TSロリエルフの稲作事情   作:タヌキ(福岡県産)

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注意事項
・今回の話は割とグロテスクな表現があります。そういった話が苦手な方は頑張って読んでください(おい)。


だいじょーぶ、後でちゃんと米ディやるから。
後でね(異端児騒動収束後)。



それでは、シリアスがアップをし始めた第21話をどうぞ。


サンゲキの始まり

 深緑の葉の上を、透明な雫が滑り落ちていく。

 葉の縁で一瞬躊躇うように立ち止まった雫は、覚悟を決めたようにポロリと縁から飛び降りた。

 それを受け止めるのは、地面を絨毯の様に覆っている薄い青色の燐光を放つ苔。

 迷宮(ダンジョン)第20階層から広がる《大樹の迷宮》。燐光を放つ苔に覆われ、全体がうっすらと光っている神秘的な森の中を進むのは、計7つの影であった。

 

「おい、ウィーネ。あの人間の事を考えるのは後にしろ。今はただでさえ危険地帯なんだ、気を引き締めろ」

「あぅ、ご、ごめんね、ラーニェ……」

 

 自らの庇護者であったヘスティア・ファミリアの冒険者たちと引き離され、寂しさからかジッと迷宮の天井を見つめていた《ヴィーヴル》の少女ウィーネにいささかキツめの声で注意したのは、人蜘蛛(アラクネ)のラーニェ。

 蜘蛛そのものの下半身に、美しい女体の上半身を持つ異形の彼女は、次に呆れたような溜め息を吐いて行儀悪くも歩きながらおにぎりを頬張っているリリアを見た。

 

「リリア、おにぎりを仕舞え。今は遠足じゃないんだ、いつ壁から同族たちが生まれ落ちて戦闘になるか分からん」

「むぐっ、けほっ……りょうかい、隊長」

「全く……おい、お前たちも。リリアから受け取ったおにぎりは後で食え、後で」

 

 ラーニェの指摘に米粒が気管に入って咳き込むリリア。

 指摘はもっともであったために大人しく従い、手に持っていたおにぎりを素早く頬張り残りを肩から下げた小型の鞄に仕舞う彼女を尻目に、ラーニェは素早く視線を周囲に走らせて口をもごもごさせている同胞たちにも厳しい声を放った。

 嘴の端に米粒が付いた馬鷲(ヒッポグリフ)のクリフや身に纏った鎧の頭部を小刻みに動かしていた戦影(ウォーシャドウ)のオード、堂々とおにぎりを片手に周囲を警戒していた獣蛮族(フォモール)のフォーや満足げに腹を撫でていた半人半鳥(ハーピィ)のフィアがバツが悪そうな表情で顔を逸らす。

 ……というか、ラーニェとウィーネ以外の全員がおにぎりを食べながら迷宮を歩いていた。

 

「緊張感が無さ過ぎる。周囲の警戒を怠ってはいなかったフォーはともかく、フィアはなんだ、その油断しきった顔は」

「うっ……ご、ごめんねラーニェ」

「次からは移動の際におにぎりを持ってくるのは禁止にするべきか……?」

「「それだけはご勘弁を」」

 

 ラーニェのその言葉に真顔でそう返す米キチとフィア。

 上手く言葉を話せないフォーやオードまでもが懇願するような視線を向けてくるので、ラーニェは疲れた様子を隠すこともなく大きな溜め息を吐いた。

 

「恨むぞ、リド」

 

 ラーニェは口ではそう言うが、実際のところ何故このような組み合わせで自分達が迷宮の中を移動する事になっているのかは理解していた。

 手違いとハプニングから誤って地上へと出てしまった同胞のウィーネを無事に確保することができた異端児(ゼノス)。彼らは、ヘスティア・ファミリアたちが20階層の《隠れ里》にやって来たことで、万が一彼らを見かけた他のファミリアがいた場合にこの居場所が露見してしまう事を避ける為、ここから更に下層に存在する別の隠れ里へと向かう事を決めていた。

