ネクロマンサー少女は復讐を誓う   作:新谷奏

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第二話 略取

 ――ぎゅうぅぐるるるるるるる

 

 

 少女のお腹が大きな音を鳴らす。その小柄な体躯からは考えられないほど低く響いた音に、少女自身も驚いたように目をぱちぱちした。

 

 既に日は落ち、通りを行き交う人もまばらになってきた。今座り込んでいる路地の両隣の店も、今日の営業は終了したようだ。先ほどまで漏れていた明かりが消えている。

 

「はぁ……」

 

 疲れ果ててしまいため息しか出てこない。体を襲う強烈な倦怠感が、もう限界が近いことを知らせていた。

 

「泥棒……するしかないかなぁ……」

 

 本当なら盗みなど絶対にしたくない。してはいけないと誓っている。両親に優しく廉直な子になるようにと育てられたマリアの良心が、その行為を許さないのだ。

 だが、自分が悪人になるのを避けた結果ここで野垂れ死ぬのは勘弁だ。

 

「あいつらを倒さなくちゃいけないんだから……」

 

 ――村を襲った兵士たちを倒すまでは絶対に死ぬ訳にはいかない。

 

 悪いことは悪いこと。でもそれで死んでは本末転倒だ。自分の良心に従いたい気持ちはあるが、それに固執するほどマリアは頑固な子ではない。村を出て3日、街に入って1日。限界が近く、いよいよ真人間の道を外れる決心がつくには十分な時間だった。

 

 そうこう思案しているうちに辺りは良い感じに暗くなってきた。ここらには街灯も無くかなり暗い。人通りも無く少し怖いが、逆を言えば人目を忍んで活動するにはちょうど良いということだ。

 気は引けるがこれ以上先延ばしにも出来ない。とりあえず隣の商店に入ろうか、と重い腰をあげたその時だった

 

「嬢ちゃん!こんなところで何をしてるんだ!?」

「ヒッ!ご、ごめんなさい!」

 

 突然の怒声に驚いて声の方に向かって謝った。思わず謝ってしまったが、よくよく考えたらまだ盗みに入ってないんだから謝る必要はないのでは?

 そんな言葉を飲み込みながら声のした方を見ると、暗がりの中からくたびれた衣服を纏った大柄の中年の男が現れた。おじさんは厳つい顔でマリアを見下ろしながら口を開いた。

 

「こんな時間に子ども1人でなにしてるんだ?ここら辺は人さらいも出る。早く家に帰りなさい!」

「あ、あのそれが……」

 

 家が無いんです、と言おうとしたが慌てて飲み込む。知らない相手に弱みをみせて、そこに漬け込まれたくはない。

 

「なんだ?1人で帰るのが怖いならおじさんが送っていこうか?」

 

 おじさんの低い声が路地に響く。こちらを覗きこむ目は真剣で、とても心配してくれているのがよく分かった。大きな声と体に気圧されてしまったが、なんだかいい人そうだ。最初は警戒していた気持ちも徐々に薄らいでいく。

 

「その……家が無いんです……今晩だけで良いので泊めていただけませんか?」

 

 一度飲み込んだ言葉を吐き出し助けを求める。盗みに走ろうとするほど限界な状況で、この優しそうなおじさんを警戒し続ける気にはなれなかった。

 おじさんはマリアじっと見つめ、それから頭の先から爪先まで値踏みするように眺めた。それになんの意味があるかは分からなかったが、せいぜいお行儀良く見えるように胸を張る。

 

 しばらく黙ってマリアを見ていたおじさんだが、やがて何度か頷いた。

 

「うん、大変だったな。是非おじさんの家に来ると良い。明日からのことはそれから考えよう」

 

 そういうと、握手のつもりだろうか?手を伸ばしてくる。マリアは嬉しそうにその手を握り返した。

 

「ありがとうございます!あっ、私マリアって言います!よろしくお願いします!」

「あぁ、おれはゲイルだ。よろしくな」

 

 笑顔のマリアに釣られるように、ゲイルもその厳つい顔を緩めた。

 

 

 真っ暗な通りをゲイルについて歩く。通りを少し行ってから細い路地に入り、それから何度か右に左にと曲がった。高い建物で入り組んだ路地は方向感覚を狂わせ、さっきいた通りがどちらなのか見当もつかなくなってしまった。

 

「あのぅ……ゲイルさん……この道で合っているんですか?」

 

 どんどん細く狭くなる路地に不安を覚え、ズンズンと先へ進む大柄な背中に尋ねる。

 

