炭治郎が明さんに稽古をつけてもらう話   作:モブガサ

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明さんサイドの話
縁壱が攻撃特化の人外ならばこちらは……


缶詰

 鼻を鳴らして、小太りな男は久しく味わっていない芳しい香りを嗅ぎ取った。

 臭元が近い。目と鼻の先だと歓喜に打ち震え、荒れた廃墟を力走する。開かれた唇から見え隠れする鋭牙は、男が人外であることを雄弁に語っていた。

 砕けたガラスで出血しようがお構いなし。傷つく素足も厭わず、匂いに惹かれ遮二無二進む。

 

 倒壊したいくつものビル群を超え、ゴールには人間がいた。

 斜めに走る一文字の傷痕に鋭い眼光。薄汚いコートを身に着けた不潔な装いは浮浪者のそれ。

 しかし男の口元からは涎が止めどなく溢れ落ちる。極上の食事を目の前にしたように。

 いや、彼──吸血鬼に対しては全もって比喩表現でなかった。

 吸血本能一色に染まり、血を啜ろうと人間へと走り寄る。

 

「へ?」

 

 吸血鬼は間の抜けた声を発した。衝撃が腹部と背部を駆け抜け、視線の向こうには突き出た脚。

 蹴り飛ばされ壁面へ叩きつけられたことを自覚して、男は怒号を張り上げる。

 

「テメェ! クソ人間!」

 

 吸血鬼は人の三倍もの膂力を誇り生命力も恐ろしく高い。首を刎ねる、もしくは心臓や頭を潰さなければ死に至らない。

 人類が培ってきた格闘技も、圧倒的な力の差の前ではあってないもの。

 学生時代、同級生だった全国大会優勝者の空手部員を嬲り殺した心地よさを男は昨日のことのように覚えている。

 吸血鬼にとって人間とは餌でしかなく、反撃自体が吸血鬼として生を受けて初めての経験であり、男が怒り狂うのも無理からぬことだった。

 そんな吸血鬼の心情を知ってか知らずか、顔傷男は哮りを無視しその場を後にする。

 男の背中を追おうとして──不意に、吸血鬼が足を止めた。

 

 身体が、熱い。熱すぎる。

 奥底から湧き出る、灼けつく痛みに耐えかね吸血鬼は立っている事すらままならなくなった。

 路上をのたうち回りながら、頭に浮かぶのは同じ症状を訴えだした同胞たちの姿。

 

「お願いします人間様ァ! 少しでもいい! あなたの血をお分けくださいませェ!」

 

 打って変わって、見下していた被捕食者に媚び諂うが残念ながら懇願の対象は吸血鬼の言葉に耳を傾けようとしない。

 恐怖に駆られた吸血鬼は、最早叫ぶことしかできなかった。

 

「助けてェ! 母ちゃァァん! 父ちゃァァん!」

 

 絶望する五体は突然引き裂かれ、辺り一面に血飛沫が飛び散る。

 むず痒さに顔を掻き毟ると、男の顔皮はボロボロと剥がれ落ちた。外皮となった顔型を見つめては、ヒッと呻き声を出し思わず投げ捨てる。

 体中の皮膚は黒で塗り替えられ四肢が急激に伸びていき、地獄の成長痛は数倍も膨れ上がるまで続いた。苦痛が引いて静かに男は笑う。

 赤黒く充血した目に宿るのは、言い知れぬ狂気。

 

「……そうだった! 二人は俺が喰っちまったんだァァガハハハハは」

 

 哄笑がプツリと消え、男の頭は空気を入れられた風船さながらに膨張を開始する。

 産まれ出でたのは 四つ足で巨躯を支える、タコめいた魔獣だった。

 モンスターの肥大化した黒曜石が何かを捉えたようで、空を仰ぎ見たまま目線を離さない。

 

「ギギギギギ」

 

 元吸血鬼──邪鬼(おに)は鋭利に伸長した上下の牙で歯軋りし、何処かへと旅立った。

 

 

