『やって来ましたよぉEブロック第三回戦! 今回も実況のナナ・アンデルセンと──』
『お馴染み左近千歳で、お送りするで』
選手以上に濃いキャラが担当するプロキオンドームは、これまでの会場とは規模が段違いだ。二回りは大きくなったにも関わらず、座席は満員御礼という言葉がふさわしい。
もちろんそれに比例して声援の量も増えるわけで、まあすごくうるさい。夏場のセミと同じくらいうるさい。これから戦う相手を考えても億劫で仕方がない。
と、入場時点で既に思っていたのだが、まったく関係無い事態によってそれはさらに悪化する。
『それでえっと……千歳さん。今回はどんな人でしたっけ?』
『だーかーらー、ちゃんとデータ見ときってゆーとるやないかー』
「……なぁ、アスタリスクのやつらってさ、やっぱあんな感じのしかいないのか?」
「さ、さぁ……」
いや、わかってる。一応様式美的な理由で確認したが、するまでもない。そもそもの存在がずれているこの都市から、良くも悪くも、まともな人間が出てくる訳がないのだ。
ほどなくして談笑は収まり、双方の選手が揃ったことで話題は紹介へと移行した。
『あーコホン、レヴォルフ側はポニファーツ・プライセ*1選手とラディーナ選手。ポニファーツ選手は序列十位で、かの《
『そして、あの青髪の方がラディーナ選手……ですよね? データはあんまりないですが、これまでの試合を見る限りでもかなりの強者と見受けられます』
正面向こうに見える逆立った赤毛の青年がポニファーツ、青というより群青色に見えるのがラディーナだ。二人のデータは多少学園側から受け取っている。
ポニファーツは紹介の通り、ユリスのように炎を操る
「ヨッシャァァァ!!」
……つまりこういうことである。能力が単純な分イメージが直接強さに依存するようで、試合中は選手が熱狂的でやかましくなる。
いずれにせよ、火を使うという時点でこちらには一番の天敵だ。何故なら利奈は火を感じるだけで体を強ばらせてしまう。出来るなら速攻で片付けたい。
もう一人のラディーナは、レヴォルフには珍しい堅実な剣士といったイメージだ。というのも、彼女は先の通りデータがない。唯一あるのは試合の映像だが、それでも速さを得意とすること以外わからない。
『今回の試合は、実質
「すまん白江、俺あの暑苦しい赤毛と一緒にされんのめっちゃ嫌なんだが」
「いや、えっと……も、もうそろそろ始まりますから」
「アッハイ」
煌式武装の発動体を持って持ち場に着く。大丈夫。多少イレギュラーがあっても、予想できるものなら十分に対処できるはすだ。もしそうでなかったら……無事勝てることを祈るしかない。
「《
「行くぜぇぇぇぇぇぇぇぇェェェ!!」
ポニファーツが叫び声を上げながら、前方二人は一直線に突っ込んでくる。
レヴォルフの学生は個を尊ぶため、集団戦は苦手なものが多い。《冒頭の十二人》ともなれば尚更だ。なのでペアを組んでいるとはいえ、タッグ戦特有の連携はほとんどないと見て間違いない。
発動体を起動し、まずは彼らの分断から開始する。
「そんなチャチなもんで、オレを止められると思ってんのかァ!? オラァァァァァァ!!」
手から炎を吐き地面を焦がしながら、ポニファーツはそのスピードを引き上げた。あっという間に辺りは焼け地獄となり、温度は真夏日のそれを軽く越しているだろう。
だが問題ない。それら全部、まとめて吹き飛ばしてしまえばいい。
「ムダだっつんてんだr──」
「早く横に飛べ、吹き飛ばされる!」
「ッチ」
引き金を引く。展開された大型の
『こ、これはー!? 永見選手、謎の武装を展開し発射! ここで戦いを繰り広げていた沙々宮選手にも、負けず劣らずの銃器です!』
『あれは散弾銃と榴弾を組み合わせた武器のようやね。過励万応現象によるエネルギーを炸裂弾として拡散発射してるみたいや。でもあれだけの出力をどうやって……まさか、ロボス可変式?』
さすが技術大国アルルカントのOG。気づくのが早い。
火を使う相手との戦闘を想定したとき、最も課題となったのは消火方法だ。炎が残れば、その分行動が制限されてしまう。これは利奈にも関わらず言えることで、トーナメント内にポニファーツがいる時点で難儀していた。
そこで行人が目をつけたのは、爆風消火だ。火薬などの爆発の風圧を利用した消火方法。これならば、戦闘でも爆発物を使うだけで済む。
ただし、生半可なものではすぐに元通りだ。いっそ能力の使い手すら巻き込むほどの超火力が欲しかった。そしてたどり着いた。沙々宮氏考案のロボス可変式構造*2へと。
結果としてかなりピーキーな性能になってしまったが、訓練さえ積めば難なく使えるはずだ。
「よし、死にたくなかったら撃ちまくれ。わかってるな?」
「……簡単に死を強要しないでくださいよ」
若干震えながらも例の銃を受け取って、ここで初めて利奈が戦線に参加した。
彼女には
問題は……
「──頼むからどいてくれないかな? 私も消し炭にはなりたくないんだ」
