王を守るために作られた守護者であり、弟を見守るために作られた姉。

彼女はその宿命のままに強く、鋭く、美しく、自分を鍛え続けた。

彼女は弟と離れ離れになろうと鍛え続けた。

彼女は人里離れた杉の森の中で白い少女を最期まで愛した。

彼女は傲慢な女神を許した。

そして彼女は神を殺した。

1 / 1
3、4話程度で終わる神話の名を借りた百合小説的な何か


上編

 遥か遠い時代。神々が大地から去ると、人が統べるようになった。何人もの統率者が生まれ、滅びては文明は進んでいく。そうして手探りで進んで行く人々の時代、彼らの長は王と呼ばれるようになった。こうして今、まさに神々が作り上げようとしている存在と同一の物。

 

 人の変革能力は神ですら予想を超えたものがあった。自然を敬い、恐れていた人間が、人間として思うまま振る舞い始める。自然とは神の一側面。神々は向けられてきた信仰心の危うさを悟り、そして一つの重大な決断を下した。

 

 「天と人間を繋ぎ止めるための楔」として王を創ろう。人間側でありながら神の陣営に属する新しい統治者を、人を戒める神々の代弁者を。

 

 英雄王ギルガメッシュの設計計画は順調に進む。しかし一つの危惧が生まれた。ギルガメッシュは神々の特別な作品である。人も神も彼を害する理由などない。だが、神にも人にも手が付けれない者というのは少なからず存在するだろう。神々の脳裏に破天荒な金星の女神が浮かび上がり、何人かがため息を吐く。

 

 そう、王には守護者が必要だ。神のように天から見下ろす者ではなく、彼の側で見守れる兄弟がいい。ギルガメッシュを作るにあたり、もう一人の人間の図案がいくつか浮かぶ。

 

 戦争の神エヌルタは人類最強の強さを。

 

 知性の神エアは力を扱うための賢さを。

 

 バビロニアの国神マルドゥクは肉体の頑強さを。

 

 戦いの神ニヌルタは無双の怪力を。

 

 太陽と正義の神シャマシュは輝く美貌を。

 

 母なる神ダムキナは弟を守るための母性を。

 

 各々の意見を統合し、研磨し、権能を贅沢に振るい、そして出来上がった魂。黄金の輝きを放つ未熟な魂をある者は玩具のように指で触れ、ある者は自分の子のように愛しげに撫で、ある者は無関心に傍観し続けていた。

 

 黄金の魂はただ道具か物のように扱われることになんの反応もなく、ただその光輝を放つ。だが彼らはまだ気づかない。まるで玉鋼のようなその魂が、やがて刃のような鋭さを持つことを。

 

 

 

 

 

 

 

 それから数日後、ウルク市の宮殿にてその作品は生を受けた。ウルクの王ルガルバンダとその妻にして知恵の女神ニンスンの娘ルル。人(lu)のために作られた人(lu)。それが彼女の名の所以である。

 

 ルルの半生は教育に尽くしたと言っていい。あらゆる知識と学問を修め、暇があれば兵士と混じって訓練に勤しんだ。寝る間も惜しんで体を鍛えるルルに両親は危機感を抱いたが、それが神によって定められた王の守護者であったことを知っていたから止めはしなかった。やがて10歳も満たないうちにルルはすべての勉学を習い終え、彼女の武芸に勝るものは国中にはいないとささやかれるようになる。事実そうあったし、それからのルルはひたすらに体を鍛えることに没頭し続けた。

 

 日がな一日中宮殿や訓練場で過ごすルルだったが、意外にも民からの信頼は厚かった。魔獣が出ればいの一番に駆けつけて退治し、子供へ対する慈愛に溢れ、市中の赤子をあやす姿はウルクにとって珍しくない。

