スキルアウトと地球の記憶 作:マルチスキルドーパント
彼らはこうして、日々を過ごす。
然し学園都市というのは、住んでいて退屈しないと、黒いツンツンとビリビリと悪党が言っている。
その通りで、事件は毎日起こっているもので。
今回の事件は、モーリッツ、雫、そして錬太郎。
この三名のスキルアウトが、巻き添えを受けることになった……。
この日はモーリッツが学校でトラブルを起こしたらしい。
関わりたくない、風紀委員と。
雫が、連絡を受けて長谷川高校に迎えにいくから一緒に来てくれと頼んできた。
「ご、ゴメンね……大山君。あの学校、わたし一人で近づくの、怖くて……」
精神系統の能力者しかいない学校だ。
過去に隠したいことを持つ雫には、精神に介入されたら溜まったものじゃない。
自衛の出来ない雫が怖がるのも納得できる。
モーリッツは友好関係が広く、一般生徒にも懇意にしている人物もいる。
スキルアウトから何でも例の中学生のいる学校から、先生まで幅広い。
モーリッツいわく、
「コネクションは持っておいて損はないわ。まっ、インスタントな広くて薄い関係ならモーリッツ的には大得意だしね。人間は八方美人には弱いもんなのよ」
とのこと。精神感応を使った人心掌握術。
そんなところか。専門知識はないが、そんな真似事ぐらいはできると言う。
コツがあると言うが、そんなものはどうでもいい。
錬太郎も、雫が心配なので共に行く。
情報源はそういう人脈と思うが、本当に何がしたいのか。
錬太郎には、多分理解できないと思いながら迎えに向かう。
一応制服を着て、トレンチコートにグラサンかけてマスクをする錬太郎。完全な不審者だった。
雫は制服にジャンパー、そしてマフラーをして毛糸の帽子を被って急ぎ足。
「リッツ、大丈夫かな……」
「心配しすぎると心労になるぜ。深呼吸して」
落ち着かせながら、バスなどを使い向かった。
座りながら、流れる町並みを眺めている雫。
今日も顔のガーゼは健在で、見た目が相変わらず痛々しい。
丁度放課後。姉妹には、揉めているから少し顔を出すと言っておいた。
柳が時間見つけて加勢するから、待ってるなら待っていてもいい。
最低でも後始末はすると言うので遠慮なく頼る。
別に家族に関してはもう、何も嫌悪感は感じない。
反省してくれるとわかった以上は信じる。
下校時刻に合わせて乗車する生徒たち。
見慣れない制服に、無能力者と謗る声が聞こえた。
この辺はエリート学校のエリア。錬太郎たちが近寄る場所じゃない。
モーリッツは世間的にはエリートの仲間。雫はこれも踏まえて行きたくないと言ったみたいに見える。
軽蔑的な視線を感じる。弱者がここになんの用事だ、と言わんばかりの視線。
雫はとうとう俯いて黙ってしまう。錬太郎は最早開き直る。
因縁つけてきたら速攻で、柳にチクる。それをしろとも言われたし、最悪雛菊女学院の姉の名前を出してもいい。
身内にレベル0が居ることを知られても杠は気にしないと言った。
……そのレベル0が、連中が喉から手が出るほど欲しい星の記憶の相手なのだが。
柳は逆にバカにしたら即、説教を風紀委員として行うと言い切るほど。
職権濫用にも程があるが、ブラコンなので気にしたら負けと言うことで。
気にせずに、慣れてしまったのかペットボトルのコーヒーを飲みながら、バス停につくのを待った。
雫には何も言わない。言えない。彼女の心の傷は、錬太郎がどうにか言える次元じゃない。
詳しくは知らないが、柳が言うには優しく接しろとのこと。
