秋季休暇
《
刀藤流という抜刀状態によってこそ真価を発揮する武術に関わらず、鞘に納めた刀の柄に手をかけ、眉一つ動かさず身を屈めているのが、《疾風刃雷》こと元序列一位、刀藤綺凛。
そして対するは、発動体を手に持ちながらも、その武装を未だ起動せずに見据えている、《
数人はいるはずのギャラリーも息を呑み、完全なる静寂の中で互いに隙を伺う。綺凛は受けの構えで、行人は攻めの構えで。
この場合、不利なのは行人の方だ。何せ今まで披露したことのない技で綺凛は行人を待ち構えている。駆け引きの上で、未知の技を使えるというのはとてつもないアドバンテージだ。
ただ、行人にも打開の余地がないわけではない。これは憶測だが、あれは刀藤流の攻めが効きにくい相手への対策として生まれたものだろう。
聞いた話では、相手の動きや思考に技を合わせるのが刀藤流とのことだ。思考の駆け引きが一回なら、そこに意識を集中させられる。
末恐ろしいことだが、幸い《数多の偽り》は武器としての種類を変える特性上、想定するのは剣に槍に斧に鎌に……それこそ無数にある。そしてそこを駆け引きの場として使える。
だがそれを踏まえても、勝率的には不利と言わざるを得ない。その理由はなんといっても、相手があの刀藤綺凛だからだ。
現序列一位をも上回る剣の腕は伊達ではない。ただ武器の種類や間合いを変えるだけでは簡単に対応してくる。
それに一対一は刀藤流のホームグラウンドだ。自分じゃ想像もつかない技を使ってきても不思議じゃない。となると……
(ま、そうなるよな)
行人は発動体を剣の形に起動する。悩みに悩んだ挙げ句剣を選んだわけだが、一番オーソドックスだろう。
《あれだね? オーケー》
流石、話が早くて助かる。
右半身を引いて剣先を向け、こちらも身を屈めて脚にタメを作る。そしてその姿勢を維持したまま、綺凛に急接近。狙うは一点、胸の校章だ。
「…………」
綺凛の表情は尚も動かない。まだ十三歳だというのに、少女の動きはその道の達人のように洗練されており、構えの時点でそれがヒシヒシと伝わってくる。
気迫というやつだろうか。幾度か感じたことはあるが、まさか小動物のような見た目の女の子から受けることになるとは。
だとしてもそれで止まることはない。気迫は気迫だ。見かけ倒しなら何の意味もない。それに、
(乗せる剣が届かなきゃ意味もない!)
行人はリーチの先端を意識し、武器を突き出す。だがその距離実に一メートル以上、剣では届かない。
……しかし槍ならば届く間合いだ。
「ッ!」
初めて、綺凛の顔に感情が浮き出る。その名前は驚愕だ。
どれほどの実力者でも、剣の間合いが槍に変化するという事態には驚きを隠せないらしい。
(手始めにその技をぶっ壊す!)
