スキルアウトと地球の記憶 作:マルチスキルドーパント
この日を以降に、学園都市では波紋が広がった。
とある日に入学してきたある男子高校生。
ソイツは、有り得ないとされた多才能力者に似た能力を保持していたという。
出身は外部で、開発の経験はない。身内が二年ほど前に学園都市に住んでいるだけ。
過去を調べるも一切の怪しい部分がない完全な一般人。故に誰もが疑った。
生まれつきの才能にしては、微妙すぎる能力だった。
USBメモリをガイアメモリという得体の知れないモノに変化させる能力。
これを使うことで人間は怪人、ドーパントに変異して様々な能力を使えるらしい。
が、学園都市は生憎と能力者の巣窟。そんなもん無くてもクローンのほうがお手軽で安定しているし早い。
無能力者の烙印を結局は押されたらしいが、それは学園都市においてもその能力があまりにも不可解だから。
はっきり言えば再現不可能な領域。
しかも研究して利用するにはどうしようもなくばらつきがあり戦闘にも政治にもその他にも何の役に立たない。
特化したものはある程度は役に立っているが、それは彼でなくとも問題なく。
そもそもその時点で既存の技術の方がより高性能で遥かに低いコストで製造できた。
同時に意味のない無駄に大きな枠組みで発現する能力は正直学園都市から言えば放置しても妨げにはなりえない。
どこの世界にブタに変身する能力を有効活用できる奴がいる。
その他、お酒やら芸者やら妻やら団子やらマグカップやらイチゴやら、しまいには架空の動物まで入る。
清濁あわせすぎて最早カオスだった。因みに役立つのはその内の一桁。少なすぎる。
夢幻と言われた多才能力は現実には、ただの器用貧乏だった……そんなオチだったらしい。
挙げ句には本人には戦うセンスがまるでない。
他人に自分の能力を道具として精製、譲渡できるとはいえ高くとも大能力者止まり。
どう見ても世界のバランスを崩すには至らない。傾かせるほどの逸材でもない。
寧ろ半端な力は邪魔でしかない。
知らなくても困らない。いや、知るに使う時間と金が無駄になるだけ。
学園都市の闇の結論はこうだった。
リスクの割りには見返りが少なすぎる。利益という意味では無意味と同義。
全く持って金にも技術にもならない。精々ちょっとした兵器の製造工場程度の認識。
要点を纏めると意味ないからほっとけ。
個々ならばまだしも、全体的な流れでは微々たる物で利益にならない。それだけだった。
それが寧ろ救いになった。多才能力とは即ち単なる器用貧乏で、魅力は全くない。
万能というには欠点が多すぎる。運用には難があって、量産も不向き。
万能の完全な劣化。
汎用にすら至らない未熟かつ無価値な能力、のちに『星の記憶』と名付けられた彼は闇に関わる事がなかったのは、欲張りすぎて科学の進んだ学園都市では児戯と同等と蔑まれる程度の能力だったこと。
特化したものを安定的に安全的に生産できる学園都市だからこそ、無視してもらえたと言ってもいい。
だが、それはあくまで上層部の判断である。ある闇の小規模組織たちは思う。
使い捨てには便利そう。然し生産できるのがこいつだけだから殺せない。
インスタントの戦力増強に丁度良さそうな一般人。
ただ、全く持って不理解なモノもある。中身わからず渡してきた。
自分でも分からないとはこれいかに。
先の話になるが、入手したあるイケメンの男は手にしたそれを見て硬直する。
(……これをどうしろと言うんだ……)
エージェントが手に入れたガイアメモリはマグロ。
試しに恐々使ったらまさかの自分がマグロになってアジトでのたうち回る羽目になった。
誰が想像できる、学園都市の上から数えたほうが早い実力者がマグロになってのたうち回るとか。
青いメモリに、Mの文字を象るようにマグロが並ぶオモチャ。
科学では証明できない何かと言われ通ずるモノを感じたが結果はお魚にされた。
それを見たゴーグルつけた仲間が思わず吹き出して、頭に来たのでそいつにぶっさしてやった。
そいつもマグロになってのたうち回っていた。
で、女子の多い組織でもそれを手に入れた。
「はーまーづーらー……お前スキルアウトだったろ? 同類のもんならほら、お前が試すんだよ!!」
「ちょ、待てそんな強引に……うわあああ!?」
リーダーの美女に捕まって実験台にされた哀れな男が、抵抗空しくこめかみに突き立てられた。
この世界では悲劇を幸運にも免れていた面々の目の前で、男が変貌する。
それを見た面々は反応に困った。実験台にされた彼はひどい姿だった。
言うなれば、スチールの缶に手足生えて落書きみたいな顔がある金属光沢のある着ぐるみ……?