 かと言って、隠れ里にいる総勢40名を少し越すくらいの規模である異端児たちが皆一斉に移動すれば、即座に他の冒険者たちに捕捉されて戦闘となるだろう。

 よって、彼らは現在複数の部隊に別れて各々が下層の隠れ里を目指すという、冒険者達が行う《遠征》のような事を行っていた。

 ラーニェ達はその部隊の一つ。新入りであるウィーネと、異端児と友好を結んだ重要人物であるリリアを護送する最重要部隊である。

 その為、集められた異端児達はどれも現在の最大戦力であるリドやグロスに次ぐ実力者や武闘派揃い。単体の力ではリドたちに劣るものの、部隊全体の総合力で言えば彼らが率いている非戦闘系種族(アルミラージやユニコーン)が固まった部隊とは雲泥の差であった。

 

「ウォーゥ、オウ」

「……フォー、ありがと」

 

 ラーニェたちのやり取りをキョトンとした表情で眺めていたウィーネだが、彼女の目尻に溜まっていた涙を大きな手でそっと拭ってくれたフォーに優しく微笑んでお礼を言う。

 どれだけ戦闘力は高くとも、どれだけ恐ろしく悍しい異形であったとしても、その心は優しく、そして温かい。

 異端児とリリアたちは、そうやって互いが互いを支えながら歩みを進めていった。

 

 

 

 そして、しばらく歩みを進めること1時間ほど。

 冒険者や同族たちに見つからないように慎重に進んでいるため、余り行程は進んでいないもののそれなりの距離を進んでいた彼らの中で、ウィーネだけがその声に気が付いた。

 迷宮が生み出す怪物(モンスター)の中でもトップクラスの潜在能力(ポテンシャル)を誇る竜種の聴力を用いて捕捉した声は、悲痛な叫び声のようであった。

 

「聞こえる」

「なに?どうした、ウィーネ」

「……何か、声が聞こえるよ……悲しい、叫び声」

「……なんだと?」

 

 ウィーネからの報告を受けたラーニェは、形の整った眉を顰めながらも手首に括り付けていた赤い水晶に向かって「こちらラーニェ。気になるものを発見した為確認にむかう」と呟いた。

 水晶が淡い光を宿したかと思うと、水晶から彼女が呟いたのと同じくらいの音量の呟きが返ってきた。

 

『……グロスダ。了解シタ、タダシ確認シタラ即座ニ元ノルートニ戻レ。時間ハ無駄ニデキナイ』

「ああ、分かっている。……オード、斥候を頼む。フォーとフィアは警戒を怠るな。リリア、ウィーネ、邪魔にならないように私達の後ろにいるんだ」

「りょーかい」

「わ、分かった」

 

 不詳不精、といったグロスの返答を聞いたラーニェは、即座に指示を飛ばして陣形を変更。全身をリリアが土の微精霊に頼んで作り上げた全身鎧(フルプレート)(もちろんアダマンタイト製)で包んだオードは、このメンバーの中で一番戦闘力と人間に近い外見を合わせ持っている。

 ちなみに世界最大戦力だがVIPのリリアは当然戦力外だ。

 

「……これは」

 

 オードが先行して曲がり角などの死角がある場所を確認し、安全が確保できたらジェスチャーで他の者たちを呼ぶ。そうして万全に万全を期した状態で進むリリアたちの耳にも、ウィーネが聞いたと思われる音が聞こえてきた。

 

「ウ、ウオォ……」

「悲鳴……?」

「泣いてる……『たすけて』って、苦しんでる……!」

『……コレハ……マズイ、何カガオカシイ、罠ダ、ラーニェ戻レ!戻ルンダッ!!』

「……すまない、グロス。どうやら戻れそうにない。この悲痛な同胞の声を聞いて、戻るという選択肢は選べない……!」

 

 体から無理矢理に絞り出したようなか細い悲鳴。必死に苦痛から逃れようと藻掻く姿が鮮明にリリアたちの脳裏に浮かぶ程に悲痛な叫びは、彼らから冷静さを奪ってしまった。

 それこそ、餌を前にした獣の様に。

 

「人間の仕業だとしたら……見過ごせない……!」

『待テ!!セメテ私達ガ行クマデ……!!』

 

