ソードアートオンライン ~創造の鬼神~   作:ツバサをください

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 前半はほとんど原作通りです。申し訳ありません。


第六十二話 暴れる獣と静かな獣

 ◇◆◇

 

 ブッシュに潜んでいるとアラームが鳴り、三度目になる位置情報送信こと《サテライト・スキャン》がもうすぐ行われることを知らせる。覗いていたスコープから一度眼を離し、ポーチから携帯端末を取り出す。

 

 「キリト、あんたは橋のところを見てて。あいつの名前は私が今から確認する。」

 

 「わかった。見張りは任せろ。」

 

 即座に返ってきた返事を聞きつつ《サテライト・スキャン》が行われるのを待つ。この大会に姿を表した《デス・ガン》と名乗る人物の名前を暴くために。

 数分前、シノンは己の眼で人間が殺される瞬間を見た。いや、正確には回線が切断されただけだが、不本意な形で行動を共にするようになったキリトが「殺された」と言ったのだ。その口調はどう捉えてもふざけているとは思えないものだった。

 はっきり言って信じられない。仮想世界で放たれた銃弾が現実世界の人間に命中して殺すなど、信じろと言われても無理な話である。ゲームの中で本物の命をやり取りするなど、もうそれはゲームの範疇を越えている。まるで……あのゲーム(・・・・・)のようではないか。

 冷徹な思考が乱れていく。しかし原因はこれだけではない。告げられた事実より先に浮かび上がってきた疑問。隣にいるキリトという人間が何者なのかということである。

 大会前の情報交換とも言えないあの集まりの時に彼がその事件に巻き込まれたことを知った。そしてあの《デス・ガン》とも因縁があると聞かされた。

 キリトにとってはかなりの秘密を打ち明けたのだろうが、シノンからすれば、彼がデスゲームの被害者の一人だと理解しただけに過ぎない。そう、たったそれだけなのだ。

 故にキリトが「殺された」と確信を持って口にした理由がわからない。おまけに撃たれた人間が死体で発見されたことを彼は知っていた。普通、そんな情報など手に入らない筈だ。

 貴方は誰……?思考が混乱の渦に飲まれていくが、今考えてもどうしようもないと割かれていた意識を取り戻して端末の画面に集中する。

 スキャンが開始され、マップの南部から順に光点が浮かび出す。一番始めに表示されたのは色の薄くなった三つ。どうやらリッチーは複数のプレイヤーに攻められ、既に脱落したようだ。予想より早かったが、敵が減るに困ることはない。

 そこから北に自分とキリト、死亡したダインと続いて次は《デス・ガン》の番となる。恐らくダインの東、鉄橋の下付近に一つ光点が浮かぶ筈だが……。

 

 「な、ない!?」

 

 そこには何もなかった。幾ら眼を凝らそうとも周囲に奴のものだと思われる光点は見当たらない。

 

 「キリト、あいつの姿を見た?」

 

 「いいや、見ていない。多分俺と同じように川に潜ってスキャンを回避しているんだ。」

 

 「そう……なら、チャンスね。」

 

 「やめろ!駄目だ!一発でも食らったら、本当に死ぬかもしれないんだぞ!!」

 

 相棒の狙撃銃を持ち、移動しようとした私の腕をキリトが強く握った。爛々と光る黒い瞳に意識が吸い込まれそうになるが、無理矢理視線を外して首を振る。この殺伐ながらも優しい世界に同族である人間を嬉々として殺す者がいる。そんなことをシノンは認めたくなかった。

 元々シノンがこの世界に生きているのは、過去の事件から生まれた悪夢を振り払う力を欲したから。悔しさはあっても恨みはない戦いの中で力ある者を殺し、己の力へと変える。そうすることでいつかこの地獄から解放されると信じて。

 

 「私は……認められない、認めたくない。本当に人殺しをする人間がこの世界にいることを……。」

 

 だからこそ、それを現実だと認識することを拒否する。仮初めの世界を現実のものへと塗り替えられていくことを受け入れられない。それはまるで……薄い壁の向こうに存在する自分の現実のようだから。

