「とぉりょー!!!お願いー!!!」
「………今度は何だ。」
鳴女さんから情報をキャッチし、待機すること数時間。無限城に現れた頭領を捕捉した私は、懇親の土下座…いや体勢だけで見るなら靴舐めに間違えられてもおかしくないような近距離だが、兎に角誠心誠意真心込めて頭を下げていた。頭領が今日無限城に来る日で良かった…運が良かったことにそう感涙しながら、敢えて心もいい感じに読んでもらえるように隙も作る。きっと今の私は、心から真剣に頭領に懇願する健気な鬼に見えていることだろう。
「それなりに成果を出しているから目溢ししてやっているものの、最近の貴様は特に図々しいな。身の程を知れ。」
「絶対損はさせないよ!!だから話だけでも聞いて下さいぃ…駄目?」
「………厚かましいことこの上ないな。貴様の厚顔無恥さには感服する、心底腹立たしい。」
「大変申し訳ありません?」
「自覚がないのか、馬鹿もここに極まれりだな。貴様も期待外れであったか?」
「…それは聞き捨てならないです。私は頭領が損するような話は持ちかけたことはないはず。」
真顔を再び一変、にっこりと明るい笑顔で発言する。しかし、目だけは笑わない、笑えない。落ち着いているようで、その実私は少し焦っていた。いや、焦ると言うよりはトラウマが蘇ったというべきかも。
結果を出せ。自分は使える道具だと証明しろ。捨てられる前に。処分されないように。
胃が収縮し、キリキリと痛みを訴える。味覚なんてないはずなのに口の中が何だか酸っぱくて、頭がガンガンと揺れ、キーンと耳鳴りがした。
大丈夫、大丈夫。私はまだ壊れていない。
「下賜されたから、投資されたから、その分それ以上を尽くす。私は実践してきたはずです。此度も結果に出して見せましょう。」
「…ふざけた話であれば覚悟せよ。」
おぉ、ラッキー♪どうやら話だけは聞いてくれるらしい。畳の上に姿勢を正し、正座し直す。そして、私は先程までの微笑みと神妙そうな気配を一変、真顔と本心からの苛立ちのまま頭領に懇願し、深く頭を下げた。
「入れ替わりの血戦、やらせてもらえませんか。」
私のその声は異様な程、この空間によく響いた。声が聞こえたらしい鳴女さんが、何処となく心配そうな雰囲気でこちらを見ている気がするのは錯覚だろうか。
沈黙したのはほんの数拍。しかし、その時間が何だか異常に長く感じた。
「ふ、」
沈黙を破ったのは頭領だった。しかし一音だけ発してそのまま、続きの言葉が聞こえてこない。「ふ」とは何だろう。「ふざけるな」だろうか?「不快だ」だろうか?頭領の采配に不満があるとだけは勘違いされていないことを祈る。そう言う意味じゃないの…単純に私が奴を気に入らないだけなの…。
「ふ、ふふ……ふはははははは!!!」
私の思い悩みは無駄だとでもいうように、次の瞬間頭領は弾けたように笑い出した。
これには私も鳴女さんも思わずポカンとする。こんな頭領初めて見た。何がツボに入ったのかは分からないが、心底愉快なものを見たとでもいうような、身の丈知らずの貧乏人を嘲笑するかのような、珍妙なものに出会ったと感嘆するかのような、そんな視線を私に向けてなお笑い続ける頭領に、私達は困惑するしかなかった。
えぇ、何、その人参を食べない兎を見るような、バナナのないお猿を怪訝に見下すような、人を食べない鬼を憐れむかのような視線は!?私変なこと言ったかなあ?