──そして行人は、その考えが甘いことを思い知ることになった。
「……刀藤流抜刀術──
「──永見行人、
「……いやはや凄いな。正直ナメてたわ武道」
完璧に真っ二つとなった校章だったものを拾い上げ、真正面から受けた刀藤流に感嘆する。
「下手すりゃ俺がこうなってたって考えるとゾッとするよ。マジで」
「い、いえ、実は私も実戦で成功させられたことはなくて……」
「それでもこれなら十分だろ。こんな強い技があるならそれだけで保険になる」
打てる手は多ければ多いほどいい。成功率が低くても、それがあるのとないのでは話はかなり変わってくる。
「お疲れ、綺凛ちゃん。先輩もお疲れ様です」
「おう、ありがとな天霧」
綾斗が持って来てくれたタオルを使い、ありがたく額の汗を拭う。
「しっかしどうしたもんかなぁ。俺一応最年長なのに、後輩に負けてばっかだよ」
「訓練を始めた日で見れば、ほぼ互角……いや、寧ろお前が後輩だと思うがな」
「そ、そんなことはないです……!」
ユリスの発言に反応した綺凛は体を縮こまらせてしまう。元々気弱な子だし、その事実に遠慮してのことだろうが、悔しいことにそれが正論だ。
行人は師がいても一年程度の師事だけで、そこからはもっぱら我流。対して他のメンバーといえば、幼い頃から修行を重ねてきた者ばかり。比べるのは無理がある。
ただし、
「それ言ったら、俺より肩身狭いやついるぞ?」
「……こっち見て言わないでくれません?」
最近板に着いてきた利奈のジト目はとりあえずスルーしておく。だってこれも事実だし。というか、そもそもそれを解消したいから来たのだが。
「それにしてもすごいね、綺凛ちゃんの抜刀術は。本当に虚像の剣閃が見えるなんて」
「……! ありがとうございます……!」
「続けてで悪いけど、俺も一戦お願いしていいかな?」
「はい!」
武術家たちの盛り上がりが増すうちに、いつの間にか二人とも武器をとってそれぞれの待機地点に向かっていた。
こういうのに目がないのはなんとなくわかっていたが、想像以上の食い付きだ。あの世界には入れそうにない。
「で、そっちは? なんか糸口掴めそうか?」
「いや、まだ難しいな。
行人と綺凛が戦っている間、ユリスにはある試みをしてもらっていた。それは利奈が持っているはずの能力を、今一度発現させることだ。
「そうか……ユリスならとも思ったんだが、そういうわけでもなかったか」
「あぁ、私は能力の鍛え方ならともかく、能力を発現させる方法までは知らん。私自身は子供の頃から使えていたし、周りにも後から使えるようになったやつはいないからな」
「だが《
「確かにそうだ……だが事はそう簡単にはいかんのだ」
これでもかという程に頭を悩ませた様子で、何度も念を押してくるユリス。
「私たちの能力はイメージによって生まれる力だ。詳しいメカニズムは解明されてはないが、表立った者は幼少から使えたことが多い。もちろん、後天的に使えるようになることもあるしその例もあるが、それを現象として発現させるには相応のイメージが必要となる。それこそ脳裏に焼き付くほどのな」
「例えばどんなだ?」
「そうだな……私であれば、子供の頃から火をよく見ていた。リーゼルタニアは山国で温暖とは言い難いからな。他にも暖房とか、とにかく暖かくなれるものを見る機会は多かった。そして……」
「その記憶の象徴が火、だからお前の能力は炎を操るものになったってわけか」
そしてオーフェリアらとの関わりを得てそこに花が加わり、出来上がったのが《
「断定は出来ないが、イメージを構築出来る理由の一つはそれだと私は考えている。力を発現出来ない理由にイメージの構築が弱いことは挙げられているしな」
「……で? つまり何が言いたいんだ?」
「白江が魔女として登録されているということは、最低でも一回は力を使ったということだ。つまりお前が言ったように素質はある。ならば原因はイメージによるもので、それを思い出せればいいと考えていた」
ユリスの前置きを踏まえ、それまで黙っていた利奈が大元の理由を明かしてきた。
「──よく覚えてないんです、自分がどんな力を使っていたのか。多分、友達を助けるときに使ったと思うんですけど、それがどんなものだったかはあまり……」
つまり無我夢中だった、そういうことだろう。
利奈の目的から察するに、その友人には何か災難が降りかかったに違いない。それが理由で願いを叶えに来たのなら、おそらく後遺症が残るようなものだったのだろう。
