空の鍵とイカロスの翼   作:発酵中のヨハン

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カテゴリーⅠとの激戦を越えてルプセンブルク群島国に辿り着いた二人、〈七つの秘鍵〉の情報を集める為にヒルダから預かった別件の宛先、ヒルダの知り合いと思われる男の元へ向かうーーー


第三話、百五十年の想いと絶対言語

ーーーーヒルダ邸、寝室

 

ヒラヒラと部屋の中を虹色の粒子が舞う。

 

部屋の中に音声と映像が流れ過去の様子を写すその鍵は「追憶の鍵」と呼ばれる貴重な物。

 

「姉様!……姉様!!しっかりするのです!」

 

「死ぬな!ジゼル!!」

 

ジゼルと呼ばれる少女は消えそうな声でゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

「〔偉大なりし…我らが祖よ……我が灯火をもって…光の鐘を鳴らしたもう…愛しき者らに祝福を…………〕」

 

謎の言語で発せられた歌のようなその言葉は光の結晶となり、二人の体の中に吸い込まれる。

そしてジゼルと呼ばれる少女の体は次第に崩れ、風に流されるように大地へと還った。

 

この日、一人の少女と一つの島が堕ちていった。

 

「もう、百五十年も過ぎましたか…………姉様、今頃二人はあの愚か者に会えた頃でしょうか」

 

そうヒルダが呟くと映像の再生が終わり、鍵が元の姿へと戻る。

 

「ユリウス……」

 

 

ーーーーーーーーその頃、ルプセンブルクに辿り着いた三人は腹ごしらえをしていた。

 

「よ、よく食べるね…………」

 

怯んだようにポールマンが眉をひそめ呟いた。

渡りは体力を使う、強風に晒されながら超高度の世界を移動するうえに、古竜やましてカテゴリーⅠと交戦したのだ、島に着いた頃にはケリィとジェシカは満身創痍だった。

その消耗した体力を取り戻すようにケリィはありったけの食料を口に詰め込んでいた。

 

「あんふぁもふわないほほえはいほ?(あんたも食べないと飛べないぞ?)」

 

「食べ終わってから喋ってくれないかな……」

 

がっつくケリィの隣ではジェシカが澄ました顔で料理を口に運んでいる。

……いや料理ではなかった。

真っ白な楕円を描く球体、天使さながらの容姿をしたジェシカが持てばまさしく白雪の宝玉のようである。

その正体は大福だった。

 

「それ、なかなか美味しそうだね」

 

空腹を誘われたポールマンが山積みになった大福へ手を伸ばすと、パシンと弾かれた。

 

「触らないで、汚れる」

 

ポールマンは心臓を抉られたような苦しい顔をした。

そんなポールマンを気にもとめず、美しいものを見るかのように大福を眺めると、小さな口で「はむ」とかぶりつく。

 

げっ歯類のように頬を膨らませ幸せそうに目を細めると愛しい者から告白されたかのように仄かに頬を紅潮させる。

普段の冷たい表情が嘘のようである。

 

(普段からこんなに表情をしてくれれば、大抵の我儘にも目を瞑れるのになぁ……)

 

まだ皿の上には山のように積まれており、食べ進めるジェシカの口は粉で真っ白だった。

 

(しかしジェシカのやつ、甘いものしか食べてないな……)

 

常人なら致死量な量の糖分を摂取しているジェシカの手は止まる気配がない。

 

そんな気持ちを口の中の物と一緒に呑み込んで、ケリィはポールマンに真面目な顔を向けた。

 

「そろそろあんたの復讐相手の魔鍵使いについて詳しく聞かせてもらおうか」

 

「そうだね、実はそいつがこの島で、明後日の月の宴の日に姿を現すという話を仲間から聞いてね、職権乱用と言われたら耳が痛いが独断で捜査に来たんだ」

 

