グリフィンのそんな一日   作:笹の船

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45姉と指揮官の気の置けない仲的な


クソ野郎

「指揮官。結婚しましょう?」

「お前は一体何を言っているんだ」

 

 指揮官は反射的にそんな言葉を口にしていた。

 だが指揮官のそんな反応も致し方ないだろう。何せ色ボケたセリフを口にしたのは、ほかならぬUMP45だったのだから。

 冷静、あるいは冷徹。そして腹の底の読めない性格。彼女ほど『猫を被っている』というセリフの似合う人形もなかなかいないのではないかというのが指揮官の認識だ。

 そんな彼女が口にしたのが、先の言葉だ。正直に言って、UMP45の意図が全く持って読めない。

 大体、人間と人形では結婚は出来ない。結婚に似た誓約システムならばあるのだが、こともあろうかUMP45は「結婚しよう」と言ってきたのだ。

 誓約とケッコンの違いを知らない程、彼女は無知では無ければ夢見がちな性格でもない。それは、長いこと一緒に仕事をしてきた指揮官には骨身に染みるほどわかっていることだった。

 故に、一体何を言っているんだという困惑のセリフが反射的に口から飛び出してしまったのは当然の帰結と言えるだろう。

 だが、そんな当然の結果にUMP45はあからさまに不機嫌そうな表情を浮かべた。

 

「冷たいんですねー、指揮官。折角こんな可愛い女の子がプロポーズしているのに」

「それこそ何を言ってるんだ。お前みたいな可愛げのない奴が、そんなドストレートなセリフで素直に結婚を迫ってくるわけないだろう。……一体、今度は何を企んでる」

 

 UMP45はこう見えて悪戯好きな人形だ。こういう指揮官を弄ぶようなセリフでもってこちらを翻弄し、どうしたものかとこちらが真剣に悩み始めた頃に「冗談よ」とケタケタ笑う。

 正直、彼女のイタズラは毎度精神衛生上よろしくないものが多いのだ。今回のプロポーズだって、おそらくはその類のものだろう。

 そう思ってUMP45の方を見れば、彼女は心底悲しそうに眉尻を落としてこちらを上目遣いで見やっていた。

 

「指揮官、私悲しいわ。せっかく勇気を振り絞って想いを伝えたのに、そんな風に思われているなんて」

 

 演技だ。指揮官はそう思った。だが、演技だとしても一級品の演技であることには違いない。その表情、上目遣い、そして悲しそうな声色。彼女がこういった悪戯を時折やってくる子なのだと知らなければ、指揮官は本気で頭を下げていたであろう。

 

「それはすまなかったな。だが、俺は人間で、お前は人形だ。そういう意味で結婚は無理だし、それ以上に俺はPMCの一社員だ。いつ死ぬか分からん身の上で、嫁を貰う気はないよ」

 

 前半は意味のない事実確認ではあったけれど、後半に関しては本音だった。実際、グリフィンの指揮官の殉職率は低くない。稼ぎは良いし、直接戦場に出るわけではないから正規軍よりは死ににくいかもしれないが、それでもそれなり以上の割合の指揮官が命を落としている。

 そんな職についておいて、家族を作る気には到底なれなかった。置いて逝くのは嫌だったし、置いて逝かれるのはもっと嫌だったからだ。

 

「そっか。それは残念。じゃあ、せめて誓約してよ」

「何がせめてだ。そんな適当なノリで出来るわけないだろう」

「適当なノリでいいじゃない。私は人形。消耗品よ? 替えはいくらでも用意できるわ」

 

 トイレットペーパーくらい買い足せばいい、そんな口調でUMP45はそういった。

 

「ッ!」

 

 思わず、奥歯を噛み締め、同時に握っていたボールペンをへし折った。手がインクまみれになったので、近くのティッシュで拭う。

 UMP45の言っていることは最もだ。戦術人形は作られた命で、その価値は人間の何百倍も安い。死んだところでサーバーに残ったデータをコアにインプットすれば、死ぬ前の状態にすぐ戻すこともできる。

 サーバーのデータさえ無事ならば、実質的に何度死んでも蘇る便利な命。それが彼女達戦術人形だ。

 でも。たとえそれが真実だったとしても。

 

「UMP45」

「何かしら」

「次そんなふざけたこと抜かしてみろ。ぶん殴るぞ」

 

 怒鳴らないように堪えるのは中々に大変だった。彼女の言うことが真実だったとしても、指揮官にとってそれは到底容認できることではなかった。

 戦術人形にだって心はある。それが造り物であったとしてもだ。

 だから彼女達は嬉しいことがあれば笑うし、悲しいことがあれば泣く。それは目の前のUMP45であっても例外ではない。

 

「ダメだよ指揮官。そんなにムキになったって。どんな美辞麗句を持ってきたって、どんなに心揺さぶる素敵な言葉で飾ったって。……この事実だけは変わらない」

「それが?」

 

 指揮官が自分でも驚くくらい、冷たい声が出た。ああ、それほどまでに頭にきているんだと、まるで人ごとのように納得している自分がいることを指揮官は自覚した。

 そして、そんな冷たい声を浴びせられたUMP45は驚いたような、それでいて安心したような。何とも言えない顔を一瞬した。すぐにいつものヘラヘラした笑顔に戻ったけれど。