 彼岸島という小さな孤島から持ち込まれた数億匹の蚊によって、日本は一夜にして壊滅した。

 病魔を宿す羽虫に刺された人間は吸血鬼へと変異する。彼らは吸血衝動に狂い哭き、元同種族をその毒牙にかけていった。

 腕力によって人々をねじ伏せ、屈服させ、蹂躙するその様はまさに化け物。

 島国は吸血鬼たちによって支配されていた。

 ()()()()()()()()

 吸血鬼たちはみな例外なく人間への憎悪に燃えていた。

 変化した自分自身を受け入れられず、壊れてしまったのか。造物主の人間に対する憎しみがウイルスを介し潜在的に植え付けられた結果なのか、今となっては知る由もないが。

 人を見つけては、残酷に殺す。血を満足に吸い、満たされていても、それはもう残酷に殺す。

 現実を直視するのは、半年以上も先の話だった。

 

 吸血鬼たちは焦る。

 人間の数が、目に見えて少なくなった。人が畑から生えてくることは決してない。

 一時の快楽に身を委ね徒に命を奪っていったが故の、至極当然の帰結だった。

 飢えに悩み人を探しながら、彼らは信じがたい噂を耳にする。

 東京は君臨する吸血鬼最強の5本指、その一角。姑獲鳥(うぶめ)が倒された。それも人間の手によって。

 初めは笑い話に過ぎなかった。だが程なくして、二人目、自衛隊の一個中隊を殲滅した蟲の王も討伐されたという。

 次々と届く訃報に、吸血鬼たちも次第にそれを真実だと認めざるを得なくなった。

 貴重な血を確保しても、吸血欲に呑まれた魔物たちは我を忘れ身内同士で争うようになっていく。もし件の人間と遭遇したら、という危機意識の芽生えが生存本能を掻き立てた。

 

 吸血鬼は病を患うこともない。銀やニンニク、太陽光に弱いという西洋の伝承のような明確な弱点など何一つ存在しなかった。

 誰かが言った。吸血鬼はヒトの進化系だと。見方によってはそうかもしれない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、だ。

 闘争心の薄い弱き吸血鬼たちは生存競争に敗れ、淘汰される。しかし自我をなくし邪鬼となることで、吸血鬼をも捕食する絶対強者へと成り上がるというのは、なんとも皮肉な話だ。

 

 ルンペンじみた男の間近に重量物がアスファルトに激突し亀裂が生じる。

 それは誕生したばかりの邪鬼の巨頭で、猿に似た邪鬼がマンションの屋上で骸を貪り喰っている。ところが口辺を血で汚した猿は急に咀嚼を停止し悲鳴がかった声で呻いた。

 毒を盛られ苦しみで喉を抑える、人間の素振り。屋根を踏み損ね、蛸頭を緩衝材に地へ堕ちる。

 猿が目覚めることはもう二度となかった。

 

 道端に転がっていた缶詰を拾い、男は中身を口にしながら道なき道を孤独に、進む。

 

 

 怪物となった友を殺めた。敵に与する実の兄を屠った。兄貴分を死んだ。

 強敵(とも)を殺めた。師を失った。弟分が身代わりとなって散った。

 吸血鬼の友を殺めた。親友を、初恋の人を手にかけた。

 大勢の戦友を失って、それでも男は前に進んだ。

 同胞の無念を晴らすために。己の贖罪を果たすために。諸悪の根源を撃ち滅ぼすために。

 

 吸血鬼は人を喰い、血を吸えない吸血鬼が邪鬼となり人や吸血鬼を喰う。 

 邪鬼もまた特殊な液体を飲まなければ数年で命の灯火が尽きてしまう。

 

 立塞がる敵の全てを駆逐し、怨敵をも亡き者にした復讐者を待っていたのは。

 

 

 ────眼前にただひたすら広がる"無"であった。

 

 

