学戦都市アスタリスク 悲願花を越えて   作:8674

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考え事

「さて? 人生四度目となる航空機だが、申請にあんだけ手間取られるとはビックリだよなぁ。お前もそう思うだろ?」

 

 

『そうだね、アスタリスクからの外出はめんどくさいんだってよくわかるよ』

 

 

「……何か言うことは?」

 

 

『お疲れ様』

 

 

「ぶん投げていいか?」

 

 

 行人はホルダーの上から発動体を叩き、図々しく収まっている純星煌式武装(オーガルクス)様を小声で詰る。

 

 

 アスタリスクから出る際は飛行機やビザの他に、必ず申請許可が必要になる。そこから煌式武装を持ち出すならさらに別のプロセスがいり、純星煌式武装はそれがもっと厳しい。

 

 

 そこには危険物である以上に、純星煌式武装を失いたくないという財体の意思が色濃く出ている。旅行先で襲撃を受けて持ち去られたり、使い手に借りパクでもされたら大損害だ。

 

 

 それ故の処置なのは経験してるし理解もしているつもりだ。だが、

 

 

(天霧と同じくらいだったとは思わなかったぞ……)

 

 

 全ての純星煌式武装が同じ扱いなのか、それとも《数多の偽り(ナイアーラトテップ)》と《黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)》が同じ扱いなのか。真偽は不明だが、どちらも同じ期間がかかったのは事実だ。

 

 

 この流れのままこいつを地面に投げつけ有言実行といきたいところだが、今行人がいるのは本来王族が使う航空機の中だ。

 

 

 金の盾に赤い薔薇の花と王冠を被った鷲を載せた機体側面の紋章は、誰が見てもわかる由緒ある王家の証(詳細はよくわからない)で、内部も普通の座席の他にソファや冷蔵庫完備の個室。

 

 

 まさにVIP──いや王族専用な雰囲気が醸し出されている。

 

 

 そんなところで武器を投げるのは流石に気が引ける。なので行人に出来るのは、座席の端でシートベルトをして恨み言を呟き、窓から雲を見つめることだけだ。

 

 

「──永見先輩は、私たちのいる個室に来られないのですか?」

 

 

 ふと、綾斗たちといるはずのクローディアが声をかけてきた。

 

 

「シートの居心地がよくてな。やっぱ王族の飛行機は一般席も最高級らしい」

 

 

「そうですね。確かにここのシートも心地良いかもしれません。横にもなれますし、居眠りにもうってつけでしょうね」

 

 

「ああ、居眠りでしか寝れない身としてはこれ以上ないくらいだ」

 

 

「……やはりメンタルケアの支援を受けた方がよろしいのではないですか?」

 

 

 話の突発さに反して、クローディアの声色はとても真剣味を帯びている。

 

 

「は? 急に何言ってんだお前」

 

 

「あまり眠れてないのでしょう? 旅行前で緊張する人でもありませんし、やはり日頃から……」

 

 

「寝れてはいるさ」

 

 

 ただあの日から、自分から眠りに着くのが怖いだけだ。

 

 

「というか、巻き込んだのはそっちのはずだが?」

 

 

「今ならまだ引き返せます。これはあくまで私のわがままな願いであって、あなたが無理に関わるようなものではないのですから」

 

 

「何を今さら。俺をチームに引き入れて話をしたのも、あいつをわざわざ見つけてきたのも、全部そのわがままな願いのためだろうが」

 

 

 矛盾している。手遅れかどうか気にするなら、何故自分や利奈を見つけ出した。

 

 

 何故チームメンバーの中で、唯一俺だけに願いを手伝えと言った。

 

 

 何故なんの関わりのない利奈を、わざわざ探してその上生徒会に関わらせているのか。

 

 

 何故そうまでしておいて、今さらここで話を降りるか聞いてきたのか。

 

 

 その答えは簡単だ。

 

 

「──迷ってんだろ? 多分だけど」

 

 

 クローディアがいつから計画を進めていたのかは知らない。そもそも不明な点が多いのだが、明らかになっていることはたった一つ。

 

 

 クローディアが死ぬ、それだけだ。自分が死ぬためだけに計画を練るのだから、手の込んだ自殺以上の何かがあるはずだ。少なくとも自分はそう見ている。

 

 

 だが問題になったのはその後だ。クローディアが死んで、残された四人はどうなるか。それを見守らせるために、クローディアは余計な二人を呼び寄せた。

 

 

 一人は全てを知る協力者として、もう一人を何も知らぬ同情者として。

 

