キリトに憑依しました   作:剣の師走

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第2話 えっ?なに、この絶望的な状況(ハイライトオフ)

◇西暦2022年 11月21日 第一層 宿

 

 

「えらいことになったゾ」

 

 

 今日も狩りを終え、一旦宿へと戻ってきたキリトは、例のボス戦の結果をアルゴから聞いた。

 

 しかし、アルゴの様子は何時もと違ってかなり焦っていた。 

 

 キリトは一旦は大人しく聞いていたが、アルゴから聞かされた情報を噛み締めるにつれ、顔を青ざめていた。

 

 

「馬鹿な・・・」

 

 

 キリトは再びそう言わざるを得なかった。

 

 今回のボス戦に挑んだのは計52人。

 

 原作では44人だったので、それよりも8人多いが、内実は酷いもので、一番腕の良い者でもレベル9、ベータやビギナーで腕の良い者でもレベル6~8、他はレベル4~5という者が大半だった。

 

 安全マージン(と言っても、この言葉が出てきたのは第一層攻略の後の事なのだが)は全く取れておらず、それどころか戦力になるかどうか怪しい者が大半で構成されていた。

 

 はっきり言って、これならば原作の44人の方がまだ戦力が充実していると言えただろう。

 

 まあ、前述したように原作の方が攻略の為の時間が取れていたのだから当たり前なのだが。

 

 

(本気だったのかよ。にしても、死者20人って・・・)

 

 

 20人の死者は、ボス戦ではあまりに膨大な数字だ。

 

 原作75層のスカルリーパー戦での死者が14人(その前の偵察隊の死者を含めれば24人だが)だった事を考えれば、これが如何に膨大な数字か分かるだろう。

 

 おそらく、ディアベルは本気でボス戦を考えていたが、キリトが推測したように装備もレベルも人員も無かった為、せめて人数で戦力の不足を埋めようと、本来ならばボス戦には参加できないレベルの者にも声を掛け、数で補うことでどうにかしようと考えていたのだろう。

 

 まあ、その結果がこの有り様な訳だが。

 

 しかも、その死んだ20人の中にはディアベルの他にキバオウ、リンドなどの原作での準主要人物が居た。

 

 どうやらディアベルの仇を討とうとしたが、返り討ちに遭ったとの事だった。

 

 

(これ、かなりヤバくないか?)

 

 

 原作でも第一層のボス戦で死んだディアベルは想定内だから良いとして、残り二人の死はかなり問題だ。

 

 まずリンドであるが、彼は原作で全ギルド中最大の規模となった聖龍連合の前身となるドラゴンナイツ・ブリザードのリーダーであり、聖龍連合の初代ギルドマスターでもあった。

 

 逆に言えば、彼抜きには聖龍連合は誕生しなかったという事でもあり、彼の死はこの先の攻略に大きな影響を与えてしまうだろう。

 

 そして、キバオウ。

 

 原作では終盤にアインクラッド解放軍の強硬派の首魁だった人物でもあり、最終的には追放された人物でもある。

 

 ちなみに彼は原作では見事SAOから生還している。

 

 これだけ見れば、問題の多い人物にも思えるが、逆に言えば彼が強硬派の人間を纏めていたことで、穏健派の首魁であったシンカーの負担が軽減されていた事は事実であり、彼が居なければアインクラッド解放軍は内部から崩壊し、下手をすれば軍の人員同士で内戦が起きていた可能性すら有るのだ。

 

 要は居ても困るが、居なくてもそれはそれで困るというなんとも微妙な人物なのだった。

 

 彼が死んだという事は後々、軍が誕生するときにはシンカーの負担がとんでもない勢いで増加し、現実世界で言えば過労死すらする可能性がある。

 

 そして、これらの問題だけでも後々の攻略には、かなりの遺恨を残すわけだが、残念なことにこれ以上に致命的な問題がある。

 

 それはベータテスターとビギナーの溝だ。 

 

 今回生き残った32人の人間がやることは当然の事ながら責任の押し付けだろう。

 

 なんの事はない。

 

 原作のディアベルの死の時でもやっていたのだから当然の成り行きである。

 

 この問題については、原作ではキリトがビーターを名乗ることでなんとかしていたが、この世界ではそんな存在は居ない。

 