「貴様、堕姫とはそれなりに仲が良かったと記憶しているが?」
「??なんで堕姫ちゃんが??」
「入れ替わりの血戦を挑むのだろう?」
「うん。…上弦の肆、半天狗。かの鬼に血戦を申し込みます。つきましてはその許可を頂きたく本日は参上しました。」
「ほう…?堕姫ではなく半天狗か」
「はい。」
「その根拠は。」
「嫌いだからです。」
「…それだけか?」
「はい。無礼を承知で失礼しますが、私は奴が嫌いだから。鬼として活動してきた月日は奴の方が長いし、頭領により信用されてるのも奴の方かもしれない。けど、実力的に負けてるとは思わないし、人間を食った総数では劣っても、血鬼術の性能で劣るとは思わない。」
単純に食った柱の数なら、私は妓夫太郎さんに劣る。でも、普通の鬼狩りも含めて良いなら、女は食べないと豪語する上弦の参、猗窩座さんにだって迫る。柱の数で劣っても、甲とかいうそこそこ強い奴らはいっぱい食べた。大食漢な私はずっと、鬼になってからのこの数年間の中、ずっと、ずっと、食べてきたんだ。だから、下弦程度の枠に収まる私じゃない。私という
私が気に入らないから殺すんです。そう締めくくった私を頭領は見下ろしていた。私もその眼を見つめ返し、全力で訴える。私は奴を斬ります。穿ちます。貫きます。裂きます。抉ります。破ります。喰います。利用します。消します。…殺します。
さぁ、売り込め、全てはお姉ちゃんに会うために!!
…あれ、お姉ちゃんって誰だっけ。
そう思って
そう、これ以上理解するのはまずい。分かってる。
…でも、脳裏に蘇りかけてくる『前』と、今直面している『現実』の差異が、私を殺しに来るの。
ねえ、お姉ちゃんって誰。どのお姉ちゃんのことだっけ。
…違う、お姉ちゃんがいたのは『前』の筈。
じゃあ、いるのは誰。
…二人の姉さんだ。『今』の私の姉さん達。
なら、【お姉ちゃん】は?
私を捨てた、私を裏切った、でも、私を守ってくれた、大好きなお姉ちゃん。私が助けたかった、傍にいて欲しかった、あのお姉ちゃんは一体どこにいるの?
お姉ちゃんの為に努力した。お姉ちゃんに会いたくて、お姉ちゃんとまた笑い合いたくて。その為だけに頑張ってきたのに。
お姉ちゃんはもういないのに、私は…『今』 何 の た め に 頑 張 っ て る の ?
「良いだろう。そう啖呵を切ったからには…くく、楽しみにするとしよう。私の予定が空いたら呼ぶ。」
そう言った頭領の声が聞こえて、ハッと意識が回復した。頭領はそれだけ言い残すと無限城の私室に入って行く。途端に緊張が抜け、私はペタリと畳にへたり込んだ。
音や指先の感覚が一気に戻ってきて、同時に頭痛の痛みまで戻ってきたのは嬉しくないけど、ようやく息をした気がする。
あぁ、それよりも…、
「ちょっと
蟀谷を抑え、頭痛を諌めるように揉み解しながら、ぶれていた目の焦点を合わせ思う。いけない、いけない。久々に『前』に
これは考えちゃいけない
そう自分にジッと言い聞かせる。…理解したが最後、私はきっと
「童磨のとこ、戻ろ…」
最早私の精神の安寧を管理しているのは彼じゃないだろうか。彼といると少しホッとする。彼自身は空っぽな部分が多いし無機質だし真似事だらけの
「宗教なんて信じてなかったのになぁ。」
その発言に鳴女さんがギョッとしたような気配がしたが気のせいだと思いたい。
…そうだ、そう言えば私逃げてきたんだった。
あのみっともない逃走劇を思い出してスッと血の気が下がる。
「童磨、
感情の
「鳴女さん、お土産買ってから帰るから、どこかそこそこ大きい街までお願いします。」
「…外がもうすぐ朝なので、半日待って下さい。」
「…はぁい。」
もう、締まらないなあ。そう思いながら私は大きく溜息を吐く。
気分は最悪、お先も未明、でも最低限のミッションはコンプリート。ざわつく心境に見ないふりをして、私は日が落ちるまでの時間を潰そうと、いつも通り鳴女さんに話しかけたのだった。
クロメちゃんの頭の中良く分かんないんだけどって人のための、作者のざっくりアバウトな暗殺コソコソ噺、要るようなら活動報告にでも載せますが、需要あるのかなこれ…?