「だーっはっはっはっはっ!! お前最高だよもうっ!!」
リーダーの美女がアジトで涙を浮かべて腹を抱えて爆笑していた。
一人は超お似合いと嘲笑い、一人は記念とか言い出し写真を取って、一人はドンマイと慰めてくれた。
愉快な事をしていますがこいつら一応暗部の人です。
受け取ったガイアメモリは、エナジードリンク。スチールの缶にEと書かれた絵柄のメモリ。
哀れなパシりは、この世界ではリーダーと戦争せずに平和に日々のお仕事を送っていたが今回は悲劇だった。
肝心の性能は言うまでもなくクソだった。
対象に炭酸ぶっかけ疲労回復する程度だが意外と便利なもんだった。
そんな裏の一部の方々は、便利な道具扱いでちょくちょくお買い上げに向かうことにした。
尚、恐らく最も性癖に問題のある連中はというと。
「…………」
紅一点が死んだ目をしていた。打ち込んだガイアメモリが悲惨なものだったので。
なぜか最初のガイアメモリは拒絶反応が出てしまい使えず、複数購入したうちこれだけが反応。
……ピラミッドだった。使ったところ、目玉のあるピラミッドが鎮座しただけ。
等身大の置物になったわけだ。この状態でも能力を使用できるのは驚いたが。
「ピラミッドですか……また、奇妙なモノに反応しましたね」
爽やかな表情のイケメンの男が苦笑する。
こいつはビールのガイアメモリが反応してビールになった。
こっちも酷いもので、ジョッキの頭部に際限なく出てくるビールが満たしている怪人である。
強さは言うまでもなく、使えない。アルコール中毒でも無ければ。
「……良いじゃねェか。俺は気に入ったぜ」
で、学園都市最強には運命のようなガイアメモリが届いていた。
製作者いわく、何なのか理解できない。大抵なら使えるはずの自分ですら拒絶反応が出たという一品。
要らないのでサービスと言われたそれは、正しく彼の能力と全く同じ。最強に相応しいものだった。
取りに行ったグラサンは三名にドン引きされた。反応したのはまさかのメイド。
使ったところ体格はそのまま肉体美に溢れていたが服装はメイド服的な意匠の、グラサンかけた野郎宜しくのドーパントに変貌。最強に小突かれて速攻出した。気持ち悪い。
一応人間ならば誰でも使えるという謳い文句に嘘はない。全員何らかで必ず反応した。
但し役立つのは一部だけだったが……。
そんなこんなで闇の皆様は何かに使えればまた買いにいく、ぐらいの認識であった。
故に積極的に狙うのは、通り名の『無能力の多才能力』に反応した一般人やスキルアウトであった。
さておき、時は戻る。
ブタになった兄を絶句して見下ろす柳。
大きなブタだ。丸々太ったピンクのブタ。
「お、お兄ちゃんが……ブタに……」
あまりのショックで気絶した。ばったり倒れるのを杠が受け止める。
ぶぎー! と荒々しく鳴いたブタ、錬太郎。
よくよく見れば顔は可愛いと杠は喜ぶ。
「ブタになったら……一緒にお風呂入って綺麗にしても誰も文句言わないよねェ……?」
「ぶぎっ!?」
愛玩動物を肉食の危険な視線で見下ろす姉。
義理の弟がブタになっても好都合とか言うのはこいつだけだろう。
ともあれ、マグマドーパントを追いかける。
気絶した妹を軽々と背負って、更にブタに跨がる姉。
「さぁー行くよ弟君!!」
お前が走れと無茶を言われるもそこまで重たくもない。
仕方無く走り出すブタ。乗っかる姉妹。シュールな光景だった。
階段を走って降りる。廃墟を抜けて、外で待っていた母を見た。
「!?」
目を点にした。娘が知らないブタに乗っかっていた。
そのまま駆け抜け犯人捕まえてくると言って去っていく。
……ブタに乗って。
方向は柳が持っていた無線で勝手に聞いて特定、道を案内する。
どうやらマグマドーパントは、犯人を探しに走って逃げているようだ。
乗用車すら追い付けないとは中々やる。ブタに追い付けるかは微妙だが。
