スキルアウトと地球の記憶   作:マルチスキルドーパント

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暴走

 

 

 

 

 

 錬太郎は抱え込む。

 家族にも言えない。自分の能力が、他者に麻薬を渡す能力などと、誰が言える。

 秘密にしよう。そう決めた。

 もう、彼の回りにはガイアメモリの使用者が多いのだ。

 不安を与えれば、麻薬になってしまう。健康でいれば、問題はない。

 それが不幸中の幸いか。知らなければ多少は先伸ばしに出来る。

 然し他人に渡すのは考えよう。やめるという選択肢が選べない。

 何故なら、科学者たちが情報を欲している。誰か犠牲にしないといけない。

 自分でもいい。然し自分には、二人の責任がある。

 健康な人間には、手渡すときに付け加えよう。

 責任逃れ出来てしまうのが錬太郎の能力。

 希望を求める人間に、毒と知っていてばら蒔くのは悪だろう。

 でも選ぶのはソイツ。毒がある希望。代償を支払えば強くなる。

 麻薬という言い方は的確だった。健康である限りは、何もない。

 だが、ひと度傾くと天秤は人間を破壊する猛毒に様変わり。

 リスクのある希望を、使うかは自分次第。

 こうやって言えば、求められた錬太郎には言い逃れてしまう。

 周囲もそう求めている。どうしろと言うのか。

 従えば犠牲者になる可能性がある人間が増える。

 科学者たちは言った。錬太郎は悪くない。使ったソイツらの自分の因果。

 分かって了承をとって、相互理解した上で受け取ったならば合意と見る。

 彼らは言うのだ。大丈夫、学園都市の学生はたくさんいる。

 それでも気が引けると言うならば。

 追い回されるならそれを使え。シチュエーションを味方にしろ。

 奪われればいい。失えばいい。彼らが強奪させてしまえば向こうが悪い。

 欲しいのなら奪わせてしまえ。一石二鳥だろう?

 連中はガイアメモリが欲しい。我々はデータが欲しい。

 錬太郎は平穏が欲しい。なら、保身しつつ全てを満たす方法を教えよう。

 バカなモルモットに、わざと渡すのだ。いや、奪わせる。

 逃げる際にガイアメモリをばら蒔き囮にする。

 どんなものか知らないまま、我先に飛び付くバカを無視して錬太郎は逃げる。

 使用して暴走しても、錬太郎は奪われた被害者。決して責めることなど出来やしない。

 此方としても、それで良くないか。いや、そうしろ。そうするべきだ。

 次第に脅迫のような凄みを見せられて、参っていた錬太郎は思わず頷いた。

 彼もまた、自責により精神が病んでいた。

 元より人付き合いは苦手で、普通の外の世界で生きてきた。

 それが突然、周囲が全て敵になり、執拗に追い回すストーカーに狙われて。

 平凡な学生の錬太郎は徐々にストレスを抱え込み、雫やモーリッツと同じように蓄積したダメージが確実に残っていた。

 毒抜きが必要なのは、彼も同じで。然し柳や杠はそれには気付けない。

 レベル4はストーカーされても、戦うという選択肢はある。抗える実力がある。

 レベル0はそれがない。強者には従うしかない。それが能力者か、科学者の違い。

 学園都市に適応している姉妹には、錬太郎の気苦労は理解できない。

 守ることは出来ても、支えることなど出来るわけがない。

 何せ学園都市の上位が最底辺の彼のストレスがわかるというのか。

 ナンセンスな話である。面白味もない当たり前の能力の杠。

 貴重でも所詮は似た種類の分類になる柳。レベル4の現実。

 道具に頼り、そもそも解析不能な生まれつき。レベル0の錬太郎。

 何もかもが違いすぎて、二人には同調ができなかった。

 ストレスにも無縁で、慣れきった荒れる学園都市になにも感じない。

 本来であれば錬太郎のように追い込まれていくのが当たり前なのに。

 学園都市内部は弱肉強食、実力主義の地獄なのだから、珍しく弱い立場は自ずと逃げ場を失い、病んでしまう。

 塞ぎ込んでいる錬太郎に杠が聞くも、なにも言わない。

 守ると言っても、守って欲しいじゃない。支えて欲しいのに見当外れの事を繰り返す。

 柳も懸命にサポートするけれど、それも彼の心を癒すには程遠い。

 悲しいことに、家族といえども環境が異なりすぎた。

 学園都市の実力主義は、二人が思う以上に下の存在には重くのし掛かる。

 勝ち組のレベル4と、這い上がることすら出来ないレベル0。

 凡百の杠、少し珍しい柳。貴重すぎる生まれつきの能力の錬太郎。

 完全に他人に理解できる能力。完全に他人に理解できない能力。

 何処を見れば交わることができると言うのか。

 錬太郎も、共に滅び行く。

 普通の高校生には、学園都市の日常は……厳しすぎるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二人は数日経過した頃に退院。

