魔法少女規格 -Magic Girls Standard- 作:ゆめうつろ
ニヴルヘイムの空に太陽はない、帯電した有毒の雲に覆われ、昼も夜も変わらず薄暗いままだ。
必要最低限度の荷物と武器を持ち、オレ達は黒い森の上を飛ぶ。
地上の居る獣との遭遇とそれによる無駄な戦闘を避ける為だ。
現在の距離は拠点から北に19キロ、システムの保護機能のおかげで今の所は問題なく活動できている。
しかし調査も進んでない未知の領域には変わりない、常に感覚を研ぎ澄まし警戒を続けている。
……のだが、それにくらべて目の前のバカ……もといハレルは全くの自然体だ。
「もう少し緊張感を持ったらどうだ」
「辺に緊張感や殺気を撒き散らすと無駄に反応されますよ?」
「まるで歩き慣れしてる様な言い方だな」
「そりゃ、昔師匠に連れられていった場所よりはここは遥かにマシですから」
「なんだそれは、地獄か魔界か?」
「似た様なものです、デーモンとか住んでましたからね」
それが冗談なのか、妄言なのか、はたまた事実なのか確かめる術がないので放っておくしかない、呆れて溜息を吐く。
オレの武装はレールガンに加えて電磁グレネード、それに対してハレルは身の丈ほどのブロードソードだけだ。
しかもそのブロードソードは施設の廃棄資材置き場の工業用カッターを転用した急造品だ。
「そんな武器で大丈夫なのかよ」
「大丈夫じゃなかったらその時はその時で別の武器を作るし、魔法もあるので」
本当に大丈夫かよ。
オレとしては不安しかない。
「それよりも、もうすぐ戦闘になりそうなので用意をお願いしますね」
ハレルはそういうとブロードソードの手をかける、まだオレの感知する距離にはそう大きな力を感じないというのに、この見通しの悪い中でもう「見えている」ようだ。
「わかった、それでその根拠は」
「外付けの強化感覚器です、信じてください」
ハレルが被っていたフードを外す、額にある二枚一対の角の様な羽「フェザーホーン」つまりはセンサーの一種だ。
「なるほど、わかった」
さすがに危険になる冗談は言わないだろうと、一先ずは信じて見る事にする。
オレの強化された感覚よりも正確な可能性もありえるだろう。
誰しも同じ色が見えているとは限らない、他者に見えない色が見える者もいる。
となると後は信じてみるしかない。
「火が来ます、注意してください」
ハレルの声に続き、正面から凄まじい勢いの火の玉が飛んでくる。
それを上昇し回避しながら凝視する。
うっすら、その姿が見える。
色はグレー、一対の羽、四本の足を持ったトカゲ、つまりはドラゴンの姿だ。
サイズは5メートル程度、そこまで大きな個体ではないが、それなりに早い。
レールガンを構え、銃口を向ける、するとすぐに地上の森の中に姿を隠す。
目もいいようだが……その程度は隠れたの範囲に入らない、引き金を引く。
木々と土を吹き飛ばす音がしたが、どうやら外したようだ。
弾道が少し低い?それに加害範囲も随分狭い。
「ナインさん?環境が違う事をお忘れなく、威力減衰です」
「なるほど……どういうことだ」
「レールガンもプラズマも霧散しやすい場所だって事です、さっきの猪の死体も普段のプラズマの威力なら丸焼きですよ。誤差も積み重なればなんとやらです」
詳しい計算まではわからないが、少しの違いが大きなズレを呼んでいるわけか。
なるほどつまりこいつ。
「ブロードソードを持ってきたのは」
「そうです、ガバり安い射撃武器よりも誤差が少ないからです」
「ならそれを言え、それを」
環境が悪いなら悪いなりにやり方はある、完全に無力化しているわけでは無く効くには効く筈だ。
狙いの誤差を目視で、コアからレールガンに供給される出力を手動で調整する。
そうしているうちにもドラゴンはこちららへと森の中を飛びながら向かってきている、障害物を避ける為にスピードは落としているようだがそれでもまだ十分に早い、飛びなれているのだろう。