 グロスの必死の言葉も届かない。もはや隠密行動などしている余裕はなく、彼らは緑の迷路を駆け抜けていく。遭遇した魔物は一刀の内に切伏せられ、ウィーネの案内に導かれ迷う事なく進んでいく。

 地を蹴り、宙を羽ばたき、全速力で進んでいた彼らの足はやがて止まった。

 

「……なっ」

「嘘……」

 

 ラーニェが目を見開き、リリアが愕然とした表情で固まる。それは他の異端児たちも同様で、長い間悲鳴を聞き続けていたウィーネなど、カタカタと身体を震わせてしまっていた。

 縦に裂けた樹皮の巨大な隙間を抜けた先。通路と接続する広間(ルーム)の中央に《それ》はあった。

 

 舞い落ちる羽毛と共に滴る、真っ赤な鮮血。

 苔の光に照らされるのは、床や壁を染め上げる血飛沫。

 広間の中央に一本だけ生えている大樹には、細く華奢な体躯が鎖に括りつけられた。

 

 百舌鳥(もず)の早贄。

 

 そんな言葉が浮かんでしまうような惨状で、《彼女》はそこにいた。

 全身に刻まれているのは「痛々しい」などという言葉では生温いほどの歪な傷跡。刺し傷、切り傷、擦り傷に打撲痕……目に見える範囲だけでも傷の種類を全制覇する勢いの惨状だ。

 自らの血でその身を紅く染めるその姿は、まるで真紅の衣を身に纏っているようだった。広げられた翼の両腕と伸ばされた脚は十字を描き、頭は力無く垂れ下がっている。

 

 美しかったのであろう顔を血に染めた、一体の歌人鳥(セイレーン)

 その両腕は、鋼鉄の杭で貫かれ強引に「固定」されていた。

 

 その惨いと言うには悲惨過ぎる光景に、その場にいた全員の思考が止まる。

 目の前に広がっている光景が理解出来ない。

 いや、理解したくない。

 

()()()()()

 

 知性無き怪物が蔓延る迷宮では絶対に自然発生しないであろう状況。それが指し示すことと言えば火を見るよりも明らかであった。

 

「クリフ、フィアッ!!!」

「「ッ!!」」

 

 ラーニェの絶叫が広間に響くや否や、ヒッポグリフとハーピィは全力で宙を駆けた。彼女の周囲に群がっていた同族たちを問答無用で蹴散らし、腕を貫き戒めていた杭を強引にでも引き抜く。

 ボタボタ、と夥しい量の血が落ちるが、血が残るという事は()()()()()()()という事だ。

 

「リリアッ!!万能薬(エリクサー)をッ!!」

「うん!」

 

 広間にいた怪物の殲滅に動くラーニェたちとは別に、リリアとウィーネは二人がかりで拷問を受けたであろうセイレーンを治療していく。

 予めフェルズからリリアに渡されていた虎の子のエリクサーをウィーネが支えるセイレーンにだばだばとかけていく。

 元賢者でありオラリオ最高峰の魔道具製作者(マジックメイカー)であるフェルズ謹製のエリクサーは、かけた箇所から夥しい治癒の蒸気を吹き上げながら傷を癒やす。しかし絶対数の少なかった、傷に掛けられた呪いでさえも打ち消す万能の霊薬は、彼女を癒やし終わった所で尽きてしまった。

 

「おいっ、おいっ!何があった!?返事をしろっ!!」

 

 癒えたセイレーンの肩を叩き、動揺を無くせない様子で声をかけるラーニェ。彼女の脳裏には「罠」という単語が何度も何度も明滅している。

 エリクサーによって命の危機は去ったものの、それでこれまでに受けたダメージが全て癒えるという訳ではない。体に残る激しい痛みに呻きながらも、セイレーンはラーニェとリリアにだけ聞こえるようなか細い声で忠告を発した。

 

「……逃げ、テ」

 

 しかし─────

 

 

 

「本当に、泣けるじゃねぇか、怪物(モンスター)ってのはよぉ」

 

 

 