 直ぐに錬太郎は、変装をして会いに向かった。

 待ち合わせに使う場所で、待っていたモーリッツと雫。

 制服姿に防寒具。雫は右頬のガーゼ。モーリッツは癖毛のプラチナブロンド。

 顔色も回復しており、談笑しながら待っていた。

 今日は野郎たちには控えて貰った。大事な話があると、二人には連絡してある。

 錬太郎が顔を出すと、二人は何処か罪悪感を滲ませた顔で挨拶した。

「お、おはよう……大山君……」

「先輩……おはよ」

 気まずい。錬太郎もぎこちない挨拶をして、取り敢えずその場を離れる。

 人気のない場所で、話をしたかった。

 適当に向かっていく彼らの後を……科学者たちの悪意によって雇われた影が追っていくのを、知らぬまま。

 適当に大きな川の堤防に到着。

 暖かい日差しの下で、コンビニで購入したお茶やコーヒーなどを手に、草むらに腰を降ろす。

 この時間帯は皆学校だ。近くには誰もいない。スキルアウトは分からないが確認はした。

 錬太郎はずっと道中黙っていた。内容が纏まらない。

 言わなければならないこと。分かっているのに言葉に出来ない。

 二人も、何か言おうとする錬太郎を待っていた。

 モーリッツは読もうと思えばできる。でも、モーリッツは誓ってそれはしない。

 卑怯なことだ。そして、何よりも。やってはいけないことだから。

「月川……モーリッツ。ゴメン、俺のせいであんなことになって」

 錬太郎は、無理矢理纏めた謝罪の言葉を口にする。

 分からないまま安易に与えたガイアメモリが、麻薬のような中毒性依存性を発露させてしまった。

 それは、錬太郎が知らないから起きてしまったこと。

 退院直前には手元に帰ってきたガイアメモリのおかげで落ち着いていた二人も話は聞いている。

 概要も、自分の状態も。もう知っている。

 何度も謝る錬太郎。だが、モーリッツが口を挟んだ。

「先輩。こればっかりは、先輩のせいじゃないよ?」

 頭を下げていた彼は、その言葉に驚いた。

 何を言い出すかと思えば、彼女たちは苦笑いしていた。

「謝るのはモーリッツの方なんだよね、これがさ。モーリッツ、勝手にガイアメモリ使っちゃった。これ、そもそもあのロリコンを撃退するために借りたのに、何がよくてその……ドーパント? っていうのに変身するのに使ってんだろ。分かってるよ、依存性を発症していることは。けどさ、その原因はモーリッツの因果応報。先輩のガイアメモリを勝手に使ってこうなった自滅。先輩が気に病む理由はないし、後悔もしてない」

 モーリッツは、そもそも正式に貰ってないのに勝手に使って勝手に壊れた。

 元々ロリコン杠を追い払うために貸してくれたもの。

 それを、勝手な理由で使用した挙げ句に依存性を引き起こす。

 どう見ても自分の責任だと言っていた。彼は被害者。巻き添えを受けたのだ。

「わたしも……これは、わたしを助けてくれるために大山君がくれたもの。わたしが弱いから、自分でのめり込んだんだよ。大山君は悪くない。自分の判断で、使っていたんだもの。何かあれば、自分が悪いんだよ? 副作用は分からないって、最初に言ったじゃない。わたし、聞いてて受け取った以上は自分のせいだと思う。だから、気にしちゃダメだよ。わたしの責任を背負わないで大山君。益々、申し訳なくなっちゃう……」

 雫も言った。自分が悪い。

 己の行動が引き起こした依存性。迷惑をかけているのは雫の方だと逆に謝る。

 モーリッツは自覚している。ガイアメモリが、これだけじゃ足りない。

 僅かであるが、欲求があると言った。まだ欲しい。新しいガイアメモリ。

「モーリッツ、多分快感感じてると思うのよね。コックローチだけじゃ物足りない。新しいガイアメモリが欲しい。病み付きになってるって」

 仮に二人にガイアメモリを複数与えても、大した問題にはならない。

 生身に投入して使えるのは一度に一個のみ。

 ドーパント状態で同時に使えないのは皆同じ。

 ドーパントは変異した怪人。他のモノに変化は出来ないのが救いだった。

 寧ろ同じ刺激で何時までも持ちそうにない、と素直にモーリッツは白状した。

「わたしは、何とかなりそうだよ。リッツとは違って、あくまで……自分の事を自衛したいだけだからかな。我慢できると言うか、一個に依存しているみたい」

 逆に雫はウォーターガイアメモリのみでいい。

 彼女のために作ったものだ。専用ならば、満たされている。

「だから、わたしは気にしないで大山君。壊れたら壊れたで終わるから。良いの、その時は……学園都市の誰も見てない隅っこで、の垂れ死ぬ事に決めているし。自分の最期の、希望だもの。死ねることは」

