鬼狩りは嗤う   作:夜野 桜

6 / 90
上ときたらやっぱり中もいれないとね!


十二鬼月の少女 中

 

 

 

「おっとっと!?いや、ほんとにっ、暴力的だね!」

 

 

 鬼の少女が腕を振るい始めたと同時に、轟音と共に再び抉れ始める地面に信乃逗(しのず)は必死に身を捻って躱し続ける。

 

 威力も速度も先程と全く変わった様子はない。

 

 この威力で至近距離から受けたのならば、真菰(まこも)は果たして無事なのか。吹き飛ばされた真菰(まこも)の様子を横目に確認しながら信乃逗(しのず)は考える。

 

 この威力をまともに受けたのなら、五体満足でいられるとも思えないが、少なくともこの場から見る限り、真菰(まこも)は人の姿を保っている。

 

 

(あー!もう!診にいきたいけど、この攻撃がほんとに邪魔!もはやうざいわ!?)

 

 

 頭もよく、理解出来ない複雑な血鬼術、そして地面を陥没させるほどの攻撃力の高さ。

 

 これで本人は未だに遊んでいるつもり、あの様子ではまだ全く、あの鬼の少女は本気を出していない。幼い容姿をしていようとも、さすがに十二鬼月(じゅうにきづき)と言われるだけの類の強さがある。

 

 

 これまで倒してきた鬼などこの鬼の少女の前では赤子同然。

 

 

 まさしく格が違い過ぎる。

 

 

 だが、これでも下弦(かげん)、それも(ろく)だ。

 

 

 信乃逗が強いとそう認識している目の前の彼女ですら十二鬼月(じゅうにきづき)の最弱。

 

 

 なら自分が殺そうとしている鬼は一体どれほど強いのだろうか。

 

 

 信乃逗(しのず)の脳裏に嘗て経験した惨劇が浮かび上がる。そしてそれに付随するかのように信乃逗(しのず)の中の憎しみと怒りも同時にかま首を上げる。

 

 

(……俺は殺すと決めた。あの夜に鬼を消すと、そう決めた筈だ)

 

 

 ならばこの程度の相手に一体自分は何をもたついているのか。

 

 

(考えろ。必ず何か秘密がある……)

 

 

 あの鬼の能力は幻覚だとしても、この地面を抉る攻撃やさっき真菰を吹き飛ばした衝撃は明らかに幻などではない。実態をともなったなんらかの攻撃が幻で隠されていると見るのが妥当だが、その正体がなんなのかが今の信乃逗にはまるで掴めていない。

 

 

 そして信乃逗にとってなによりも不可解なのがこの霧だ。どれだけ巧妙で実物そっくりに作り出そうとも幻は幻だ。幻覚で霧を生み出したところで、本当に陽の光を霧で覆えているわけではないはずなのだ。

 

 だから最初霧が出てきた時に、信乃逗(しのず)は鬼が出てくることを考えていなかった。言うなれば焦って退却させようとしているブラフのようなものかと考えたのだ。

 

 

 だが、実際に鬼は出てきた。

 

 

 陽光に照らし出されることを恐れるわけでもなく。自信たっぷり余裕綽綽(よゆうしゃくしゃく)の様子で、頭上にまるで最初からそこに居ましたというように。

 

 

 鬼が出てきている以上少なくともこの濃霧は本物の霧だ。瞬時に陽光を遮る程の濃霧を作り上げ、幻覚を生み出す力があり、さらには地面を陥没させるほどの衝撃波のような攻撃が可能な血鬼術。

 

 

(多才過ぎるだろ!?そんな才能羨ましいわ!?)

 

 

 考えれば考えるほど絶望的な気がしてくる。

 

 これで十二鬼月(じゅうにきづき)最弱なのだから面白い冗談だ。

 

 ただの幻覚なら、信乃逗(しのず)にとって見破ること自体は難しいことではない。あの地下に続く階段のように無い物をあるように見せかけているだけなら集中してみれば分かる。

 

 

 だがその信乃逗(しのず)の感覚を持ってしても、あそこには確かに少女の鬼がいるのだ。

 

 

(なら何故、さっき真菰の刃はすり抜けた!?)

 

 

 幻覚で認識させられた少女ではない。あの空間には間違いなく少女がいる。にも関わらずまるで幻覚であるかのようにあの少女の首元を真菰の刃は通り抜けた。その事実がより一層信乃逗(しのず)を混乱させる。

 

 

「さっきから避けるばかりでつまらないよ、お兄さん。もう、せっかく久しぶりに人と遊べると思ったのにもっと楽しませてよ!」

 

 

 少女のその言葉に信乃逗(しのず)は一瞬、違和感を感じる。彼女の言いようではまるで人と会うのが久しぶりであるかのように感じたのだ。

 

 

(子供や隊士が行方不明になっているのはこの鬼が原因じゃないのか?)

