スキルアウトと地球の記憶   作:マルチスキルドーパント

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ドーパントの力

 

 

 

 

 

 兄が学校に居ない。

 その話を聞いたとき、二人は頭が真っ白になった。

 何処に行った? なぜ消えた? 助けに行く。

 エリートで通る大能力者が、突然のサボりを決行したのはこれが初めて。

 何も言わずに、妹は風紀委員の腕章を腕につけた。

 姉は落ち着けと言う教師を無理矢理退かした。

 そのまま、学校から脱走。探しに向かってしまった。

 ここ最近、下らない噂が流れているのを耳にした。

 多才能力の無能力者が居るらしい。そんな噂だ。

 そして、それが事実だと判明したとき。学園都市の生徒は敵対した。

 有り得ない筈の幻の能力者。それが生まれつき備わった異常な学生。

 何より、それはどうやら他人にも渡すことができる。

 即ち誰でも上を目指せる。誰でも強くなれる。

 そういう意味になるのだから、当然学校の勉強などでレベルが上がるとは思っていない半分諦めたようなレベルの低い生徒が暴徒化。

 彼を狙い初めて本人が通報して対処を願っていた。

 当然杠も柳も黙っていない。家族を狙うろくでなしを片っ端からブッ飛ばして捕まえた。

 周りですら思わず制止するほど過剰に、狂うように、避けられている家族に尽くした。

 寄るなと言われているのに、そんな酷いことを言うのになぜ助ける。

 そう、聞かれた。

「兄さんは外の人間なんですよ。あたしたちみたいに、この街には適応してない……外側の人間なんです。だから、ああ言われて当然だった。そう思ってます」

 柳は言った。学園都市の常識は外からすれば既に異常。

 学園都市は科学は進むが治安は悪い。その異常過ぎる日常に慣れている学生は気にしない。

 だが、外から来た人間はここはスラムのようだと後で比較的日の浅い学生から聞く。

 詰まりは、彼は別段おかしなことは言っていなかった。

 ここがあまりにも突出して危険な街なだけで。

 外はもっと、安心して、安全に暮らせるのだ。

 だから警察だけで事足りる。警備員も風紀委員などの有志も不必要。

 レベルが全て? バカを言うな。外じゃそれは立派な差別。

 見下すのは当たり前? 自分は優秀な人間だから?

 バカを言うな。何時から柳はナルシストになった。

 周囲がそうなら自分もそうなる。郷に入ればなんとやら。

 知らず知らずに学園都市の認識に彼女の見識は変えられていた。

 兄からすれば拒絶反応もする。客観的に考えれば、あまりにおかしなことを言っている。

 なぜレベルだけが基準になる? その人間はレベルだけなのか?

 大能力者は基本的には羨ましいと言われる立場。それを自負するから堂々としていた。

 優秀なのだと思っていたから、それが態度に出ていたのだ。

 下の有象無象など、取るに足らない無能力者。意味なんかない愚かな存在。

 スキルアウトなどその例だ。バカをするしか芸がないあんぽんたん。

 処罰して然るべき。風紀委員に入隊したのも自分が優秀だと見せつけるためだった。

 決して、崇高な目的とか、街の為とか。そんなんじゃない。

 自分が合法に、弱者に能力を行使するのが楽しかった。正義と言う大義名分を手に入れて。

 幼稚な遊びをするように、その行為を正当化して楽しんでいたのだ。

 スキルアウトと何が違う。スキルアウトをなぜ責められる。

 やっていることが違うだけ。救えた人が居ただけ。

 スキルアウトが一般人を襲うのと感覚は変わらなかったくせに!

(あたしは……狂っていたんですね)

 快楽に酔っていた。正当化出来る自分の能力を他者に見せつけるために、風紀委員をやっていた。

 拙い自尊心を満たす為にやっていた。

 柳は後輩とは違う。知り合いの中学生、白井とは根本が異なる。

 彼女のように街の平和を守ると気合いを入れて、時には同じ規律違反をしても。

 柳は面白がっていたのだ。スキルアウトや無法者をブッ飛ばす自分の行為を。

 だから兄は言った。人殺しと何が違うと。面白がって暴力を振るう人間の何が正義と。

 嫌われても、当たり前の行為を行っていたのだと、気付いた。

 スキルアウトは人間のクズ。罵倒して見下して何が悪い。全部に決まっている。

 人間として最悪の行為。無意味に貶す差別を、疑問に思わないのは学園都市の風潮だからだった。

 外からくれば嫌がる。なぜ、そんな事すら……想像できなかったんだ。高校二年にもなって。

(お兄ちゃん、無事で居てください……!!)