 ─────その忠告は、一歩、いや致命的に遅かった。

 男の軽薄な声が響き渡る。それと同時に、広間の奥の近くで20に迫ろうかという冒険者の集団が姿を表した。

 大樹の迷宮の壁と同化するような隠蔽布(カムフラージュ)を脱ぎ捨てながら現れた男たちは、匂い消しの袋を用済みとばかりに追加で打ち捨て、異端児とリリアを取り囲んだ。

 そして広間の連絡路側、入り口前に陣取っている眼装(ゴーグル)の男が、先程聞こえたものと同じ声で軽薄な笑みとともに口を開く。

 

冒険者(おれたち)よりよっぽど仲間思いだ。……あぁ、全く─────ちょろいぜ」

「冒険者ァ……!!」

 

 怒りに顔を歪め、恐ろしい眼光で男を睨み付けるラーニェ。彼女は自分達がこの悍しい男たちの罠にかかってしまったことを理解した。庇護対象を2つ……いや、現在は3つ抱えている彼らが目の前の男たちとの戦闘を避けてここを抜け出すのはかなり厳しい。

 

「『下層』に行かせないように24階層に陣取っていたが……上手く行っちまったなぁ、オイ」

 

 性根が腐りきっていると容易に察せてしまう歪んだ笑みを浮かべて異端児たちを見る眼装の男。その笑いに釣られるように、周囲の冒険者たちからも下卑た笑い声が上がる。

 その耳障り極まりない声に触発されたのか、ガタガタと怒りで肩を震わせたオードは地面が軽く砕ける程の踏み込みで目の前の男に飛びかかった。

 鎧のスリットから飛び出た鋭い指爪が、燐光を反射して鈍く光る。第2級冒険者にも匹敵する程の速度で迫り来るオードを見ても、男は眉一つ変えることはなかった。

 そして。

 

 槍も構えずに棒立ちだった男の影から現れた大剣が、オードの鎧に包まれた胴体を強打して吹き飛ばした。

 

 耳を塞ぎたくなるような打撃音が響き、オードが広間の壁に激突する。

 鎧ごと胴体を両断される、という最悪の事態は防がれたものの、鎧は無惨にもへしゃげており、ぴくりともしないオードが生きているのか死んでいるのか、リリア達には分からなかった。

 

「えっ?」

 

 ウィーネが状況を理解できないとでもいうように唇から呟きを漏らす。

 そんな竜の少女に一瞥をくれてやることも無く、眼装の男は彼の背後から現れた大剣の主であるスキンヘッドの大男を睨みつけた。

 

「……おい、グラン。もし中身が売れる種類(やつ)だったらどうするんだ。もう死にかけじゃねえか」

「わ、わりぃ、ディックス……」

 

 オードをその大剣を以て切り伏せた大男は、グランと呼ばれた。その顔面には黒い入れ墨(タトゥー)が彫り込まれ、典型的な悪人面をしている。

 そんな男でさえ、目の前のディックスと呼ばれた男の悪態一つで萎縮してしまっている。

 

「思ったより少ねぇなぁ……これは使う必要はないか」

 

 凍りつく異端児とリリアを睥睨し、ディックスは軽薄に笑う。

 そして、残虐極まりない狩人たちの長は、無感情に告げた。

 

 

 

「よし─────狩れ」

 

 

 

「お前らァ!?」

 

 ラーニェの叫びと共に、異端児たちの怒りの咆哮が解き放たれる。

 日頃はその理性の裏に閉じ込めている獣性を遺憾なく発揮させた彼らは、冒険者たちに決して劣らぬ速さを以て襲いかかった。

 

「ぁ、あ……」

 

 ウィーネの口から掠れた声が漏れる。

 さっきまであれ程優しかった彼らが、今では「人」としての顔を捨て、凶暴な怪物としての顔を覗かせる。

 血飛沫が舞い、悲鳴が散る。

 アラクネの放出した蜘蛛の糸に囚われた一人のヒューマンが、上空から強襲するヒッポグリフに頭を砕かれ絶命する。

 ハーピィの撃ち出す羽根に装備を弾かれたアマゾネスが、フォモールの振り回す棍棒(メイス)に吹き飛ばされ、仲間を巻き込みながら首を折った。

 非戦闘員を抱えており、負傷した仲間が出たとはいえ、彼らは怪物の戦士。精霊の作った装備も相まって、数の多寡に押される事はなく敵を蹴散らしていく。

 