「なんだ嬢ちゃん、怖いか?心配しなくてももう着くぞ」

 

 振り返りもせずにそう言うと、ゲイルは角を右に曲がった。マリアもそれに続く。

 ある程度進んだところで、ふいに路地の一角にある建物の前でゲイルが立ち止まった。

 

「ほら、着いたぞ。ここが俺の家だ」

 

 建物のは古く汚れた印象を受ける民家だった。マリアは父に連れられて行った街で民家を見ることは何度もあったが、ここまで汚れたものは初めて見る。夜の暗さも相まって、かなり不気味だった。ドアを見ると中からうっすらと明かりが漏れている。中に誰か居るのだろうか?何人かの話し声も聞こえてくる。だが窓がないので中の様子を知ることはできない。

 

「ささっ、入った入った」

 

 ゲイルはドアを開くと様子を伺うマリアの背中を押すようにして中に入れた。

 

「おうゲイル!遅かったじゃねえか?……ん?」

「なんだ?そのガキは?」

 

 中にはこれまた中年の男が2人いた。その口調のとおり格好も小汚ない。はっきり言って怖い。

 

 ――でもゲイルさんの知り合いならこれでも優しいのかな?

 

 だが、そんな期待はすぐに打ち砕かれた。

 

「そこで拾ってきた。なかなかだろ?うちの商品に銀髪はいなかったからちょうど良い」

 

 後ろから響く冷たく低い声に振り返ると、ドアの鍵をかけたゲイルが入り口を塞ぐようにして立っていた。その顔に笑顔は――無い。

 

「あぁゲイル。こいつぁ最高だ。まだまだガキだが、将来は立派な商品になるぜ」

「いや、一部のお客にはもう売り出せる。なんにせよどこでこんな上物見つけたんだ?」

「表の通りだ。浮浪児だから衛兵にばれる心配もない」

 

 ――なんの……なんの話をしてるの!?

 こちらをなぶるような視線と気色の悪い会話に背筋が凍る。ひどく淀んだ空気から逃れるように出口を探すが、狭い部屋の唯一のドアはゲイルがしっかり固めていた。

 

「なぁ、こいつを商品にする前に俺らで一発ヤッちまわねぇか?俺こんな良いのにお目にかかったのは初めてだ!」

「なんだおめぇガキが趣味だったのか?まぁでも気持ちは分かるな」

「ま、とにかく縛り上げるぞ!」

 

 目の前の2人がジリジリと迫ってくる。思わず後ずさるが、急に頭を後ろから捕まれた。そのまま凄い力でねじ伏せられる。

 

「痛いッ!やめてッ!」

「チッ、うるせーな。おい!さっさと口に布を詰め込め!」

「分かってるよ!オラッ!」

「……ンッ!ンーーーッ!」

 

 床に抑えつけられたままほとんど抵抗もできずに口に布を押し込まれた。声を出せない。最初に大声で助けを呼ぶべきだったと激しく後悔した。

 

「おいッ!暴れんじゃねぇッ!」

「一発蹴りいれろッ!」

「――んぅッ!?」

 

 腹に激しい衝撃が響く。脳が真っ白になり、さっきまでがむしゃらに振り回していた手足が硬直してしまう。

 男達はその隙を見逃さず、素早くマリアの両手両足をロープで縛り上げた。

 

「よし、落着だな」

「ガキの癖に手間かけさせやがる。後でお仕置きだな」

「商品を壊すんじゃねぇぞ?それよりこいつを地下に運ぼう」

 

 そう言うと、男の1人がテーブルを動かした。テーブルクロスで隠れていたため見えなかったが、そこには正方形のハッチがあった。男はガチャリという音とともにそれを持ち上げた。

 ゲイルに抱え上げられハッチの中に入る。下へは暗く狭い階段が続いていた。

 

 階段を降りきると、小さな扉があった。ゲイルはそれを片手で開けた。中は真っ暗で何も見えない。

 

「おいっ新人だぞ!仲良くしてやれっ!」

 

 そう言うと、担いだマリアを部屋の奥へと放り投げた。

 

「ン"ッ!」

 

 背中を激しくうち、息が詰まる。しばらく床でのたうっていると、男が1人、燭台を持って部屋に入ってきた。そのおかげで、今まで見えなかった部屋の全容が浮かび上がった。

 

「……!?」

 

 ――部屋にはたくさんの女達が寝転がっていた。全員全裸で両手両足をロープで縛られている。誰もがその体に痣などの痛々しい傷をつけていた。

 

「ン"、ン"……」

 

 酸っぱくきつい匂いが鼻につく。目の前の恐ろしい惨状と相まって吐き気が込み上げてきた。

 

「どうだいマリアちゃん?先輩達に会った感想は?」

「よーし!先輩達と同じように、服を脱ごうねぇ!」

 

 ゲイル達が近づいてくる。勿論逃げ場なんてない。マリアは必死に後ずさるがついに部屋の端まで来てしまった。

 2人の汚い手がマリアを掴もうとゆっくりと伸びてきて――

 

 ――ドォォォォォンッ!!!

