あと、イツアリでのヘングレのお互いへの殺意が好意へと反転した世界線でのお話ですのでご注意を。
それとヘンゼル視点です。
ボクの名前はヘンゼル。少し視力が弱くてドジなだけの普通の女の子です。両親が遠方に出稼ぎにでているので、今は町外れの一軒家で、愛しい妹のグレーテルと2人暮らしをしています。
ボクの朝は少し早いです。グレーテルのために朝食を作らなければならないので。
グレーテルはよくできた妹で、視力が悪いボクのことをいつも気遣ってくれます。けれど、朝はいつも辛そうなので、ボクが朝食を作ってあげないといけません。
両親がいない今は、姉妹2人で助け合っていかなければなりませんから。
「グレーテル? 朝ごはんの時間だよ?」
「んうぅ……姉様ぁ……あと5分待って……」
朝食にグレーテルを呼ぶと、寝室からは蕩けたような声が返ってきました。
まだ少し眠いみたいですね。まあ寝ぼけ眼のグレーテルも可愛いのですが。けどこのままだとグレーテルが起きてくる前に朝食が冷めてしまうのでちょっとからかってみましょう。
「早くしないと全部食べちゃうよー?」
「待って! 今すぐ起きるから残しておいてほしいわ姉様!」
そういうと、グレーテルはバタバタと音を立てながら大慌てでリビングに駆け込んできました。
食欲に忠実なグレーテルも可愛くて素敵ですね。
「「いただきます」」
席につくと姉妹同時に手を合わせ、食前の言葉を言ってからそれぞれ朝食を食べ始めます。
「姉様、このスクランブルエッグ、とても美味しいわ!」
「そう、グレーテルが気に入ってくれたなら良かったよ」
グレーテルはいつも美味しそうにご飯を食べてくれます。一口一口笑顔になっていくのが本当に愛おしいです。ご飯を食べているグレーテルを食べてしまいたくなってくるほどに……
「あ、お茶が切れちゃった」
「ワタシがとってくるわ姉様!」
グレーテルはそう言いながら台所に向かい、ポットにお茶を淹れなおしてくれました。
本当にいい子ですね……グレーテルは。日頃のお礼に何かしてあげたいんですが……そうだ、お昼に、昨日見かけた喫茶店に連れていってあげましょう。
「グレーテル、今日の午後は空いてる?」
「空いてるわ。お出かけするの?姉様」
満タンのポットを注意深く持ちながら戻ってきたグレーテルに予定を尋ねると、そんな言葉が返ってきました。
ふふっ、今からグレーテルの喜ぶ顔が楽しみです。
〜数時間後〜
「グレーテル? 支度は済ませた?」
「少し待って姉様。どっちの服にするか悩んでて……」
そう言いながらグレーテルは2つの服を見せてきました。
ふむふむ。真紅のポンチョと少し明るいスカートの森ガール風の組み合わせと青いシャツに白い短パンのボーイッシュな組み合わせですか……グレーテルは素材がいいのでどっちでも似合うと思いますが……
「うーんと……それならそっちの赤い服装の方がいいと思うよ」
「ありがとう姉様!」
うん。やっぱりグレーテルには女の子らしい服装の方が似合いますね。笑顔が可愛らしくて素敵です。
服を決め終えるとグレーテルは自分の部屋に戻っていきました。
「着替えたら出かけるからね」
「はーいわかったわ」
〜家を出てから数分後〜
ざわ……ざわ……
なんだか今日はいつもより人が多いですね……気を抜くとドジなボクは転んでしまいそうです。
そういえば今日オープン予定のお菓子屋さんがありましたね。そのせいで混雑しているんでしょうか……
「ねーねーお兄さんたち〜。ぼくのこと買わない〜? 今なら安くしておくよ〜。ぼくのもふもふでもっふもふ……♡な体験をさせてあげるからさ〜」
視界の端に不思議な衣装を纏った獣耳の少女とそれに話しかけられているチャラそうな男性達のグループが映り込みました。
……何やらいかがわしい会話をしている男女がいますね……グレーテルの教育に悪いので少し迂回しましょうか……
「あっ、ちなみにぼくは菓子パンっていうんだけど〜、その名の通り食べると(意味深)と〜っても甘いよ〜? それにしっぽもみみももふもふだし! ……まあ偽名なんだけどね」
……流石に真昼間からこの会話はどうなんですかね……
「? ーーなにか美味しそうな匂いがするわ」
少し歩くと、混雑が更に激しくなってきました。
うーん、このままだとはぐれてしまいそうなのでグレーテルと手を繋ぎましょうかね?
