉を詰まらせながら、真菰は信乃逗に問いかける。

 

 

「……まぁ言ってしまえば単純なんだけど、要は幻覚だったってことよ。あの草むらはただのまやかしで、この階段を隠してたってところでしょ」

 

「幻覚、そんな特殊な血鬼術を使うなんて……ぁっ」

 

 

 そこで真菰(まこも)は先程御堂に感じた違和感を思いだした。

 

 

 外からこの場所を見たとき、こんな辺鄙な場所にある村にしてはやけに真新しい御堂だと思った。だけど、実際に入って扉を開けたりした時に感じたあの床の軋み方、そして扉を開く音。まるで長年使ったかのような古びた物特有の匂い。これらから察するにこの御堂も先程信乃逗が斬った草むらと同じ幻覚に違いない。

 

 

「……信乃逗(しのず)、多分この御堂も幻覚」

 

「あぁ、何だかそれっぽい感じはしてると思ったけど、真菰(まこも)のその反応を見るにそっちも幻覚かなぁ。ただこっちとは違ってそっちは古びた御堂を真新しく見せてるだけみたいだけど」

 

 

 真菰(まこも)の言う御堂の幻覚は、先程信乃逗(しのず)が見つけたような何もない場所に虚像を作って誤魔化すだけのものではない。何もない場所に御堂の幻覚など創り出しても、触れようとした瞬間には透過してすぐに気付く。

 

 

 今回の場合は古びた御堂の上に御堂自体を不気味に感じさせないよう真新しく見せる幻覚がかけられている。実体のあるものに見た目には全く違和感を持たせないだけの幻覚を重ねかけているのだ。

 

 

 だから真菰も入るまで気付くことができなかった。

 

 

 これだけの精度の幻覚を持続的に創り出す。それだけでも十分に脅威的な能力だ。間違いなくその辺りにいる雑魚鬼ではない。並の隊士が何人来たところで十分に対処できるだけの力をこの鬼は持っている可能性が高い。

 

 

「もしかして今回の鬼って十二鬼月ってやつなのかな?」

 

 

 鬼の持つあまりの能力の高さに同じ結論に至ったのか、不安そうな口調で真菰が信乃逗に問い掛ける。

 

 

 その疑問には信乃逗(しのず)も否定は出来ない。

 

 

 答えを返さない信乃逗(しのず)の様子を見て、真菰(まこも)は一層不安な気持ちになる。これはもしかして、いやもしかしなくても最悪な状況に陥ってるのではなかろうか。そんな懸念が真菰の中には浮かび上がる。

 

 

 仮に十二鬼月のような強力な鬼が相手なら、新米隊士2人だけではあまりに荷が重い。十二鬼月でなかったとしてもここの鬼の能力は非常に厄介だ。2人だけでは万が一の場合、全滅することも十分にあり得る。

 

 

「……万が一を考えると確かに一度引いて、増援を呼んだ方がいいかもなぁ」

 

 

 命に関わる危機的状況にもかかわらず、信乃逗は割と呑気なものでどういうわけかあまり深刻には捉えていないようだ。

 

 

「…さっきから妙に余裕だけど一体、「あらら、そんなこともできるわけ」……っ!?」

 

 

 何をそんなに自信を持っているのか、そう問おうとした時、信乃逗(しのず)が呟くように真菰(まこも)の言葉に重ねてくる。

 

 口調こそ先程と変わらず呑気なものだが、彼の表情は厳しく視線を鋭くして周囲を見渡している。

 

 

「……これは、霧?」

 

 

 急に変わった信乃逗(しのず)の雰囲気に真菰(まこも)も慌てて周囲を見渡せば、先ほどまで日の光がさしていた筈の御堂の庭の周りは一体いつ現れたのかというほどの濃い霧に囲まれていた。

 

 

(……全く予兆がなかった。これも幻覚?)

 

 

 あまりにも濃い霧に阻まれ、先程まで眩しいほどに差し込んでいた陽光も完全に陰ってしまっている。

 

 

 それはつまり今この場所は、鬼が活動できるようになったということだ。

 

 

「……いやー昼間だと思って油断したわ。日が差している時間も活動が可能とはね」

 

「呑気なこと言ってる場合?……これだけの霧をこんな短時間で作りだすことができるなんて明らかに並の鬼じゃない」

 

 

 緊張から真菰(まこも)の額には冷や汗が浮かぶ。

 

 

「この霧がただの幻覚で能力が人を惑わすことに長けているだけなら、案外大したことない鬼かもしれんぞ」

 

 

 なんという楽観的な考え方。

 

 

 能天気にも程があると真菰(まこも)が注意しようとしたその時、それはやってきた。

 

 

「へぇ〜言ってくれるじゃん。なら、試してみる?大したことないやつかどうか。……ねぇ、鬼狩りさん」

 

 

 空気が明らかに変わった。

 

 それが姿を見せた途端、言葉を発した瞬間、重苦しい、重厚感のあるものへと空気が変質する。

 

 

 2人の鬼狩りはほぼ同時に声の聞こえた方に顔を向ける。

 

 

「……ねぇ信乃逗(しのず)、あれのどこが大したことないって?」

 

「ごめんなさい、調子に乗りました。いやまさか本当に出てくるとは。……見た目は可愛いんだけどね。てか、なんであいつ浮いてんの?」

 

 

 身長よりも長い黒い髪を垂れ下げた少女の姿をしたその鬼は、2人の頭上に、まるで最初からそこにいたかのようになんの前ぶれもなく現れた。

 

 

 容姿こそ真菰と大して変わらない年齢のように見える。だか、鬼に見た目通りの年齢など期待できない。

 

 事実、目の前のあれは明らかに鬼になって数年なんて生易しいものでは恐らくない。一体何人喰らえばあのような禍禍しい空気を出せるのか。

 

 今まで感じたこともない重苦しい空気に真菰(まこも)は緊張から思わず喉を鳴らして唾を飲み込む。

 

 

「人様の家の扉をいきなり壊してくれた上に、そんな風に言われたんじゃ無事には返せそうにはないよねー」

 

 

 完全に萎縮した様子の人間を見て、ニタリと口元を不気味に歪めて少女の鬼は囁く。

 

 

「……あれー?なんかそれ、全部俺のことじゃない?登場したばっかなのに俺にだけ随分と殺意高くない?」

 

「……自業自得だね。頑張って追い掛けられて」

 

「冷たくない!?その反応はあんまりじゃない!?」

 

「くふふふ、お兄さん達面白いね。どう?大人しく私のご飯になってくれるなら楽に殺してあげるよ」

 

 

 2人を頭上から見下ろしていた鬼の少女は、どうやらこの会話が気に入ったらしい。嗤いながら、明らかに人を見下した提案をしてくる。

 

 

「貴方には悪いけど、鬼の食事になんて絶対ならない」

 

「俺も。可愛い子とご飯を食べるならともかく、可愛い鬼の食事になる気はさらさらないです」

 

 

 無論、鬼狩りである2人がそんな提案を受け入れるわけもない。

 

 

「……残念だなぁ。じゃあ苦しんで死ね」

 

 

 彼女のこの一言で戦いの幕は切って落とされた。

 

 見開かれた少女の瞳には下弦 陸と、確かに刻まれていた。

 

 




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