「そいつの名はユリウス=アルバート。今から百五十年も前、遠い地にて一つ大きな島を落とし、僕の祖父を殺した男さ」

 

「百五十年も前の人間を追ってるのか?」

 

「どういう訳か生存しているらしいんだ、ヤツも魔鍵使いだからね、何かしらの方法で生き長らえているんだろう」

 

「ヤツは今より百五十年も昔、ある研究……不老不死の研究の為にある姉妹に目をつけたんだ」

 

「ある姉妹?」

 

「ああ、今亡き島、アーデンノッシュという島に栄えた魔鍵使いの一族の末裔である姉妹が暮らしていた。僕の祖父もその島に住んでいた」

 

「その姉妹は特殊な魔術を使うことが出来て、それを利用して不老不死の研究を進めていたんだ」

 

「僕の祖父はヤツの研究に協力していたんだが、ある日私欲に走ったヤツはその研究資料と姉妹を連れて祖父を裏切ったんだ」

 

「祖父は不老不死の研究とその姉妹を守るために戦ったが、その姉妹の姉は争いに巻き込まれて亡くなり祖父も島とともに堕ちた」

 

「だから仇討ちとか一族の名誉のためとか、色んなの含めて祖父のやりたかったことを成し遂げるはずだったものを、果たすためにヤツを追い雲海を越えたんだ」.

 

(でも…なんだ?何かがおかしい…?辻褄が合わないというか……)

 

ケリィは違和感を感じたが、その疑問はすぐに晴れた。

 

「でもなんで今頃なんだ?べつに今じゃなくても…………っ!!」

 

「気づいたかい?明日は月の宴の日だ、魔力が高まる日にヤツは百五十年前の件を繰り返すつもりなんだ。なんと言ったってその日ならどんな不可能でも可能にしてしまえるかもしれないからね、不老不死や死者の蘇生なんて夢じゃない」

 

「そしてまたその為に大勢の人達とこの島が犠牲になるかもしれない、僕は百五十年前の事件を繰り返させない為にもヤツを見つけなくちゃいけないんだ」

 

「なるほどな、だから戦闘用の魔鍵を携帯してるのか、警官にしては珍しいと思ったんだ。普通、警官は銃機槍と捕縛用の魔鍵の携帯しか認められていないからな」

 

「あはは、鋭いね…」

 

「でもどうやってユリウスは島を落としたんだ?魔鍵じゃあ島なんて落とせないぞ?」

 

「ーーーー絶対言語ーーーー(レーゲル・ヴォルト)」

 

その言葉と同時にジェシカがピクリと震えた

 

「どうやらジェシカちゃんも名前は知ってるみたいだね。そう、創世記の逸話に上がる名前さ」

 

「創世記か……あんまし内容思い出せないんだよなぁ 」

 

「まぁ、学校でも少し習う程度だからねぇ……ここから少し長くなるが説明するね」

 

「創世記、天地隔絶の前、世界の中心には巨大な一本の樹があったとされていてね。その樹から旧文明の人達は知識や食料、文明など多くの恵みを受けて生活していたらしいんだ。そして、その樹には神々が宿っていて天地隔絶の日に人々に魔鍵の知識を与えて一人一人と消えてしまったんだ。」

 

「天地隔絶の日、神々が宿っていた樹は崩れ、地の底から邪神たちが這い出てきて地上を破壊し始めた。邪神たちは残っている神々と戦を始め、人々は空に浮かび上がった大地に残っている者以外は戦に巻き込まれてしまい死んでしまった。」

 

「長き戦の果てに邪神たちも滅んだがその骸が灰となり、世界を覆った。それが現在呼ばれている、雲海の正体で魔素は神々や邪神たちの残滓と呼ばれてるんだ」

 

「空に残された人間達は空の世界に適応する為、神々が残した魔鍵の知識と邪神たちの残滓を使い、残滓に含まれる毒素を、空の浄化を行った。その時に作られた魔鍵が原初にして伝説の〈七つの秘鍵〉と呼ばれる代物さ」