 男は珍しく邪鬼に壊されていなかった家を発見し、物資目当てに家屋を荒す。

 長い間着続けた影響ですっかり朽ち果ててしまった外套を脱ぎ、箪笥に仕舞い込まれた着物を纏ったところで、ボロ布のアウターからはみ出している物があるのに気がついた。

 それは嘗て吸血鬼たちの開いた武道大会に使用した、狐の面と簀巻き状で括られた黒のかつら。

 景品になった幼き少年を救うため、吸血鬼と偽り大会へ参加するための道具だった。

 

 自分を亡き父と重ね慕っていた負けん気の強い小学四年生。

 でかい図体をしているくせに道具収集や包丁、ナイフ等の小物の扱いがやたらと得意な怪力男。

 気丈に振舞い、パーティメンバーをいつも明るく励ましていた元アイドル。

 卑屈だが惚れた女の前では漢を見せようとした、ネズミ。そしてデブ。

 

 仮面と黒髪を被り横に掛けられていた一対の日本刀を男は腰に差す。

 鮮明に甦る、彼らと育んだ古い思い出を懐かしみながら、狐は修繕道具を探すべく次の民家を漁るため路地に出た。

 

 

 ────この日を境に、男は消息を絶つ。

 知的生命体が日本の地から完全に消失した瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

        

             

                              

                  

                     

 

 

 闇に包まれた平野にて轟音が響き渡る。音源は年若い、罪人の刺青を全身に施した青年。

 しかし男の眼は異様も異様、切れ長の双眸には各々"上弦""参"の二字が浮かび上がっている。

 これは鬼の原点にして首魁、鬼舞辻(きぶつじ) 無惨(むざん)直属の部下──十二鬼月(じゅうにきづき)と呼ばれる精鋭中の精鋭、その中でも序列三位を表していた。

 名を猗窩座(あかざ)

 人間を長年にかけ喰らい続けてきた悪鬼羅刹の力は凄まじく、一歩踏み込むだけで大地が揺れた。下肢から生まれた莫大なエネルギーを利用し猗窩座は弾丸となる。

 着弾点には、狐がいた。命を一瞬にして刈り取る死神の鎌脚が迫るものの、半歩身じろぎ難を逃れつつ勢いのまま見事切断。

 片脚が両断されたにも関わらず、鬼は余裕の笑みを絶やさない。

      もぞ

       もぞ

 分割された肉が蠢く多数の血糸で繋がり、落下する下腿を引っ張り上げ瞬時に縫合は完了した。

 攻撃が無に帰し、驚異的な再生能力を見せつけられたというのに、狐は寧ろ関心したのかほうと呟く。

 

 鬼が嗤い、跳んだ。拳撃が虚空を叩く。

 荒々しくも美しい空中乱舞と共にけたたましい炸裂音が轟き──狐は突如として吹き飛んだ。

 凄絶なる鬼の拳速が衝撃波を生成し、男を急襲したのである。

 狐にとって想定外の事象であり、対処することも叶わず。

 

                      

                     

             

      

                 

                    

                              

                              

 

 男の身は空へ投げ出され、一筋の電車道が地に刻まれた。

 あまりに呆気ない幕切れ。土床を舐める狐を睥睨し猗窩座は苦々しく舌打ちする。

 

 それは偶然の鉢合せだった。

 主の命を受けた猗窩座が青い彼岸花なる物を探索していた折に、人気のない平原を横断していた男が偶々目に入っただけのこと。

 猗窩座は鬼として転生したのち、その不死性を以って只管に自らの武を研鑽してきた。

 それ故に、相手の実力を推し量る精確な目利きを備えている。

 鬼狩り集団、鬼殺隊の頂点"柱"と称される人間たちに比肩する力の持ち主だと、鬼は断定した。

 猗窩座は強者との闘争を何よりも好む。

 沸き立つ血に逆らうことなく、狐の真正面に立ちはだかった。

 

 ──その結末が、これだ。

 破壊殺(はかいさつ)空式(くうしき)

 宙で放ったこの型は猗窩座にとって言わば試金石。飛来する拳圧波を呼吸術で強化された肉体を駆使し避ける者もいれば、剣術で迎撃し防御を図る者もいた。

 だがこの男は。 

 柱であれば。加減しているとはいえ、その誰もが防いだ技を男は躱すことすらできず散った。

 