 

 ……そんなクローディアでも、やはり人間だ。荒唐無稽な夢のために全てを欺き犠牲に出来る腹黒でも、根底にあるのは一人の人間の願いなのだ。

 

 

 だが人間というのは例え夢のためだとしても、同じ道を走り続けていると色々わからなくなる。

 

 

 自らの行動が正しいのか、これで合っているのか、間違いは本当にないのか、他に出来ることはないか、着々と夢に近づいているのか……不安になる要素は数えきれない。

 

 

 クローディアの場合は……おそらく負い目だろう。身勝手な夢という自覚が、これから仲間になる綾斗たち、関係ないはずの自分や利奈、それに親や友人にも大きな迷惑をかけるという懸念に拍車をかけているのだろう。

 

 

「迷うなってわけじゃない。でも迷って夢を取り逃すくらいなら、理屈とか抜きで掴みに行け」

 

 

 実行されるのは次の秋──つまり《獅鷲星武祭(グリプス)》の開催期間中だ。そう遠くないうちに、開幕の火蓋は切られる。

 

 

「……激励か、それとも悪魔の囁きか、まるでわからない言葉ですね」

 

 

「それなら俺は悪魔か? だがお前だって、願いのためなら悪魔に魂を売るようなやつだ。とてもじゃないが、激励なんか似合わない」

 

 

「ひどい物言いですね……ですが、その通りです」

 

 

 そうだ、いつだって俺の目の前にいたのは、如何なるときも笑みを崩さずに頭の中で打算を企てる、星導館学園の腹黒な生徒会長だ。

 

 

 願いを打ち明けられたときに垣間見えた、たった一つの願いを望む少女など、俺は知らない。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 結論として、旅行は順調に進んでいた。一旦沙々宮家の実家にて和食を堪能し、その後日リーゼルタニアに到着した。

 

 

 途中、何らかの動物が侵入したり紗夜が夜這いをけしかけたり、凱旋パレードに巻き込まれたりもしたが、特別支障となる出来事もない。

 

 

 現在もスーツやセットで身だしなみを整えられ、綾斗と共に女性陣の支度を待っている最中だ。

 

 

 ……ちなみに待ち時間は一時間を優に越えたが、終わる気配はない。

 

 

「暇だな……眠くなってきた」

 

 

「もうちょっと我慢してください。多分もうそろそろですよ」

 

 

「よくなんとも思わずいられるな。ここ眠くなる暖かさなのに」

 

 

 部屋の温度は外の寒気に比例してとても暖かい。メラメラとした炎を映し出す暖炉型の暖房は、城の景観に合わせたものだろう。

 

 

 偽物だとしても本当に火に当たっているようで、ほんのりとした熱はこちらを眠りへと誘ってくる。この感じだと、ユリスが言っていたのもあながち間違いじゃないのかもしれない。

 

 

「身だしなみは確かに大事だけどなぁ、あんな時間かけてやるのもよくわからん」

 

 

「女性の準備は大変ってよく言いますからね。しょうがないですよ」

 

 

「まあそうか……その点、男に生まれてよかったと思うわ」

 

 

 今まで考えたことがないが、一々準備に時間がかかるのはやはり面倒だ。それに比べて、礼服に軽く髪型を整えるだけでいいのは楽だ。

 

 

「あとはワックスだな……どうも慣れん」

 

 

「そこは同感です……髪型もどうも変な感じというか」

 

 

「こんなにオールバックが似合わないと思ったのは、お前が初めてな気がする」

 

 

 綾斗は困った表情で同調するが、それが懸念でないのは一目瞭然だろう。

 

 

 何せ基本髪を下げてるやつがいきなりオールバックになった。初めてならともかく、普段を知る身としては違和感の塊でしかない。

 

 

「そういう先輩は、中々似合ってるんじゃないですか?」

 

 

「誉めてくれるのはありがたいが、正直嬉しくないな。こんな動きにくい服着てても仕方ない」

 

 

 綾斗がそう言うのは、多分髪をあまり弄ってないのが大きいだろう。それに元々、星導館の制服自体似合ってなかった。

 

 

 要は相対的に似合って見えるのだろう。だが自分の生活ではこういった服を着る必要がない。というか、必要になりたくもない。

 

 

「はぁ……出たくねえなぁ、息が詰まりそうだ」

 

 

「いや、そんなこと言われたってどうにもなりませんよ……」

 

 