決して脅したり、怖がらせる真似はしないでくれと言われてしまった。
錬太郎もバカじゃない。彼女がいい加減酷い迫害を受けているぐらいは気付いている。
頬の傷跡もそうだし、初対面でのあの怯えも、言動も。
鈍感にはなれそうにない。気付いていなければ、無意識で雫を傷つけるかもしれない。
錬太郎は、モーリッツと雫にはなるべく意識して優しく接しようと心掛ける。
雫に何を言えばいいのか、錬太郎は分からない。
結局、彼女の傷に触れる資格が彼にはない。それが出来るのはモーリッツやスキルアウトの仲間だけ。
距離をちゃんと見よう。安易な言葉は刃にしかならないと思うから、彼は黙って待っていた……。
バス停に到着。長谷川高校前。
下校の生徒たちが乗ってくる前に、素早く降りる二人。
知らぬ間に感知されたくないので、さっさと向かう。
数名、錬太郎に気付いた。驚いて、トレンチコートの変質者を見返した。
……いや、あからさまに怪しいソイツを驚いただけかも知れない。
ともあれ、足早に現場を目指す。モーリッツが一報を入れた際に、裏口にいると言うのでそちらに急ぐ。
すると、何やら女子生徒同士の揉める声が聞こえた。
正門を迂回し、反対側を目指す。
大きな学校だが、至って外見は綺麗な印象しか受けない普通の高校。
帰り道を逆に走る二人は、裏手の道路の方の歩道で二人に背を向けて口論する数名を発見。
腕には風紀委員の緑の腕章。成る程、多勢に無勢か。
わざと声を出して、錬太郎は呼ぶ。
「モーリッツ!」
呼ばれて振り返ったプラチナブロンド。不機嫌な顔が一転、安堵したように綻ぶ。
バタバタ走って彼女も合流する。慌てて追いかける風紀委員の女子生徒。
「先輩、つっきー!」
「お待たせ……」
漸く味方がついたと、雫に飛び付くモーリッツ。
受け止める彼女も安心したように笑顔になった。
「ちょっと、話の途中で移動しないでくださいませ!」
妙なお嬢様言葉で、小柄な女の子がモーリッツにそう言った。
短いリボンで結んだ……ツーテールの生徒。
制服は例の有名お嬢様中学の物の上に防寒具。
腕章をして、背後には数名違う学校の生徒もいた。
「……!!」
その顔を見た途端、雫が目を見開いた。
そしてその風紀委員も、気づいたのか明らかに渋い顔になった。
直ぐに雫の顔が変化した。錬太郎も絶句する……猛烈な怒り。
「リッツに何の用なの、空間移動者ッ!!」
突然怒鳴り声をあげて、その少女に叫ぶ。
テレポーター……彼女の能力名か。
怒りを見せる彼女に、少女はなんと言うか……やりにくそうな顔をした。
躊躇いや後悔、そんな表情にも見える。
「……! こいつつっきーの知り合いだったんだ! じゃあ、あの時余計なことしてつっきー苦しめたのお前か!」
モーリッツも雫が居るからと、反撃に出た。
思考を読んだようで、何かを言う前に的確に相手の出鼻を挫く。
精神感応に、舌戦を挑むとこうなうのかと言うぐらい、一方的に言い負かされていた。
ポカンとしている錬太郎。知り合いだったのか分からないが、取り敢えず背後の風紀委員に事情を聞いた。
すると、どうもモーリッツが風紀委員に対して何か宜しくないことを企てているというリークがあった。
で、事情を聞きに来たら本人が怒って話をしない。というか話にならない。
その代表が後ろの風紀委員。
揉めているのは心配してついてきたそこのツーテール、名を白井黒子と言うらしい中学生。
「……はぁ? 確証あるのか?」
ただタレコミあっただけで押し掛けた来たのか?