「ああ、それとさっきも言ったとおり素材にするので羽や手足を狙って潰してください、絞めるのは私がやりますので」
「わかってる」
魔法少女や人間を相手するのとはまた別の緊張感だ、動きの読みがまた難しい。
避けるのかと思えば木を薙ぎ倒し、茂みの中に入ったり、他の生物が視界に映りこむ。
燻り出すか。
進行方向を予測し、少し早めに引き金を引いてレールガンを撃ち込む。
一射目で遮蔽物を吹き飛ばし、続けて放つ二射目を本命として撃つ。
思ったより木が頑丈ではあったが、一瞬視界が開けた上に弾丸が目の前に着弾したドラゴンはさぞ驚いただろう、思わず上に飛びあがり、こちらに火の玉のブレスを吐いてきた。
それをハレルが迷うことなくブロードソードで斬り捨てて防御、遮蔽物がなくなった事によって狙いが付けやすい。
胴体よりに照準を合わせて、引き金を引く。
空を切り、衝撃がドラゴンの胴を削ぎ翼をもいだ。
翼をもがれたドラゴンが地に落ちる、それを狙ってもう片方の翼も撃ち抜いて使い物にならなくする。
時々、片翼だけで飛ぶドラゴンがいると聞くので念のためだ。
「ナイスショット、狙いは正確ですね」
「最近少し自信を無くす事があったがな」
「まあそれは相手が悪かったという事で」
降下しながら互いに軽口を叩くも警戒は怠らない、まだ完全に仕留めてはないし、横取り狙いの獣にも気をつけなければならない。
「じゃあ私がトドメを刺しますので、上で警戒をお願いします」
「任せろ」
先程のブレスを切り払ったのもあるが、手並みを拝見させてもらおう。
墜落とレールガンの命中によるダメージもあるが、それでもドラゴン自体はまだまだ元気そうだ。
怒り狂って口から炎が漏れ出している。
そして悠々と着地したハレルを見て、ドラゴンは即座に球状の火炎ブレスを吐いた。
再びブロードソードの切り払いでそれを防ぐが、飛び散った炎が周囲を見境無く焼き払い、小動物達が逃げ去っていく。
ぱっとみた感じではあのドラゴンの炎は粘着性がある、いわばナパームやテルミットにように持続して燃やし続ける効果だ。
それは魔法少女のバリアコーティングを減衰・剥離させるのにも効果的に使えるだろう。
先程飛んできた球状のブレスもまたおそらくは内部に粘着性の可燃物が入っていたのだろう、それに魔法が合わさっている……と分析する。
となると、ドラゴン側の知能の高さを感じるが、同時にそのブレスを上手く防ぐハレルの技量もまた目を見張るものもある。
次に動いたのはハレル、地を蹴り、ステップで近づき、跳躍、ドラゴンの首を落とさんと斬りかかる、それに放射の形でブレスを吐くドラゴンであったが、空中でハレルが再び跳躍してそれを回避、そして急に消えた。
その姿は既にドラゴンの長く伸びた首にあった、ブロードソードが黒く変色し、黒い煙の様な何かを発してドラゴンの首に深く突き刺さっていた。
オレの目でも追いきれないほどの急加速で下降したその勢いでブロードソードを突き立てたのだろう。
そのままの勢いで首を地面に縫いとめられたドラゴンは動きを止めた。
ハレルの戦い方は、まさに「狩り」慣れている、人ではなく、獣を殺す為の動きだとオレは思った。
逆に言えば基本的な戦い方は通じるが、この動きはある程度以上の動きが出来る魔法少女相手にはあまり効果がない様にも見える。
なるほどオレを雇った理由がもう一つ見えてきた。
獲物を横取りされない為だ、こうした異界の様な場所で得られる貴重なモノや貴重な資源を狙って襲ってくる野盗のような奴は少なくない。
安心して得た獲物に無事に持ち帰る為には信頼できる力量のある護衛が居たほうが間違いがない。
そうやって見ているうちにもブロードソードを背負い、ワイヤーでドラゴンの死体を縛ってハレルが上がってきた。
「無事、欲しいモノは手に入ったので戻りましょう。この通り手が塞がってしまっているので守りは任せますね」
「わかった、任せろ」
ナユタ・ハレル、まずは少しこいつの事が見えてきた様な気がした。