そう思い、振り返りながら呼びかけようとすると……
「グレーテル? はぐれるといけないから……あれっ? グレーテル!?」
振り向いた先にはグレーテルはいなく、ただただ雑踏が広がっているばかりでした。
どうしよう、グレーテルとはぐれてしまいました! 最初からこうなることを予想しておけば……愚かな自分が恨めしい……もしグレーテルが見つからなかったらボクは、ボクは……ともかくグレーテルを探さないと…!
「グレーテルー! どこにいるのー! グレーテルー!?」
「そこのお嬢さん、誰か探してるの?」
必死にグレーテルの名前を呼び、ぼやけている視界でその姿を探していると、突然背後から呼びかけられました。
振り返ると、そこには青みがかった銀髪と褐色の肌をした少女と金髪で白い肌の少女の見知らぬ二人組がいました。
「ええと、妹とはぐれてしまって……」
「へーそうなの。妹さん探すの手伝うからさ、ちょっとそこでお茶しない?あっボクの名前はロミオね。こっちはジュリエット」
「ご紹介に預かりました、ジュリエットです。私も手伝いますから一旦休憩しませんか?」
……どうしましょう。苦手なタイプです。ここは当たり障りなく断って……と、思ったんですが……
「……あの、すみません。お気持ちはありがたいんですが、急いで探さないといけないので」
「まあまあそう言わずに、いいところ知ってるんだよ。ね?」
「それに一人より三人の方が効率がいいですから。ね? ね?」
「……これ以上ボクの邪魔をするなら……」
「また貴方達? 少しは懲りなさいな。」
ボクの全てであるグレーテルを探す邪魔をする不届き者どもを排除しようとすると、またも後ろから声が聞こえてきました。横目で見るとそこには赤く長い髪を靡かせた女性がいました。
「「げげっヴィクトリア師匠!?」」
「折角私とロッテで愛のカタチの例を教授してあげたのに……まだ性懲りもなくナンパなんてしてるのね」
どうやら二人組とその女性は知り合いのようです。
「違うんです。この方が妹さんとはぐれたらしいので探すのを手伝ってあげようと……」
「ほんとにすぐに探すのを手伝ってあげようとしてたの?」
「そりゃ一旦休憩してから……と考えたけど……」
「やっぱりじゃない。貴方達の事情もわかるけど少しは自重しなさいよ?」
「はいぃごめんなさーい!」
「やっぱりこうなるんですのね〜!」
そういうと、二人組はすさまじい逃げ足で去っていきました。
助かった……あ、お礼を伝えないと。
「助けてくれてありがとうございます」
「いいえ、礼には及ばないわ。私の名前はヴィクトリア。私にも妹がいるの。妹さんを探すのを手伝いましょうか?」
どうやらこの女性にも姉妹がいるようです。
「ありがとうございます。ボクの名前はヘンゼルです。妹の名前はグレーテルで、真紅のポンチョとブーツに、少し明るい赤のシャツとスカートを着たボクと似ているけどボクよりもとても可愛い子です」
「ふーん……わかったわ。他に特徴はある? ファッションが好き……だとか」
「ええと……グレーテルは食べるのが好きですね。特に甘いお菓子が好きです」
「あら、それなら簡単ね。きっとロッテが見つけてるだろうから私についてきなさいな」
そういうと、ヴィクトリアは迷わずさっきまでボク達が向かっていた方向へ歩いていきました。けどロッテとは誰なのでしょうか…?
「ロッテ……?」
「私の妹よ。本当はシャルロッテというのだけれど。2人で買い物に来ててロッテはお菓子屋さんの方に行ったの。あそこの喫茶店で待ち合わせてるからそこに貴方の妹さんも来ると思うわ」
「あ、その喫茶店なら丁度ボク達が行こうとしてたところですね」
「そうなの? それなら大丈夫ね。そうだ、着くまでの間、貴方達姉妹のことについても聞かせてちょうだいな」
「えっと…」
「ああ心配しなくていいわ。別にあの2人組みたいにとって食おうって訳じゃないわ。ただ単純に興味があるだけよ。同じ姉妹としてね」
ヴィクトリアは微笑みながらそう言いました。
……この人なら信用はできそうですかね?