 恐怖からか視界が薄れ始めた。壁に亀裂が入り、そこから吹き出したどす黒い闇が自分を包もうとする。仮想世界の自分が現実世界のものへと変わりだす。強さを求めるスナイパーではなく、ただ悪夢に怯える一人の少女へと成り下がっていく。動けぬ彼女自身に抗う術など、存在しない。

 

 「……ン!おい、シノン!しっかりしろ!!」

 

 不意に大声で名を呼ばれ、闇の中に呑まれかけた意識が急速に引き戻される。晴れた視界いっぱいに広がるのは憎たらしい程の美貌を持つキリトの顔。条件反射的にむくむくと膨れ上がった苛立ちが恐怖を振り払う。

 

 「……大丈夫。ちょっと目眩がしただけ。それと、あんたの話はさっきも言ったように認めたくない。だけど、その様子からして全部が全部嘘だとは思わない。」

 

 「ああ、少しでも信じて貰えれば十分だ。よし、それじゃ残り何人いるか確かめようぜ。」

 

 キリトが軽く頷き、自分が持つ携帯端末を指差す。何度かこの大会に出場した感覚的に、残りは数十秒といったところだ。急いで確認しなければ背後から奇襲、なんてこともある。それにもう二人、リベンジを狙うターゲットがいるのだ。

 視線を携帯端末に戻して光点を確認する。だが、次の瞬間にシノンは言葉を失う。端末に表示された光景が信じられないものだったのだ。

 光点の数は二十八。殺害されて消滅したペイルライダー、何らかの手段でスキャンを防いでいる《デス・ガン》を除けば参加者の数と一致する。

 ここまででも十分に問題なのだが、今シノンを絶句させているのはそれではない。ならば何なのかと問われれば、それは生存者の数(・・・・・)である。

 現在、大会開始から四十五分が経過している。大体二時間で勝者が決まるとすればまだ半分すら経っていない。シノンの予想では約半数以上が生きていると思っていたが……。

 

 「嘘……あと十数人しかいない!?」

 

 明るい、つまり未だ生存しているプレイヤーは十二人しかいなかった。早くも十人を切ろうとしていたのだ。これは今までのペースとは比べ物にならない。

 一体どういうことだとシノンは疑問符を浮かべたが、即座に答えを見つけ出す。そうだ、この大会には《デス・ガン》の他に《死》の名を冠するプレイヤーが二人参戦しているのだった。

 キリトと同じくメインターゲットにしている《死神姉妹》ことソーヤとシリカ。彼らは予選で人間の範疇を越えていると言っても良い圧倒的な力を見せつけた。その有名度は異常の一言に尽きる。

 故に彼らを自分が殺してやろうと序盤から狙い、悉く返り討ちにあったというところか。その仮説を証明するかのようにフィールドの二ヵ所に死体の山が量産されている。改めてあの二人の異常性を思い知らされる。

 

 「残り十人近くって……結構早いのか?」

 

 「早いなんてもんじゃないわよ!?まだこれだけしか経ってないなら、二十人とかいてもおかしくないのよ!?」

 

 首を傾げるキリトに許される限りのボリュームで叫ぶ。その次の瞬間、携帯端末から光点が消滅した。これからまた十五分は己の感覚のみで戦わねばならない。

 

 「……まぁ数が少ないことに越したことはないか。シノン、此処で別れよう。俺は奴を、《デス・ガン》を追う。これ以上殺される人が出てはいけないんだ。」

 

 「え……?」

 

 残り人数を聞かされたキリトから突如飛び出した言葉に、シノンは絶句する。時間をかけながらどうにかそれを飲み込み、平静を装った声を返した。

 

 「追うって……本気?」

 

 「勿論だ。だから、シノンはできる限り奴に近づかないでくれ。撃たれたが最後、本当に死んでしまうかもしれない。あと、約束は忘れていない。次に遭遇した時は全力で戦うから許してくれ……それじゃ。」

 

 「あ……待ちなさい!」

 