証言だけで確証は無いとその風紀委員は戸惑って説明する。
白状するわけがないと分かっているのになぜ素直に来たと、逆に聞く。
「阿呆かお前ら……。聞いて素直に答える精神系統の能力者がいると思うか? 普通の人間だって答えねえよ。要するに任意の聴取に来たんだろ? なら、嫌がるならとっとと退散しろ。せめてなぁ、こういうのは物証持って、相手に反論を許さない程度には足元を固めてから来た方が効率よくないか?」
曖昧な情報で動いて、白状しないなら叩き潰すつもりじゃ無かろうなと心底呆れて聞いた。
それで冤罪ならお得意の権力でどうにかする気かとグラサン越しに睨むと凄みがあったのか、若干腰が引けていた。
相手を問い詰めるなら徹底的にやれと言いつつ、証拠がないなら先ずは調べろといった。
調べた結果なのかと言えばそうでもなく。取り敢えず本人に迫っていく方針だったらしい。
因みに黒子という彼女も止めろとは言ってたそうな。聞けよ。
「……はぁ」
研修していてこれだから、困るというか。
コイツらも中学生。物事のやり方が杜撰すぎて笑えない。
溜め息しか出てこなかった。
「もういいよ。お前らじゃ話にならん。帰れ。違うやつを連れてこい」
錬太郎はせめて、同年代を連れてこいと要求。
最低でも高校生。話が短絡的過ぎて相手の心証をまるで考慮しない。
「な、なんの権利があって風紀委員に口出しするんですか!? スキルアウトの癖に!」
「風紀委員の前にお前らはただの子供だろうが。立場を出す前に、自分等のやってる稚拙さを自覚しろ。それとも、何か?」
本当に、こういうことはしたくなどない。何がよくて自滅の方法をするのか。
だが、開き直れば威圧するという意味ではどうせ広まった悪名だ。モーリッツの為なら、多少は使う。
ゆっくりと、マスクとグラサンを外して笑顔を浮かべて問いかける。
「俺とやろうっていうのか? どうなってもいいんだろうな?」
顔を見せて自信満々に告げる。丁度、その時。
誰かが彼に苦言を呈する。
「兄さん、はいストップ。後輩相手に凄まないでください。怖がっているでしょう?」
知っている声だった。振り返ると、そこには口論を止めた制服に腕章姿の柳がいた。
「なんだ、来たのか柳」
「来るって先んじて言いました。まったく、先走ってあたしの仕事を増やしてくれて……」
溜め息まじりで、黒子と雫、モーリッツを取り敢えず離しておく。
未だに威嚇するモーリッツ、激しい怒りを見せる雫。柳も何かを知っているのか何も言わない。
糾弾される彼女は、何も言い返さなかった。黙って、下を向いている。
兄と聞いて、風紀委員たちは思い出す。無能力者の多才能力。柳の兄がそう呼ばれていると。
一瞬で青ざめ、制止に来た妹に泣きそうな顔で寄っていく。
「落ち着いて下さい。とにかく、月川はもう戻って。モーリッツも構いません。今回は此方の不手際ですし、ご迷惑をおかけしました」
解散を命じる柳が手を叩いて帰れと皆に仕切って言った。
場を納めることに尽力するが、雫が噛みついた。
「まだ、自分勝手な正義感を振りかざしているんだね、空間移動者」
「……違いますわ。わたくし、そんなつもりでは……」
俯いている彼女は弱々しく反論している。
自覚があるのか、あるいは悔いているのか。
兎も角、雫には一切悪くは言わない。
「嘘だ。こいつ、嘘言ってる。……先輩の前だし言わないけど、お前あの時、瞬間的に助けただけでしょ。何も考えてない。自分だって理解できてるから、責められても言い返すことはしたくない……。違う?」
精神感応に嘘は通じない。雫の言う通り容赦なく心境を暴露されて、黒子は悲痛な顔になった。
分かっている。自分の行動が、少なくとも雫には歓迎されず、寧ろ拒絶されていると。
「……ふざけんな。そう言う、可哀想な生き物を見ているような同情が一番モーリッツ達は頭に来るのよ!! 理屈だけで知った気になる! 感情を言葉だけでわかったつもりでいる! 何様のつもり!? 勝手なことで此方に介入して、好き勝手にモーリッツたちの希望をぶっ壊して、アフターフォローもしないで捨てていって!! 救いを求める人間とそうじゃない人間の区別も出来ないわけ!? 出来ないなら風紀委員なんか辞めちゃえ!! お前みたいなのが、一番此方には辛い仕打ちする!! 反省するぐらいなら最初から救おうと思うな!! 責任負えないなら関わるな! そのまま、他の奴みたいに見捨てろ!! その方がよっぽどスキルアウトの為だっての! 安い正義感でモーリッツたちを惨めにしないでよ!! 救う相手の事情を少しは考えろこのあんぽんたん!!」
最後には泣き叫ぶように、怒鳴り散らすモーリッツ。
雫も、凄く辛そうな顔で立っていた。泣きそうな、苦しそうな。
黒子という彼女も、悔いているように見えた。浅はかな自分の行為を。
「……すみませんでしたわ。本当に、謝罪しか出来ませんが……」
「謝って済むかクソッタレ! 必要なのは謝罪でも反省でもないって、自分で分かるならもう少し行動を考えろって言って……!!」
罵倒を続けるモーリッツに、不意に。
上から、声がした。
「もーちゃん、言わないでいいよ。それ以上は、互いに傷つくだけ」
「黒子……迎えに来たわよ」
ドスンッ!! と突然上から姉が降ってきた。
両足で踏ん張って、誰か抱えて。
米俵みたいに抱えられていたのは、黒子同じ制服短い茶髪の……女の子?