「わかりました。ボクとグレーテルは町の外れで2人暮らしをしてて……
……それからはグレーテルがボクのことを気遣ってくれるようになってくれてそれが本当に嬉しくて……!」
「そう。貴方も妹が大好きなのね」
「あっごめんなさい。盛り上がってしまって」
「いいのよ。貴方の愛が伝わってきたから」
「ヴィクトリアさんは妹さんのどんなところが好きなんですか?」
「もちろんそれは全てだけれど、何より自分を愛してくれると信頼できることかしらね」
「信頼……ですか?」
「ええ。お互いがお互いを信頼し合い、そして相手が信じたとおりのことをしてくれる。そういうのも、とても素晴らしいと思うわ。あら、そうこうしている内にもう着きそうね」
「ヘンゼル姉様!」
ヴィクトリアがそう言い終えると、左側からグレーテルが抱きついてきました。
「ごめんなさい……ヘンゼル姉様。私がお菓子の匂いに釣られてはぐれちゃったから……」
「大丈夫だよ。グレーテル。ボクがよく見てなかったのも悪いから……」
「あら、私たちはもうお邪魔みたいねロッテ」
「ええそうねビッキー」
あ、お礼を伝えなきゃいけませんね。
「グレーテル、お礼を言わなきゃ。」
「あっ、そうね。わかったわ姉様」
「「助けていただきありがとうございました」」
「同じ姉妹として当然のことをしたまでよ。そうでしょう? ビッキー」
「そうね。なんてったって私達はしらゆき、べにばらですもの。機会があったらまた会いましょうね。可愛い姉妹さん」
そう言い、シャルロッテさんとヴィクトリアさんは手を繋ぎながら優雅に去って行きました。
「信頼……か……」
「? どうかしたの? 姉様」
「なんでもないよ。さ、ここの喫茶店にグレーテルを連れてきたかったんだ」
「わぁ……ありがとう姉様!」
チョコレート色の扉を開き店内に入ると、芳しい珈琲の香りが鼻腔を突き抜けました。扉と同じチョコレート色を基調とした空間に、明るい緑の観葉植物が適度にちりばめられていてとても落ち着ける雰囲気です。
「素敵なお店ね、姉様」
「気に入ってくれたようで嬉しいよ。グレーテル。」
「ん、いらっしゃいませ……お二人様……?」
店内を見回していると、店の奥から店員らしい青い髪をした少女がボク達のことを出迎えてくれました。
「はい。二人です」
「わかった……こっち……」
ボク達が席につくと、少女は、あとで妹が注文を取りに来るので少し待っていてほしい、とボク達に伝えて店の奥へと戻っていきました。
「そういえばさっきはどこに行ってたの?」
「お菓子屋さんの方に行ってたの。甘くて美味しそうな香りがしていたものだからつい惹かれてしまって……」
「大丈夫だよ。責めてるわけじゃないから。それより何を注文するか決めようよ」
「わかったわ、姉様。あっ、私このパフェがいいわ!」
「じゃあそれと……」
「ご注文は決まった? 決まったなら教えて?」
そんな話をしていると金髪をツーサイドアップにし、フリルがたくさんついた給仕服を纏った少女が注文を取りに来ました。
「ええと、このイチゴパフェとショートケーキと紅茶を二つください」
「オッケー。出来上がったらもう一回くるよ」
注文を取り終えるとその少女は踊るようにステップを刻みながら店の奥へ戻っていきました。
「なんか独特な雰囲気のする子だったね。さっきのウエイトレスさん」
「そうね姉様。あ、けどあの服は可愛かったわ」
「ああいう服、今度見かけたら買ってあげようか?」
「この服ならアリスお姉様が作ってくれた服だから売ってないよ? あ、あとこれパフェとケーキと紅茶ね」
「「!?」」
ボクとグレーテルがウエイトレスのことについてお喋りしていると、当のウエイトレスがいつのまにか戻ってきていました。
いや、いくらなんでも速すぎませんか!? パフェを作る時間は!? ケーキを切る時間は!? そして何より紅茶を淹れる時間は!?