 

「現実を見なよ、指揮官。あんまり現実逃避してると……」

「そういうお前はどうなんだ。UMP45。そうやってもっともらしい現実を人に突きつければ、自分に嘘をついてもいいとでもいうのか」

「何言って……」

「お前、本当は自分が代替可能な存在じゃないって言って欲しいんだろ」

 

 指揮官の言葉にUMP45は何も言わなかった。そして、普段堂々と……あるいは飄々としているはずの彼女は無表情のまま指揮官から目をそらした。

 それは、間違いなく図星であると言う時のUMP45の癖だった。

 

「何があったかは聞かないよ。聞いてほしいなら聞くが」

「別に。大したことじゃないよ。……ただ」

「……ただ?」

 

 UMP45は迷ったように指揮官と地面の間で視線をさまよわせ、そして地面へと視線を落として口を開いた。

 

「私が死んだら、指揮官はどうするのかなって」

「どうして欲しいんだ?」

 

 意地の悪い質問だとは思った。こんな雰囲気の中不適切だとは思ったけれど、UMP45を困らせてやろうと思ったのだ。

 そして案の定、UMP45は困ったような表情をした。

 

「……私を困らせたいの、指揮官?」

「そうだな。いつも困らされてるしな」

「悪趣味」

 

 こちらを睨むUMP45の視線が、むしろしてやったりな気分が味わえて心地が良い。

 最初はこんなことをする人ではなかったと指揮官自身も記憶しているが、意地の悪い部下に影響でもされてしまったらしい。

 

「誰かさんがいつも悪趣味な悪戯をしてくるんでな。大人げないとは思うが、俺もたまには真似をしようと思ったのさ」

「誰よそれ。最低ね」

「ああ、最低だ。だから俺としては、もっと困ってもらわないとやり返した気になれない」

「最低。ほんっとに最低ね指揮官」

 

 けれど、最低と罵るその口ぶりにどこか嬉しそうな色が混ざっているのはきっと指揮官の気のせいではないだろう。

 

「そうだな、最低だ。最低ついでに、ソイツには俺が死ぬまで困り続けてもらいたいもんだ。そんで墓の前で愚痴らせてやるさ。『このクソ野郎』ってな」

「うわぁ、性格悪いね指揮官。そんなことされた部下は、きっと地獄の果てまで追いかけて復讐するに違いないわ」

 

 そう言ってUMP45がわざとらしく肩をすくめた。

 指揮官も、同じようにわざとらしくため息を吐く。

 

「そりゃあ怖いな。精々捕まらない様に逃げるしかなさそうだ」

「あら、じゃあその人は頑張って追いかけなきゃねー」

 

 そうして、指揮官とUMP45はどちらともなく笑い出した。

 特にUMP45は、腹を抱えて涙まで浮かべて笑っていた。

 ひとしきり笑った後、UMP45は指揮官の方を見ながら小さくため息を吐いた。

 

「全く、最低な上官のところに送り込まれちゃったものだわ」

「残念だったな。今後の待遇を改善してほしかったら、そんな上官に対する態度を改めてほしいもんだ」

 

 指揮官の言葉に、けれどUMP45は再び笑った。

 

「あら。私、やられたらやり返す主義なのよね。それこそ、死に際の言葉が『このクソ野郎』になるまで徹底的にね」

「最低だな。部下として最低だ」

 

 そう言いながら指揮官はため息を吐いた。だが、別にそこまで悪い気はしていない。寧ろ心地よかった。

 くだらない軽口の叩き合い。いつ死ぬかもわからない殺伐としたこの世界で、こういうコト出来る間柄の奴がいる。

 それがあるなら、結婚とか誓約とかそういう形に縛られることもないだろう。いや、ある意味ではそれ以上に悪趣味な縛り方をすることが出来る。

 自分も、UMP45も。そういう悪趣味なつながりでいた方がお互い『らしい』と指揮官は思った。

 

「最低の指揮官に、最低の部下。中々お似合いだと思わない?」

「違いない。最低同士、地獄の片道切符を取り合うくらいがちょうど良さそうだ」

 

 そう言いながら、指揮官はデスクの下からボトルと、グラスを二つ取り出した。

 それを見たUMP45が眉をひそめる。

 

「まだ業務時間だけど?」

「なぁに。最低同士、固いことは言いっこなしだ」

 

 UMP45の非難するような視線を余所に、指揮官は二つのグラスに並々と酒を注いでいく。

 

「ほら、折角入れたんだ。それとも、上司の入れた酒は飲めないか?」

「ほんっと、最低ね。仕方がないから、付き合ってあげるわ」

「これでお前も最低な上官の共犯者だな」

「そういうの、パワハラっていうんだけど。知ってた?」

 

 呆れたように指揮官を睨みながら、けれどUMP45はグラスを手に取る。

 それを見て、指揮官はグラスを胸の高さにまで持ち上げた。それに合わせてUMP45がグラスを同じように胸の高さまで持ち上げる。

 

「じゃあ、クソ野郎なお前に」

「クソ野郎なアナタに」

 

 視線が交わる。自然と、お互いの唇が吊り上がっていく。

 

『乾杯』

 

 グラスの打ち合う澄んだ音が、小さく響いた。

 


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