TSロリエルフの稲作事情   作:タヌキ(福岡県産)

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米ディ!!!!

続きさんに水を上げたら生えたので初投稿です。

ちなみに、今回出てくる食材の一つは自分のオリジナル設定ですのであまり気にしないで下さい。

-追記-
過去30話を改稿しました。
以前と比べて幾分か読みやすくなったはずです。



闇鍋パーティーinニニギ・ファミリア!

「一つ、質問がある」

「なんですか?オッタルさん。……モーさんをけしかけたことは、まあ、微妙な気持ちですけど……やっぱり許せません」

「それは、すまなかった。だが、それではない。俺が聞きたいのは─────」

 

 

 

「─────家族(ファミリア)同士の関係を円滑にするには、どうしたら良いだろうか」

「……そうですね……一緒に食卓を囲むというのはどうでしょうか?女神様も含めた皆で楽しめるイベント性を兼ね備えた献立。例えば、闇鍋とか」

 

 

 

 ─────闇鍋。

 それは、暗い部屋の中皆で食材を持ち寄って鍋を作るというある種のイベント的鍋料理である。

 自分以外は何を持ってきているのか分からず、かつ大体は鍋に使う具材じゃないだろそれ、と言いたくなるようなトンデモ食材を選ぶのが常。

 かと言って投入した食材を無駄には出来ないため、一度手に取った具材は必ず食べなければいけないという絶対遵守のルールが制定されている。

 

 そして現在【ニニギ・ファミリア】の拠点ではその闇鍋が行われていた。

 

「よし、では鍋に食材を投入しようか」

 

 司会進行役であるニニギの言葉に、ちゃぶ台を囲む伊奈帆達が頷く気配がする。彼らがいる部屋は襖を締め切っており、鍋に火をかける魔道具の灯りが唯一の光源となっていた。

 薄ぼんやりとしか互いの姿が見えない中、ニニギ・ファミリアの団員たちは緊張した面持ちで厳かに自分達が用意した食材を鍋の中に投入していく。

 一番手は団長である伊奈帆。彼の用意した食材がポトポトと音を立てて鍋の中に入ると、シュッ、シュッと湯気の立つ鋭い音が鳴った。

 水を注ぐような音ではない為、固形物である事は確か。更にグツグツと鍋に入っている出汁の煮える音に大きな変化が無い事からそこまでの体積がない事までは推測できる。

 

 恐らくは、葉物野菜。

 

 穂高、千恵、千穂の三人は即座にそう判断した。ちなみにリリアは何も考えていないワクワクした顔で鍋を見つめている。

 二番手として食材を投入するのは、副団長である穂高。

 緊張した面持ちで自らが用意した食材を手に取った穂高は、一枚一枚を丁寧に、鍋の中で重ならない様に投入していく。

 そして、自らの過ちを悟った。

 

「穂高、お前……」

「バレバレだよ、これ」

「クッ……しまった……!」

 

 伊奈帆と千恵が呆れた様子で自分を見ている気配を感じながら、穂高は羞恥で顔を赤くした。

 しばらくすると出汁の匂いが変化したのだ。いや、更に香りに旨味が増したとでも言うべきか。予め用意されていた昆布出汁とはまた違った方向性の旨味の香り。

 そして、この匂いを厨房に立ち料理を作ることもある団員たちはよく知っていた。昆布と豚肉などを共に煮込んだ時の合わせ出汁の匂いだ。

 ここに味噌を投入すれば豚汁になるだろう。そう確信できるほどの香ばしい匂いに部屋が包まれ、皆の食欲を促していく。

 

 穂高の投入具材は、十中八九豚肉。

 

 一瞬で具材がバレたことに穂高は悔しそうにするものの、この流れは鍋としては好ましいものだとほくそ笑む。

 続いては千恵。彼女が用意した具材を投入すると、ボトボトという重たい音と共に鍋の煮える音がクツクツと少し変化した。鍋自体の匂いに変化は無く、その為食材自体の体積が大きかったのだと伊奈帆達は判断する。