 

「今では地上の情報は限られているが研究の発展により創世記時代の存在やら明らかになってきているからね、魔鍵も七つの秘鍵の派生と言われてるし」

 

「それと絶対言語に何が関わってるんだ?」

 

「それはね……大地が空に浮かんでいるのに関係するんだ、こうやって浮いているのにも理由がなければおかしいだろう?」

 

「つまり、天地隔絶の日、地上の一部を打ち上げたのは絶対言語の使い手であった一族の始祖、さっきの姉妹の遠い祖先の力なんじゃないかって祖父の残った研究資料とにはそう書いてあったんだ」

 

「ただ、使用した場合使い手はその神が如き力の反動に耐えられず死んでしまうんだ、だからユリウスがその姉妹を利用した結果、姉の方が亡くなったんだ」

 

「絶対言語も魔鍵と同じ原理で魔素を力の源とするが、扱う絶対量が違う、だから体が耐えられないんだ」

 

「もう一人、妹の方はどうなったんだ?」

 

ケリィの質問にポールマンが悼むように答える。

 

「それは君たちの方が知っているんじゃないかな?君たちの渡りを依頼した少女のものなんだろう?その鍵は」

 

ケリィはポールマンの言葉に一瞬疑問符浮かべた。

 

「勘違いしていないか?うちの雇い主はなんも関係ない小さなーーーー」

 

「ヒルデガルト・フォン・ヴィンゲンーーーー【吸血姫】と呼ばれる現代最強の伝説の魔鍵使い、知らないはずがないだろう?それが君たちの雇い主のはずだ」

 

「な、何を言ってるんだよ、アイツどうみたって子供ーーーー」

 

「彼女は確認されている限りでは百五十年も前からあの幼い姿のままさ、彼らがなんの研究をしていたのか考えれば分かるよね?」

 

ヒルダ……まさかお前のあの黒い服は喪服なんじゃあ……、それにこの鍵……どういうつもりでよこしたんだ?

 

「まぁ…でも、仕事は仕事だやり通すさ」

ーーーー餞別まで貰っちまったしな

 

ヒルダに関わるとロクなことがないが、今回に限っては験担ぎまでよこすのだからそれほど大切なことなのだろう。

 

『ジェシカを守ってーーーー』この言葉が少し気にはなるが……

 

「いやらしい顔をしている」

 

ジェシカの冷ややかな言葉が飛んでくる

 

「そうかい…こんな一大事な時でも君たちが余裕でいられる理由が知りたいね」

 

そんなポールマンの言葉に二人は同じ言葉で返す

 

「「空を飛ぶ理由をくれるなら人でも古竜でも構わない」」

 

ポールマンは少し驚きを見せたが帽子をかぶり直しケリィ達に言う。

 

「よし!君たちの雇い主が吸血姫ならその裏には必ずユリウスが関わっていることだろう、同行させてもらうよ」

 

「好きにしてくれ、邪魔さえしなければな」

 

「ならさっさと行く、目的地は中央から離れた小島だから舟が必要」

 

「今朝のようなのはもう勘弁して欲しいけどね」

 

ーーーーーーーーーーーー

 

「なぁ、ケリー=ウォーゼン君?」

「なんだ?ジョン=ポールマンさんよぉ?」

 

「生きているってそれだけで素晴らしい事だったんだね」

 

「俺の事務所に来るか?毎日その気分を味わえるぞ?」

 

今朝出会ったばかりの男二人はまるで生涯の友になったような清々しい笑顔を向け合ったーーーーと同時に掴みかかった。

 

「見捨てるなよ君ぃぃぃぃぃぃぃ!!」

「俺だって死にたくねぇんだよぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

ルプセンブルク群島国はケリィ達のノルフェア群島国の三倍以上も大きい浮島……地方に向かうためだけでも雲海を掠めて速度を上げて飛ばなければ日が暮れてしまう。そのため何度も古竜たちと遭遇し、二人はまたもや満身創痍になっていた。