 猗窩座は弱者を何よりも嫌う。視界に入れるだけで虫唾が走る反吐が出る。

 見込み違いだったと高揚が嘘のように霧散し冷たい感情が猗窩座を埋め尽くした。

 普段であれば真っ先に鬼への勧誘を行っていたが、気紛れに無言で拳を振るった行為は結果的に正解だったと自己肯定する。雑魚との会話など何の価値もありはしない。

 けれども、鬼として強くなるためには人間を喰わねばならなかった。吐き気を催す塵芥だろうと我慢し血肉に変えねばならない。

 

 冷めた態度で男に近づき──猗窩座の足が止まった。死体となった肉塊が、震え上がる。

                                                                  

                    

      

                

                

 

 夜原の静けさを破る、猛烈たる息遣い。

 ピクピクピクと痙攣を起こし大きく揺れたと思えば。

 

 ヒョイッ

 

 ゆっくりと、男は起き上がった。

 

 何が起こった? 鬼の口から小さく漏れる。

 破壊殺・空式は直撃すれば例え鍛え抜かれた柱であっても絶命させる確かな殺傷能力を持つ。

 それを全弾、狐は浴びた。無防備に。

 それでも狐は立ち上がった。ダメージでフラついてた足は徐々に落ち着きを取り戻し、今ではしっかりとした体幹で鬼を見つめている。

 男から放たれる闘気も全く衰えておらず、猗窩座の喉は唸るように鳴った。

 

「…………素晴らしい。お前を路傍の石ころと見誤るところだった。非礼を詫びよう」

 

 如何様な肉体操作で空式を凌いだか。

 まだその原理を紐解くことはできていなかったが──鬼に、満面の笑顔が戻る。

 "至高の領域"という武の極致を目指す猗窩座にとって未曽有の出来事。

 これまで葬ってきた強く、卓越した柱たちの中にも、こんな芸当を行える者はいなかった!

 

 左足を退き、右半身を前に出す独特の構えに連鎖して雪の結晶が鬼の足元で花開く。

 無邪気な表情を張り付かせたまま、風を破り猗窩座は対面する猛者へと肉薄する。

 

「どうやって俺の技を受け流した! 教えてくれ狐の男!」

 

 上空より襲来する鬼の鉄槌を狐は後退して緊急離脱。

 誰もいない地面が爆裂し巨大陥没穴が形成された。

 

「俺はお前の全てを知りたい! そう、俺と同じ鬼になって永遠に語り戦い──」

 

 転化された上り坂を滑走し、猛追する。

 今度は鬼が飛び退く番だ。坂道の終着点で待ち構えていたのは狐の刀だった。

  ヒュッ

「──ハッ、躊躇のない首狙い! 速く鋭い剣撃だ恐れ入る」

 

 錐揉み状に回転しながら穴を挟み着地する。

 生半可な鬼であれば反応すらできず切り捨てられる一太刀を、猗窩座は()()()()回避行動に移った。恐るべき身体能力。恐るべき反応速度。上弦の参の称号は伊達ではない。

 猗窩座が再び砲弾と化そうとして──ふと、違和感に気づく。

   

 視野がずれていた。

 

 無意識的に猗窩座は自身の頭部を両腕で押さえつけ、両掌が血で濡れる。

 そこで漸く猗窩座は何が起こったかを理解した。

 

 首を、斬られている。

 

「は?」

 

 男が放ったのは単純な横薙ぎ。洗練されてはいるが特別な体術や剣技などでは断じてなく、それによって鬼の眼を欺いたわけではない。

 男が手に持っているのは日輪刀ですらない──そうであるなら灼けつくような痛痒が僅かに発生する──何の変哲もない日本刀。刃渡りを伸ばすような細工が施されていたとも考え辛い。