実際、利奈も例のトラウマがまだ根付いており、幾分かマシだがユリスの炎にもまだ反応している。
「その記憶が何であれ、わからないことには手の打ちようがなくてな」
「……すいません」
「ああいや、気にするな。別に無理をしてどうこうなるものでもないしな」
利奈としては不服だろうが、この問題はすぐ解決出来るものではないし、今回はユリスの意見が正しい。
物事というのは、メインの事象以外はあまり記憶に残らない。今の利奈は、映画でいうクライマックスの凄さはわかっているが、そこで何をしていたかを思い出せないようなものだ。
見返せない以上、それを少しずつ思い出すのが一番の近道だろう。
「さて、あいつらしばらく終わんなそうだし、俺はコーヒーでも買ってくるかね」
「──の、前になんかやることあんじゃねーか永見?」
そんなドスの効いたハスキーボイスが聞こえた瞬間、行人の思考は一気に凍りついた。
「……どうしたんですか釘バット先生。今は秋季休暇中ですよ?」
顔をひきつらせ、ただし覚られないよう首は振り向かず、特に仕事もないはずの教師が背後にいる理由を聞いてみる。それと同時に、わざわざ呼ばれた理由を考察する。
テスト関係の件ならば、補習が入る点数はなかったはずだ。落星工学ならいざ知らず、それ以外だって赤点は見かけなかった。
(つってもかなりギリギリだがな……)
「その呼び方は喧嘩売ってん……あーいやめんどくせぇ、とりあえず要件だけ伝えるぞ。落星工学研究会の部室に来い。なんか用事あんだとよ」
「え、先生顧問でもないのに? ……まさかまた生徒指導室連れ込む気ですか?」
「なんなら今すぐにでもぶちこんでやろうか?」
「ハイワカリマシタスグイキマス」
威圧感をさらに強められ、行人もたじたじになる。また実力行使で拘束されるのはさすがに嫌だ。それに今あの釘を使われたら対応できる気がしない。
不良教師の脅威から逃げるように、行人はトレーニングルームを後にした。
「あんな人でも、部活はちゃんとしてるんですね」
「ん? あぁ永見か。あいつはそんなことないぞ。研究会も自分で
部屋に戦闘側と休憩側で二人ずつとなったが、ふと言葉を漏らした利奈にユリスは答える。
「……期待を裏切らなくて逆に安心しました」
「私が言うのも何だが、あいつにはかなり辛辣だな」
「そうですか? ……ああでも、先輩が会長やリースフェルト先輩とかだったらとはたまに考えますね」
「そこまでか……そういえば、お前たちはどう出会ったのだ?」
ここまできて今更だが、二人がタッグとなって出場した経緯は知らなかった。ユリスも出会いは散々だったこともあり、そこには俄然興味がある。
「そうですね──路地裏をさまよっていた私を会長が見つけて、そこであの人と出会いました。印象は……あまり良くなかったですね」
「やはりそうか。あいつは胡散臭いところがあるし、その気持ちはわかるな」
「その後は訓練がかなり荒療治で……ある意味死にかけましたよ、あのときは本当に」
……口には出さないが、何故だろう。その様子を頭に浮かべると妙にしっくりくる。これも日頃の行いのせいか。
「そういうリースフェルト先輩はどこで天霧先輩と? 結構前だったりするんですか?」
「いや、出会ったのはちょうど今年の夏だ。タッグの結成も《
「そんなにギリギリだったんですか……!?」
「ああ、いかに綾斗が《
「のぞっ……!?」
さっきから利奈は隠す余地もないほどに驚きの連続だ。
「とてもそうは見えません……」
「だろう? 私も今ではそう思う。だが出会いは最悪だった」
大切なハンカチを落として、それをすぐに見つけて拾ってくれた……結果は見過ごせるものでなくとも、その優しさに偽りはなかった。
そして接していくうちにそれが徐々にわかってきて、絢斗とは互いに信頼できるパートナーになれた。私はそう思っている。
「…………」
「あの、リースフェルト先輩? どうしました?」
「ッ! い、いや、なんでもない! ──とにかく、初めの印象だけで判断しない方がいい。人というのは、意外と自分の知らないことだらけなものだ」
ユリスの実体験を元にした言葉に、利奈はさらに深く頭を悩ませているようだった。
──知らないことだらけ。自然と口に出た言葉だったが、それが再び浮かんできたからだろうか。
ユリスもまた気づかぬうちに、利奈に負けないほどに思い悩んだ表情を募らせていた。
友達とamong usやってると真っ先に疑われる今日この頃。
やっとこさ本題に入れそうなんで今後もお楽しみにm(_ _)m