 何より彼女の美貌が人々を惹きつけた。腰まで伸びた黄金の御髪、神性を象徴する柘榴石のような瞳、黄金律とも言える端正な顔立ち、抜群のプロポーション。そんなわがままボディーに関わらず、ルルは鎧やドレスなど嵩張る装いを嫌ったので、上半身を大きく露出した乳バンド状態で出歩くことが多い。無論、彼女の胸は幼少期から豊かに育っていた。絶え間なく届く縁談の話にルルは首を傾げるばかり。彼女に王位を継ぐつもりなど更々なかったが、民たちの心はルルへ傾いていた。

 

 ルルが10歳を迎える頃、弟が生まれた。ウルク本来の王ギルガメッシュ。ギルガメッシュを元に容姿を創られていただけに、二人はまるで鏡写しのような顔立ちをしている。違いがあったとしたら、それは性別と表情だろう。ギルガメッシュは喜怒哀楽がはっきりしていて、どんな時も笑顔を見える子だった。それに比べるとルルにはおよそ感情の起伏というものがない。母性はあったし、愛情もあれば、無論、感情もあった。しかし彼女は物覚えが付いた頃から感情表現というものをしなくなった。わずかに見せる微笑みも、赤子を抱いたり、ギルガメッシュと対話するときのみ。

 

 愛らしく笑みを浮かべる弟と、鉄のように無感動な姉は対照的ではあったが、二人の仲は良好であった。姉の後ろを小鳥のように付いてくる弟を、彼女は肩車ましてあやす。片や姉ではあるが継承権もないただの守護者。片やいずれ人と神の王になる王子。しかし誰もそれを咎めはせず、微笑ましく見守った。

 

 ギルガメッシュはルルが好きだった。美しい女性としての姉も、凛とした戦士としての姉も、彼が見惚れ、憧憬を抱く存在であったのだ。だからこそ、そのどちらでもない側面を持った顔を嫌った。

 

『姉上は何故、感情を隠されるのですか?』

 

 ある時、ギルガメッシュがルルに問う。

 ルルは浮かべた微笑みを消し、まるで無機物のような表情で答えた。

 

(わたし)はお前を守るための装置だ。本来なら装置に心も、感情も、不要なものでしかない……女としての喜びなど以ての外だ』

 

 きっとそれは人の生き方ではないのだろう。人の身では余る険しい苦難の道。しかし、反論を挟む余地など彼女にはない。彼女の中ではそれはどうしようもなく完結してしまった真理だった。水の低きに就くが如く、それは明快な核心として彼女の中に根を張る。きっとその頃からだろう。ギルガメッシュのやり場のない感情は神へと向き始めていたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 二人にとって、運命の転換期はあまりに唐突だった。

 ウルクで行われる秋の武芸大会でルルは見事に優勝する。いや、それは試合ですらない。ルルは元々並外れた力を持っていたが、10歳を迎えた頃から地上のあらゆる物を握りつぶせるほどの怪力へと至る。ルルが武器を振るえばそれは砕け、ルルが拳を振るえば大気が振るえた。故にルルにとって撫でる程度の力で動かした手が槍や盾を粉々に破壊する。ただ歩を進める足から発生した風圧が歴戦の戦士たちを吹き飛ばす。舞い散る花の如く、敗者がだけが彼女の周りに倒れ伏す。

 

 ルガルバンダ王は神の作品の出来を喜び、ギルガメッシュは姉へ憧憬の眼差しを向け、民は凛とした姫の姿に喝采を送る。

 だが、ルルは無感動に天を見上げた。今や人間の中で自分に勝てるものなどいないだろう。慢心ではなく、ただ当然の結果の帰結。だが彼女は燻っていた。いや、イラついていたと言ってもいい。

 

 ーー自分はこんな相手のために生まれた(つくられた)のか?