 

 爆発音とともに突如地面が、いや部屋全体が揺れた。男2人も手を引っ込め辺りを見回す。

 

「なんだァ……?」

「爆発……?」

 

 2人が上の様子を確かめようと地下室のドアに近づいた時だった。

 コツ……コツ……。ゆっくりと地下室への階段を下る音が響いてくる。もう1人の男だろうか?

 

「スコット!何があった!?」

 

 ゲイルが階段に向かって呼び掛ける。――だが返事は返ってこない。

 階段を下る音が消え数瞬、扉の影から男が姿を現した。だが1階に残った男ではない。全くの別人だった。ヨレヨレの真っ黒なコートを身に纏った男はゲイル達の方を向くと、ぬうっと顔を上げた。何を考えているかわからない無表情だ。

 

「残党は2人か……案外大したことないな」

「おいてめぇッ!何言ってやがるッ!」

「生かしちゃおかねぇぞ!」

 

 男は、突然の侵入者にいきり立つゲイル達に全く怖じ気づくこと無く、影のように佇んでいる。

 

「ぶち殺してやらぁっ!」

 

 そんな男の様子に痺れを切らしたゲイル達は腰にあった短剣を勢いよく抜くと、男に飛びかかろうとした。

 その瞬間、男はコートを翻し――ニヤリと嗤った。

 

「『忠実なる死の従者よ(servus cadaveribus pugnatur)』」

 

 静かにそう呟いた直後、床に紫に光る魔方陣が浮かび上がる。そしてその中心から暗く怪しいオーラを纏った骸骨が姿を現した。手には真っ黒な長剣を携えている。

 

「すっ、スケルトンだと!?」

「なんでこんなとこ――」

 

 男が言い終わる前に、スケルトンはその手に持った長剣で男の首をはねた。首の断面からは、シャーーーっという音をたて勢いよく血液が吹き出す。

 男の体はしばらく鮮血を撒き散らした後、ゆっくりと前屈みに倒れた。

 

「ヒッ、ひぃぃぃぃっ!くるなぁッ!」

 

 残されたゲイルは尻餅を着くと、短剣を放り出して泣き叫んだ。

 だが、スケルトンは剣を振りかぶりながらゆっくりとゲイルに近づく。

 

「た、助けッ――」

 

 命乞いも虚しく、スケルトンは振りかぶった長剣を勢いよくゲイルの頭部に突き刺した。一瞬で絶命したゲイルの体はビクビクと痙攣し、その股間からほのかな刺激臭を漂わせる。

 スケルトンは剣を素早く引き抜くと、そのまま暗いオーラと共に霧散した。

 

 

「ふぅ」

 

 男が息ついたことで、それまで放心していたマリアは意識を取り戻した。そして、目の前に転がる2つの死体を確認することで、この男がゲイル達を倒したことを改めて認識した。

 

「あーあ、こりゃひでぇな。仮にも大切な商品だろうに」

 

 男がパチンと指を鳴らす。それと同時にマリアや女達を縛りびくともしなかったロープが弾けとんだ。両手が自由になったことで、マリアは口に詰められていた布をはずした。

 

 拘束が解かれ一息ついたところで顔を上げると、部屋を見回していた男と目が合った。異様な術でゲイル達を惨殺した男は、彼自身も淀んだオーラを纏っていた。その死んだような目に射られ、マリアの体は強ばった。

 だが、ただ恐怖しただけではない。マリアは男を尊敬するような感情も抱いていた。

 

 ――この男は、強い

 

 マリアには無い、敵を圧倒する力をこの男は持っている。復讐を果たすどころか、ただの人さらいに負けてしまったマリアには、その力がとても素晴らしく輝いて見えた。

 

 ――あの力があれば……私は復讐を果たせる……

 

 ならば、やることは一つだ。マリアはのそりと立ち上がる。

 

「お前はまだ元気そうだな。おい?大丈夫か?」

「………………さい……」

「あ?」

 

 マリアはきく息を吸い込むと、聞き返す男をはっきりと見据えた。

 

「私に……魔術を教えてください!」


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