野比のび太の物語    作:宇宙戦争

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今回の章はある漫画の主人公の過去の出来事が基になっています。まあ、分かる人には分かると思います。


第5話 1年後

◇西暦2010年 6月28日 ドイツ

 

 

「あ、あの・・・これ、受け取ってくれませんか?」

 

 

 ドイツのとある都市の公園。

 

 そこでは一人の少女が青年へとハンカチを渡していた。

 

 少女は絶大な美貌を誇る美少女であり、同じく公園に居る他の人達もまた、彼女の美貌に釘付けとなっている。

 

 しかし、対称的に青年は普通といった感じの容姿をしているので、どうしてこんな奴が、という視線もそれに混じっている状態だった。

 

 更に言えば、青年へと渡したハンカチもまた、少女が独自に編んだ刺繍こそされているものの、微妙に高級感が溢れる生地であることが分かる。

 

 この事から、少女が金持ちであり、しっかりとした躾がされた家柄であることは、見る人が見れば分かる。

 

 しかし、青年はというと、これはなんの変鉄もない、それこそ近くの研究施設の警備員の仕事をしているだけの普通の一般人だった。

 

 そんな二人が会って、こうして会話をしていることには、ある運命的な出会いがあったのだが、今は割愛する。

 

 

「これを?」

 

 

「は、はい!」

 

 

「ありがとう。じゃあ、遠慮なく貰っていくね」

 

 

 青年はそう言いながら、ハンカチを折り畳み、ポケットへと仕舞う。

 

 しかし、少女の方はそれを見て、何故かションボリとした反応を見せる。

 

 

「どうしたの?」

 

 

「い、いえ!なんでもないです!!」

 

 

 少女は慌てて否定した。

 

 実は少女が青年に本当にプレゼントしたかったのは、ハンカチではなく、刺繍で書かれた文字の方だったのだ。

 

 しかし、今更指摘するのは恥ずかしいと思った為、なんでもないと答えてしまった。

 

 

「そう?あっ、そうだ」

 

 

 青年は何かを思い出したかのように、ポケットから二枚のチケットを取り出す。

 

 

「今度、ジェームズのコンサートが有るんだ。一緒に行かない?」

 

 

「は、はい!喜んで!」

 

 

 少女は青年にデートに誘われた事が嬉しかったのか、見る者をあっという間に心の底まで魅了してしまう程の笑みで微笑んだ。

 

 この時、少女は間違いなく幸せだったと言えるだろう。

 

 この場に居た誰もがそう思ってしまうほど、彼女の笑みは美しかったのだから。

 

 しかし、彼女は気づいていただろうか?

 

 この幸せが1ヶ月もしないうちに脆くも崩れ去ることを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇西暦2010年 7月6日 深夜 ドイツ 某研究施設

 

 この日の夜、ドイツでは雨が降っていた。

 

 雨とは言うまでもないが、酸性の水が空の雲から降ってくる現象である。

 

 しかし、それは時として別の表現をする場合もある。

 

 例えば、血の海。

 

 人が死んで、その周りが血で覆われていることから表現される。

 

 そして、この日、研究施設の内外では普通の雨と共に血の雨が降り注いでいた。

 

 

「・・・ふぅ。終わったか」

 

 

 少年──野比のび太は周囲を見渡しながらそう呟いた。

 

 しかし、そんな気の抜けたような言葉とは裏腹に、その目には冷たい眼光が宿っており、今のび太を一般人が見たとしたら、恐怖で身体を震えさせてしまうだろう。

 

 それほどの雰囲気がのび太から漂っていた。

 

 そして、そんなのび太が抱え込んでいる銃の名はH&K MP7。

 

 かつてのび太やエイダが使用したH&K MP5を造ったのと同じH&K社(ヘッケラー&コッホ社)が開発したPDWだ。

 

 ちなみにPDWとは、一見サブマシンガンのように見えるが、弾丸に専門の物を使うことで威力と火力を高めた銃火器だ。

 

 流石にアサルトライフルには及ばないが、サブマシンガンよりは明らかに威力や火力はある。 

 

 更に携帯性などを考えれば、ある意味では最高に使い勝手の良い銃種と言えるだろう。

 

 ただし、サブマシンガンのように拳銃の弾は使えないので、互換性が無いため、汎用性という意味ではサブマシンガンよりは劣るが。

 

 

「ん?」

 

 

 そんな風に辺りを見回していた時、1つの死体がのび太の目に入った。

 

 いや、正確にはその死体が持っていたハンカチに、と言った方が正しいだろうか?