 

 ーー否、違うはずだ。

 

 ーーもっと強い相手がいるはずなのだ。我はそれと戦わなければならない。

 

 ーーそれこそが生まれてきた意味に近づける。ギルを守れる。

 

 天が彼女の願いを聞き届けたかは分からない。不意に闘技場を震わすほどの笑い声がウルクに響き渡った。ルルは天を見上げる。それは炎だ。まるで熱された鋼のような身体、焔のように逆立つ赤髪、黄金のような瞳の色。火と鍛治の神、その名前は。

 

「ゲルラ様」

 

 ルルが落ち着いた様子で礼をすると、呆気に取られた周りの人々も伏して礼をした。その様子を見てゲルラは豪快に笑い飛ばす。

 

「礼はいい。それより女、俺と一戦交えてみないか。もはや人間相手では遊びにもならんだろう」

 

「ゲ、ゲルラ様、それはさすがお戯れが過ぎます。娘では貴方様のお相手は務まらないでしょう」

 

「ほう……俺に異見するか。人間の王よ」

 

 ゲルラの武勇を聞いているルガルバンダ王は声を上げた。曰く、自分は無敗の神だと彼はいう。他の神が戒めないあたり、あながち間違いではないのだろう。そんな神と娘を戦わせられるかと心中では想うも、ゲルラの一睨みで呼吸すらままならないほど竦み上がった。

 ルルはゲルラを一瞥するとすぐさま立ち上がって言った。

 

「良いでしょう。私がお相手仕ります」

 

 ゲルラはその言葉を聞いて心底嬉しそうに笑みを浮かべる。

 

「はっ、冷めた鉄のような女かと思えば、存外熱くなれるらしいな。ならば俺が打った武器を好きに使うが良い」

 

 ゲルラが手から炎の塊がいくつも放たれたかと思えば、それは剣や槍や斧や槌となった。ルルは剣を撰び取ると試しに力一杯握り込む。そして握った手を開き柄を見ればそれにはひびすら入っていない。

 

「初手はくれてやる。いつでも打ち込んでこい」

 

 槍を片手に握るゲルラは両腕をぶらんと下ろし、視線で挑発するように睨め付ける。外野が慌ただしくしている中、ルルは静かに息を吸い込み、そして弾丸のようにゲルラの眼前へと迫った。民衆の目にルルが先ほど立っていた場所が大きく抉れる光景が映る頃、彼女は上段に構えた剣を胴体めがけて振るう。ゲルラはその剣筋を槍の柄でわずか反らした。大地に振り下ろされた斬撃が地中を深く切り裂く。

 

「中々、早いな」

 

 ゲルラは反撃せずに品定めでもするようにルルの横顔を覗いた。ルルは振り下ろした剣をそのまま横へと振り上げるように地中から引き抜く。まるで土石流のような土の塊をゲルラは円を描くように振り回した槍で弾いた。土石流の陰から不意を付いたルルの攻撃も彼は軽々といなす。ルルは一呼吸もつかぬまま攻め続けるが、それはいとも簡単に全て躱された。

 

「動きも力も申し分ないが……お前さん武器の扱いが雑だな」

 

 ルルが繰り出す剣戟の雨を紙一重で避けるゲルラは、どこか残念そうにため息を付いた。一見、目にも留まらぬ達人同士の応酬にも見えるが、実際はそれの真逆。ルルの剣には圧倒的に欠けているものがある。それは技の切れだ。彼女の剣はそれが欠けた鈍に等しい。

 ついにゲルラが攻めの構えを見せる。実に単調な突きの動作。しかしそれは音速を超え、ルルの剣を粉々に砕いた。武器の優劣はなく身体能力の違いは僅かなもの。ただ両者の技能の差は歴然であった。

 

「これが人類最強の人?だとしたら肩透かしもいいところだが……まあ、こんなもんか」

 

 ひどく落胆したゲルラは連撃を放つ。ルルはそれを避けつつ新たな武器を手にするが、先ほどと同様に武器は砕けていった。もはや一方的な試合に王は目を反らし、ギルガメッシュは血が滲むほど拳を握りしめ、民衆はただ顔を青くする。だがルルはひどく冷静な様子だった。そして同時にあまりにも場違いな疑問に捕らわれていたのだ。