 腕の長さ・足の踏み込み幅・刀身の尺度を計算し、瞬時に鬼の脳は正確な射程範囲を弾き出していた。刀を主武器とする何百もの鬼狩りたちで積み上げてきた戦闘経験に誤謬はない。

 剣速に合わせ完璧な拍子で後方へ退いた。確実に躱せていたという確信があった。

 にも拘らずこの事態。

 

 ()()()()()()()()()()

 

 馬鹿な、あり得ない。鬼のみ会得できる特殊能力、血鬼術でもなければ。

 しかし猗窩座の総身は総毛立った。まるで鬼の魂が荒唐無稽な発想を肯定するかの如く。

 この男は違う。先の破壊殺といい、人とは決定的に何かが違う。 

 

 思い巡らすと同時、猗窩座の脳裏に別の男がよぎった。

 長い髪を一房に纏め、額を起点に広がる炎の痣を持ち、耳元には日輪を模した耳飾り。

 猗窩座には身に覚えがない。主君から与えられた血に宿る記憶が、この光景を見せている。

 視点が低い。当事者でない猗窩座は俯瞰的に観察し即座に状況を把握する。

 無惨様は、どうやら尻餅を──

 

『殺せ』

 

 思念が届く。鬼舞辻無惨は鬼たちに呪いをかけた。それは十二鬼月も例外ではない。

 

『殺せ』

 

 呪いをかけられた鬼たちは、どこにいようと一方的に命令を下される。

 

『殺せ! 猗窩座!』

 

 頭が割れんばかりの絶叫を聞き入れた、猗窩座による三度目の接敵。

 これまでの突貫は児戯と言わんばかりの神速が荒れ狂う暴風を巻き起こす。

 狐の縦一閃と鬼の拳がぶつかり合い、カンッと子気味良い金属音が闇に響いた。

 

「なっ」

 

 ポキッと半ばで折れた刃がプスッと土に突き刺さる。

 振り下ろされる一刀を猗窩座は地面と水平に──横から殴り、武器破壊に成功したのだ。

 予想外の力強さに鬼の腕もひしゃげたが問題はない。日輪刀でない刀など恐るるに足らず。

 日の出は近い。それまでに仕留める。警戒すべきは日光の輝きただそれだけ。

 主の脅威を排除すべく肉体損傷も度外視に狗は淡々と牙を剥く。

 用を成さない刀を鬼に向かって放り投げ、男は二本目の柄へ手を伸ばすが少しばかり遅かった。

 

 修復し終えた鬼の魔拳が空いた狐の腹部を襲い。

 ブバッ

 口元から吐き出された血化粧によって、着物は深紅に染められた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 照り付ける太陽の下、狐は再び荒野を歩く。

 数刻前に行われていた猗窩座との殺し合いで夥しく血が流れ意識は朦朧とし、風前の灯と化していた狐仮面の命だったが──自己治癒能力に優れているのだろう、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 澱みない健脚とは対照的に仮面で隠された眼差しに光はなく、相貌に色はない。

 吐いた深い溜息が、男の体内に溜まった毒素をそのまま投影している。

  

「ハッ、また生き残っちまったな」

 

 吸血鬼とは明らかに毛色が違う、正体不明の敵対者は強かった。拳を武器にする男と交戦したことはあったが、その経験が一切通じない程に猗窩座の武術は研ぎ澄まされている。

 朝日が昇り始めたのを視認した途端その場から撤退していったが、あのまま続けていれば敗北は必至だった。

 迫りくる死を実感したのは果たして何年振りだろう。久方振りの脅威に武者震いが止まらない。

 

 次は、負けねェ。

 

 咲き乱れる拳打をどのように捌き、掻い潜るか。異常なまでの回復力にどう対抗策を講じるか。

 脳内でシミュレーションを重ねる内に自然と口角が吊り上がり、笑いは自嘲に差し替わった。

 

 ────戦って、勝ったところで、それに一体何の意味がある。

 

 日本を、ひいては世界を滅ぼした吸血鬼の王、(みやび)を討つためだけの人生だった。

 