 

 あまりに大事そうに持っていたので、つい目に入れてしまったのだ。

 

 おそらく、死の間際にそのハンカチを取り出したのだろう。

 

 逆に言えば、その死体の男にとってはかなり大事なものだったということだ。

 

 

「これは・・・」

 

 

 のび太はそのハンカチを拾い上げる。

 

 既に血に濡れてはいたが、かなり高級そうな生地で造られたハンカチであることはすぐに分かった。

 

 そして、のび太はそのハンカチに文字の刺繍がされていることに気づき、その刺繍の文字を読んだ。

 

 すると──

 

 

「!?」

 

 

 その文字を読み上げた途端、今まで冷たい目のままだったのび太の眼光に動揺の感情が走った。

 

 そして、なにを思ったのか、そのハンカチを胸ポケットの中へと仕舞い、そのままこの場から立ち去っていった。

 

 その一時間後、通報を受けた警官隊が到着したが、そのあまりの凄惨な光景に絶句し、その後、研究所の“中身”を見たことによって、このニュースはドイツ中を震え上がらせることとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇西暦2010年 12月24日 深夜 ドイツ 

 

 

(もうあれから1年か)

 

 

 深夜のドイツのとある公園。

 

 その中のベンチに座るのび太は1年前から今までの事を思い返していた。

 

 あの日、家族と親友をいっぺんに失ったのび太は、日本に帰国するという道を選ばなかった。

 

 いや、選べなかったのだ。

 

 あのまま日本に帰ってしまえば、何か自分の大事なものが決定的に壊れてしまいそうだったのだから。

 

 そして、のび太は復讐への道を選んだ。

 

 最終目標は勿論だが、島田透の殺害。

 

 その為、のび太はこの1年、ヨーロッパ各国を周り、彼とその配下の居る施設を襲いまくった。

 

 だが、結局、島田透の殺害は達成することは出来ておらず、のび太の復讐戦はまだ終わっていなかった。

 

 だが、今日はクリスマスイブ。

 

 去年はその直前にフローズン・バイオハザードが起こったので無理だっただろうが、あの時大人しく日本に帰国していれば、もしかしたら引き取られた先によってクリスマスイブを祝って貰えたかもしれない。

 

 まあ、もしそうなる未来が確定されていても、のび太はそれを選ばなかっただろうが、それでものび太は思わずにはいられなかった。

 

 

「・・・しかし、寒いな。宿に戻ろうかな?」

 

 

 12月のドイツはかなり寒い。

 

 日本より緯度が高いのだから当たり前だが、如何にヨーロッパの寒さにある程度慣れたのび太と言えど、去年までは日本に住むれっきとした日本人だったのだ。

 

 加えて、自分の惨めさを自覚してしまえば、寒さは余計に感じ取られる。

 

 のび太はベンチから立ち上がると、宿へと戻る帰路へと着こうとして──

 

 

 

チャキ

 

 

 

 ──流れるように右腰のホルスターに入っていたベレッタM92を引き抜く。

 

 

「誰?」

 

 

 姿は見えない。

 

 しかし、確かに何かが居る。

 

 そのような感触を、のび太は確かに感じ取った。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、それは現れる。

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・オールレンジ、だな?」

 

 

「!?」

 

 

 いきなり現れた気配にのび太は思わず身を固くする。

 

 オールレンジ。

 

 それは数ヶ月前から、何時の間にやら、裏社会でのび太に付けられたコードネームだ。

 

 つまり、それを表す意味は『オールレンジと呼ぶ人間=裏社会の人間』ということでもある。

 

 しかし、目の前の人間はマフィアなどといった類いのものではないだろう。

 

 裏社会の人間には2つの種類がある。

 

 直接的な行動を取る暴力系の人間と、隠密行動を取る暗躍系の人間。

 

 この2つは一見すると、後者の方が強いように感じられるが、実際はそうでもない。

 

 何故なら、一流の諜報員が手練れの傭兵に負ける例など、決して少なくは無いからだ。

 

 ちなみにのび太はどちらかというと前者の直接的な行動を取るタイプだが、目の前の男はおそらく後者の暗躍系の人間であろう事はすぐに分かった。

 

 そして、のび太もこの1年間、実戦は経験しているため、この手の直前まで気配を感じ取れない輩が余程の手練れであるという事は、のび太も理解していた。

 

 更に言えば、この僅かに漏れる殺気。

 

 のび太に仕事を依頼しに来た訳ではなく、のび太を殺しに来た方だろう事は丸分かりだ。

 

 のび太は喉をゴクリと鳴らしつつ、戦闘態勢を整える。

 

 

「念のため聞いておくけど・・・何者?」

 

 

「・・・」

 

 

 男は答えない。

 

 だが、のび太にとってはそれで十分だった。

 

 少なくとも、自分を殺しに来たということは分かったのだから。

 

 

「・・・行くぞ」

 

 

 ──男はナイフを引き抜くと、のび太に向けて突撃していった。


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