「ああ、パフェは作りやすいようにある程度準備してるしケーキは切り分けてあるの。そして紅茶はジュリスが魔法でちょちょいってやってるの。思ったよりも早くてビックリしたでしょ?」
悪戯っぽい笑みを浮かべながら、少女はそう言いました。
思ったよりも早いどころではない気がしますが……まあ品質に問題はなさそうなので大丈夫ですかね
「それではごゆっくり♪」
少女は上機嫌そうにステップを刻みながら再び去っていきました。
それを見届けると、ボク達は二人揃って溜息をつきました。
「「びっくりした(わ)……」」
「まあスイーツも紅茶も美味しそうだし、気にせず食べようよ」
「そうね、姉様」
運ばれてきたショートケーキを、テーブルに備え付けてあった銀のフォークで口に運びます。すると、まるで雲のような滑らかでふわっとした生クリームと、しっとりと焼き上げられたスポンジケーキが舌の上で溶けました。すぐさま二口目を口にすると、今度は爽やかで鮮烈な苺の香りが鼻腔を突き抜け、苺の甘酸っぱさと生クリームの濃厚さ、そしてスポンジケーキの甘さが絶妙なハーモニーを奏でました。
次いで深い真紅色の紅茶が入ったカップを手にとり、口に近づけると、独特な燻したような芳香がしました。そのまま口に含むと、柔らかなコクと甘み、そしてより強く感じる芳香が口内を染め上げました。熱い紅茶は先ほどのショートケーキの濃厚さを断ち切り、口内をすっきりとさせてくれました。
「このパフェ、とっても美味しいわ! 姉様」
「うん。こっちのケーキと紅茶もすごく美味しいよ。グレーテル。よかったらこっちも食べてみる?」
「えっいいの? ありがとう姉様!」
グレーテルは期待と嬉しさを隠そうともせず満面の笑みを浮かべました。
そんな顔をされると少し悪戯心が湧いてしまいますね……ちょっとからかってみましょう。
「ふふっ。それじゃあ……あ〜ん」
「えっ?」
グレーテルはビクッと肩を震わせたあと、眉をハの字にさせながら頬を薄紅色に染めました。
「は、恥ずかしいわ……姉様」
「ん? どうしたの? ほら、あ〜ん」
もう一度ケーキを乗せたフォークをグレーテルの前に運ぶと、グレーテルは周囲をキョロキョロと見回してから恐る恐るケーキを口にしました。
「どう? 美味しい?」
「うう……姉様はいじわるだわ……」
グレーテルはからかうと毎回面白い反応をしてくれます。恥ずかしがっているところも本当に可愛い……はぁ……愛しい……
グレーテルはしばらく顔を俯かせながら悶えていましたが、少しすると何かを決意したようにこちらを向いてきました。
「……うう……ねっ、姉様! あ、あ〜ん」
「…………」
グレーテルは顔を真っ赤にしながら、お返しとばかりに自分のパフェをスプーンに乗せてボクの前に差し出してきました。
可愛い……ほんとに可愛い……ボクの妹が天使すぎて辛いです……グレーテルがいればボクはどこにいてもそこを天国だと思えそうです……
なるべく本心を見せないように心がけながらグレーテルの差し出したパフェを口にすると、先程のショートケーキのそれよりも強烈な苺の香りがしました。ゆっくりと咀嚼しながら舌で味わうと、甘酸っぱく濃厚な苺のソースと優しい甘さのソフトクリーム、あっさりとしたコーンフレークが見事に調和して口の中を幸せで満たしました。
「とっても美味しいよ。ありがとう、グレーテル」
そう伝えるとグレーテルは更に顔を赤くしながら再び俯いてしまいました。
そんなやりとりをしながら食べ進めていると、厨房の方から視線を感じました。その視線の主は、紫色の長い髪をした気弱そうな少女でした。しかしボクが気づいたことに向こうも気づいたのか、少女はすぐに厨房の中へ引っ込んでいってしまいました。
あの子は一体……? あ、もしかしてこのお店のパティシエールですかね?
