鬼狩りは嗤う   作:夜野 桜

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十二鬼月の少女 上

 

 

 

「うぉぉぉー!?」

 

 

 深い霧の中に、地面を抉るような激しい轟音と共に、その悲鳴なのか雄叫びなのか分からない声は、鳴り響いていた。

 

 声の主はもちろん信乃逗(しのず)だ。

 

 宙に浮いた少女の姿をした鬼が、そのか細い腕を振るう度に信乃逗(しのず)が直前まで立っていたはずの地面が轟音と共に陥没する。

 

 

「あははは!いいよ!いいよ!お兄さん、もっと私を楽しませて!」

 

「やだ!なにこの暴力的な娘!?お前を楽しませるために叫んでんじゃねーよ!?」

 

 

 子供のように無邪気に笑いながら、腕を振るい続ける鬼に信乃逗(しのず)は叫びながら身を捻って得体のしれない鬼の攻撃から逃げ続ける。

 

 

(くそ!いったいどういう理屈でそうなる!?)

 

 

 割と余裕でやり取りをしているように見える信乃逗(しのず)だが、実のところはかなりギリギリである。

 

 あの鬼の少女は登場してから一度たりとも動いていない。最初に現れたあの場所から宙にむかってひたすらに右へ左へと腕を振るっているだけだ。

 

 だが、たったそれだけの動作で少女の腕の振るう方向にあるものはまるで何かとてつもない力で殴られたかのように凄まじい衝撃を受けて轟音と共に大きく抉り取られる。完全なる不可視の攻撃。その攻撃の正体が全く見えない。

 

 幸い、少女の振るう腕の向きに気をつけていれば今のように避けられない事はない。

 

 ただし、一発でもまともに受ければ、か弱い人間など即死ものの衝撃であることは、目の前の小さな落とし穴のようになった地面から見ても明らかだ。

 

 

(どんだけ穴を掘るのが好きなんだよ!もうお庭が穴ぼこだらけにってなるんですけど!?これ掠っただけで成仏出来ちゃいそうなんだけど!)

 

 

 鬼の攻撃を避けるのに精一杯な信乃逗は、腰に差した刀の間合いにまだ一度たりとも入ることができていない。

 

 その為信乃逗はただひたすらに避け続ける。叫びながら、鬼の注意を引くように、鬼が気付かないように。信乃逗の一挙一足、全ての動きが鬼の少女の目を、注意を、意識を、信乃逗へと引きつける。

 

 この場にいるのは信乃逗だけではない。

 

 もう1人、怖ーい鬼狩りの少女がこの場にはいるのだ。

 

 ニタリと口元を歪めて嗤う信乃逗を見た鬼の少女の全身にぞくりと悪寒がはしった。

 

 

(な、なに、今のは?)

 

 

 妙な胸騒ぎのような得体の知れない感覚に鬼の少女の思考が一瞬停止する。

 

 

「全集中 水の呼吸 」

 

 

(!?)

 

 

 突然聞こえたその声に、鬼の少女は勢いよく頭上に向けて顔を上げる。

 

 そこには先ほどまで地面を這い回って逃げる男と一緒にいた筈のお面をつけた小柄な少女が、蒸気のような息を吐きながら、握り締めた刀を今にも振り抜こうとしている姿があった。

 

 

(上!?いつのまに!?)

 

 

 完全に認識できていなかった真菰(まこも)の動きに、鬼の少女は驚愕して目を見開く。

 

 

壱ノ型(いちのかた) 水面斬り(みなもぎり)

 

 

 文字通り水面を斬るかのように水平に放たれた斬撃は斬ったと、真菰(まこも)がそう確信するほど完璧なタイミングでの奇襲だった。

 

 

 しかし、それは間違いである。

 

 

(っ!?手応えがない!)

 

 

 真菰(まこも)の放ったその斬撃は、間違いなく鬼の少女の首を捉えた筈だ。だが、放った技はまるで空気を斬ったかのようにするりと少女の首をすり抜ける。

 

 

 仕留め損なったことを悟った真菰(まこも)は、瞬時に離脱を図ろうと空中でその身を(ひね)るが横合いから強烈な衝撃を受けて大きく吹き飛ばされる。

 

 

「かはっ!?」

 

 

 真菰(まこも)は御堂の近くに生えた大樹に受け身も取れずに衝突し、衝撃で肺から強制的に息を吐かされ地面へと崩れ落ちる。

 

 

真菰(まこも)!っく!?」

 

 

 確かに鬼の首を斬ったはずの真菰(まこも)が、空中で突然弾き飛ばされた光景を下から見ていた信乃逗は大樹にぶつかった真菰に駆け寄ろうと走りだすが、その信乃逗(しのず)の一歩先の地面が轟音と共に陥没する。

 

 

「ダメダメ、お兄さんは今は私と遊んでるんだから、他の女の子のところになんて言っちゃダメだよ?」

 

 

 まるで先程と変わった様子もなく、依然として余裕の表情で頭上に浮かぶ鬼の少女の姿に横目で倒れた真菰(まこも)を見ながら信乃逗(しのず)は歯噛みする。

 

 

 先程の攻撃は目の前の鬼にとって完璧な奇襲だったはず。あの反応を見るに間違いなくあの鬼は真菰の動きには勘付いていなかった。

 

 

「……あらら、嫉妬してくれてるのかなぁ。……ねぇお嬢さん。お兄さんちょっと聴きたいんだけど、今のは一体どうやったのかなぁ?」

 

 

 信乃逗(しのず)の目にも、真菰(まこも)の刀は間違いなく鬼の急所である少女の首を捉えていたように見えた。

 

 

 だが、不思議なことに眼前の浮遊する鬼の少女はまるで斬られた様子が見えない。

 

 

 ただ斬れなかったのならまだ分かる。眼前の少女が本当に十二鬼月であるというなら、当然簡単に首は落とせないだろうとは思っていた。

 

 しかし、真菰(まこも)の刀は強力な鬼に特有の硬度な皮膚で止められることはなかった。まるで空気を切るかのように素振りでもしていたかのようにするりとその刀身は鬼の首をすり抜けた。

 

 

「うーん、お兄さんがさっきのお姉さんをどうやって隠したのか。それを教えてくれたら、私も教えてあげてもいいよ?さっきのはお兄さんがやったんでしょう?」

 

 

 どうやら目の前の鬼は厄介な血鬼術以外にも、幼い見た目にはそぐわない頭の良さまで持ち合わせているようだ。

 

 

(……まいったなぁ)

 

 

 先程の奇襲の絡繰の内容まではばれてないようだが、仕掛人が信乃逗であることは既にこの鬼には悟られているようだ。

 

 正直なところこの技量の相手にそう何度も通用するような技でもないのだが、少ない手札を自分からばらすようなことを少なくとも信乃逗(しのず)はしない。

 

 

「……悪いけど、種明かしはしない主義なんだ」

 

「へぇー、そう。じゃあ私も教えてあーげない!つまらなくなってきたら殺しちゃうからまだ何か面白いことできるなら早く見せてね、お兄さん」

 

 

 ニタリと幼い見た目には似合わない妖美な微笑みを浮かべて、少女は再びその腕を振るい始める。

 

 

 




よく考えたらアクション系のシーン初めて書きました。
すっごく難しくない?
読みずらかったら申し訳ないです。

今回も御一読頂いてありがとうございます!
御意見・御感想頂けますと幸いです!
次回もお楽しみに!

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