第二の美少女開発者(♂)は孤独な世界でただ崩れゆく 作:Natrium
少なくとも、キリトにとってはそのつもりであった。
あの男は回廊結晶を悪用して――恋人を失ったという発言。恐らくは、同じモンスターを利用したMPKが狙いか――椎名葵を殺害しようと目論んでいる。
出現させた通路の先に彼女を放り込めば、あとは放置するだけで構わないとでも考えているのだろう。
確かにその通りだ。
現在彼女は心神喪失状態にある。機械仕掛けのモンスターには食欲は存在しないものの、奴らにとっての格好の獲物である事実に変わりはない。放っておけば、戦う意思の無い彼女はそのままHPを削り落とされ死んでしまう。
しかし、だ。
だからと言って、一人じゃ何も成し遂げられないなどと思いあがるなよ。
椎名葵はモンスターによって殺される。だが、彼女は僅かに残された管理者特権によって攻略組をも上回る高ステータスを誇っているのだ。
相手の使用武器は二十五層ドロップ程度の切れ味しかないなまくらだ。だから、彼が言う自殺場所のモンスターもさほどは強くはないはずだ。高く見積もっても三十層あたりか。
バトルヒーリング、戦闘時自動回復スキルを彼女が持っていれば死亡することはまずあり得ない。そうでなくてモンスターの攻撃を無抵抗で受け続けたとしても、助けに行けるだけの時間は十分に残されている。
出現した門が閉じるのは、今からおよそ五分後。それまでに二十人ほどの障害を排除して回廊に飛び込めば、彼女を救い出す光明も見えてくる。
だから、鋭く足を踏み出して、威嚇を兼ねた重突進ソードスキルを繰り出そうとしたところで―――己の耳を疑った。
「
直後に、抑圧されながらも静かな燃焼を続ける、それでいて烈火の如き一撃が横薙ぎに襲い掛かった。
黒の剣士のものではない。当然だ、彼は異常事態と悟るにソードスキルの発動を即刻取り止めたのだから。
翻ったのは、白を下地に刺繍が為されたサーコート。ある意味では黒を基調とするキリトとは正反対とも言えた。
「……。珍しく、アスナ君から緊急事態の連絡が入ったと思って来てみたが……」
被害者だと捲し立てる男を容赦のないノックバックで十数メートル吹き飛ばした下手人は告げる。内に隠した激情を、今は表に出すべきではないとロールプレイで覆い隠して。
奥歯を噛み砕く。
「誰かこの状況を説明してもらおうか。ことによってはキリト君。……君に、刃を向けることにもなりかねん」
神聖剣を以って戦線を支え続ける鋼の男、ヒースクリフが戦場を余すことなく支配する。
2
「血盟騎士団……。それも団長の、ヒースクリフだとっ?」
「おい、おいおいマジかよ。クソガキ一匹ならまだしも、攻略組のトップまで出張られちゃ流石に勝ち目がねぇって……」
その投石が起こした波紋は劇的だった。
幾十人ものプレイヤーが、中途半端に武器を構えたまま一斉に浮足立つ。
首謀者は生命の碑に激突したこともあってかまだ伸びたままだ。統率者を失ってしまえば、軍勢なんてそんなものなのかもしれない。
「アスナ君からある程度の情報は聞いている。……なぜ、こうなってしまう前に連絡の一つも寄越せなかった」
すべて俺が止めたからだ、とはとても言い出せそうになかった。
ただでさえ受け止めきれないような罪が、さらに肥大化してしまうような気がしたから。
「それもアスナ君が、血盟騎士団の副団長が居合わせながらだ。せめて私に一言でも声を掛けてくれれば……ッ、いいや。周りの大人たちに相談でもしていれば、こんな最悪な結末になることだって避けられただろうに‼」
クラインだったら近くにいた。だが、彼はどこかキリトに従いやすい節がある。
そもそもアスナのプレイヤーハウス騒動から連鎖して、椎名葵の存在がバレてしまうのを恐れたキリトが仲間の元に帰したのだ。とても言い訳にはできそうになかったし、キリト自身もそんなことをする気にはなれなかった。
だが……。
「……、……かれ、彼女が問題の葵君かね。……くそっ、ああ最悪だ。
やけに理解が早すぎるような。そもそも、奴はどうやってこの場所に現れた……?
回廊結晶。つまり予めこの蘇生者の間を登録ポイントに指定している必要があったはずだ。それなのになぜ……。それともすべてただの偶然なのか?
しかしそう思った矢先に、
「
あらかじめ考えていた
しかし幸か不幸か、
「……ヒースクリフ。実は。その、だな………」
そうやって、すっかりしおらしくなってしまったキリトはポツポツと話し始めた。
東都大を模した空間での出来事から、今に至るまでのすべての事柄を。
「……そうか。君はあの時にはもうすでに気づいていたのだな。それならば、妙な嘘を吐かずに素直に相談してくれればよかったものを……。……、これ以上過ぎたことを嘆いても仕方がないか。とりあえず、今は彼女の保護が最優先だ」
「キリト君‼ かなり場が荒れていそうだったから、さっき独断で団長を呼ばせてもらったわ! 血盟騎士団がここに駆け付けるまで時間を―――って、どうして団長がここに⁉」
「アスナ君か。君も、彼の制止を振り切ってでも……いや、先に場所を移そう。この空間は彼女にとって猛毒でしかない。早くこの石碑から、そしてこのプレイヤーたちから……引き離してあげた方がいい」
数分遅れて駆け込んできたアスナに団長は告げて、本部へ繋がっている回廊結晶の中へと連れて行くようにと指示を出した。
キリトとアスナ。二人がかりで椎名葵をこわれものを扱うかのように運んでいく。
昏く歪んで見る影もなくなってしまった可愛らしい口元からは、うわ言のように現実を否定する言葉だけが溢れかえっていた。されど、そのほとんどが言葉の体を為していない単音の羅列であった。
思わず目を背けてしまいそうなほどの痛々しさ。自らが犯した過ちから、何もかも捨てて逃げ出しててしまいたいともいう感情も湧き上がってくる。
そんな思いに包まれる中、彼らはヒースクリフを残して回廊の中を端から端まで渡り終わる。
牽制のために構えていた戦闘態勢を解き、茅場は振り返って本部に送られた愛弟子の元に急いで駆け寄ろうとした。
「待てよ、オイ……」
だが、それを邪魔して呻きを上げる者が一人。
「……無関係なお偉いさまがいちいちしゃしゃり出てんじゃねぇよ。最強無敗で、単なる友人の一人さえ失ったこともなさそうな、部外者様にゃあ分からんかも知れねぇがよぉ……俺達にとっちゃ
最後まで言葉を続けることさえ許されなかった。
何もかもをも焼き尽くさんとの殺気を全方へと放ちつつ、ヒースクリフは宣告する。
まるで、口答えの一つでもあればこの場で即座に処刑すると言わんばかりに。
「これ以上私を怒らせるなよ。今の私は、少々自分でも驚くほどにはブチ切れている」
それっきりだった。ヒースクリフは門戸の先へと消え失せ、被害者たちもそれを追おうとは思えなかった。
一時の平穏。されど長くは続かない。
多くのものを失って、様々な暗雲を漂わせながらも。第一の騒乱はこうしてその幕を閉ざしたのだ。
圏内事件でキリトにじゃあ頑張って乗馬練習しろよと言われて実際に頑張ったのかGGOで乗りこなしちゃうザザちゃんは萌えキャラポジ(確信)
あ、それと多分これで第一章は終了ですかね?(ガバガバプロット)