 

『なぜ、我は武器を振るっているのだろう』 

 

 ゲルラから武器を賜り思わず振るっていたルルだったが、振るった瞬間からその疑問が頭に浮かんだ。彼女は昔から武器を扱うという行為に対し違和感があった。戦士たちが武器を扱うのは当たり前。でも自分が扱う瞬間にどうもちぐはぐな感覚が拭えない。本来、自分はギルガメッシュの守護者なのだから武器は必要なものだ。だが彼女にはそれがどうしても不要なもののような気がしてならない。

 

 人であることを望まれたが、人として生きることを望まれなかった。姉として生まれ、守護者として育てられた。女として性を受け、命を産むことよりも、命を殺すことを義務とした。

 そのあり方を人と言うにはあまりに不一致。現象という名の装置に近い。

 

『我はお前を守るための装置だ』

 

 ふと、いつの日か弟に言った言葉を思い出した。そうだ、我はギルガメッシュを守るために作られた装置でしかない。人の理を持ち、敵を打ち滅ぼすシステムを組み込まれた兵器。それが感情のない冷徹な金属であれば良かった。弟や赤子を抱いてきたこの細腕が、血の通わない鉄であれば良かった。愛を知らぬ人の形をした鋼であれば良かった。それもただの塊ではなく、鋭く尖ったものであれば良かった。そう、それはまるで、刃という鉄の完成形態。

 

 

 

 そう、私は。私という名の、一振りの剣であれば良かった。

 

 

 

 ルルは槍の穂先が眼前まで迫る中、ようやくその答えを得た。

 

「剣が剣を持つなんて、馬鹿らしいことだな」

 

 そう呟いたルルは、迫り来る穂先を自らの手刀による突きで迎え撃った。まるで鉄と鉄がぶつかり合うような甲高い金属音が鳴る。なぜか弾かれた槍を見てゲルラは目を見開いた。ルルの指先に傷すらないことに対し、槍の穂先は僅かに欠けていた。自分の打った槍が撃ち負けたのだ。

 

「おいおいおいおい!!何だそりゃあ!!!」

 

 再びゲルラの突きの雨が降り注ぐ。それは先ほどの攻撃に比べまるで豪雨の勢いであった。ルルはそれを両手の手刀で同じように豪雨の勢いをもって突きを繰り出す。もはや目では捉えられない両者の応酬をギルガメッシュですら正確に視認することは叶わなかった。聞こえるのは連続した金属音。ギルガメッシュはゲルラの神速の突きを姉があの美しい指先で撃ち合っていることだけがわかった。

 

 そして、ついに応酬に終わりが訪れる。金属がひしゃげるような鈍い音が鳴り響き、両者の動きが止まった。ゲルラの視線は粉々に砕け散った槍に向けられている。

 

「てめぇっ!」

 

 ゲルラの黄金の眼光がルルを凝視する。それは怒りではなく、好戦的な喜びが感じられた。ルルは相変わらず無表情であったが、期待に答えるように構えを取る。ゲルラの笑みが深まった。

 

「そう来なくちゃなああああ!!!」

 

 ゲルラは両手から炎を生み出し、新たな双剣を握り込むとルルへと斬り掛かる。繰り出される剣戟をルルは紙一重で避けつつ、回し蹴りをゲルラの側頭部へ放つ。ゲルラは片方の剣で防御するがその足技の威力は凄まじく、剣は一瞬にして砕け散り、その足蹴は側頭部を捉えた。しかし威力を殺された蹴りは昏倒させるには至らない。額から血を流しながらも、残された剣をルル目掛けて振り抜く。彼女はそれを背で避けながら両腕と背中出来た二つの隙間でホールドし、テコの原理で破壊した。

 

「油断すんなよ!!オラァ!!!」

 