 そして、千恵は更にここからある行動を起こす。

 

「ふんふんふーん」

「おい、何かき混ぜてんだ千恵」

「いや、こうしないと後で食べにくくなるからさ」

 

 伊奈帆の疑問にそう軽く答え、箸で鍋の中身をかき混ぜる千恵。その動作を見て、千穂は何かを悟ったように目を見開き、勝利を確信したような笑みを浮かべた。

 リリアは相変わらず鍋の完成を心待ちにしたにこにこ笑顔である。

 千恵の投入した具材を男性陣が判断する事が出来ないでいるうちに千穂の番になった。手元に置いていた食材を掴んだ千穂は、鍋の上に均等に広がるようにサラサラと広げていく。

 鍋に食材が入った音が聞こえず、怪訝そうな顔をする伊奈帆たちを他所に、千穂も義姉と同じく鍋の中を箸でゆっくりとかき混ぜて具材投入を終えた。

 

「んー……何だろう……?」

「ふふ、秘密です」

 

 千恵の困惑した声を聞きながら、千穂はしてやったりと笑みを浮かべた。そしてこの鍋の完成がもうすぐである事に心を踊らせた。

 予想通り大騒ぎになったうなぎ試食会の後。どうやら極東系ファミリアだけでは無く他のファミリアが一つ参加していたらしく、勧誘合戦となったらしい会場(せんじょう)を片付けている最中にリリアが闇鍋をやりたいと言い出したのだ。

 それを聞いたニニギが乗り気になり企画された今回の闇鍋を、千穂は密かに楽しみにしていたのだ。

 皆はどのような食材を選ぶのだろうか。完成形の鍋を予想し、そこに投入できる食材を選別。さらにどんな食材が来ようとも味を邪魔しないように特作成した昆布出汁など、千穂は今回の闇鍋に多大な労力を掛けている。

 もしかするとリリア以上に闇鍋を楽しんでいる千穂は、続いて食材を投入しようとしたリリアの手を直感で掴み止めた。

 ビクッ、と肩を揺らして動きを止めたリリアの手には大きな丼が。ホカホカと湯気を立てるその丼の中にあるものは、まあリリアを知る者ならばおおよそ予想がつく。

 

「お米はお鍋の最後です」

「そんなぁ……」

「リリアちゃん……」

「知ってた」

「まあそうだよな」

 

 千穂の言葉にしょんぼりとした表情をするリリア。〆でもないのに雑炊にしようとする彼女にもはや呆れることすらなくなった伊奈帆たち。

 そうだよね、リリアだもんね、と優しい表情でリリアのいる方向を見つめていた。

 と言う訳でリリアの食材投入は鍋の〆となり、最後に食材を鍋に放り込んだのは主神であるニニギだ。ポチャポチャと軽い音が鳴った後に、食材全てに火を通すためしばらく煮込む。

 そうして待っている間、クツクツと鍋から湯気が立つ度に部屋に美味しそうな匂いが広がる。鍋の完成を待つ間、千穂とリリアは手分けして今回の鍋につけるものを用意していた。

 

「それじゃあリリアちゃん、大根おろしよろしくね」

「がってんしょうち」

 

 今回団員たちが用意した具材。それらを予想した結果、千穂が作ろうと手に取ったのは「酢」であった。続いておろし金でガシガシと円を描くような軌道で大根をおろすリリアを尻目に庭に出て、かぼすをいくつか収穫する。

 そして厨房に戻ってくると、床下収納の中から少し前の豆腐制作の時に渡していた大豆を使用して作られたスクナビコナ謹製の大豆醤油が入った容器を取り出した。

 

 これから作る付け合わせとはそう、ポン酢である。

 

