煮え切らない女兵士   作:大根1872

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何となく悪役を応援したくなる、そんな突発的で幼稚な動機で書き始めました、そのため若干帝国贔屓な内容となりますので、その点どうかご容赦を

それでは、どうぞ


一話

 

その日、警備隊に所属する兵士、セリュー=ユビキダス三等軍曹は釈然としない気持ちで一人警備隊の庁舎の廊下を歩いていた

 

何でも警備隊長がセリューを呼んでいるそうな、正確には所在を訪ねて回っている事を、日課の巡察から帰ってすぐに係長から教えてもらったわけだ、自分より立場の上の者が探していて、その時、間が悪く席を外していたのなら自分から要件を聞きに行くのが礼儀だ

 

そうゆうわけで、セリューは件の警備隊長の元へと馳せ参じているのだ、それでどうして釈然としないのかと言えば、素直に呼ばれた理由がわからないからだ

 

これといって大きな案件を抱えているわけでもないし、本日の巡察においても帝都は平穏、磔のオブジェクトが少し増えたくらいで、それだけだ、先任曹長や幹部幕僚ならばいざ知らず、単なるヒラ隊員でしかない自分を隊長自ら探しにかかる理由がセリューにはわからなかった

 

まぁわからないからといって、じゃあ放っておけるかと聞かれればそんなわけないので、結局セリューには向かう以外の選択肢は無いわけだが

 

と、そんな事を考えているうちにセリューは目的の隊長室の前に着いてしまった、あとはまぁ成るように成る、そう思い、扉をノックしようとすると

 

(おや?…話し声)

 

扉が遮ってよく聞こえないが、人の声がくぐもったように聞こえる、思えば確かに、今の隊長は着任してから民間人をよく隊長室に招き、変わった事や困っている事などを聞いていた、そういった姿勢にセリューは好感を持っていた

 

成る程そうであれば中に人がいてもおかしくない、客が来ているなら引き返そうかと考えたセリューだったが、しかしセリューは扉をノックした、急ぎの用なら大事だし、ダメなら引き返せば良いと考えたからだ

 

「失礼します!セリュー=ユビキダス三等軍曹です!」

 

セリューの元気な声はオーガに届いたらしく、中で話す声が聞こえなくなり、代わりに警備隊長のドスの効いた返事が来る

 

「入れ」

 

無愛想な返事に従い、セリューは木製の扉を開けて中に入った、廊下とは違う気持ち柔らかいマットの上で、セリューは中の様子を一瞥した、果たしてそこには警備隊長のオーガと、そしてもう一人見知らぬ者がオーガの机の前にいて、若干首を回してセリューを見ていた

 

「来たかセリュー、取り敢えずこっち来い」

 

引く、ドスの効いた声だ、凶悪な顔付きに隻眼、ともすれば一見悪党に見られがちなこの男こそ、警備隊の長にして『鬼』の異名を持つ、名をオーガと言う、新米警備隊員から叩き上げで隊長まで上り詰めた、まさに生粋の警備隊員だ

 

「はい」

 

言われたとうりにオーガの机の前に至り、敬礼をしながらチラリと一瞬、既にオーガの前で休めの姿勢をした人物を見つめた、やはり、セリューには見覚えの無い人物だった、ただその装いには少しばかり見覚えがある、確かそう、何年か前だ、南部の異民族との紛争に勝利してその際戦勝記念パレードが行われた時に、多くの軍人が誇らしげな表情浮かべ、帝都のメインストリートを闊歩する中ただ一行、つまらなそうに列中をトコトコ歩き続ける部隊がいた事をセリューはたまたま覚えていた、彼らも、そして目の前の人物も同じような服装をしている、帝国兵何万いても戦闘服の上に制服の外套を羽織るような着方をする軍は一つしかないかない、たしか…

 

(北軍、どうしてこんなところに)

 

北軍、北部方面軍の略である、帝国の軍隊は大きく東西南北の4つの方面軍と、首都帝都に本部を置く近衛師団、そしてこれは噂程度だが、既存の指揮系統とは別で暗殺専門の部隊があるとか無いとか、まぁとにかく、北軍とは帝国領北方を守護する事が任務の軍で、基本的に北方以外の地域には現れない、まして近衛師団の末端組織でしかない警備隊など来る意味が全く無いのだ、セリューが疑問に思うのも仕方なかった

 

「不在間探しておられた様なので、こちらから伺わせて頂きました!」

 