「精々皮膚が焦げるくらいだから大丈夫だ。だから、心配せずやられてくれよッ!」
行人は反対方向から回り込んできたラディーナと対面する。凛として剣を構えるその姿からは、強者特有の覇気がひしひしと伝わってくるようだ。
彼女のスタイルは、長剣と片手に籠手を装備するという珍しいもの。構え自体は両手による西洋剣術なので、パッと見ガラードワース流に見えなくもないが、全貌は全く違うと言っていい。
その最たる理由は巧みな体術による間合い管理と、荒々しくも隙を的確に突いてくる剣撃だ。
「ほらほらどうした? 私のこと殺るんじゃなかったのか?」
「なぁお前って思考まで物騒なのか!? 理由はわからんけど殺伐としてるんだが!?」
踏み込みから袈裟斬り、切り上げと連続で切りつけようとするが簡単に躱されてしまい、逆に剣の切っ先がこちらをかすめた。
「ならよ……」
両手で攻撃の構えをとっているラディーナの剣を、盾に展開した《
「食らえッ!」
ホルダーから予備の
だが彼女は違う。
「──甘いな」
「……クソッ」
満を持して踏み切ったというのに、行人は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
見えないはずの短剣が校章に来ることを予想し、ラディーナは冷静に籠手を当てて軌道を逸らしたのだ。
ラディーナは何といっても立ち回りが非常に堅実で中々近寄らせてくれず、防御も硬い。かといってカウンターを狙おうにも、一転した猛攻によって押しきられてしまう。
なにより《
攻守どちらか一点に特化したスタンスを的確に使い分け、他には真似できない特殊な技法を初見で見切った彼女は、今まで戦ってきた剣士の中でもかなり戦いにくい部類だ。
「さあさあ、来ないならこちらから行くぞ?」
「お前友達いないタイプだな? いやそうに違いない。そんだけ煽りセンスあるやつに親しいやつがいるわけ──ってあっぶねぇ!?」
「お前は特別に、素手で内臓を引っ張り出してやる」
「図星じゃねーか!」
とにかく、わざとかもしれないがやつは挑発に乗ってこちらを標的として認識したようだ。やるなら今しかない。
(今だ!)
もう一つの予備である拳銃を取り出してすぐ様発砲、大まかな狙いしか定めていなかったため、もちろんラディーナにはかすりもしない。
「無駄な足掻き……!」
そう言い放って剣を掲げた途端に、
「……ッ!?」
「ヘヘッ……」
ラディーナの
『これは見事な連携です! 見たところ永見選手が立ち位置を調整して発砲音で合図を出し、そこを白江選手が背後からラディーナ選手の剣を弾き飛ばしたようです!』
『永見選手は合図と同時にポニファーツ選手へ牽制、いつもなら光弾すら遮る炎もなかったから、通常より容易に連携ができたんやろな』
状況は一気に逆転、徐々に壁へと追い詰めていく。これっぽっちも意識していなかった外部からのスナイプによって得物を弾かれ、彼女は牙をもがれたも同然だ。ポニファーツの方も直に片が付くだろう。
……なのになぜだ。ここまで優勢なのに、なぜこうまでも悪寒が走るのか。なぜこうまでも劣勢なのに、当のラディーナは汗一つ流さず、
「……まだ何かあるのか?」
剣を正眼に構えながら、底知れぬ何かを警戒して歩みを進める。
「いや、別にない。といっても、あっても答えるような真似はしないさ。ただ……」
「なんだ」
「やはりね、本番前の
「…………」
自分が負けそうだというのに、捨て身の特攻がなければ、真打ちを出すようにも見えず、しかし諦めて降参する素振りもない。ただ何かを見据えながら、奇妙な笑みを浮かべるだけ。
顔の半分側だけ目が吊り上がり、口角も上がっている。まるでジョーカーが付けるモノクロの仮面のようだ。
(いや、そんなわけない。誘って校章を壊すのが関の山のはずだ……!)
予備すら持ち出さない彼女の姿を見て、そう自分に言い聞かせる。まだ戦う意思があるのなら、この状況で他の武器を出さないのは明らかにおかしい。
唯一籠手は残っているが、ラディーナの体捌きはあくまで動くためのものであって、直接攻撃に使うものじゃない。だとすればこちらを誘ってから、不意打ちか何かを狙っているに違いない。
「……ふんッ!」
まばたきで目を瞑ったところを見計らって、校章に向けて素早く剣を振るう。
それは数秒もあったかわからない出来事だ。まばたき一回程度の猶予で、剣の切っ先は握られ、斬撃が届くことはなかった。
「ッ!」
予期せぬことからバックステップで距離をとるが、飛び退いたはずの合間は見えない。いや、認知する前に詰められたといったほうが正しいだろう。金属製の重い掌打が腹部にめり込み、内臓が悲鳴を上げる。
「うごぁっ!」
「…………」
先の理性ある狂気とは似ても似つかない、獰猛な獣じみた笑みの女が、そこにはいた。
クインヴェールの翼が欲しい……そっち方面の知識が補完できないから、一部はwiki頼りにならざるをえない……