……そんなことを考えていると厨房から『どんがらがっしゃーん』という大きな音と「ぴいっ!?」という、か細い悲鳴が聞こえてきました。
「だ、大丈夫ですか!?」
急いで厨房の方に向かうと、先ほどの少女が床にへたり込んでいました。周囲にはたくさんのボウルが散乱しています。先ほどの大きな音はこの子がボウルを倒してしまったときの音のようです。
「うう……やってしまいました……」
「片付けるの、手伝いましょうか?」
「ひゃぁぁっ!?」
声をかけると少女は猫のように飛び退いて……そして壁に頭を激突させてしまいました。その衝撃で壁にかけてあったおたまが、ちょうど少女の頭の上に落ちました。
大丈夫かな……ダブルヒットしたし、すごく痛そうだけど……
「ううぅ……」
涙目になりながら少女は呻き声を漏らしました。
「あの……大丈夫ですか……?」
「いいいいいきなり話しかけないでくださいよぉ……び、びっくりしたじゃないですかぁ……」
「すいません……大きな音がしたので大丈夫かなと思ったんですが……」
「「大丈夫(……)?ジュリス」」
二つの声が聞こえて後ろを振り返ると、ボク達を出迎えてくれた青い髪の少女とウエイトレスをしていた金髪の少女が、転んだ紫の髪の少女のことを心配そうに見つめていました。
「カリス姉様……ハリス姉様……ごめんなさい私またドジっちゃいました……」
「大丈夫……お客さん、心配してくれてありがとう。少し待ってて。あとでお礼はするから」
「大方紅茶の魔法の調整が心配になって見てたら気づかれてびっくりしたんだろうけど、ジュリスの魔法の腕は一流だから心配しなくていいのよ?そこはアリス姉様もカリス姉様も認めてくれてるじゃない」
そんなことを言いながら青い髪のカリスと呼ばれた少女と金髪のハリスと呼ばれた少女は、テキパキと床に散乱したボウルを片付けていきました。
どうやらこの三人も姉妹だったようですね。それにしては髪の色も顔もバラバラな気がしますが……ひとまず邪魔しては悪いのでひとまず席に戻りましょうか。
「ヘンゼル姉様? 何があったの?」
席につくとグレーテルはそう尋ねてきました。
もうグレーテルは落ち着いてしまったみたいですね……あの可愛いグレーテルをもっと見ていたかったような気もしますが……
「大丈夫だよ。ただ店員さんがボウルを落としちゃったみたいで……」
「ん……待たせた……」
そうこうしているうちに、ジュリスとハリスがやってきました。色々な後始末は終えた様子で、一見何事もなかったかのように見えます。……心なしかジュリスの顔が浮かない気がしますが……
「あ、あの、ごごごごめんなさいぃぃ……!」
ジュリスは突然ものすごい勢いで謝罪してきました。肩がガクガクと表現してもよいくらいに震えていますし、腰もほぼ直角まで下げているので緊張していることが手に取るようにわかります。
……………………どうしよう。気まずくて何を話せばいいのかわからない……
「……とりあえずお茶でも飲んで落ち着いて……」
そう言いながら、カリスが気を利かせて全員分のミルクティーを持ってきてくれました。
「「あ、ありがとうございます」」
「「ありがとう、カリス姉様」」
「ん、どういたしまして」
気まずい雰囲気を紛らわすようにミルクティーを口に流し込むと、甘く濃厚な味が口に広がり、牛乳のまろやかな風味の中に紅茶の品の良い香り、そして微かな柑橘類の爽やかな香りが場の雰囲気を和ませてくれました。紅茶にそのまま冷たい牛乳を入れたのか、少しぬるめの味も、落ち着きを取り戻す一助となってくれました。
「そういえばあなた達はどうしてうちに来てくれたの?」
ミルクティーを飲み終えるとハリスがそう尋ねてきました。
「昨日見かけたときに内装がお洒落だなと感じたので妹を誘ってみたんです」
そう答えると三姉妹は少し顔を綻ばせ、心なしか誇らしげな雰囲気になりました。
「ふうん。やっぱりアリス姉様はセンスがいいわね。過保護なところが玉に瑕だけど」
「そういえばさっきから言ってるアリス姉様?って人はどこにいるんですか?」
「アリス姉さんは都でメイドしてる……ファンバー? って人のお屋敷で。アリス姉さんは私達の母親みたいなもの……私達は孤児院育ちだから」
カリスは感情を押し留めるようにそう言いました。それと同時にハリスとジュリスも少し悲しそうな顔をしました。
……だから姉妹にしては髪の色も顔つきもあまり似ていなかったんですね……そしてこの姉妹も親代わりになってくれた人が出稼ぎにでているんですね……
「そう……ワタシ達も両親が出稼ぎにでているの。木材を扱う腕を見込まれてどこかのお屋敷に雇われたらしいわ。もしかしたらあなた達のお姉さんもワタシ達の両親と同僚かもしれないわね」
「そうなんですか! もしそうだったらとっても素敵ですね!」
「ええそうね。ワタシもそう思うわ」
グレーテルが気遣ったように言うとジュリスは喜色満面になりながら返しました。
グレーテルが穏やかに話している様子を見ているとボクまで和やかな気分になってきますね。カリスとハリスも穏やかな目つきで見守っていますし。グレーテルの成長が見てとれて姉として誇らしく思います。……けど少し寂しいですね……いや、グレーテルを手放すなんてことは絶対にしません……そう、絶対に……