 己の事情だけ押し付けて去ろうとするキリトをシノンは叫んで呼び止める。既に二十メートル程離れ、小さくなりつつあった彼の影が停止し、その黒い瞳で彼女を射ぬく。

 地を駆け、追い付いたシノンはキリトが口を開くより先に己の意見を口にした。

 

 「私も行く。あいつの力が危険なのは分かってるつもり。それに、もし君が負けたらリベンジできないじゃない。だから、本当に不本意だけど一時手を組んであいつをこの大会から退場させた方が確実だわ。」

 

 早口で捲し立てられ、キリトの顔は様々な感情が入り交じった複雑なものになる。しかし数秒の後、肩の力を抜いて本当に僅かではあるが小さく頷いた。どうやら何を言っても無駄であると判断したようだ。

 同行の許可が出たことに安堵しかけたシノンだが、眼前でいきなりキリトが光剣を抜いた光景に驚愕の色を浮かべる。まさか不意打ちかと息を呑んだが、彼はぐるりと彼女に背を向けて警戒心を露にした。

 疑問に首をかしげながらシノンがキリトの視線を追ってその方向に向き直った瞬間、無数の赤い線が殺到する。シノンは不味いと回避を試みようとし、キリトは迎撃しようと光剣を持つ手に力を込めた。

 されどいつまで経っても銃弾が襲ってくることはなく、発泡音も聞こえない。警戒を最大にしたまま、赤い線の発生源であった岩陰をスコープで覗く。

 

 「……いつの間に?」

 

 向こうに見えたのは……《Dead》の赤い文字列。それとその死体に乗り、脳天から光剣を突き刺しているナニカ。そしてこちらの視線に気づいたか、血を被ったように赤い瞳が真っ直ぐ自分を見つめだす。

 少なくともあれは人間ではないとシノンの本能が告げる。逃げろ、殺されるぞとシノンの体内で警鐘が鳴る。彼女はそれに従って動こうとするが、己の身体は石になったように動かなかった。

 今まで体験したことがない恐怖に襲われる。これまで自分を苦しませ続けた悪夢の方が何十倍もマシだと思えてしまう、それ程までに恐ろしいのだ。このよく分からない生物が放つ恐怖は。

 

 「シノン、もう少し下がってくれ。今のあいつは……ソーヤは暴走しているかもしれない。」

 

 「え?あれが……ソーヤ?」

 

 光剣を構えるキリトの言葉にシノンは戦慄する。眼前の彼はこれまでの様子からは考えられない荒々しい雰囲気をこちらに向けて放っている。

 シノンはソーヤを冷静な人物だと評価していたが、そんなことはなかった。狂気に顔を歪めるあれこそが、彼の本性と言うべきものなのだろうと理解してしまった。

 不意に彼の一言が脳裏をよぎる。『俺はもう人間の皮を被った化物だ。』それは呆気なく勝負に敗れた自分が彼の力の秘密を問うた時の言葉。あれはなんの比喩でもなかった。文字通り、彼は正真正銘の化物だったのだ。

 勝てるビジョンが浮かばない。キリトと二人がかりでも、本性を剥き出しにしたソーヤには勝てないだろう。普段ならやってみないと分からないとその判断を押し退けるが、今だけはそうすることは出来なかった。

 攻められれば、どう足掻こうと終わる。その事実が絶望へと変わり、シノンの心をじわじわと支配し始める。

 

 「……アレハ、チガウ。」

 

 しかしソーヤは何か呟いた後、乗っていた死体を踏み台にして何処かへ跳び去っていった。言外にお前らは殺すまでもない、そう言われたような気分だ。

 明らかに侮辱とも言える行為だが、不思議と怒りは沸いてこない。それよりもあの化物に見逃して貰えたことの安堵が大きかったのだ。心臓を直に捕まれたかのような恐怖、あれは生きた心地がしなかった。

 

 「ふぅ……どうやら暴走はしてなかったか。それじゃ、行こうぜシノン。バックアップよろしくな。」

 

 「え、えぇ……。」

 