 

「うるさい、無駄口言う暇があるなら宿を探して」

 

流石のジェシカも疲れが見え、苛立ち始めているのが分かる

 

「まあ待てよジェシカ…俺たち今日だけで島二、三個分の距離、しいてはだいたい七百キロメートルくらい飛んだんだぜ?少しくらい労ってくれたって…」

 

「ケリィが下手くそじゃなければ苦労はなかった」

 

容赦のない言葉にケリィはぐうの音も出ず打ちのめされる。

 

「まぁ、元気出しなって…」

 

ポールマンのフォローにならない優しさが辛い。

 

しぶしぶとケリィは受付を済ませ部屋を二つ確保する。

さすがにジェシカを男二人と同室にするほどケリィも無神経ではない。

そして二人の元へ戻るとーーーー

 

「あぁーあ寝ちまったか」

 

椅子にもたれかかり、すぅすぅと寝息をたてながらジェシカが寝ていた。

時折、渡りの最中こうして事切れることも多いのだが……

 

「よほど体力と魔素を使ったんだろうね、あの虹色の蝶を長時間飛ばしていれば当然疲労もするさ」

 

どうやらポールマンはアレを魔術の一つと考えたらしい、あるものに似せて作っているので、それ故にそうでない場合を考えないのだろう。

だが、ジェシカの疲労の原因は虹色蝶だけではなく、その渡り自体なのだ。

ジェシカは高所恐怖症だ、飛行中ずっと震えながらケリィに捕まって共に飛んでいることはケリィだけしか知らない。

 

「とにかく運んであげなきゃーーーーっ!?」

 

ジェシカに腕を伸ばすポールマンをケリィは咄嗟に制した。

 

「ジェシカに触れるな」

 

「やれやれ、自分以外には触らせたくないってことかな?」

 

「そう思うならやってみろよ」

 

からかうポールマンにケリィは辟易とした目を向ける。

 

「……なにがあるってーーーーへぶっ!」

 

ジェシカの肩に触れようとしたポールマンが大きく廊下を吹っ飛んだ。

ジェシカの金色の髪から突如として無数の茨がポールマンを襲ったのだ。

 

「こいつはな極度の人間嫌いなんだ、寝てる時だって茨は解かないんだ、俺だって慣れてもらうまで時間がかかったんだ」

 

「にしてもとても精巧に作られてるな、どうやったら魔術で本物のように作り出せるんだ?」.

 

ポールマンは殴られた顔を擦りながら言う。

 

「さあ?詳しい原理は俺にもわからねぇよ」

 

そう言いながらジェシカの方を譲って起こす。

 

「おーい起きろってせめてベットまでは頼むから歩いてくれ」

 

「面倒……ケリィが運べばいい…」

 

「うぐっ……」

 

ジェシカはそう言うと背負えと言わんばかりに手を伸ばし頭をカクンカクンと揺らす。

ケリィは荷物と同時にジェシカを背負う。

 

(相変わらず軽いなぁ…もっと食べろよな…)

金色の髪はしゃらしゃらと柔らかく頬を撫で、仄かにいい匂いがケリィの鼻を刺激する、茨があるとはいえど無防備過ぎるとケリィは思った。

 

「結局君たちは仲がいいんじゃないか」

 

ポールマンの呆れたような呟きは疲れきった耳には届かなかった。

 

 

「俺、ちょっと明日の分の水買ってくる」

 

ジェシカを部屋に運んだケリィがポールマンそう言った。

 

渡りは帰りがまだ残っている。行きで水は底をついた、休むのは水を手に入れてからだ。

 

「なら僕も付き合おう、自分の分も用意しなきゃだからね。本当はジェシカちゃんについていてあげたいが、あの茨があるのなら大丈夫だろうし」

 