 ポン酢と大根おろし、これであの鍋をいただこうというのだ。なんとも悪魔的な組み合わせである。

 使うのは伊奈帆たちが迷宮(ダンジョン)探索の時に使用したポーションの空き瓶。その中にお酢と醤油、そしてかぼすの果汁をだいたい2:3:1の比率で混ぜ合わせる。

 そして瓶に蓋をして、手で抑えた後にシャカシャカと勢いよく混ぜ合わせるのだ。しばらく振ったら瓶の中の様子を見て、皆がよく見るポン酢と同じ感じになっていたら完成だ。

 出来上がった手作りポン酢を深皿に注ぎ、リリアがおろした大根おろしを均等になるように取り分けていく。それに薬味代わりのネギを少し乗せれば漬けタレの完成だ。

 

「出来ました〜」

「わーい」

 

 二人でパチパチと小さく拍手をした後で、蒸らしていたご飯を茶碗によそい元の部屋に戻る。時間的に丁度よい頃合いだったらしく、部屋では伊奈帆たちが鍋の様子を見ている所であった。

 

「はい、ポン酢と大根おろしの漬けタレです」

「そしてご飯です」

「はいよ、ありがとう」

 

 二人が配膳を済ませ、元いた場所に戻れば闇鍋再開だ。

 全員で手を合わせ、今日の食事に感謝を捧げる。そして箸を取っていざ実食タイムだ。

 

「それじゃあ、一番手は前と一緒で伊奈帆だな」

「おう」

 

 ニニギの言葉に軽く頷いた伊奈帆は恐れる様子を見せずに鍋に箸を突っ込み、適当な具材を引き上げた。

 柔らかい。

 自分が入れた食材─────丁度よい大きさに刻んだ白菜だった─────ではない事に安堵とも落胆ともつかない微妙な感情を抱きつつ、味の沁みやすさを警戒してポン酢には軽く漬けるだけで口の中に放り込む。

 想像以上に具材が長かった為にずぞぞ、と啜った伊奈帆は満足そうな声を上げた。そのまま何回か咀嚼し、しっかりと飲み込んだ伊奈帆は千恵が座っていた方に声をかける。

 

「うどんか!」

「正解!」

 

 暗いちゃぶ台の向こうからパチパチと拍手の音が飛んでくる。千恵が用意した食材、それはうどんであった。それもこの鍋のためにあえて湯がいた後に冷水で〆ず、柔らかい食感に仕上げた一品だ。

 煮込むことによって更に柔らかくなったうどんはポン酢の味をよく吸い込み、煮込む過程で吸収していた出汁の旨味と合わせて味わい深い風味を伊奈帆に与えた。

 ポン酢を吸いやすいため、伊奈帆がポン酢に漬ける時間をあと少しでも長くしていれば些か酸っぱすぎる味に変わっていただろう。そういう意味では伊奈帆の食べ方はナイスプレイだと言えた。

 舌で切れるほどに柔らかく煮込まれたうどんは、コシのあるうどんを食べる伊奈帆たちにとっては新鮮なものでありつつも、鍋という料理に合っているのはこのコシのない柔らかいうどんの方であると理解した。

 もちろん、コシのあるうどんを鍋に投入し、釜揚げうどんのような扱いで食べるというのも乙なものだろう。

 しかし、この柔らかいうどんにたっぷりと出汁を吸わせ、そこにポン酢の酸味をアクセントとしていただくというのもそれはそれで良いものだ。

 ほう、と満足げな息を吐いた伊奈帆の隣で次に箸を取ったのは穂高だ。

 今回の鍋は食べる度に吐き気を催すような劇物にはなっていないらしい。……まあ、そうならない様に自分も普通の食材を選んでいたから妥当な結果なのではあるが。

 そんな訳で鍋の具材に対する警戒心が薄れた穂高は躊躇なく鍋に箸を入れて具材を取った。ポン酢に漬けて口に放り込むと、シャクッという柔らかくも歯ごたえのある食感が。

 

「……白菜?」

「当たりだ」

 