そんな風にお喋りをしていると時間も早く過ぎ、夕刻を告げる鐘が鳴り響きました。
「それでは今日のところはお暇しますね」
「絶対また来るわね!」
「ん、私達も待ってる……次は休日に集まってもいいかも……?」
「ええ!そうしましょうカリス姉様!ちょうど新しいお菓子屋さんもオープンしたって聞いたもの!」
「私もそう思いますハリス姉様」
三人は帰り際に、楽しそうにお菓子屋さんに行く約束を取り付けてきました。
あのお菓子屋さんですか……なにも問題はないんですがどこか気まずいですね……まあせっかくのグレーテルが作った友達ですから仲良くしたいものです。
「「「「またねー」」」」」
〜帰宅後〜
「ふう……今日は色々あったね。グレーテル」
「ええそうね。ヘンゼル姉様。ワタシも、もうくたくたではやくご飯を食べてお風呂に入ってベッドで寝てしまいたいわ」
「それじゃあ晩ご飯の準備をしておくから、お風呂の準備をお願いね」
「はーいわかったわ」
そういうとグレーテルは風呂場の方へとぼとぼと歩いていきました。
今日はどんな献立にしましょうか……せっかくなのでグレーテルが好きなハンバーグを作りましょうか。まあグレーテルは何を作っても喜んで食べてくれるのですが。そんなところも本当に愛おしい……
ボクは鼻歌を歌いながら台所へ歩を進めていきました。
〜調理後〜
よし、後は食卓にこれを並べてっと。
「グレーテル? ごはんできたよー」
「今行くわ姉様ー」
自室で読書をしていたグレーテルはすぐに返事を返しながらダイニングにやってきました。
「わあ、ハンバーグ! ありがとう姉様!」
食卓を見るなりグレーテルは目を輝かせながらそう言いました。
やっぱりグレーテルは可愛いです……本当に……もっと幸せにしてあげたい。もっと美味しいものを食べさせてあげたい。四六時中、そう思うほどに。
「「いただきます」」
今日の献立はデミグラスソースのハンバーグに野菜たっぷりのシチュー。それにパンとサラダです。食べ盛りのボク達には少し少ないような気もしますが喫茶店でお茶を飲んでいたので多分足りるでしょう。
ボクはまずはシチューから手をつけます。木のスプーンですくって食べると、まろやかな旨みが優しく広がります。ブロッコリーや鶏肉は噛めばほろっと簡単にほどけ、にんじんは優しい甘みを伝えてくれます。じゃがいもは少し熱いですがそれも美味しさのうちの一つです。パンをちぎってシチューに浸すのもいいです。パンが柔らかくなって更にパンのかすかな塩味がシチューの優しい旨みを引き立ててくれます。
「やっぱり姉様の作るハンバーグは最高だわ!」
「ありがとうグレーテル。そう言ってくれると嬉しいよ」
グレーテルは真っ先に好物のハンバーグに手をつけたようですね。それではボクもメインディッシュに手をつけるとしますか。
ナイフとフォークで一口大にハンバーグを切り分けます。断面からは閉じ込められていた肉汁が溢れだしてその暴力的な匂いとともに視覚と嗅覚を刺激してきます。切り分けた肉塊を口にすると、濃厚なデミグラスソースとアツアツの肉汁で口内が蹂躙されていきます。噛むたびに力強い肉の旨みが溢れて舌を強烈に刺激し、デミグラスソースの芳醇な匂いが鼻腔を刺激します。嚥下したあとも、まだ旨みと匂いの残滓が残り、次の一口を早めさせます。二口目は先ほどより中側を切り分けます。すると、断面から仕込んであったチーズがとろりと流れ、デミグラスソースや肉汁と絡み合います。たまらずそれをつけながら口にすると、チーズによって更に濃厚になった旨みが口の中で爆発します。サラダに手をつけると、新鮮なレタスのシャキシャキとした瑞々しい食感やドレッシングの仄かな酸味がハンバーグの油をきれいさっぱり洗い流してくれます。
我ながら今回のハンバーグは上手く作れましたね……今までで一番上手く作れたかもしれません。これからもグレーテルのためにたくさん練習しましょう……グレーテルの口に不味いものを入れるわけにはいきませんから。
「「ごちそうさまでした」」
夕食を食べ終え、皿を洗っていると、グレーテルが珍しくこんなことを言ってきました。
「姉様、今日は一緒にお風呂に入ってくださらない?」
「どうしたの?グレーテル」
「最近は一緒に入っていなかったものだから一緒に入りたくなってしまって……ごめんなさい迷惑だったかしら?」
グレーテルはしゅんとしながら上目遣いでそう答えました。
グレーテルはほんとにずるいです……反則です……可愛すぎます……そんな目で見つめられたら断れるわけないじゃないですか……
「大丈夫だよ。じゃあ一緒に入ろう」
「ありがとう姉様!」
なるべく平常心で答えようとしたボクの努力は脆くも崩れ去りました。上目遣いからの満面の笑みは反則どころじゃないです……おかげでボクまでにやけそうになってきちゃったじゃないですか……
そんなこんなで、グレーテルはにこにこと微笑みながら、ボクは肩をぷるぷると震わせながら姉妹揃ってお風呂場に向かいました。