 けど、今度は違う。

 もう、傲慢は捨てる。

 自分は大能力者である前にまだ子供。

 こんなちっぽけなプライドを満たすために行っていた風紀委員の役目も。

 今度こそ、正しい事に使う。先ずは家族を守ろう。

 正しく、自分の能力『氷結操作』を使って。

 姉は、もっと単純だった。

「お姉ちゃんは弟君を守るのが役目なんだよ!! 義理でも何でもお姉ちゃんはお姉ちゃんなんだよ!!」

 意味が分からない。理屈にならない理屈。

 姉だから守るのが使命。姉だから弟に手を出す輩は焼き尽くす。

 ダメだこの姉、早く行かせないと。教師すら灰にする。

 ブラコンが骨の髄まで浸透している杠。

 シスコンも含めるとただの過剰な愛情だ。溺愛しているというか。

 そういう人間で、そもそも大能力者になったのも双子の妹が上がるならお姉ちゃんは負けてはいけないとかいう意味不明な理由だったぐらいだ。

 何時か弟が来たら学園都市で結婚するんだとか、義理の姉弟は結婚できるんだするんだとか基本的に最早恋愛の類いにすら昇華されている。

 杠にも見下すのに明確な理由などない。

 そういう空気に染められて自然とそうなった。故に悪意もない。

 然し弟は言った。差別するな。じゃあ止める。見下すのも気を付ける。

 正義も言わない。自分の能力をかさに偉そうにしない。そう決めた。

 杠はシンプルで、頭が良いが性格と人格に問題のある典型的な上位の能力者。

 大なり小なり、上位の能力者は個性的と言うか、悪い意味で言えば目立つような問題のある奴も多い。

 某空間移動の能力者は一名に対する変態的行為の数々。

 電撃最強の中学生は最強の序列の中ではマトモと言われるがやはり弱者の気持ちに鈍かった。

 最強は言うまでもない。外で言える、本当の普通が存在しないのが能力者とも言えるのだ。

 杠は極端な家族優先。特に長女としての行動を己の意思で率先して選ぶ。

 柳も家族に対する溺愛は強く、他人よりも家族を攻撃されると我を忘れる。

 姉妹もこんな風に大能力者として、人格が未成熟のまま強大な能力を持ってしまった。

 イビツなのも仕方無い。高校生に軍隊レベルの戦力を平気で持たせるのが学園都市。

 言ってしまえば、学園都市が普通じゃない。常人の生きていける場所じゃない。

 それを知るのは闇の底に蠢く何かとか、あるいは外の何かと戦う誰かとか。

 悲しいけれど、彼が望む平穏や日常と言うのは、学園都市には前提で存在しないのかもしれない。

 力を渇望する弱者。力に溺れて傲る強者。その対極しかいない世界の普通とはなんだ?

 少なくとも、杠は知らない。弱い人間の気持ちなんか想像したことすらない。

 自分が弱い頃? 最初からトントン拍子でレベルがあったので覚えていない。

 そういう稀にいるような、要領の良さもあって、杠は特に鈍感だった。

 そんななか、出てきてしまった力をもて余す弱者という半端者。

 無論、弱者も強者も目障りなその中途半端は狙われる。

 だが、最も悪かったのは。

 彼女たちが懸命に助けに向かっても……間に合わなかったことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ウォーター!

 