 穂高の呟きに伊奈帆が回答する。

 程よく煮込まれたことで出汁の味が染みこんだ白菜は、白菜本来の甘さと出汁の旨味が合わさって中々に美味な仕上がりとなっている。

 白菜だけでも美味ではあるが、そこに味のアクセントとしてポン酢の酸味が加わることによって、そのままでは味に飽きやすい野菜でありながらもすぐには食べ飽きることのない見事な一品となっていた。

 農業系ファミリアとして有名な【デメテル・ファミリア】がオラリオ市壁外の畑で育てた産地直送の新鮮野菜ということもあって芯まで美味しく、煮込んだ事によって少し柔らかくなった歯ごたえも鍋料理の野菜としては申し分ない。

 成長期で食べ盛りの男子としても非常に満足の行く野菜であった。

 

「うん、美味しいな」

「穂高の入れた肉で更に出汁が取れてるからな」

「クッ……バレてるか」

「そりゃあな……って、千恵どうした」

「か……辛ぁ……」

 

 苦笑いで穂高にそう言った伊奈帆は、続く千恵が「ゴフッ!?」と咳き込んだのを見て眉を上げた。そのまま千恵に声をかけると、彼女は口元を抑えたままそう呟いて湯呑みに注がれていた水を一気に飲み干した。

 そしてダンッ、と勢いよくちゃぶ台に湯呑みを置くとニニギが座っている方をジト目で睨みつけた。

 

「唐辛子ですか……?」

「いや、外れだな。正解は炎茄子(フラムエッグ)だ。鍋の味を壊さずにハズレを仕込むにはコレがうってつけだったのでな」

「ダンジョン産の食材……!」

「うわ、闇鍋ガチ勢だよこの神……!」

 

 炎茄子。別名地獄の実とも呼ばれるこの実は迷宮第19階層から広がる《大樹の迷宮》で取れる食材であり、歯で容易に噛みきれるビニル質の皮に包まれた中の果肉が凄まじい辛さであると有名な迷宮産果実(ダンジョンフルーツ)だ。

 下手に唐辛子を投入すれば辛味が出汁に流出してしまうので味を壊すが、この特殊な果実であれば鍋で煮込んでも辛味が流れ出ることはない。

 結構な希少食材であるそれをわざわざ市場で購入したというニニギの闇鍋に対する姿勢にドン引きの眷属たち。眷属たちが普通に美味しい鍋を完成させると予想してそれに配慮した食材を選ぶあたり「本物」だ。

 伊奈帆と穂高の呆れ声にニヤッとイイ笑顔を浮かべるニニギ。

 普通の鍋になるはずがまさかのハズレが仕込まれていると知らされた千穂は少し警戒しながら、しかしこれもまた闇鍋の楽しみなのだろうとほんの少しのワクワク感を懐きながら鍋に箸を入れた。

 そして引き上げた具材をポン酢に入れ、むん、と覚悟を決めてから一息に頬張った。

 しばらく咀嚼して、飲み込んで一言。

 

「美味しいです!豚肉ですね!」

「はい正解。まあバレバレだったけどね」

 

 よく火の通った豚肉はポン酢の酸味と抜群の相性であり、脂身の多さから少し食傷気味になりそうだが、そこに大根おろしを加える事によってさっぱりとした後味になっている。

 千穂が予想した通り、この鍋にはポン酢と大根おろしが合っていたのだ。自分の予想が的中した嬉しさもあり、千穂は思わず笑みを浮かべた。

 豚肉の後味が残る口でご飯を頬張れば、米の柔らかな甘みと豚肉の味、そして出汁とポン酢が合わさった酸っぱくも芳醇な旨味を含んだ汁が合わさり正に至福の味わいと言える味が千穂の口内に広がった。

 これはご飯が進む。

 食べ過ぎは良くないとは理解しているものの、千穂はこの鍋なら自分も伊奈帆や穂高、そしてリリアといった沢山の米を食べるライスイーター達と同じ量のご飯が食べられそうだと思った。