「姉様ちょっとホックを外してくれないかしら?」
脱衣所で服を脱いでいるとグレーテルがそう頼んできました。背中まで手を回すのが面倒で今は甘えたい気分だからかもしれません。
ともかくこれは合法的にグレーテルにちょっかいを出せるチャンス……今度はどんなふうにからかってあげましょうか……ふふっ。
「わかったよ、グレーテル」
ボクはそう言いながらグレーテルの正面に回り、おもむろにグレーテルに抱きつきました。服を脱いでいる最中だったのでダイレクトにグレーテルの柔肌を感じられます。
「ふわっ!? ね、姉様!? は、恥ずかしいわ……」
グレーテルの背中側にあるホックを外しながら顔を上げると、グレーテルは顔を真っ赤にしながら眉をハの字にさせていました。
「可愛いよ。グレーテル」
そのままキスしたくなる気持ちをぐっと堪え、そう告げながら離れると、グレーテルはその豊満な胸を隠すように腕を組みながら、脱衣所の床にへたり込んでしまいました。
「ううぅ……やっぱり姉様はずるいわ……ずるい…………そ、それじゃあこ、今度はワタシが姉様のホックを外してあげるわ!」
グレーテルは目を回しながらそう言い、更に顔を赤くしました。そしておぼつかない足取りでボクの胸に飛び込んできました。
いきなり抱きついてきて必死に何かを耐えているような表情で上目遣いをされるのは……流石のボクも……心臓が跳ねて、顔が熱くなって……
グレーテルが震えた手でボクのホックを外し終えると、二人揃ってショートしてしまいました。
「と、とりあえずお風呂に入ろうか」
「そ、そうね姉様……」
……気を取り直してお風呂に入ると、もわっとした湯気がボク達を包み込んで出迎えてくれました。
「姉様、お背中を流すわ!」
シャワーを出しながら、グレーテルは懲りずにそんなことを言ってきました。
まあボクとしては嬉しいのですが……さっきあったことをもう忘れたのでしょうか……まあこれくらいなら大丈夫ですかね?
「うん、お願い」
ボクがそう言うと、グレーテルはタオルでゆっくりとボクの背中を流してくれました。優しく、それでいて少し強い力加減がちょうど良く、グレーテルの気遣いが伝わってきて幸せです。
「ん……ふっ…………あっ……ん…………」
……けど気持ち良すぎるのも考えものですね。ついつい変な声がでてしまって、恥ずかしくなってしまいます。
「ありがとう、グレーテル。それじゃあ次はボクが背中を流すね」
「いいの? ありがとう姉様!」
グレーテルがボクの背中を洗い流すと、次はボクの番です。
グレーテルの白磁のような柔肌を、宝玉を磨くかのように優しく擦り、洗い流します。
「ん……ふふ……くすぐったいわ姉様……んっ……あの、姉様? やっ……くすぐったいって……」
時折さわさわと擦ったり、際どい場所を少し強く擦ると、グレーテルは毎回可愛い反応をしてくれます。くすぐったさから逃れようと身を捩らせたり、敏感な場所への刺激でビクッとしたり……
……ハッ危ない危ない。これ以上はまた変な感じになってしまいます。もしエスカレートしてグレーテルに距離をとられたらボクは悲しみのあまり自殺してしまいます。そういうのは今じゃなくて……ともかくもう悪戯はやめてあげましょう。
「ふぅ……ふぅ……もう、姉様のいじわるぅ……」
グレーテルは肩越しに振り向いて涙目でそう言ってきました。しっとりとした髪の毛に、上気した頬。更に、少し荒い息遣いがグレーテルの年頃には不釣り合いな、異様な艶やかさを醸し出していました。
「ごめんごめん。けどそんなことより早くお風呂に入ろう?」
「うう……やっぱり姉様はいじわるだわ。そうやってはぐらかしてうやむやにさせようとするし……」
グレーテルはぶつぶつと文句を言いながらも素直に湯船に入ってくれました。続けてボクもグレーテルと向かい合うような体勢で湯船に浸かりました。ほどよい熱さのお湯は、体の末端に至るまでをじんわりと暖めてくれ、グレーテルと接している肌は、先ほどの出来事で上がった彼女の体温をつぶさに伝えてくれました。
「「ふう…………」」
どれほど二人でそうしていたでしょうか。気がつくとグレーテルは、安心しきった顔で寝てしまっていました。
……とても疲れていたようですし仕方ありませんね。けどこのままだと溺れてしまうかもしれないのでベッドに運んであげましょう。
ボクはグレーテルをお姫様抱っこの形で引き上げ、お風呂場を出ました。グレーテルの体についた水をじっくりじっくり拭き取っていると、にわかにグレーテルが目を覚ましました。
「んう……姉様……?」
「大丈夫? グレーテル。湯船の中で寝ちゃってたよ。体は拭いたからパジャマに着替えて、ベッドで寝ていてくれる?」
「ん……わかったわ……」
グレーテルはそう言うと、辿々しくパジャマを羽織り、ゆっくりと寝室へ向かいました。
その間にボクはお風呂の片付けや就寝前の準備をし、グレーテルに少し遅れて少し大きめのダブルベッドの中に潜り込みました。
「おやすみ……姉様……」
「おやすみ、グレーテル」
…もうグレーテルは寝てしまいましたかね?