 悪態を隠しもしない態度を乾いた笑いと共に対応され、行人は不貞腐れて部屋のソファに踏ん反る。だってしょうがないだろ、ああいうの好きじゃないし。

 

 

「──なぁ天霧、お前実家に帰んなくて良かったのか? まだ実感ないかもしれんが、アスタリスクに住むやつが外に出られるのは貴重なんだぞ?」

 

 

 これ以上愚痴っても仕方ないと、行人は話を切り替える。

 

 

「それはわかってるつもりです。でも、今の俺は実家に……父に会う気はないんです」

 

 

「そうか。──来年には絶対会うことを俺は勧めておく」

 

 

 …………。

 

 

(やべぇ話題が無くなっちまったわ……どうしよ)

 

 

 折角切り替えた話題が一分と持たずに終わってしまったことで、行人は少し焦り始める。

 

 

 やはり家庭の問題となると各々の感覚が第一だし、そこに自分が茶々を入れるわけにもいかないし、何を話題にしてるんだ自分は。

 

 

「じゃあ先輩はどうなんですか?」

 

 

「え?」

 

 

「ユリスがみんなに話してるときも、先輩は即決でしたよね? だからどうなんだろうって思ったんですよ」

 

 

「あぁ……」

 

 

 確かにそうだったかもしれない。食堂でこの件を話されたとき、リーゼルタニアに行くとだけ伝えてすぐ出ていったのだったか。

 

 

「そうだな……よし、出来るだけ他言無用で頼むぞ」

 

 

 天霧の問いに答えるべく、行人は少し回りに注意してから話し始める。

 

 

「実はな、日本にいたときちょっとやらかしたことがあるんだよ」

 

 

「やらかしたこと……?」

 

 

「ああ。星脈世代(ジェネステラ)への風当たりを考えたら、あまり戻らないほうが色々良さそうだからな。だから、ここに来ない理由もなかった」

 

 

 罪を犯したのが星脈世代の場合、常人の倍以上の罪を問われるなんてことはザラだ。

 

 

「それにここ最近の日本は、星脈世代に対する警戒が強化されてるらしいしな。知ってるか? 前に起きたあの事件」

 

 

「えっと、確か……」

 

 

「八薙草家虐殺事件だ。ニュースでやってたぞ。付近の跡とか、襲われた死体のやられ方が常人によるものじゃなかったらしい。何でも犯人は、色んな凶器を持ち込んで試したって噂だ」

 

 

 当時言われてた犯人の人物像は、八薙草家に復讐心を燃やす人間か、もしくはビッグネームを狙った快楽犯だそうだ。前者は八薙草家が星脈世代を禁忌としており、それが襲われる理由になり得るからだとか。

 

 

 後者もわからなくはない。確か名家であったはずの八薙草家なら、標的の人数、襲い易さ、周囲の反応、初出にはこれ以上ない相手だ。

 

 

 殺し方は前者なら過激な復讐心、後者は承認欲求の表れと考えればどちらとも言えよう。それに包丁やナイフより楽に持ち運べる煌式武装(ルークス)が普及した現代なら、ポケットやかばんに数を詰め込んで片っ端から試すのだってわけない。

 

 

 何にせよ犯人は未だ見つかってないため、詳細はわからないらしい。ただ政府や財体が気にしなければならないのは、おそらくこれが前者の場合の時だろう。

 

 

「で、これはクローディア筋の情報なんだが……最近と言っても、実際この件を調べてるのは統合企業財体が主導で、結構内密に行われてるとのことだ。そして俺がいた地域と、その事件の捜索範囲がバッチリ被ってるらしい」

 

 

 これまでの財体なら、こういった事件は寧ろ公にするはずだとクローディアは言っていた。そうしない理由は図りかねるが、迂闊に近づかないのが身のためだろう。

 

 

 ちなみにこれは憶測だが、《翡翠の黄昏》の再来が起きかねないと民衆に知られたら、真っ先に危険視されるのがアスタリスクだからと行人は考えている。

 

 

 日本は銀河のお膝元だ。また銀河が事の発端となってしまえば、責任の追及は免れない。

 

 

「そうだったんですか……」

 

 

「さっきも言ったが、これは」

 

 

「他言無用ですね。了解です」

 

 

 聞き分けがよくて助かる。そうして二人はまた、元の位置で同じように女性陣の支度を待ち始める。

 

 

 ただその間、綾斗のあまり見たことがない真剣な表情が気になった。




最近活動報告で疑問を発信しても答える人がいなくて悲しみ。ハーメルンがSNSじゃないのはわかってるはずなんですけどね……

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