 

「ぬん、豚肉……たべたい……うぅ……」

「……あ、そうか。リリアちゃんエルフだから……」

「しまったな……」

 

 とそこで隣からリリアの悔しそうな唸り声が聞こえ、彼女の体質を思い出した千穂。他の団員たちもハッとした表情で、幼いエルフのいる方を見つめていた。

 基本植物のみを食べて生活しているエルフは、揚げ物などの油物はおろか、豚肉や牛肉といった脂身の多い肉を食べる事が難しいのだ。

  幸い鶏肉や魚肉といったさっぱり目の肉は食べられるのだが、無理に他の肉を食べようとすると酷い胸焼けに悩まされる事になる。

 そんな少女のことをすっかり忘れていた伊奈帆たち。まあいつもエルフとは思えない食生活を送っているため忘れてしまったとしても無理のない事だ。

 とはいえリリアには少々酷なことをしてしまったのは事実。バツの悪そうな表情を浮かべた穂高に、リリアは気にしないでと声をかける。そして気を取り直すように深呼吸をすると、一息に鍋に箸を入れ具材を掴み取った。

 

「……あれ?」

 

 が、リリアは思わず疑問の声を上げてしまった。確かにリリアの操る箸は食材を掴んでいる。しかし、その感触がやたらと軽いのだ。

 胸焼けで二日ほどダウンする事になるが、豚肉が来た時は躊躇なく食べるつもりであったリリアは首を傾げつつも大人しくその食材をポン酢につけ、口の中に入れた。

 どうやら麺類だったらしく、うどんとは違うツルツルとした感触の麺を啜る。

 しばらく食感を確かめ、目を閉じ静かに味わったリリアはすっと目を開くと解答を口に出した。

 

「……はるさめ?」

「すごい、正解だよリリアちゃん!」

 

 リリアの呟きにパチパチと拍手を送る千穂。

 彼女が投入した具材は春雨(太麺)であった。保存が効く食材であった為、乾燥した状態で倉庫の奥の方に眠っていたのを千穂が引っ張り出したのだ。

 もちろん食べても大丈夫な状態なのかは検証済みで、少し変わってはいるが鍋の具材としても普通に使えるものであったため今回の闇鍋で使用する事を決めたのだ。

 ツルツルとした食感に、独特の歯ごたえ。そして乾燥して保存するという面から味の染み込みやすさも折り紙つきであり、昆布と豚肉の旨味が存分に発揮された出汁をたっぷりと含んでいる春雨は非常に美味であった。

 なるほど、これはこれでアリ。

 リリアは納得したような動作でゆっくりと頷き、鍋に視線を向けた。

 リリアの隣ではニニギが自分の投入した炎茄子を引き当てて激しく咳き込んでいるがスルーだ。これで全員が投入した食材が出揃った。

・伊奈帆……白菜

・穂高……豚肉

・千恵……うどん

・千穂……春雨

・ニニギ……炎茄子

 なお、リリアの米は〆の雑炊になることが決定されているため対象外とする。

 取り敢えず闇鍋としてのイベントは終わったため襖を開けて部屋を明るくする。気になる部屋の中央、湯気を立てる鍋の見た目はと言うと─────

 

「普通だな」

「普通だね」

「普通の鍋だね」

 

 伊奈帆、穂高、千恵が口を揃えてそう評した。ほんのりと湯気が立つ鍋は色が赤くもなく青くもなく、普通に白く透き通った色であった。

 炎茄子の赤色が目立ちはするものの、それ以外は特筆することも無い「普通の鍋」が完成していたのだ。

 

「まあ好き好んでゲテモノ作るやつとかいないけどな」

「普通に食材が勿体ないし」

「ひとまず美味しく仕上がって良かったです」

「じゃあ食べるか」

「見た目も美味しそう」

 