「グレーテル? 起きてる?」
「………………すぅ…………すぅ………………」
……もう寝てしまったようですね。
「……ごめんね、グレーテル」
そう言って、ボクはグレーテルに覆いかぶさります。そしてグレーテルの体にゆっくりと口づけし、抱きしめ、舌を這わせます。ゆっくり、ゆっくりと、グレーテルの感触を味わいながら。
「んっ……ふあ…………んうぅ………………」
最初のうちは、グレーテルはいつも少し抵抗してきます。けれど、段々と抵抗が弱々しくなっていくのがボクのことを受け入れてくれているようで興奮します。時折甘い声が漏れ出るのも、強く抱きしめると身じろぎして逃れようとするのも、甘噛みをすると一際強く反応するのも、熱く荒くなっていく吐息も、体温が上がってかき始めた汗も、紅潮している柔らかな頬も、まるでビロードのようなきれいな髪も、透き通った琥珀のような瞳も、桜の花びらのような唇も、きめ細かく繊細な肌も、その気になれば手折れそうなほどの滑らかな首筋も、柔らかくたわわに実った乳房も、しっかりとくびれたお腹も、美しいラインを描く腰つきも、健康的な美しさのある脚も、少し寝苦しそうな表情も、優しく撫でると安らいだような表情をするのも、全て全て全て愛おしい。
ああ、ボクのグレーテル。ボクのたったひとりの妹。ボクの愛しい愛しいグレーテル。ボクの全てである妹。ボクを慕ってくれる妹。ボクのことを尊敬してくれる妹。ボクを深く愛してくれる人。ボクの一番の宝物。ボクの最愛の人。ボクの大切な家族。ボクが恋した女の子。ボクを助けてくれた恩人。ボクを救ってくれたヒーロー。ボクをいつも気遣ってくれる大切な人。ボクの唯一の光。ボクの中で輝く星。ボクの世界そのもの。ボクのためにいてくれるグレーテル。ボクのグレーテル。ボクの可愛いグレーテル。ボクの愛しいグレーテル。ボクだけのグレーテル。グレーテルグレーテルグレーテルグレーテルグレーテルグレーテルグレーテルグレーテルグレーテルグレーテルグレーテルグレーテルグレーテルグレーテルグレーテルグレーテルグレーテルグレーテルグレーテルグレーテルグレーテルグレーテルグレーテルグレーテルグレーテルグレーテルグレーテルグレーテルグレーテルグレーテルグレーテルグレーテルグレーテルグレーテル………………
……ふう。今日はここまでにしておきましょうか。なんだか今日はいつもよりも盛り上がっちゃいましたね。やはり今日は色々あったからでしょうか……
「愛してるよ、グレーテル。大好きだよ、グレーテル。……グレーテルのためなら……なんでもするから」
明日も、グレーテルと過ごす時間が楽しみです。
短編を書くにあたり、たくさんのご協力と応援をくださった雪白鯖のみなさん、ありがとうございました!この短編を書き切れたのはみなさんのご協力があったからです。
それとヘンゼルがどこに口づけし、どこに舌を這わせ、どこを甘噛みしたかはご想像にお任せします。
……私?私は首筋ですかね……