「…………」

 雫は笑った。笑って言った。自分が死んでも錬太郎は悪くない。

 錬太郎の事に関係無く、勝手に死ぬ。野垂れ死にしたいと言うのだ。

 何を言えば良いのだ。笑顔で、死を望む相手に。死にたいから錬太郎のガイアメモリは希望の象徴。

 依存性すら受け入れて、光なのだと励ますように雫は言っていた。

「ん……。実を言うとモーリッツもさ、別に生きること自体に未練はないんだ。死に急ぐ訳じゃないけど、特にみんなといる以外は面白くもない人生だし……。楽しいことして散々生きてきたんで、今更麻薬程度じゃ動じないわ。中毒死も酔狂じゃん? 死に際ぐらい派手に死んでも、それもアリかな。面白おかしく見世物でお祭り気分で大往生とか、そんなのでも後悔はない」

 生きる理由なんかない。

 死んでも別にそれでいい。

 モーリッツはケラケラ笑っていた。乾いた笑い。虚ろな笑い声。

 何がしたいのか分からないと言うが、一瞬だけ見えた気がする。

 モーリッツは、空っぽなのか。そんな気がした。

 そんな悲しい会話をしていると。

 

「……で、なんなのあんたら? 先輩とモーリッツ達に何か用?」

 

 不意に不機嫌な顔でモーリッツは立ち上がった。

 気がつけば、後ろには誰かいる。気配もなく、立っているスーツ姿にグラサンの男たち。

 何人もいつの間にかそこに居た。

 どう見ても怪しい。モーリッツの問いには答えないで無言で、銃を懐から取り出した。

 銃口を、錬太郎に向ける。

「!?」

「えっ……」

 硬直する錬太郎。呆ける雫。

 背後にいたスーツ姿の男たちは、全員三人に拳銃を向けてきた。

「チッ!」

 舌打ちしたモーリッツが、堤防を降りる。続けと、素早く鋭く叫ぶ。

「つっきー!! 殺されるよ、いいの!?」

 錬太郎は雫の腕を掴んで、弾かれたように立ち上がり、走り出す。

 我に返った錬太郎が、反応の鈍い雫を引っ張る。

 直後、銃声。発砲されていた。

 雫は漸く頭が処理できた。今、自分達は殺されかけた。

「きゃああああああ!!」

 絶叫した。錯乱したように、恐怖で悲鳴をあげて、自分から走り出す。

 動かないよりは遥かに良い。錬太郎も冷や汗を流していた。

 いきなり銃殺か。笑えない。襲撃された。今度はなんだ。

「あいつら、モーリッツ対策に精神防御してる。何も聞こえない。多分、プロだよ先輩。他のスキルアウトにいる頃、ああいう手合いは見たことあるのよ。あいつら、誰かに雇われた殺し屋だ。此方の情報を知ってる」

 モーリッツが走り出して、後ろから白昼堂々威嚇射撃する黒服を見て言った。

 本物の殺し屋。狙いは錬太郎。此方の事をクライアントに聞いていると説明する。

「ど、どういうこと!? リッツ、あの人たち何!? 何なの!?」

「先輩のガイアメモリ狙いに来たんだよ! 今度はスキルアウトじゃない! プロの殺し屋! 邪魔なモーリッツたちは殺される! 手に負わないわ! 警備員のところに逃げよう! うまくいけば逃げ切れる!!」