そう言ってから、ポールマンは「ああ」と思い出したように声を上げた。

 

「僕の手持ちの水が残っているんだ、よかったらジェシカちゃんに渡してあげてくれ。目を覚ましたとき、水もないんじゃあ可哀相だろう」

 

「おお、いいのか?」

 

そう言うのなら、とお言葉に甘えポールマンから貰った水をジェシカの水筒に足しておく。

 

宿を出て街道に出ると強風が吹きつけてきた。島の中は常に風が吹いているがここまで強い風邪が街の中を流れているのは珍しい。

その理由は島の中心にあった。

 

「変わった島だねここは、島の中心が谷になってるとは」

 

二人の目の前に大きな谷が現れる。島を二分するような形で別れ、間に巨大な橋がいくつも架けられている。橋の上には所々建造物が建てられ、それが島のバランスをとっているようだ。

 

「ここは元々大きな一つの島だったんだが十数年前に自重に耐えられず二つに別れたらしいんだとさ、だから強風が街全体に吹きつけるようになったわけだ」

 

谷を見下ろすポールマンは複雑そうな表情だ。ポールマンの祖父は堕ちた島に住んでいたんだこともあり、不安定な島を見ると思うところがあるのだろう。

 

「そう言えばケリィ、君とジェシカは学校とか行ってるのかい?君達くらいの子なら今頃学校に行っているはずじゃあないか?」

 

街道から市場に入った頃、ポールマンふとなげかける。

 

「俺はたまに行ってるさ、軍学校の所属だけど仕事ととの両立という名目で最近はあまり行ってないけど」

 

.「ジェシカのやつは俺より年下だし、ノルフェアじゃない場所から移って来たらしいからな、そもそも学校すら行ってないよ」

 

「らしい…って君は幼なじみかなにかじゃないのかい?」

 

「いや、ジェシカのやつとは一年前に会ったばかりでな、色々あって利害の一致から一緒に空を飛んでるんだ。…………ジェシカは十五歳だぜ、年下が気になるのか?」

 

ケリィが冗談めかすとポールマンはしまったと言わんばかりに顔を赤くして咄嗟に帽子で隠す。

 

とその時ーーーー

 

「「ーーーーっ!!」」

 

二人の背筋に冷たい視線が走る、むせ返るほどの人混みの中でも嫌でも感じたこの違和感、すぐさま殺気だと感じた。

 

「ここじゃあ騒ぎになる、路地に抜けるぞ」

 

そう言うケリィにポールマンも頷き、二人は人混みから離れて路地へと駆け出した。

 

 

 

 

「ケリィ……?」

 

目を擦りながら目を覚ましたジェシカがその名前を呼んだ。

ぼんやりとする頭で自分が眠っていたことを思い出す。

 

「ケリィ?」

 

もう一度その名前を呼ぶ。

そこは見覚えのない小さな部屋で辺りを見回しその姿がないのを確認する。

 

「ケリィがいない…」

 

とりあえず枕を抱きしめ、腹の虫を落ち着かせながら「水を買ってくる」と、そんなことを言っていたのを思い出した。

 

「屈辱。私を待たせるなんて」

 

苛立ちを覚えながら、廊下への扉に手をかける。

 

「ぶははははははははっはははっ!」

隣の宿泊客だろう。酒でも飲み交わしていたのか騒々しい笑い声が響いたら、

 

「人間は、嫌い」

 

ビクリと身を震わせたジェシカはベッドまで後退していた。

恐る恐る扉を開け廊下を伺うが、ケリィを捜そうにもどこへ行けばいいかわからない。

 

「困った」

 

小さなため息を残してベッドに戻ると机の上に水筒が置いてあった。

手に取ると中身が入っていることが確認できた。

渡りで水筒の水は飲み干したのでこれはケリィが用意したものだということになる。

 

「ケリィのくせに気が利く」

 

思わずそう呟てしまい。ハッとした。

他になにかないか探るが、特に見当たらなかった。

 