「あぁ?……ったく、何手間取ってんだアイツら、使えねぇ」

「ガッ!?」

 

 ディックスが参戦するまでは。

 腕が霞む程の速度で打ち出された槍が、皆を庇うように暴れ回っていたフォーの胴を貫いた。ごぶ、と口から血を流して動きを止めるフォー。

 その隙を見逃す冒険者達ではなかった。

 

「ガァァァアアア!!?」

 

 剣が、槍が、次々と彼の巨体に突き刺さっていく。貫けない鎧は彼の魔石だけは守り抜いているが、その鎧が存在しない箇所を埋め尽くす様に得物が突き刺さる。

 全身から血を流すフォモールから槍を引き抜いたディックスは、汚らわしい物でも見る目をしながら残酷に宣言する。

 

「コイツは売れねぇなぁ。リスクもデケェし、殺すか」

「……ッ!!」

 

 そう言って、槍を振り上げた瞬間。

 壁に叩きつけられていたオードを介抱していたリリアが、閃光のような速度で《森の指揮棒(タクト)》を振り抜いた。

 もう彼女の中からは、相手が自分と同じ人間だという認識と躊躇いは消え去っている。

 

「精霊様、お願いっ!!」

「おッ!?……オイオイ、危ねえ事するじゃねえかクソガキ」

 

 愛し子の呼び声に応え、逆巻く炎が顕現する。

 彼女の怒りに呼応するかの様に青白く燃え上がる爆炎は、血を流し倒れるフォーを避ける様にディックスへと突き進み彼を包み込んだ。

 が、ディックスが槍を振るうと、炎が藻掻き苦しむ様に淡く揺らめき、消え去ってしまった。

 

「せ、精霊様っ!?」

 

 リリアのいつになく焦った声が広間に響き渡る。

 それもそのはず、炎が揺らめき消えた瞬間に、リリアが常日頃から感じていた精霊との繋がりの一つがほとんど無くなったと言っても過言ではないほどに薄まってしまったのだ。

 それが示す所はつまり、精霊がその存在を薄めてしまう程に甚大な損傷(ダメージ)を受けてしまったということ。

 通常の武器では痛痒も与えられない筈の精霊が消え掛けたという事実に、これまで片時も離れることが無かった半身の存在の危機に、リリアの顔から血の気が引く。

 そしてその思考停止は、この男の前では致命的であった。

 

「魔法か……それともレアスキルか……持って帰るのも面倒くせぇな、死ね」

「うぁっ、ぎっ!?」

「リリアッ!!」

 

 一瞬でリリアの目の前に移動したディックスが、目を見開いたリリアに向けて無造作に槍を振るう。それを阻止しようと残された他の水や土、風の精霊が己の権能を駆使するが、生み出された土や風、水が彼の槍に触れた瞬間に、全ての精霊がまるで導線を切られた様に消えていく。

 目前に迫った死の恐怖に反応してか、リリアの手がなんとか森の指揮棒を盾代わりにするものの、ぶつかったのは上位存在の振るう槍。盾にした森の指揮棒は真っ二つに粉砕され、砲弾のような勢いで吹き飛ばされる。

 ラーニェが必死の表情で叫ぶものの、彼女の周囲を分断するように冒険者たちが取り囲んでおり救援に向かうことは出来そうになかった。

 

「あ、がっ、ぎ」

「みっともなく喚くなガキが」

 

 槍に打ち据えられ、追加で壁に叩きつけられた衝撃で、人体の構造上曲げることが不可能な方向に折れた腕を必死に抱き震えるリリアに、ディックスは冷徹にそう告げて頭を踏み砕こうと足を上げた。

 断頭台のように、真っ直ぐに足が振り下ろされる。

 

「ゥ、ォ、オォォォオオオオッ!!!」

「やめろぉぉぉぉおおおおッ!!!!」

 

 が、そこにラーニェが割り込んだ。

 自らの血を周囲に振りまきながらも、渾身の力でディックスと、その後ろにいたラーニェを取り巻く冒険者の群れに棍棒を投げつけたフォー。

 死に体とはいえ人外の膂力で投げ飛ばされたそれは、容易く避けたディックスの直線上にいた複数の冒険者を挽き肉に変え、ラーニェが包囲を突破できるだけの隙間を生み出した。