 経歴上知っているモーリッツの言葉に一般人の雫はパニックになりながら聞く。

 要するに人殺し。邪魔な二人を殺して錬太郎からガイアメモリ奪う気なのだ。

「ああっ、そうかい!! じゃあ勝手に持ってけクソ野郎がッ!!」

 本当にこんなことになろうとは。

 走りながら錬太郎が持っていた荷物からガイアメモリを取り出して投げ捨てた。

 ばら蒔くそれを囮にして、さっさと走る。

「大山君!? 良いの!?」

「大丈夫だ、クソの役にも立たないただのガイアメモリだからな!」

 駆け抜けて堤防をあがる三人。雫が適当にぶちまけたガイアメモリを振り返る。

 拾って回収する人間と追いかける人間で分かれている。

 向こうはなぶるようにゆっくりと追いかけてきた。

 時折威嚇して銃声を放つ。

 道路に出てみれば車に乗っていた別動隊に発見されて追い回される。

 流石はプロの殺し屋とモーリッツが見立てた事はある。手慣れている。

 兎に角逃げる三人は大通りに向かって駆ける。

 向こうは乗用車で追跡してきていた。

 細い路地を細かく走ってを繰り返す。

「いくら何でも、殺されるとか嫌だよモーリッツ的には! 自分の命は自分で落とし前つけるんだからさ!」

 などとキレながら彼女の先導のもとで警備員に通報している錬太郎は聞く。

「わ、わたし……また、殺され……!?」

「落ち着け月川! お前は俺達が守ってやる!」

 ダメだ。過去に殺人未遂の経験がある雫は恐慌に陥っている。

 このままドーパントになると、また副作用が出てしまう。

 警備員は通報に出て、居場所を聞くがそんなものわかるか。

 現在進行形で追われているのに。モーリッツが住所を叫ぶ。

 それを伝えると巡回の警備員が近くにいるから、合流しろと言われた。

「畜生がッ……! 俺は殺されなきゃいけねえ理由なんかねえんだぞクソッタレ!!」

「そうだよ先輩、モーリッツたちは殺される理由なんか最初から無いんだよ!」

 雫の腕を引いて脱力する彼女を引っ張る錬太郎の悪態に、モーリッツが答える。

 そんな覚えなどない。そうだとしても、現実は変わらない。

 何でこうなる。いつもこうなる。毎度錬太郎は追い込まれる。

 いい加減腹が立った。許せない。ムカつく。頭に来た。

 大通りに出た。連中も諦めずに追いかける。

 乗用車が追跡を続ける。しつこい相手に我慢の限界に達した錬太郎。

 歩道を走っている三人。警備員はまだいない。窮地になっている現状。

 殺されるという極度のストレスが、彼にまで副作用……いや。

 暴走を、誘発する。

 

(死んでたまるか……! 意味も分からず殺されて、納得なんか出来るかクソッタレがああああ!)

 

 激情。学園都市に来て初めて怒りを強く感じてしまった。

 結果、持っていた荷物からガイアメモリが突然、何本も宙に飛び出してきた。

「なに!?」

 モーリッツが何事かと急停止。錬太郎は雫の腕を離して、立ち止まった。

 そして呆然とする雫の前で、錬太郎が一本浮かぶガイアメモリから乱暴に掴んだ。

「おおおおおああああああああっ!!」

 雄叫びをあげる錬太郎。目は血走り、怒り狂う獣のように、荒々しくそれを解放する。

 

 ――エッジ!!

 

 刃の記憶。

 殺しの記憶。

 戦いの記憶。

 争いの記憶を覚醒させた。

 銀色で、小文字のeの軌跡を描く刀。

 それが、エッジガイアメモリ。

 発動するや、強い煌めきを放ち、錬太郎を包む。

 目が眩むモーリッツは腕で目元を庇った。

 雫も目を閉じた。

 唐突なガイアメモリの解放。

 それが、モーリッツの庇った右腕に伸びる。

「えっ!?」

 長い鎖だった。

 腕に絡み付いて、締め付ける銀の鎖。

 大きく武骨なコンバットナイフに繋がり、肉厚な刃のナイフを逆手でモーリッツは持っていた。

 柄がスロットになって、刃の鍔にも大きな横向きのスロットが一つ。

 合計二つのスロットがある、ドーパントがそこにいた。

 唖然とするモーリッツの手に……暴走したソイツは、武器として。刃として……存在していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガイアメモリ解説。

 エッジガイアメモリ。

 刃の記憶を持つ殺しをするための武器として機能するガイアメモリ。

 純粋に戦争に特化した作りになっており、バリアガイアメモリとは対極的な存在になる。

 雫がバリアガイアメモリを装備して身を守る存在ならば、エッジガイアメモリはモーリッツが装備して、相手を殺すための力になるだろう。

 

 エッジドーパント。

 大型のコンバットナイフを模したドーパント。

 武器としての機能に特化した、戦争をするための姿。

 スロットを二つ持ち、装填することでドーパントに変異せずともその効果を使用者に与える。

 一種の、使用者に擬似的な多才能力を強引に付加するとも言える。

 但し、使用者には莫大な負担がかかり、一切の安全が考慮されないため人間が扱うことは非常に難しい。

 またマキシマムドライブも同時に発動可能であり、様々な攻撃を行う。

 現状、攻撃的な思考のモーリッツにのみ装備を許す。

 解説終了。


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