 よって、今回の事態によってベータテスターとビギナーの差は致命的なまでに溝が深まった可能性があるのだ。

 

 そして、ラフコフのような快楽殺人者達はこの状況を嬉しい表情で歓迎し、プレイヤー同士の争いを扇動するに違いない。

 

 それを止めようとしても、無駄な事は分かりきっていた。

 

 

「き、キー坊。大丈夫カ?目が死んでるゾ?」

 

 

 どんどんと判明する絶望的な状況に思わず目が死んでしまったらしく、アルゴに心配されるキリトだったが、この状況の打開策を思案して・・・1つの方針を導き出した。

 

 

「・・・・・・アルゴ、ちょっと頼みがある」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇西暦2022年 11月22日 第一層ボス部屋前

 

 

「・・・キー坊、本気でやるつもりか?」

 

 

 アルゴは確認するように言う。

 

 もうこのやり取りは何度も繰り返された事だが、キリトの答えは変わらない。

 

 

「ああ、もはや、手はこれしか無いからな」

 

 

「いや、だからってこれは流石に無謀だゾ?」

 

 

 この世界のキリトが選んだ1つの手。

 

 それは原作でやったようなビーターを名乗ることではない。

 

 いや、いずれはそうなるかもしれないが、それは少なくとも今ではない。

 

 今の段階でそんなことをやったところでなんの意味もないし、下手をしなくとも余計な悪意を買うだけだからだ。

 

 そして、この世界のキリトがやろうとしたのは、“一人で”ボスを倒そうという事だった。

 

 何故、このような馬鹿と思えるような事を考えているのかと言えば、この世界に希望を作るためだ。

 

 アルゴの情報ではキリトの予測通り、責任の押し付け合いによってベータテスターとビギナーの溝は深まっており、このままではPK(直接手を下す殺人)、あるいはMPK(モンスターに手を下させる間接的な殺人)があちこちで起こるのも時間の問題と言える状況だった。

 

 この状況は未だ攻略に参加していないプレイヤーにも悪影響を与える。

 

 そう考えたキリトはある方法を考えた。

 

 それは原作でディアベルが名乗り、キリトが担う事になった“勇者”の役を作ろうという事だった。

 

 勇者が居れば、攻略は安心だ。

 

 こういう風潮を作れば、ベータテスターとビギナーの溝は埋まらなくとも、その他のプレイヤーを導く突破口にはなる。

 

 キリトはそう考えたのだ。

 

 ただし、その第一歩として何か巨大な功績を立てなければならない。

 

 それがこの第一層のボスを一人で倒すという考えに至った経緯だった。

 

 

「分かってるさ。だから、アルゴにも協力して貰ったし、これからもして貰うんだろ」

 

 

 アルゴがキリトにやった協力はポーションなどの回復アイテムや攻撃力の高い予備用の剣を集めて貰った事だ。

 

 この世界のキリトは原作のようにアニールブレードを装備していたが、ボスに一人で挑む以上、おそらくアニールブレードは途中で砕けてしまうと考え、武器屋などから比較的攻撃力の高い片手剣を手に入れ、強化を積極的に行った。

 

 その為の資金もある程度はアルゴに出して貰っているのだ。

 

 今更、後には引けない。

 

 それに、ボス攻略が一人の手によって行われたとアルゴが宣伝し、実際に第一層が解放されていれば、嫌でもプレイヤー達は“勇者”の存在を感じ取る。

 

 ただし、余計なやっかみを呼ばないように、自分の名前は控えて公表するようにアルゴには頼んであった。

 

 

「もうベータテスターとビギナーの仲は致命的だ。だからこそ、彼ら同士で戦いが起きる前に事を済ませる必要がある。そうだろ?」

 

 

「・・・」

 

 

 アルゴは黙ってしまう。

 

 それはまったくの事実だったからだ。

 

 

「まあ、そういうわけだ。誰かが早めにこれをやるしかないんだよ」

 

 

 キリトはそう言って、アルゴをボス部屋の前へと置いたまま、ボス部屋の中へと入っていった。

 

 アルゴはそれを引き止めることが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──そして、この日、たった一人の手によって原作よりも12日も早く第一層は攻略されることとなる。




キリトのレベル

西暦2022年11月21日→レベル13

西暦2022年11月22日→レベル13~14(ボス攻略の経験値によって上がった)

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