 そこを無理矢理に突破したラーニェが、体勢を崩したディックスを吹き飛ばしたのだ。

 捨て身の突撃により、その体に無数の傷を刻まれたラーニェだったが、痛みに呻くリリアの前ではそんなことは些事であった。

 

「リリア、リリアッ!!大丈夫か!?」

「ら、にぇ」

「喋るな、すぐに逃して─────」

「痛えじゃねぇか、オイ」

「ッ!!」

 

 醜い自分の手を取り、笑いかけてくれた幼子。

 人と違いすぎる見た目を持つ自分たちを「人間だ」と言ってくれた幼子を、異端児たちは絶対に見捨てない。

 自らの命をも捨てて、彼女だけは守りきってみせる。

 隠せない苛立ちを滲ませてディックスが振るう槍を、ラーニェは吐き出した糸と手甲で弾いてみせた。糸である程度殺したはずの槍が誇るその威力に手が痺れるも、気合で持ちこたえてみせる。

 しかし、異端児たちと冒険者たちの間では、もう取り返しのつかない程に形勢が傾いてしまっていた。

 翼を切り落とされたクリフが、複数の冒険者に袋叩きにされているのが見える。

 それを助けようと割って入ろうとしたフィアが、翼を貫かれて地に落とされ、頭を強打されて気絶した。

 気絶したセイレーンに縋りつき怯えるウィーネは、そのセイレーンと共に抵抗する事すら出来ずに冒険者たちに捕らえられてしまった。

 

「他の奴よりはやるが……弱ぇ」

「ガッ、ぐっ、かはっ!?」

 

 そしてラーニェも、背後にリリアを庇っているせいで常に防御を選択するしかなく、ディックスの操る槍によって次々に体に傷を増やしていった。

 下半身の多脚はその半分以上が折れ、または吹き飛び、真っ赤な体液を絶えず流している。槍で切り裂かれた傷跡は焼けるような激痛を発し、彼女の意識をガリガリと音を立てて削り取っていた。

 体力が削られるにしたがって動きが甘くなり、そこをディックスに容赦無く攻め立てられる悪循環。

 1分もしない内に、ラーニェはフォーと変わらぬ満身創痍となってしまった。

 膝を折り、肩を震わせ荒く息をするラーニェに、ディックスは嗜虐的な笑みを見せる。

 

「どうした、もう終わりか?オイ、ガキを庇って人間ごっこするならもっと頑張れや怪物さんよ?」

「ぐ、き、さまァ……!」

「そんな反抗的な目だけされてもなぁ……興醒めなんだよ」

「ガッ……!」

 

 最後まで戦意を衰えさせる事のないその意志は見ものだが、実力の伴わないそれには反吐が出る。ディックスは自分がもう冷めてしまっていることにうんざりした様子で、つまらなさそうにラーニェを《処分》し始めた。

 槍の一閃により腕が斬り飛ばされる。

 宙を舞ったラーニェの腕を目で追うこともなく、ディックスはがら空きとなったラーニェの胴に槍を突きこもうとした。

 直撃すれば、確実に彼女の命を刈り取る一撃。

 ラーニェがそれを恐れる事なく、死に際に一矢報いようと口に含んだ酸の毒を吹き出そうとしていた、その時。

 

 

 

「かっっっ」

 

 

 

 彼女の前に、小さな体が割り込んだ。

 ラーニェの視界に、蒼銀の髪が揺れる。

 

「……ぁ、え……?」

「……ら、に」

 

 目の前の光景を理解することが出来ず、呆けた顔を晒すラーニェの方を見て。

 

 

 

 その腹を貫かれたリリアは、ごぷりと血を吐き出した。

 

 

 

「……ハッ、なんだよ、お涙頂戴ってか?そん─────」

 

 横から割り込んできたリリアによって軌道を逸らされ、ラーニェを殺す事ができなかったディックスは嫌悪感に満ちた表情でそう呟き、槍を振り抜いて致命傷を負った子供を打ち捨てようとした。

 その時。

 

 

 

 

 

世界が彼に牙を剥いた。

 