敢えて隣の人物には触れない様に要件を言った、セリューの入室を許可した時点で自分に何かしら関係があるのだろうと、半ば直感で判断した、はたしてそれは正しかった様で、切り出したのはなんとオーガではなかった

 

「オーガ大隊長、もしかしてこの子が?」

 

発せられた声は隣からした、女性のものだとわかったが、ひどく掠れていて、その声とチラリと見たときに軍服越しに感じた女性っぽい体つきで何とか判断できる、くらいのものだ、しかしそれよりも驚いたのは、セリューの言葉にオーガが返事をするよりも先に言葉を発した事だ、失礼だとか思うよりも先に、この女性の立場がそうなのではと思ったが、しかし根拠は何もない、全てはオーガの出方次第であった

 

オーガはまず女性の方の返事をした

 

「あぁまだ若いが能力はピカイチだ、アンタの行動の妨げにもならんし、色々学ぶこともあるだろ、変に歳くった連中よりずっと組みやすいと思うぜ」

 

「なるほど、しかしそれ程優秀な隊員と組ませて貰うのはちょっと、その、彼女にとってはどうなのですか?」

 

「コイツの心配は無用だぜ、アンタといる間は人事の評定は良いように取り繕ってやるし、それにまぁ、資料を読んだ限り別に素人ってワケじゃなさそうだ、セリューにとっても良い刺激になるだろう」

 

「まぁそうゆう事であれば」

 

「こうゆう交流は大事だ、帝都にゃいまどでかい悪党どもが住み着いてやがる、アンタほどの兵士がいりゃあ頼もしい、セリューだけじゃない、ウチの若い連中も鍛えてやってくれ、その代わりコッチの流儀やノウハウは全部持ってってくれて構わない、頼んだぞ」

 

セリューを置いて話が進む、と言うかもう終わりそうだ、一応話の流れで色々想像してみたセリューだが、その根幹がわからない以上手も足も出ない、正直思うところがないわけじゃないが、今は黙って事の成り行きを見守る事にした、いや、それしかできなかった

 

それからまた、オーガと女性がセリューにはわからない話を2、3言話してから、最後に女性がセリューの方を向き、肩に手を置いてもう片方の手を差し伸べた、握手を求められている事に気がついたセリューは、急いで差し出された手を握った

 

「モーリアン=ゲートハートだ、よろしく」

 

「こちらこそ、未熟者ですがご指導の方よろしくお願い致します(と、言ってはみましたけど)」

 

話の流れでそれっぽいセリフを言ったセリューたが、しかし内心いったい何に対してよろしくしているのかわからなかった、何の説明も受けていないのだ、ある日見知らぬ人にいきなり〝よろしくね〟と言われたようなものだ、はっきり言おう、全くよろしくない、少なくともセリューにとっては

 

しかしわかる事もあった、まず名前、モーリアン=ゲートハート、帝国の西側で良く聞く発音だ、出身か、或いは親のどちらかの生まれがそうなのだろう、次に階級、外套の左腕上腕部にくっついている肩章が表した階級は少佐、なんと大隊を指揮できる立場の人物だ、そして容姿、髪はよほど短いのだろう、ベリーショートといったころか、ベレー帽から覗く髪はくすんだピンク色で、握った手は白手袋越しにもわかるほど、ゴツゴツしていた、そして何よりセリューの目を引いたのは、その目、氷のように冷たいとか、石のように無機質だとか、別にそう言った印象はなかったが、何となく、そう

 

(怒ってる?)

 

無表情だからだろうか、わからない、ただセリューは何となくそう思った、この出会いがこの先長くなるバディとのファーストコンタクトになるとは、この時のセリューには知る由もない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、さっきの人は何だったのですか?」

 

握手を済ませたゲートハート少佐は、まだ身辺整理が終わってないとか何とかで席を外した、いや、正確にはオーガがそうするように言って、それに従った、身辺整理が終わってないと言うことは一時的に警備隊に来ていたのではなく、それなりに長く警備隊、もしくは近衛師団にいると言う事だ、そんなことすらセリューは知らない

 

さっきまで散々お預けをくらったセリューは、若干詰め寄るようにオーガに問いただした、オーガは特に動じる事はなく、逆に落ち着いた目でセリューを見返した

 

「逆にお前は何だと思う?」

 

「何って、それは…」

 