「甘いものくらい用意するべき」

 

何故か勝ち誇ったように言いながら水を飲む。

ふぅ、と満足そうな吐息を漏らして、ベッドの上に転がる。

 

「……暇」

 

普段であれば事務所で舟の特集が載った雑誌を呼んだり虹色蝶(グランツフィー)を 使って『ケリィ観察』をしたり、時間の潰し方はいくらでもあった。

ここにはほとんど何も無かったが虹色蝶を使うのも疲れるし目立つため気が進まない。

ぼーっとしながら天井を眺めていると思い出したのは界竜との戦いだった。

まだ荒々しい操縦でありながらもこちらの指示通りに動いて、あのカテゴリーⅠを撃退することができた。

 

「まだ俺の空を見せてやれてない」

「次こそアイツを堕とす!」

 

金色の髪を指で梳きながらその言葉を思い出す。

 

「生意気……」

ジェシカと同じ目的を持ち、なおかつ唯一信頼のおける彼が自分に空を見せてくれると言った、そんな言葉にどこか嬉しくもうずうずするような複雑な気持ちを抱きながらもポツリと漏らす。

 

ケリィと出会ったのは一年前だ。劇的な出会い方をし、人間嫌いのジェシカを手厚く介抱して衣食住まで提供してくれた彼を最初はとても怪しんだものだった。

だが、ケリィと関わっていき、同じ夢を持っていることを知った。

 

「俺は地上の世界、『空の果て』にたどり着きたい」

 

今や世界中が地上帰還を目的としているが古竜という巨大な障害を前にもはや夢物語となり、その夢を語ることすら笑われる今の時代では、奇しくも自分と同じ夢を持ち、空に憧れる彼に湧いた。

 

面白い、この人間とともに空の果てを見てみたいーーーーと

 

何より相棒として選んだ理由がある。

それはーーーージェシカの正体を知っても、何も変わらなかったからだ。

 

「でもまだ足りない、今のままでは」

 

雲海の表層で手こずっているようではまだ夢のまた夢である。

更に深層に潜ればカテゴリーⅠ程ではないが上位種クラスなどぞろぞろいるのだから。

かつてのジェシカの腕ほどになればいけるであろうが…

 

「それでもいつか届く」

 

ケリィは界竜と戦っても折れなかった、あれ程の強大な力量差を前にしても恐怖心に打ち勝ち戦った。

だからその心の力こそ、高所恐怖症のジェシカがなにより必要としているものだった。

今日の渡りを思い出す自身の顔がフニャリと緩んでいることに気づいていなかった。

 

ーーーーでもあの女は気に入らない

 

不意にケリィの頬にヒルダが口づけをしたのを思い出してしまった。

 

ーーーーあれはただの渡りの餞別、ただの願掛け

 

ただの珍しい風習、そうわかっているのになぜだか腹が立つ、自分はケリィにしたことは無いが、まるで自分の大切な宝物を汚された気分のような感覚だろうか?

 

そんな時だった、

 

「うっ……!」

 

強烈な目眩と吐き気を感じた。急いでベッドから起き上がり洗面所へと駆け込む。吐き出しそうになるがお昼を食べたのはもうだいぶ前なので胃には何も残っていない。

 

「何……この不快感…」

 

まるで胃の中に異物が入り込んだような気分だ。

特におかしなものは食べていない、そう考えながらも体調を悪くしたせいか急に心細くなった。

 

「ケリィ……」

 

意識もせずにその名前を口にしてしまったことに何故か敗北感を覚える。

 

「ケリィのくせに……」

 

少しずつ薄くなる意識の中、お昼のポールマンの言葉が頭をよぎる。

 

「絶対言語(レーゲル・ヴォルト)…」

 

ーーーーあの男は何か嫌

 

基本的に人間全般が嫌いなジェシカだか、ポールマンには異様な嫌悪感があった。生理的な嫌悪ではなくまるで本能的なーーーー

 