 どうにか返事し、先を歩くキリトの後を追う。そういえば何故彼は化けの皮を剥がしたソーヤの姿を見て『暴走』などと言ったのだろうか。それにあの殺気を前にしても自然体を保っていた。幾らデスゲームに巻き込まれたからといって、ただそれだけであれ程の強靭な精神になる訳がない。

 またキリトに関する疑問が増えてしまったと思いながら、シノンは新たに発見したプレイヤーを狙ってスコープを覗いた。

 

 

 ◇◆◇

 

 倒壊したビルの瓦礫に隠れ、次の標的がやって来るのを待つ。己の近くの敵を全滅に追いやった《死神姉妹》の片割れことシリカは現在フィールドの中央である都市廃墟に到着し、既に狩りを開始していた。

 此処に来てから仕留めたのは一人。先程送信された位置情報によると周囲には誰もいなかったが、警戒は怠らない。連射銃を両手に持ち、いつでも発砲できるようにしておく。

 

 「……後ろ!!」

 

 物音を立てずにじっとしていたシリカだったが、突如背後を振り向き真上に飛び上がった。それと同時に彼女がいた場所に一発の銃弾が通り過ぎる。

 常軌を逸した感知能力を持つソーヤには及ばないが、シリカも集中すれば気配の感知が一応可能だ。相手がこちらに意識を向けていることに加えて距離が近くないといけないというやや厳しい条件ではあるが、一瞬で脱落する危険性のあるこの大会ではかなり大きなアドバンテージとなる。

 地面に着地したシリカは銃弾が飛来した方向に連射銃を向けるが、何処にも襲撃者の姿は見当たらない。されど幸いにも彼女は相手の気配を掴んでいた。愛する彼には及ばないものの、結構濃いめの殺気を向けられているのだ。居場所を把握するには十分である。

 標準を合わせ、シリカはトリガーを引く。発射された弾丸の幾つかは不可視の何かに命中し、被弾のエフェクトが発生する。そして、虚空に隠れた襲撃者の姿が明らかになる。

 全身を覆うフードマントが揺れ、ぼやける輪郭の奥から輝く二つの赤い瞳。『死』そのものを体現していると言っても過言ではない死神が彼女の前に現れた。

 

 「《デス・ガン》……!」

 

 「はじめまして、か。《竜使い》。噂は、かねがね、聞いている。」

 

 かつて閉じ込められた鋼鉄の城で呼ばれていた名を聞き、シリカの視線は自然ときついものになる。殺気が漏れだし、両者のそれがぶつかり合う。今此処だけはただのゲームではない。命をチップに賭けたデスゲーム、つまりあの頃のように変貌している。

 

 「……濃い、良い、殺気だ。ボスなら、お前を、褒め称え、勧誘しただろう。」

 

 「そんな心にもない褒め言葉なんていらない。私の居場所はソーヤさんの隣。それ以外なんてあり得ない。」

 

 敬語が外れ、殺意を全面に押し出した表情でシリカは《デス・ガン》を睨む。彼女にとって奴は彼との約束を果たすのに最大の邪魔者。そうなるのも当然であった。

 目的を全て達成する為に獣の力を完全に解き放ったソーヤの愛の重さに目が行きがちだが、シリカもまた相当なものなのだ。何度も自分の危機を救った彼に彼女は重い愛情を向けている。それこそ、常人の基準で言えば狂気に達する程の。

 故に、無意識ながらも現在のシリカはソーヤの獣に近い殺意を標的に向けるようになっている。移動前に彼女が仕留めたプレイヤーが怯えた表情を浮かべたのはそのためだ。

 そこに自ら望んで生み出した殺意が乗ったのなら、元レッドギルドの幹部が賞賛する程濃いものになってもおかしくはない。

 

 「……どうせ、隠れても、無駄だろう。なら、お前の、亡骸を、《鬼神》にでも、見せてやるか。本当に、殺せないのが、残念だが。」

 

 「殺せるなら殺してみなさい。私は此処で殺されるつもりなんて無いから。」

 

 大会開始から一時間が経とうとしていた頃、とうとう死神同士が戦闘を開始した。  


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