 

 

 信乃逗(しのず)の意識が一瞬思考に持って行かれたその時、鬼の少女がニタリと不気味に嗤う。

 

 

 別段、少女の腕を振るう速度が早まったわけではない、だというのに地面の抉れる範囲が広がった。突然に拡がった攻撃範囲に信乃逗(しのず)は飛び上がって避けようと試みるが僅かに間に合わず左足が衝撃の範囲内に残ってしまう。

 

 

「がぁぁっ!?」

 

 

 足に激痛が走り、次いで地面を抉る衝撃の余波を受けて、信乃逗はゴロゴロと地面を転がっていく。

 

 

 回転する身体で、なんとか受け身を取りながらフラフラと立ち上がろうとする信乃逗(しのず)を鬼の少女は余裕の表情で見つめる。

 

 

「あれー?それで終わり?それじゃあつまらない、つまらないよお兄さん。

つまらないなら死んっ!?」

 

 

 よろよろと立ち上がる信乃逗(しのず)に向けて鬼の少女が手を振るおうとしたその時、不意に彼女の全身に怖気が走る。

 

 

「水の呼吸 捌ノ型(はちのかた) 滝壺(たきつぼ)!」

 

 

(また、上!?)

 

 

 突如響くその声に、鬼の少女が上を見上げれば今まさに刀を振り抜こうとする鬼狩りの少女の姿。

 

 

 それを認識した瞬間、再び水の刃が彼女の頭上から襲いかかる。

 

「あがっ!?」

 

「あたった!」

 

 

 今度こそ得られたその手応えに真菰《まこも》は驚愕の声を上げる。彼女が鬼の頭上から地面に向けて放ったその技は確かに鬼の少女の両手を確かに切断していた。

 

 その様子を下から見ていた信乃逗(しのず)は、左脚の傷を確認しながら思わず嗤う。

 

 

(あぁ、そういうことかクソ鬼め)

 

 

 自らの振るう刃があの鬼の首をはねる場面を想像して信乃逗(しのず)は残酷に嗤う。

 

 

 

 

 一方の鬼の少女は、両腕に走るその衝撃に目を見開いて驚愕していた。

 

 

 鬼になって数十年、幾度となく鬼狩り達に襲われてきた。だが鬼になってこれまで1度としてここまでの傷を負ったことはない。

 

 

(斬られた?私が?誰に?)

 

 

 斬られて飛んでいく両腕を横目に自身の腕を始めて切断した相手を見やる。

 

 

(あぁ、この女かぁ、こいつはまだ動けたのか、こいつは私が斬れるのか?私のおもちゃの癖に、私を傷つけるのか)

 

 

「痛いなぁ、痛いなぁ!!おもちゃの癖に!人間の癖にぃ!!血鬼術!幻影鋼弾(げんえいこうだん)!」

 

 

 瞬時に再生を終えた鬼の少女がその手に握るのは、自身の血で染め上げて強度を上げたいくつもの小さな鉄の玉。その鉄の玉を渾身の力で投げつけ幻で隠す。そうすればこの鉄の玉は人間にとっては不可視の攻撃となる。

 

 

 先程まで信乃逗達を翻弄していたのはまさしくこの異能によるもの。

 

 

 鬼の持つ能力の中でも、最も近距離において高い威力を誇るその技を鬼の少女は真菰(まこも)へと繰り出す。

 

 

(今度こそ殺した!この女を殺した!)

 

 

 完全に避けることの不可能なそのタイミングに、真菰の死を確信した鬼の少女は次に聞こえた声に驚愕することになる。

 

 

「おいおい、俺を忘れてるぞっ!鬼っころ!」

 

 

 声のする方向に再び意識を向ければ、先程自身が間違いなく壊しかけた筈のもう一つの玩具が真下にいた。

 

 

「なっ!?」

 

 

(あいつは片足を壊したはず!何故立っていられる!?)

 

 

 鬼の少女の真下から蒸気のような息を吐きながら、信乃逗(しのず)は居合いのような構えを上空へと向けてとる。

 

 

(から)の呼吸 参ノ型(さんのかた) 轟天雷(ごうてんらい)(こく)

 

 

 漆黒の稲妻が空へと立ち昇っていくように大きく跳躍した信乃逗がその勢いを一切殺すことなく、下から宙に浮かぶ鬼の少女を斬りあげる。少女の放った数多の鉄の玉すらも含めて少女の身体は縦に斬り裂かれる。

 

 

「なぁぁ!?」

 

 

 その強烈な痛みに少女の身体には似つかわしくない呻き声を上げながら、斬られた衝撃で脚を踏み外したように鬼の少女は地面へと落ちていく。

 

 

 それと殆ど同時に少女がただ浮かんでいるように見えたその空間に亀裂が走り、ぼろぼろと剥がれ落ちていく。隠された空間に出てきたのは木と木の間に結ばれた一本の太い締め縄のようなもの。鬼の少女がまるで浮いているように見えたその仕掛けは、実に単純なものだった。

 

 

 幻術で隠した締め縄の上に彼女はただ立っていただけだったのだ。

 

 

「やっとわかったよ、お嬢さんの異能のからくりが。……どうだい今まで見下ろしてた人間に見下ろされる気分は?」

 

 

「くぅっ!」

 

 

 

 地面へと落ちた鬼の少女は苦痛に顔を歪めながら数歩先に立つ信乃逗(しのず)を見上げる。その様子を信乃逗(しのず)は楽しそうに口元を歪めて見つめていた。

 

 

 

 




はい!今回も御一読頂きましてありがとうございます!
御意見・御感想頂けますと幸いで御座います!

毎回の如くいいますが真菰ちゃんは神です。

次回も宜しくお願い致します!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。