学戦都市アスタリスク 悲願花を越えて   作:8674

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大会前夜

「…………!」

 

 

「ふぅ……よし、今日はここまで」

 

 

「……やっと……です、か」

 

 

 構えていた武器を降ろし、地面にへたり込みながらホッと息を吐く利奈。

 

 

 訓練開始からざっと三週間後。利奈は火や爆発で震えることも少なくなってきており、最低限まともな判断はできるようになっていた。

 

 

 呼吸を荒くし足をすくませ、気を失っていた最初期の頃と比べると格段に変わってきている。

 

 

「お疲れさん。よく耐えきったな」

 

 

 こちらも煌式武装(ルークス)を発動体に戻し、ぐったりとしている利奈に近づいて労いの言葉をかける。

 

 

 だが完全に克服するにはやはり至らなかったようで、疲労感は相変わらず滲み出ている。

 

 

「正直死にかけてます……《星武祭(フェスタ)》に出る気じゃなきゃ、こんなの命がいくつあっても足りませんよ」

 

 

「おいおい、ちゃんと直撃は避けてただろ?」

 

 

「爆発物だとそれでも衝撃が来ますし、元々苦手じゃ説明できないほどですし……それに、日が経つ毎に新しい武器を担がれたら心も折れますよ……」

 

 

「確かに」

 

 

 新しい武器というのは、例の試作型煌式武装の改良型だ。いつも同じでは体がそれに慣れてしまうので、日に日に改良を加えたものを持ち出していたのだ。

 

 

 ロングバレルなど銃身を変えたり、そもそもの機構を改造してほとんど別のものにしたり、日進月歩とはいかないがとにかくバリエーションを変えまくった。

 

 

 さすがに自分一人では間に合わなかったのでとある人物に技術指南を願い出たのだが、その人にはとても感謝している。なにせ自分では複雑なものすら揃えることができた。

 

 

「いやまあ、それでもよくやったと思う。最初は声も出るか怪しかったのに、途中からの追い上げがすごかった。何か影響されることでもあったのか?」

 

 

「……刀藤さんは知ってますよね」

 

 

「ん? あぁ、ちょっと前に天霧と戦ってたうちの元序列一位か」

 

 

 刀藤綺凛。中等部一年でありながら卓越した剣技を持ち、入学早々一位の座を手にしてそれを保持し続けた期待の新人だ。

 

 

 《疾風刃雷》の二つ名の通り速く鋭い剣を得意とし、剣の才能では五代目剣聖アーネスト・フェアクロフをも上回るとすら噂されるほどの実力者。

 

 

 ついでに十代前半とは思えない体つきをしている美少女なため、隠れたところでファンクラブもできているとか。それらしき人物曰く、『あの強さからは予想できない小動物みたいなギャップがたまらん!』とのこと。

 

 

 利奈の声は、次第に真剣な色を帯びていく。

 

 

「私がここに来たのは、《星武祭(フェスタ)》に出て願いを叶えてもらうためです。……でも私の場合、まず戦闘に向いてないじゃないですか」

 

 

 …………

 

 

「私が彼女と同じ歳のときなんて、それはもう酷かったですよ。相手と向き合うこともできなくて、かすり傷一つで嫌になったり、そういうのばかりです」

 

 

「……それで?」

 

 

「でも、あの頃の自分と同じ歳で、あんなに強くて頑張ってて、今は違いますけどそれを一位っていう結果として出してるのを見ると、ここで立ち止まったらダメだって思うんです」

 

 

「…………」

 

 

「そういう理由があったからです。単純に、ただ負けず嫌いなだけだと思いますけど」

 

 

 最後は少し自嘲気味に締める。なぜ自分がここまで関心を持ったか、わかった気がする。付け加えるならば、このまま彼女が向かうであろう結末も。

 

 

「そうか。聞くのも野暮だったな。俺から言えることは……いや、やっぱねぇわ」

 

 

 言うべきかどうか迷うが、本人のやる気を削いでしまうのも悪い。

 

 

 だが断言できる。このままだと彼女はいずれ、自分の弱さを痛感することになるだろう。

 

 

「それはそうと、実は気になったことがあるんだがな。お前魔女(ストレガ)だけど、能力はまだ使えないのか?」

 

 

 話を変えるため、何気に訓練を始めたときからある疑問を投げかける。

 

 