 ルルの目に赤い二つの拳が映る。武器を出す暇も惜しいとばかりに戦意が先走ったゲルラ。ルルはそれを避けも防御もせず受けた。人ならざる感触にゲルラは驚愕する。まるでエビフ山でも殴ったような感触だった。神の攻撃を二撃も食らったというのに、ルルは腫れひとつない美しい顔でゲルラがしたように品定めでもするかのように見つめている。

 

「いいぜぇ女ぁ!!これからが全力だぁ!!!」

 

 肌をひりつかせる熱気が辺りに満ちた。ゲルラを象徴する火の如き神気。その熱源であるゲルラは、常人が近寄っただけで消し炭になるほどの灼熱を秘めている。突如、彼の拳が火柱を上げて燃え上がり、巨大な黄金の手甲が現れた。火の神である権能を凝縮させた武具の熱量は今までの比ではない。

 

「オラオラオラオラオラオラ!!!」

 

 放たれた無数の剛拳はひとつひとつが火山爆発のようだった。圧倒的な熱量を帯びた一撃一撃をルルは正面から受け止める。背後にはギルガメッシュがいたからだ。余波すら漏らさずに受け止め続ける彼女の肌は焼けただれ、表皮は無数に裂ける。美しかったその体に刻まれた傷はただ痛々しく、左頬と胸元にできた深い十字傷は消えることはないだろう。それでも彼女は、ゲルラの全力を受け止められる頑強さを授けたマルドゥクへの感謝だけが、その胸中を占めていた。傷を生じることで初めて彼女は自身の肉体の限界を理解し、それはさらなる成長を促す。限界を知ることで彼女は限界を超えたのだ。

 

 創造と破壊の循環。炎は未熟な鋼を鍛えた。ただの玉鋼はようやく本来の姿に近づく。

 

 ルルは灼熱の両拳を手のひらの中に握り込む。血肉が蒸発し、肉を焦がした匂いが煙と昇り立った。大地を踏みしめた足は後退ることなく、伝わった衝撃は足場を抉る。両者の顔は鼻先まで迫っていた。戦いの愉悦に浸る笑みを湛えたゲルラ。彼はただ嬉しかった。自身の全力に耐えられる相手がいたことがただ嬉しかったのだ。子供が遊び相手を見つけたような無邪気さ。この至上の喜びを相手と共有したいと思い彼女の顔を覗き込む。お前はどんな風に笑うのだと、期待があった。

 

 その期待にルルは——

 

「目には目を、歯には歯を。そして、拳には脚で返しましょう」

 

 変わらない無表情。瞬間、顎の鈍痛と共にゲルラの視界が天を仰ぎ見る。否、彼はルルによって天の中へと蹴り上げられていた。そしてルルもまた天へと翔ける。

 

「ぐっ、つれねえ女だ!だが、お前みたいな女は嫌いじゃねえぜ!」

 

「昔から感情表現よりも肉体言語の方が得意な方でして……」

 

「あははは!面白えなお前!俺が勝ったら嫁に来……」

 

「すみません」

 

「おい!即答かよ!!」

 

 なぜか一瞬、地上の方から強烈な殺気が向けられた様に感じたが、ゲルラが再び臨戦態勢に入ってルルも拳を振るう。何もない空中なら彼女を縛るものはない。両者の拳が衝突した際に生じる拳圧は天と地にすら届いた。それはまるで地震や台風といった災害に類するもの。人が介在する余地はない。

 

 ゲルラもルルも、落下していく速度がひどく遅く感じた。その刹那の中で、いったいどれだけ拳を打ち合ったのだろう。永遠にも思える殴り合いで両者が悟ったのは、互いにまだかなりの余力を残していたことだった。このまま三日三晩戦うのもいいだろう。だがゲルラは鍛治師として彼女の真価を見定めたくなった。神気全てを焼べた死力の炎で鍛えてみたくなったのだ。

 