そう考えながらもそこでジェシカの意識が途切れた。

 

 

 

 

 

ーーーーその頃

 

「くそっ!何なんだよコイツら!」

 

「まるで人の動きじゃあない!」

 

悪態をつく二人の前に白い仮面黒い外套に覆われた二人の男が立ち、手に付けられた長い鉤爪はくらえば一溜りもないことは明白な程だ。

 

どうやら相手の外套には防御用の魔鍵が使用されているようで、普段使用する銃機槍の貫通弾が弾かれてしまう。

 

「ポールマン!警官なのにお前役に立たないな!?」

 

「僕は銃機槍の扱いに慣れてないんだ!」

 

お互い相手の動きに翻弄されて上手く反撃が出来ずにいた。

その隙を逃さないと言わんばかりに二人の男がケリィとポールマンに襲いかかる。

 

「こうなったら多少強引にーーーー!」

 

何をーーーーっ、ポールマンの声をかき消すようにバゴンッ!と爆ぜるような音が響き、ケリィの銃機槍から二発の散弾が放たれた。

 

「防御用の魔鍵が使われた外套を身にまとっていてもこれで動きが止まるはず……!」

 

「こ、殺してないよな……?」

 

至近距離で受けた相手二人は大きく吹き飛び倒れたが次の瞬間、ケリィとポールマンに驚きの光景が目に飛び込んできた。

 

二人の目に見えたのは腹に穴が空いてもなお動き続ける男二人であった、割れた仮面から覗く顔は半分が腐敗しているのが見えた。

 

「コイツら、もしかして死体か!?」

 

腕の肌を見ると土色をしていて、生きてる人間の肌ではないことが分かる。

 

「既に死んでいるやつをどうやって倒せば……」

 

そうポールマンが諦めかけた時…

 

「なんだよ、じゃあ手加減いらないな」

 

そんな言葉と同時にケリィは銃機槍を再度握りしめ駆け出した、向こうから突っ込んでくる屍人を軍靴で蹴り飛ばし、その隙を逃さず肩にもう一度散弾を放った。

 

倒れ込む屍人に目もくれず襲いかかってくるもう一人の爪を銃機槍の刃で受け流し、左手で殴り倒す。

 

起き上がる屍人めがけて飛び上がり、真上から見上げる口めがけて刃を突き刺し、ドゴンッ!と散弾を撃ち込んでもう一人の体を吹き飛ばした。

 

本来、銃機槍は遠距離用ではなく近接戦闘を想定して作られた武器で、弾薬も近接向きの物が多い。射出時爆ぜ飛ばされる弾丸が相手を襲うが近接戦闘用の弾丸が主なため爆発的な威力を誇る。

そんな銃機槍を零距離で撃ち放たれた屍人は木端微塵になった。

 

「君、強いんじゃないか!」

 

「いや、弱いと言った覚えはないけど?」

 

これでもケリィは軍学校の中では上位のレベルの実力者なのだ。

実技だけではあるが……

 

そう気を抜いた瞬間だった。

 

「こいつまだーーーーっ!」

 

先程、肩を撃ち抜かれた屍人が起き上がり、ケリィに鉤爪を振るう。

その一瞬、ズドンッーーーー屍人の頭が爆ぜた。

 

「人形の核は頭と心臓の二つだ、両方潰さない限り止まらんぞ小僧」

 

路地の隙間から姿を見せたのは、老人の魔鍵使いだった。苔色の飛行服を着て右手には魔鍵で強化された銃機槍が硝煙を立ち上らせている、

 

「あ、あんたは一体……」

 

「俺の名はユリウス、ユリウス=アルバート、年老いた魔鍵使いだ」

 

「探したぞ、吸血姫の小間使い」

 

今ここに百五十年の想いが繋がる

 

 

第三話、百五十年の想いと絶対言語~完~


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