 初対面の後でクローディアから利奈の情報を受け取り、そして彼女が魔女であることを知った。魔女とは他にはない特殊能力を持つ者。それが仲間だと把握して、そのときは胸が高鳴るばかりだった。

 

 

 だが現実はどうだ。練度とかいう問題じゃない。まず任意で能力を使うことが無理だときた。扱えない力ほど無意味なものはない。それを聞いたときには、危うく不満を口にしかけたものだ。

 

 

 なんにせよ、能力者としての戦力は期待できそうにない。すぐにそう割り切り思考をシフトして、ひとまず情報から出した適正を吟味し、遠距離で戦える武器(突撃銃)を使わせることに決めた。

 

 

 当時はそれで一段落したが、未練がましいようだが使えるに越したことはない。なにせイレギュラーの参加が前提である。そんな連中と戦うのであれば、何か一つでも尖った部分が欲しいのだ。

 

 

 ふとしたことでまた使えるようになったとか、そういう希望的観測でもいいからとにかくすがりたい。

 

 

「……一応、使えないというわけではないです」

 

 

「マジか!?」

 

 

「ですけど、よほど焦って追い込まれたときじゃないと無理ですね」

 

 

「……マジか、自分の力を制御できないクチか。そりゃ困ったな」

 

 

 複数人での戦いでは、個々の力よりも戦略や連携、アドリブ力が重視されやすい。任意で発動できないというのは、そういうチームプレーにおいてかなりのハンデとなる。

 

 

「いや、待てよ。魔女(ストレガ)魔術師(ダンテ)の能力ってのはイメージによるものだって聞いたことがある。もしかすると、力をコントロールするためのイメージが弱いのかもしれん」

 

 

 イメージというのは、要するに想像力だ。おそらくだが、今の利奈にとって能力とは、極限状態に無意識で発動するものだ。故に普通の状態では、自分がその力を使っている姿をイメージできてないのかもしれない。

 

 

「使ったこと自体はあるんだ。その感覚を、どうにか普段の自分にも適用できないか?」

 

 

 生憎自分は魔術師(ダンテ)ではないため、能力を使う感覚はわからない。だがそれでも、頭の中で自分をイメージする感覚はわかる。

 

 

 つまりはシミュレーションだ。該当する動きや技を実践する前に、それを完璧にできている自分を思い浮かべる。能力を開花させるには、おそらくそういったトレーニングが必要になってくるはずだ。

 

 

「そうは言われても……大体、発動してるときは余裕がないというか、自分でもよく憶えてないというか……」

 

 

 なんてこった。利奈自身も、感覚はあまり憶えてないらしい。せっかく能力を使えるかもしれなかったのに、光明ここに潰えたりといった感じだ。

 

 

「まあ仕方ないな。《鳳凰星武祭(フェニクス)》まであと少しだ。変に意識して支障が出てもあれだし、頭の片隅にしまっておく程度で」

 

 

 できないならそれでいいと納得し、思考を切り替える。

 

 

 本番まであと数日程度。ここからは大体のタッグが粗探しを集中的に行い、全体の総仕上げに取りかかる。自分は戦略などの補正、武装の再調整を主にするつもりだ。

 

 

「それと、慣れるための地獄は明日で終わり。最後の調整に入るから、後で煌式武装(ルークス)を回しといてくれ」

 

 

 利奈は無言で頷く。

 

 

「……なあ、その愛想のなさはどうにかならんもんかね」

 

 

「自覚はありますけど、お互い様ですよそれ。というか職員室で話題になってた人に言われたくないです」

 

 

「あんの○ァッキンジジイめぇ……」

 

 

 おそらく、いや確実に、以前妙に突っかかってきた老教師だろう。授業は普通に良いのに、生徒を気にかけすぎてガミガミするのだけが欠点だ。頼むからお口チャックを覚えてほしい。

 

 

「てか反面教師がいるなら学べアホ。お互い様で正当化しちゃ駄目な部分だろそこは」

 

 

「説得力がないのに言われても困りますよ……大体、そこは先輩としてしっかりした態度を──」

 

 

 この不毛と言えるか微妙な争いは、それなりに続いたが結論も出ずに悶々としたまま終わりを迎えた。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして大会前日。互いに身体を休めるため訓練はなく、かといってやることも特になかったので、今日は研究会の個室に籠り武器の確認をしていた。

 

 

「……いよいよ明日か。結局いつも通りで休んでねえな」

 