予想外の返答にセリューは少しだけたじろいだ、そしてオーガに言われた通りゲートハート少佐について考える、ちなみにオーガの狙いはセリューの意見を聞く事ではなく、一度思考を挟む事でセリューを落ち着かせようとしているのだ、そうとも知らないセリューは先ほどまでの話の流れを思い出そうとする、まったく素直な子であった

 

セリューは頭の中で確定した情報のみで仮説を立ててみる

 

(北軍、上級士官、少佐、前線勤務有り、女性、警備隊、鍛える、ふむふむ、なるほど)

 

「まったくわかりません」

 

セリューはきっぱりと答えた、わからないものはわからないし、知ったかぶったり、憶測で物事を判断するのはセリューの最も苦手とする行為だ、清く、正しく、潔く、この三つこそセリューの信じる美徳であった

 

「まぁ、そうだよな」

 

ため息をつくような口ぶりであるが、別にオーガはセリューに失望失望した訳ではない、逆に変な憶測が無い分話しやすくもあった

 

オーガはおもむろに机の引き出しを開けて一つの紙束を取り出すと、それを放り投げるようにセリューに渡す

 

「?これはいったい何ですか?」

 

「人事書類だ、あの少佐についてはそこに全部書いてある、目をとうしておけ」

 

「こ、これ全部ですか!?」

 

厚い、渡された書類は信じられないほど厚かった、基本的に人事書類は厚くならない、その人物の簡単な略歴と家族構成や身体情報などの個人情報しか書かれていないからだ、自然と軍歴が長いもの程厚くなるが、それでも重みを感じるほどにはならない、ちなみにセリューなんかは大体A4用紙5枚くらいで、しかも未記入の欄がちょくちょくある、対して彼女の手に持ったこの書類の重圧感と言ったら、軽く警備隊一個小隊分の量に匹敵する

 

「見た目ほど大した量じゃ無い、後ろの方は真っ黒で読めねぇからな、適当に読んでも1時間もあれば余裕だ」

 

「真っ黒?」

 

「…まぁ、見りゃわかる」

 

セリューは相当手に持った資料を今すぐに読みたい衝動に駆られたが、流石に我慢した、今はもっと聞かなければならないことが沢山あるためだ、だから次にセリューはこう言おうとした

 

〝それで、どうしてこんなもの私に渡すのですか?〟と

 

「……」

 

で、寸断の所で出かけた言葉を飲み込んだ

 

「どうした?急に黙りこくって」

 

自慢ではないが、セリューと警備隊長であるオーガとの付き合いは、幕僚を除いた他の隊員達と比べればの話だが、それなりに長い、殉職したセリューの父親の知り合いなんだそうで、彼女が警備隊に入る前から何かと面倒を見てくれていた、だからまぁ、彼の人となりは少しは知っている

 

オーガという人間は極めてシンプルな男で、まどろっこしい事を嫌うタチがある、話はいつも短くまとめて話すし、同じ事を二度も三度も言わない、特に今みたいに情報を小出しするような事は心底嫌い、彼自身も決してしないのだ、要するに、オーガが情報を言わないのは〝言わない方が良い〟事だからであり、セリューが問いただす事をやめさせないのは、それを強制できる法的な根拠がないからである

 

と、セリューは勝手に解釈した、何の証拠も無いただの憶測であったが、状況を見るに、全て正しいとは言わずも少なからず良い線いってるような気がした、となると、セリューの次の言葉は決まっていた

 

「私は、どこまで教えて頂けますか?」

 

あくまでセリューは下手に出た、これでオーガも教えられる情報を小出しせず纏めて言える、セリューなりの気遣いなのだ、そんな彼女の気遣いを、知ってか知らずか、オーガは相変わらずこれといって何かはんのうする訳でもなく、淡々とセリューの言葉を返すだけであった

 

曰く

 

「お前にはあの少佐とバディを組んでもらう、配属先は変わらず捜査課だ、在勤中はあの少佐の階級は気にする必要はない、そう、たとえお前のとこの分隊長が准尉だとしても、指示には従ってもらう、そうゆう取り決めになってる、だが無礼はするな、敬意を持って接するんだ、わかったな」

 

言うだけ言ったオーガは、椅子の背もたれに大きく体重を預けてセリューに退出させた

 

そしてセリューが退出する直前、最後にこう言った

 

 

 

「あの少佐から目を離すな」

 

 

アドバイスとも警告とも取れるオーガの言葉の真意を、セリューはまだ知らない、胸に突っかかる違和感を何と言ったら良いかわからず、セリューは無言で敬礼して、オーガの部屋を後にした




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