「頑張って弟君! ご褒美に今夜は一緒に添い寝しようね!」
「ぶぎーっ!!」
絶対嫌だ、という断りは聞こえないだろう。
ブタは走る。舗装された車道を、元気な姉と目をぐるぐる回転させて気絶する妹を連れて。
相当な速度。やはり腐ってもドーパント。多少は人間よりも速い。
見た目は随分と悪いけど……。
「とうま! 大きなブタが道路を走ってるんだよ!!」
「いやいや、インデックスさん。街中にブタが居るわけ……居たー!?」
街中に突入。車道の隅っこをブタは引き続き疾走。
歩道の歩行者が何事かと注目していた。ブタ、走る。音を立てて。
あるシスターとその恩人が見たのは女の子乗せたブタがなにか目指して突っ走る姿。
何が起きた。理解できないが学園都市。気にしないことにした。
また、ある中学生は。
「お姉さま、謎の怪人はわたくしにお任せ……を……」
「何よ黒子、私も手伝う……って……」
ビリビリ中学生と変態能力者が口論している前をブタが走る。
学園都市でも早々ない、ブタに跨がる女の子がテンション高めにドーパント撃破を目指しているのを見て言葉が萎んだ。
変態能力者のほうがのちに、それを担当する箇所の違う風紀委員の仲間の身内と聞いて絶句するのは言うまでもなく。
ともかくもブタは目指す、マグマドーパントがいる場所に。
「許さねえ……ここで死ね能力者ァ!!」
現場に到着した。
見事に死屍累々。警備員も風紀委員も焦げ臭い状態で倒れていた。
眼前には、半殺し状態の被害者……いや、事の発端であろう連中が半殺しになっていた。
激怒するマグマドーパントの前で、起き上がっていたが大ケガをしているのが見てわかった。
ブタは倒れる連中を超えて、油断しているマグマドーパントの背後から突っ込む。
足は止めない。なんか良くない空気を感じる。殺人はやり過ぎだ。
もうお礼参りは終わったんだろう。なのに殺そうとするのは過剰な仕返し。
足元には半分焦げた鞄が落ちており、札束も顔を覗かせる。
取り返したと見た。ならば、仲裁するとする。やり過ぎ、良くない。
今にも焼き殺されそうな彼らが見た、言葉が出てこなくなる光景。
それは。
「ぶぎぃぃぃいいいいい!!」
「そこまでにしなさーーーーーーい!!」
巨大なブタが、女の子乗せて真っ直ぐ突っ込んできて。
その女の子の直情では、背中に誰かを背負ったまま燃えている大きな炎の拳骨を構えていた。
雄叫びに振り返るマグマドーパント。怒りで全く気付かなかったが、さっきの女となぜブタが一緒にいる!?
「ぶ、ブタだとぉおおおおおお!?」
思わず出た言葉がそれであった。
驚いて固まる。その致命的な隙に、大能力者の炎の鉄拳が見上げる先で、降りおろされる。
「おりゃあああああああああ!!」
「なんでブタがああああああああーーー!?」
反撃の火炎の弾丸も拳骨に吸収されて更に巨大化。
逃げる前にブタの勢いとインパクトに怯み。
マグマドーパントは……そのまま、火炎の拳に呑まれるのだった……。
解説。
マグロガイアメモリ。
垣根さんが入手してしまったマグロの記憶が内包されたしょうもないメモリ。
要するにマグロに変身するメモリであり、垣根さんには全くのメリットがない。
色は青色、象られたのはMの形に並んだマグロ。文字はM。
ドーパントになるとマグロになる。以上。垣根さん、ドンマイ。
エナジードリンクガイアメモリ。
世紀末帝王が悪乗りしたむぎのんに実験されたしょうもないメモリ。
こっちは変身すると疲労回復の期待できる炭酸を精製できる。
但しあの面子に炭酸をぶっかける愚行を世紀末帝王が出来るかは別として。
色は緑色、象られたのはEの文字が入ったスチール缶。文字はE。
ドーパントになるとスチール缶手足生えた気持ち悪い姿になる。以上。世紀末帝王、ドンマイ。
解説終了。