「お姉ちゃん!? それに、御坂!! あんたは何で来るんですか!!」
驚く柳が、場違いな乱入に抗議するが無視される。
錬太郎は唖然としていた。
土煙をあげて着地した姉は、大人びた表情で彼女を降ろした。
そして、モーリッツに話しかける。
「もーちゃん、もういいでしょ? 止めようよ、言ってて悲しくなることは。月川さんも、帰りたいなら帰ろう? 風紀委員の皆も、なーちゃんが指示したら早く戻るんだよ。お仕事はまだまだあるから。御坂さん、白井さんとこお願いね」
「分かりました。……黒子、戻るわよ。ほら」
連れてきた女の子が、黒子の腕を掴んだ。
顔をあげた少女は痛みを堪えているような表情で。
モーリッツも、雫も、今にも泣き出しそうで。
杠が乱入して、全員を分散するように言った。
良いから散れと命じる姉に、一同は戸惑いながらも従った。
だが、モーリッツは帰り際に、迎えの彼女を横目で見ていた。
「御坂……。もしかして、常盤台のミコチュー?」
モーリッの言葉に、吹き出す錬太郎。そして柳。
何を言い出すのかこの後輩は。
「ミコチュー!?」
本人も大変驚いていた。酷い呼び名もあったものである。
ぶはっと、柄にもなく雫まで盛大に涙と鼻水を飛ばしていた。
驚愕の表情で、本人……御坂は、モーリッツを見た。
「あー……御坂、それ長谷川高校でのあんたの通り名ですよ。有名らしいです、常盤台のミコチュー」
「柳先輩、それどういう意味ですか!?」
食って掛かる彼女に、柳は空気がぶち壊しと含み笑いをしながら語った。
街中でよく放電している姿がここの生徒には目撃されており、それが某有名な電気ネズミにそっくりらしい。
「ミコチュー……ミコチューって……」
錬太郎も思わず笑いが漏れていた。
確かにあの不機嫌そうにビリビリ放電しているのは似ていても違和感はない。
腕組みして苛立っているのか、火花を散らしている。
あれが、柳が言っていた学園都市の上位三位の少女。
「おいそこ!! 私の渾名で笑うな!」
錬太郎を指差して怒鳴る御坂。
結構怒っているがこれまた放電してるのが笑ってしまう。
「あぁ、悪い悪い。親しみあっていいなこれ」
「あるかぁ!! あんた私に喧嘩売ってんの!?」
一応年上だが、なんか面白い子なので気にしない。
「バカにしてはないけど、杠の言う通り普通の学生だったな」
などと言いながら、文句を言う御坂に背を向ける。
待てと怒鳴っているが、これ以上居たら爆笑するのでさっさと帰る。
「じゃあな、ミコチュー。杠の事、頼む」
「訂正しろぉ!! 私を面白電気ネズミに扱うなごるぁああああ!!」
バチバチと怒っているのを杠が笑いながら止めていた。
そそくさと逃げ仰せ、辛い出来事でこの日は終わった。
これが彼女と彼の出会い。割りと、酷い出会いなのは言うまでもない……。
人物解説。
御坂御琴。
とある科学の超電磁砲の主人公。本作では今回初登場。
学園都市の序列三位の超能力者。通称、超電磁砲。
が、此処ではミコチューという謎の渾名が浸透している。
いわく、街中で放電している姿が某有名な電気ネズミに似ている。
そんな範囲とパワーなので定着化したとのこと。
10万で済むほど実際は優しくない。億は余裕で越える程強い。
ツンツン相手ではないので言うほど非常識でもない。寧ろ常識あり。
黒子とは相棒のような存在であり、同時に雫の事情を黒子を通じて知っているようだ。
尚、なぜかお姉ちゃん属性が悪化しており、沢山の妹に加え黒子、挙げ句には幼女まで一緒にいるとか居ないとか。
更に幻想御手事件を経験しているので多才能力の実態も知り、スキルアウトへの事情も自分で見て知っているので偏見もない。
要するにパーフェクトミコチュー。凄く良い人。正に能力者の鑑。
但し色々弱点ありとのこと。
解説終了。