 そのガイアメモリは青い。

 化石のような武骨なガイアメモリではなく。

 クリスタルのように純度の高い透明な青。

 言うなれば、鉱石のような美しい外見で、絵柄はウォータークラウン。

 落ちた水滴が、王冠のように見える模様だった。それが、Wを示す。

「大山君には、近付けさせない」

 それを、張り替えたばかりのガーゼをわざわざ剥がして突き刺す。

 背後にいた、錬太郎は見えた。ガーゼの奥には、ケロイドがあったのだ。

「!?」

 顔に、大きな火傷の跡があった。

 爛れてしまった右の頬。そこには彼女の顔には不釣り合いの傷跡が見えた。

 あれは、隠すためだったのか。本来の傷ではなく。

 分からなかった。最近負ったばかりの傷とばかり。

 顔に火傷など人間は早々しない。それこそ、頬になど。

 理由は分からないが、少なくともやはり雫は迫害されているサイドの無能力者。

 確信した。突き刺したガイアメモリは取り込まれ、彼女を変貌させる。

 大量の水を自らの身体から放ち、渦を巻いて変異する。

 頭部には青い水滴のクラウンの意匠が象る。

 大きなダークブルーの複眼と、スーツのように纏う漆黒の体躯。

 その上に鎧のように装甲が現れる。

 最低限の装甲で機動性を重視したような、黒と青のドーパントが現れた。

 胸部も水色のクラウンの形になり、手にも漆黒のトライデントのような槍を構えていた。

「誰から倒されたい? 手加減できないから、逃げてくれるのが一番嬉しいよ」

 去ってくれれば後追いしない。いや、居なくなれ。

 トライデントの切っ先を向けて、雫は……いや、ウォータードーパントは告げる。

 その真ん中の刃には、何やらスロットがついている。

 丁度、ガイアメモリがすっぽり入りそうな大きさと形の。

 それに気がつく錬太郎だが、連中は生意気とウォータードーパントに一斉に飛びかかる。

 変異したのも連錬太郎の能力だと思い込み、事実そうだが然しこの場合は先ずは警戒すべきだった。

「迷惑だから、帰って。二度と来ないで」

 鉄パイプやらナイフやらで武装した一般生徒やスキルアウト。

 弱いながら、放電やら発火やらで能力を使う能力者。

 そう言った面々を、ウォータードーパントは一閃。

 トライデントを大きく凪いで、発生した濁流が一面を飲み込んだ。

 宛ら津波だ。大きな水の壁が、前方を見上げるほどの高さにまで立ち上がり、流す。

 悲鳴をあげて流される。唖然とする錬太郎。なんだあのパワーは。

 自衛の次元を超えていた。想定以上の強さに言葉を失い、立ち尽くす。

 一撃で全員流して出口に運搬。で、フェードアウト。

 一部が上等だと泳いで抵抗する。流れるプールよりも遥かに速い濁流に逆らって服を着たまま。

「うわぁ……」

 雫も、ドン引きだった。折角無傷で終わらせようとしているのに、まだ抵抗する。

 然し、雫は油断していた。その一部に乗じて、立ち尽くす錬太郎の近く。

 数名のスキルアウトが、ナイフをもって走ってきていた。

「益々欲しいよなぁ、多才能力ッ!! 女に守られてねえで早く寄越せってんだよォッ!!」

 スキルアウトの典型的なチンピラの台詞を吐き捨て、殺そうとして来た。

 振り返る錬太郎。そこには若干の驚きと、大半の苛立ちが浮かぶ。

 油断していた雫が駆け寄る前に、接近するスキルアウト。

 立っている錬太郎は、鬱陶しいように口を開いた。

 

「……五月蝿いんだよ、お前らは。そんなに欲しいならくれてやる。堪えられたらな」

 

 既に錬太郎も構えていた。

 持っていたのは銀色の装飾のガイアメモリ。

 雫のとも違う、白銀の色合いだった。

「俺に欲しがるな。お前らにくれてやる義理はねえんだよクソ野郎共」

 持っていたガイアメモリには、球体の中に入っているBの文字。

 その記憶を呼び覚ます。

 

 ――バリア!

 

 そう名乗ったガイアメモリは、覚醒した途端に錬太郎の姿を歪めていく。

 人から変形、縮み、曲がり、膨れて捻れて、形を変える。

 刹那の世界で、変貌する錬太郎。飛びかかった彼らが見たのは。

 

「奪うって発想をどうにかしろ、このチンピラッ!!」

 

 大きなシールドだった。

 楕円形で、真ん中にはBという形に刻まれた白銀の大きなシールド。

 ナイフを突き刺そうとしていたスキルアウトの一撃を吹き飛ばした。

 仰け反って地面に転がるスキルアウト数名。衝撃が拡散して全員に襲った。

 で、同じくガタンと墜落するシールド。

「大山君!?」

 慌てて変異を解いた雫が駆け寄り持ち上げた。

 見た目以上に軽い。裏側には手を嵌める部分もあった。

 取り敢えず自立できないようなので、装備する。

「あれ、バリアドーパントって自分で戦えないの!? シールドになってんじゃん!?」

 効果が見えないガイアメモリあるある。

 変身するまでどんなものかそもそも分からない。

 混乱する錬太郎こと、シールドドーパント。

 起き上がるスキルアウトに、まだやるのかと溜め息をついた雫は、追い払うことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 解説。

 ウォータードーパント。

 月川雫が変異したドーパント。

 全体的にクラウンなどの絵柄に似た模様や意匠が多く、トライデントを使用する。

 主に大量の水の操作に長けるが、これはどうも特訓で使用できるようになっただけ。

 所謂ウォータードーパントの能力は未だに発揮できていないが、これでもう上位の能力者とはある程度は渡り合える。

 本領発揮には経験を積みつつ、雫が慣れていかないとまだ不可能と思われる。

 然し、初期の時点で本来他のドーパントにはないスロットがついている事も特徴。

 戦いは好まない雫であるが、敵対してきた者には遠慮なく追い払う。

 但し、殺すなどの明確な敵意があった場合は、戦争に発展する。

 

 

 

 バリアドーパント。

 大山錬太郎がバリアガイアメモリにより変異したドーパント。

 楕円形で、真ん中にBの文字が刻まれた白銀の大きなシールド。

 バリアという割りにはシールドであり、攻撃を流動して拡散する防御機構を持つ。

 あくまで飛び道具などを受けた場合に受け流すだけであり、物理的攻撃はバリアで軽減して受け止める。

 見えないフィールドを常時展開しており、真っ向から立ち向かう場合は幻想をぶち殺すしかない程無駄に堅牢。

 受け流す方向も適当であり下手すると被害が拡大する。

 尚、自立できないタイプで要は武器としてのドーパントである。

 因みにこいつも文字の間に二つのスロットが設けられている。

 スロットの意味は……言うまでもないだろう。

 解説終了。


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