 

 

 

 

「……あ?」

 

 まず初めに感じたのは違和感。

 槍を握っているはずの腕の感覚が無くなった。

 思わず凍りついているラーニェから視線を外し、血を流して死を待つだけの子供が転がっているはずの方を向くと。

 

()()()()()()

 

 正確に言えば、彼が槍を握っていた右腕が、燐光を鈍く反射する炭となっていた。

 リリアと槍の重量を支える事が出来なかったその「炭」は、ボロボロと崩れ落ちてディックスの視界から消えていく。

 

「……あ?」

 

 訳が分からない。

 呆然としたディックスの首筋に、直接氷を突き立てたような鋭い悪寒が走った。

 理性や感情なんかではない、本能的な「死の気配」。

 冒険者の経験から何も考えることなくその場から飛び退ったディックス。その選択は、彼の命を救ってしまった。

 

 爆炎が広間を埋め尽くした。

 

 リリアが最初に使った精霊の力とは比べ物にならないほどの、形振り構わぬ()()。微精霊たちが、自らが負った損傷など気にも止めずに、一番殺傷能力の高い炎の微精霊に力を注いで愛し子を傷付けられた怒りを糧に暴走しているのだ。

 しかし、彼の持つ呪いの槍によって致命傷にも近い損傷を受けていた精霊たち。その暴走は長くは続かず、咄嗟に防御体勢をとったお陰で槍と全身、そして顔面の半分を焼き払われただけで済んだディックスと、爆炎の中心地から距離が離れていた一部以外の全ての冒険者を焼き尽くしたところで止まる。

 

「ガッ、アッ、オオオオオアアアアッ!!!あの、クソガキィ!!!よくもやってくれやがったなァ!!!」

「おい、ディックス!!マズイぞ、どうするッ!?」

「ずらかるぞッ!!《商品》だけでも回収しろ!!」

 

 しかし、追撃を警戒したディックス達は足早に逃走した。

 彼らが捕らえていた、ウィーネたち「売れる」異端児を連れ去ったまま。

 

「リリア?リリア……リリア、リリアァッ!!!」

「…………」

「嘘だ、嘘だッ!!グロス、グロスゥ!!!ニコを、いやマリィを連れて来てくれッ!!早く、血が、血がぁぁぁぁあああ!!!?」

 

 全力を使い果たした精霊たちが、真っ二つに折れた森の指揮棒へと吸い込まれていく。

 ラーニェの絶叫が、彼女以外に動く者のいなくなった広間に響き渡る。

 

 

 

 こうして、一つの惨劇が騒がしくも幕を上げた。

 

 

 




「……オッタル」
「は」

神の塔(バベル)、その最上階。
この世の美を体現したかのような美しい体躯と容貌を備えた女神が、彼女の側に控えていた一人の男を呼んだ。

「あの子につけていた《目印》が消えたわ」
「……ッ!原因は」
「色合い的に……呪いね。怪物に殺された、という線は無いわ」
「……なんだと」

美の神は、自らが身に着けていた指輪を見つめる。
指輪に嵌め込まれた宝石の色は、無色透明だった頃から変色し、美の神を穢すようにどす黒く濁っていた。
女神は目を細めて指輪を投げ捨てる。黒く染まった指輪は、側に控えていた男の手によって高級な絨毯が敷かれた床に落ちる前に粉々に砕かれ、回収された。

「駄目ねぇ……それは駄目よ。……許さないわ、絶対に」

女神の体から、無意識の内に神威が漏れる。
それは、女神の抱く怒りの凄まじさを物語っていた。

「オッタル。ダンジョンに行ってあの子を探しなさい。……喋る怪物を見つけても、殺しては駄目よ?あの子が悲しむわ」
「は」
「ダンジョンにいないようだったら、オラリオをお願いね」
「承知いたしました」





「─────私のお気に入りの子よ?手を出したこと、絶対に後悔させてやるわ」







次回「逆鱗に触れた」

異端児騒動終息後、最初のお話

  • 闇鍋(表)
  • 闇鍋(裏)
  • 稲作戦隊米レンジャー
  • 鰻のかば焼き
  • 和製びーふしちゅー

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