 

『休む気なんてあったのが驚きだよ』

 

 

 自室のベッドに腰かけて呟くと、頭に響く声がそれに応え、その主が宿る発動体から体が現れる。

 

 

「特にかける望みもないのに、今回はやけに気合いが入ってるね。そんなにあの子が気になる?」

 

 

「んなつもりはない。俺はクローディアからの依頼をこなし、対価として報酬を受けとる。そのためにはまあまあ成果を出さにゃならん」

 

 

「そして今の君は、嘘をつくために表情が固くなっている」

 

 

「ッ!?」

 

 

「フフッ、見事に騙されたね」

 

 

 慌てて自分の顔を確認するが、そんなことをしても意味がないことに気づいた。

 

 

 夏休みだからと朝から籠っていたのが災いし、どうやらひどく気疲れしていたようだ。おかげで普段ならなんともないことにも反応してしまった。

 

 

「……はぁ、いらんこと覚えやがって」

 

 

「嘘はいつもさらっとつくでしょ? 崩してみたくなってね」

 

 

純星煌式武装(オーガルクス)さまは、いつから人を弄ぶことが趣味になったんだよ」

 

 

「わたし、元々面白そうなことには首を突っ込みたくなる性格だけど?」

 

 

 ああ、ため息が止まらない。こういうときに限って減らず口が無くならないのは、純星煌式武装と使い手で同じ性質が惹かれ合ってでもいるのか。

 

 

「さて、実際どうなのかな? 君から見て彼女は」

 

 

「旅行の恋バナみたいに始めるなよお前……どうって言われても特にない。アスタリスクに来るやつとしては、さして珍しくもないし」

 

 

 大会で勝ち抜けばあらゆる願いを叶えられるこの都市において、生徒は戦うか戦わないかの二種類に分けられる。利奈は前者に当たるわけだが、そういう輩の願いとしてはポピュラーな部類だ。

 

 

 とあるサイトに載っていたが、ここで戦う生徒が願うのは誰かを救うか金目的、そして権力がほとんどらしい。まあ余程の変人でなければ、何でも願いが叶うと聞いて考えるのはここら辺だろう。

 

 

「それだけ?」 

 

 

「……逆にさ、なんでそんな気にすんだよ」

 

 

「君の親しい人は金髪の子と忍者っぽいのだけでしょ? その枠に新しい人が入ったなら、普通気になるものじゃないかな」

 

 

 目をキラキラはさせていないが、好奇心剥き出しな口振りで話を急かしてくる。そして悪意のない顔で微ボッチを宣言した顔をぶん殴りたくもなった。

 

 

「まあ、手助けをしてやりたくなるな。ああいうのは目的地まで猪みたく走ろうとするから」

 

 

「……身に覚えがあるんだね?」

 

 

「ご名答」

 

 

 大会で勝ち進むだけなら、自分一人で戦った方が正直言って楽だ。勝ち負けはともかく、そのほうがなにも考えずに好き勝手やれる。

 

 

 そうでありながら、ペアを組む相手に色々してやりたくなった理由はそれだ。

 

 

 あの頃を思い出しながら、淡々と言葉を続ける。

 

 

「多分自己嫌悪なんだろうな。昔の自分を見せられてるようで、それが嫌だから手を貸したくなる」

 

 

「へぇ、嫌だって思ってるのに、それを助長するようなことをするんだ。どうなるかは君がよく知ってるんでしょ?」

 

 

「目的さえ果たせれば、少なくとも俺みたいにはならんからな。それに知ってるやつがいるだけで、劇的に変わるもんだ」

 

 

 目的のためなら無我夢中になり、理不尽でも必要だと受け入れる。そんな無鉄砲すぎる心のあり方は、自分がよく知っているとも。その凄さから、最終的な結末まで全て。 

 

 

「わたしとしては、手を出さなかったらどうなるかも気になるんだけどね……行人がそうすると決めたのなら、それを拒む気もないよ」

 

 

「ああそうだ。てか元より拒ませる気もないがな。飽きたかもしれないが、まだまだ付き合ってもらうぞ」

 

 

「飽きるなんてとんでもない。君がわたしを見捨てない限り、いつまでもどこまでも、地獄の果てにだってついていくよ」

 

 

 二人は拳を合わせる。互いに歪んだ笑みを浮かべながら。




 後書きを見てると夜中に作ったポエム見てる気分になる。

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