 各人思い思いのことを口に出しながら鍋をつつきだす。

 炎茄子は全てニニギの皿行きだ。何か文句を言おうとして開いたニニギの口に強引に炎茄子を叩き込む伊奈帆。

 穂高と千恵が悶絶するニニギを抑え、身動きの取れない状態で次々と放り込んでは咀嚼、飲み込ませ(しょりさせ)ていく。

 

「ガッ……かホッ、じ、じぬ……げぶっ」

「はーいニニギ様口開けてー」

「自業自得だ馬鹿神」

「流石に擁護できないかな」

「リリアちゃん、うどんはどう?」

「おいしい。白菜もなかなか」

 

 その淡々とした処刑風景を意に介することなくリリアと千穂は鍋を食べ進める。

 リリアの口には少々大きめなサイズの白菜を口いっぱいに頬張り、染み込んだ出汁とポン酢のハーモニーを存分に堪能する。

 その後にご飯を食べ、後味をご飯の甘味でリセット。柔らかくなったうどんをズルズルと啜る。

 流石に自殺行為と分かっていて豚肉を食べる訳にはいかないので、豚肉は避け野菜とうどん、春雨を中心に食べていく。

 炎茄子の処理(ニニギの処刑)を終えた伊奈帆たちも食べ始め、食べ盛りの5人で食べ進めた鍋はあっという間に具材が底をつき、少し遅めの昼食は終わりを告げた。

 

「ふう……腹一杯だ」

「〆の雑炊、どうする?」

「それなら今から作って夜ご飯にしましょうか」

「そうだね」

 

 というやり取りを経て、リリアが画策した雑炊は夜ご飯の献立となった。

 鍋の底等に残った具材をみじん切りにし、醤油や塩で味を整えながら炊いた米を惜しげもなく投入していく。

 出来上がった雑炊はよく取れた出汁と卵、そしてご飯が薄味ながらも確かな旨味をもっており、非常に美味しく胃にも優しい献立となって炎茄子を食べ続けボロボロとなったニニギの胃袋を癒やしたのはまた別の話である。

 

 

 

 こうして【ニニギ・ファミリア】で行われた闇鍋の催しは概ね大成功に終わった。

 しかし、この鍋パーティーの裏では見るも無惨かつ凄惨な蹂躙劇……もとい悲劇が起こっていたのであった。

 

「かっ……ぁふ」

 

 カラン、と金属音を立ててスプーンが床に転がる。その食器と同じように床に倒れ臥すのは迷宮都市オラリオにおいて最強と噂される大派閥【フレイヤ・ファミリア】の幹部である【女神の戦車(ヴァナ・フレイヤ)】ことアレン・フローメル。

 普段であれば床に突っ伏すなど死よりも屈辱的な事として嫌がるであろう彼は、そんな様子を見せる余裕もなくただ己の身に降りかかる苦痛に耐えきれずビクビクと無様にも痙攣している。

 しかしその体たらくを笑う者はいない。むしろ彼に向けられた視線は英雄や勇者へと向けられる様な尊敬の籠もった視線であった。

 

 彼らの前にあったのは、一つの鍋。

 灯りを点けているはずの部屋の中であっても深淵の闇の様にどす黒く染まり、ミノタウロスを煮込んだような凄まじい悪臭を放っている劇物だ。

 

 その鍋の向こうでにこやかに微笑むのは一人の少女。

 己が神、更にはその信者達までもを恐れさせる物体Xを作り上げた張本人である彼女は困ったような表情で「あらあら、アレンさんったら調子が悪いのでしょうか」などと嘯いている。

 彼女が手を広げると、怪物達を慈悲も無く屠り続けるだけの実力を持つ筈のフレイヤ・ファミリア幹部、その全員が怯えたようにビクリと震えた。

 

「さあ、どうぞ召し上がれ?」

 

 迷宮都市最強派閥【フレイヤ・ファミリア】。

 今、彼らの最凶の(てき)との戦い、その火蓋が切られた。

 

 




次回「闇鍋戦争(パーティー)inフレイヤ・ファミリア!」

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