「俺の見込んだ女なら……決して折れてくれるなよ!!ルルよ!!!」

 

 両手にまとった権能を一つの拳のみに集中する。地球の血液とも呼べる原初の火。最古の火とは全ての生命を土に帰す岩漿。凝縮された熱量は太陽にすら届き得る。

 

 対するルルに特別な能力はない。故に己が身一つで彼女は星の触覚へと挑む。

 

 今まで使って来なかった筋繊維一つ一つを引きしぼれ。

 

 眠っていた細胞を呼び起せ。

 

 心臓をフルスロットルで回せ。

 

 毛細血管に到るまで全ての血を沸かせ。

 

 五指を握り込み、拳を引き、そしてそれを放つ。ただ殴るという動作の中で、膨大な力を駆使した。これが彼女にとって真に初めての全力の拳。それは音を置き去りにする神速の一撃となる。

 

「オラァ!!!」

 

「ハァ!!!」

 

 両者の拳は激突した。その衝撃と炎帝の如き日差しに地上の人々、いやウルクが震撼する。二つの拳はおよそ互角。神としての権能により空中で足場が作れるゲルラと違い、ルルには踏ん張れる場所はないと思われるだろう。だが一つあった。ゲルラの体、その拳を支点とし、自らの腕を足として宙にあったのだ。ならばただ、地に向けてその刃を振り下ろすのみ。

 

「ぐっ、おおおおおおおおおっ!!!」

 

 体が軋む。拳がひび割れる。権能が悲鳴を上げる。足場が崩れて行く。

 

 ゲルラは己の中で広がっていく感覚に困惑した。地上から手を伸ばしても天には届かないようなものに近い。どうにもならないような諦めにも似ているが、それよりも清々しく思える。いつも戦いの中でこれを期待していたような気がした。自分の馬鹿騒ぎに付き合える相手を望んでいたんだ。

 

「……チェーー」

 

 ルルはゲルラに教えたのだ。

 

「ストおおおおおおおおおお!!!」

 

 

 

 “敗北”という感情を。

 

 

 

 手甲が砕けた瞬間、両者は流星の如く、ウルク郊外の地に落ちた。大地を穿った星たちは高く昇る土煙の中いる。走り寄る人も、天上の神々も片時もそれを見逃さなかった。神を地に貶めて尚、その姿形を保ち立ち上がる姿。血塗れになってもその表情を崩さぬ女は、ただ身震いするほど美しい。月のように優麗で、太陽のように雄々しい守護者は、遂にその産声を上げたのだ。

 

 ルルは微笑んだ。虚ろだった自分がようやく剣になれたことが嬉しかったのだ。そんな無邪気な笑顔は見るものにとって万華鏡のように複雑に映る。

 

 民衆の誰もが理解した。これは王として器ではない、生まれながらにして生粋の戦士。隣人のように思っていた人が、神話の理を覆してしまうほどの非常識な存在だった。彼らの親愛は、超常の存在に対する畏敬へと変わった。

 

 神々の誰もが震えた。この女は神にすら届き得る。ある者は恐怖。ある者は好奇。ある者は好意を抱く。彼女への認識は従順な人間から、危険な存在へと変わった。

 

 かくして物語は幕を開ける。これは『天の剣』と呼ばれることとなる女の、まだ序章でしかないのだ。




シュメール語とか分からんからぶっちゃけ適当に名前を付けたらなんか風邪に効きそう(真顔)

見た目はプリヤのアンジェリカさんが最終話の鑢七花の傷を負った感じ。なのでチェストがちぇりお!になったりならなかったり(適当)

ゲルラさんはアシュヴァッターマンみたいな姿を想像して。関係ないけどグレイちゃんが師匠にチョコ渡すシーンは尊かったですねぇ……え?もちろん私が幻視した話です。運営はいい加減ラヴィニアちゃんとシャマシュちゃんを実装してくれ(吐血)


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。