 救いを求める民衆の声にも、利がなければ耳を貸さず。

 ──出来ることなら、助けてやりたかった。

 

 雅を追う旅の道中で、志を同じくする仲間を失ってもそういうものだと割り切り。

 ──割り切れるわけがない。

 

 心を鬼にして、修羅道を征く。

 ──その果てに何が待ち受けているのか、わかっていながら。

 

 五重塔の戦いで雅を殺すことが出来ていれば。吸血蚊の本土輸送を阻止出来ていれば。人類の希望・国連軍を雅に接収されていなければ。

 雅をすぐに追わず長い時間をかけ各地の人間たちに救いの手を差し伸べていたら。

 もっと、自分が強ければ。『もしも』を考えなかった時はない。

 

 理性を失った邪鬼をやり過ごし、虫や残された保存食でただ命脈を保つだけの空虚な日々。

 無感動、無感情に生きてきたつもりだった。

 大切な人たちを誰一人守れず、こうして独り死に後れのうのうと生き恥を晒している。

 そんな自分が思いがけない強敵との遭遇に滾り、無為である筈の戦闘に心躍らせた。

 

 なんと滑稽で、無様なことか。  

 

 思考に埋没しふと我に返ると、狐は濃霧に包まれていた。朧気に広がる森林、急斜面の足場。

 知らぬ間に山を登り始めていたようだ。

 先程まで感じていた、夏の汗ばむ陽気とは真逆の冷気に身体を打たれるが、引き返すのも億劫となり足早にこのまま山を越えようとする男の耳に、音が届く。

 

「────ゅうなな!」

 

 進行方向から微かに伝わったのは、幼い声だった。

 

 気付かぬ内に歩速を上昇させ山道を駆ける。

 非常に薄い空気に肺臓を責め立てられるが、息苦しさを気にも留めず男は邁進していく。

 刻み足は一層速さを増し、いつしか疾走へと変わり──やがて、開けた土地にたどり着いた。

 中央には、神事に使われている注連縄でグルリと巻かれた大岩が鎮座している。

 

「八百一! 八百二! 八百三ゥ……あっ」

 

 岩の手前に、少年がいた。

 彼岸島ならいざ知らず本土では希少な日本刀を用いて素振りを行っていた子供はすぐに手を止める。気配に敏感なのか勘が鋭いのか、真後ろに現れた狐に幼顔を向け、ペコリと頭を下げた。

 

「こんにちは! 竈門炭治郎といいます! その仮面……鱗滝さんのお知り合いでしょうか?」

 

 自己紹介し上体を起こした羽織の子供と、視線が交わる。

 

 赫灼の瞳を囲うのは純白の結膜。

 

 それは少年が人であることの証明。

 

 

 

 ()()1()0()()()()()()()()()()()に、狐の奥底から、言葉では言い表せない情動が込み上げてきた。

 

 

 




猗窩座「あの出血量ではもう助からないだろう……ヨシ!」
無惨様「あの出血量ではもう助からないだろう……ヨシ!」


強キャラとの初戦は大体敗北してる明さん
あと作中で言及してなかったですが彼岸島では衣服が"濡れる"という概念が一部のイベント以外では存在しません
なので着物が赤くなったと書いてありますが実際は汚れてないです
炭治郎と会う時には血の匂いも跡も残っていない新品同様の清潔感なんじゃ



猗窩座戦でのHP推移はこんな感じ

あきらHP ■■■■■■■■■■
あいての あかざの はかいさつ・くうしき!
あきらHP ■
特性がんじょうが発動!
あきらは こうげきを こらえた!
あきらは じこさいせいを した!(ターン消費なし)
あきらHP ■■■■■■

(猗窩座撤退直前)
あきらHP ■
(猗窩座戦終了直後)
あきらHP ■■■■■■■■■■

骨折臓器破壊などのステータス異常にかかっていなければ戦闘終了後に毎回全回復する仕様
足を引き摺る程度の後遺症であれば戦闘に支障をきたさず、また戦闘終了後に判定で治る

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