野球人生は終わらない   作:中輩

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この話ではオリジナルの設定が含まれます。
あと名ばかりのサブタイトルです。


四月五週目《VS大漁水産高校②》

 

 一回裏、江久瀬の犠牲フライと蛇島のソロアーチにより二点を先取した帝王実業。続く五番の友沢がセンター前にヒットを放ち出塁したものの後続を絶たれ、それ以上の点が動くことはなかった。

 

 

 二回表

 大漁水産は中軸である四番から始まる打順。

 先制された大漁水産にとってこの回は相手に試合の流れを渡さないためにも簡単に終わるわけにはいかないが――。

 

 

 左打席に立つ船橋は弧を描きながらホームへ向かうボールを力強く振り抜いた。

 

「――くそっ」

 

 自身が放った打球の軌道を見て船橋は悔しげに呟いた。

 甘めに入ったカーブを狙った一打であったが一球前のストレートの残像があったため、タイミングがズレた。

 大きく打ち上がったボール。打球を追いライト線沿いへ向かっていた江久瀬の足が止まる。

 

「アウトッ!!」

 

 

 

 続くバッターは五番の松崎 トミオ。

 甲子園でもホームランを放った程の長打力があるため要も注意しているバッターの一人である。

 

(甘く入ればもっていかれるからな)

 

 要のサインに頷いた友沢は振りかぶる。

 右打席に立つ松崎のインローに伸びのあるストレートが突き刺さった。

 

「ストライクッ!」

 

「うぉっ!これで一年生だっぺか……」

 

 全国を経験している松崎ですら驚愕する完成度。

 その上で間違いなく今日の友沢は絶好調と言えるコンディションであった。

 

(次、アウトコースにストレート)

 

 要のサインに頷いた友沢は力強くボールを投じた。

 キィンという音を鳴らし松崎の振るったバットの上部を擦ったボールは後方のバックネットに向かっていった。

 

「ファール!」

 

「くっ……」

 

 少しだけ悔しげな表情を浮かべる松崎。

 要は友沢とサインを交わし、続けてアウトコースにミッドを構えた。

 

(お前の最も自信のあるボールを投げてこいっ!)

 

「ふっ!」

 

 友沢はより力を込めてボールを投じようとし思わず声が漏れた。

 先ほどの直球と同じ軌道でアウトコースにボールが向かい、当然の如く松崎はバットを振るう。

 

 だが、それは急激に松崎の視界から消えた。

 

「ストライク!バッターアウト!」

 

 松崎の振り抜いたバットの遥か下。

 ベースにワンバウンドするほどの急激な変化を見せたボールが要のミッドに納められていた。

 キャッチした要すら驚愕するほどのキレを見せ松崎を三振に取った。

 

 

 あっという間にツーアウト。

 

 先に先制され、攻撃は一年生バッテリーに封じられている。

 まだ序盤も序盤であるが、センバツ出場校であるという自負が打ち砕かれてゆく感覚。

 このままではいけないという焦り。

 

 しかし――。

 

「ストライークバッターアウトッ!スリーアウトチェンジ!!」

 

 五・六番を連続三振で抑えた友沢。

 グラウンドに目を向ける全員が彼の活躍に驚愕する中、当の本人は涼しい顔をしたままベンチへ戻っていった。

 

 そんな友沢を他所にバッテリーを組んでいた要はキャッチャーボックスからすぐに立ち上がらずに友沢の背中を見ていた。

 

 

 

 二回裏

 

 八番を打つ遊佐は松崎の球威のある直球に力負けしセカンドフライとなった。

 そしてラストバッターである要の打席となる。

 

 状況は1アウト、ランナー無し。

 大漁水産高校を相手に畳み掛けるためにもここで要が出塁し上位の打順に回すことには大きな意味があった。

 打席に立ちマウンドに立つ松崎と視線を交差させた要。

 

 要は新たな課題を持ってこの打席に立っていた。

 

 

 ♢

 

 

『先輩命令だ。俺の練習に付き合え』

 

 遠征へ向けたミーティングを終え、中之島は要に向けそのような傍若無人な態度で声をかけてきた。

 

『いや、なんで俺ですか?』

 

『……ただの気まぐれだ。いいからさっさと行くぞっ!』

 

 要の疑問に一瞬だけ間を開け口を開く中之島。

 それて納得のいかない様子の要を力強くで引っ張っていった。

 

 

 

『……これ全部ですか?』

 

 要が中之島に連れられて向かったのは一軍専用の屋内練習場。

 中之島に指示され要が用意したのは籠いっぱいの硬球。それも籠は一つではない。

 要が中之島に命じられたことは彼のバッティングに合わせてトスを投げろというものであった。

 

『あ?なんだ文句あんのか?』

 

『いえ……ただ意外と練習する人なんだと……』

 

『お前……俺にどんなイメージを持ってやがる』

 

 中之島の人を寄せ付けない雰囲気に加え、二年生ながらチームの絶対的支柱とも言える実力。

 勝手なイメージであるが要は中之島という男は才能だけでここまできたのだろうと思っていた。

 

『時間もねぇ、さっさと始めんぞ。とりあえず横から投げろ』

 

『は、はい』

 

 

 その後、要は中之島に命じられるまま横からだけではなく背後からもボールを投げたり、コースも地面スレスレのものから中之島の頭上に迫るものまで様々なトスを行った。

 中之島はほとんどのボールにアジャストし確実に振り抜いていた。

 静かな練習場に一定のリズムで打撃音のみが木霊し続ける。

 

 

『ハァハァ……くそッ!』

 

 だがこの自主練を始めてしばらくが立ち、さすがの中之島も肩で息をし始め、集中力を途切れさせてゆく。

 

『もう一球だ。同じところに投げろ!』

 

 中之島の背後からインローに際にトスを出す。

 背後から現れるボールを今度こそ完璧に捉え正面のネットに向けて弾き飛ばした。

 そこで中之島は要に次のトスを命じることはなくはなかった。

 滝のような汗を流しどうにかバットを支えにしながら必死に呼吸を整えていた。

 

『――どうして、そこまでやるんですか?』

 

 思わず要の口から出た言葉。

 

 現段階でも間違えなくプロに行ける実力を持っている。

 要の目から見ても中之島の才覚なら並の努力で十二分に大成できると思えた。

 それにも関わらず彼を突き動かしている原動力はなんなのか。

 

『……ガキの頃の俺はサッカーの方が好きだった』

 

『え?』

 

 唐突なカミングアウトに驚く要。

 そんな要の反応を気にすることもなく中之島は言葉を続ける。

 

『昔から足が速かったからかサッカークラブじゃエースだった。逆に野球は足が速ぇだけじゃ勝てなくてな。一つも楽しいなんざ思わなかった』

 

 幼い頃から運動神経抜群だった中之島は野球とサッカーの両方を習っていた。

 近年では野球よりもサッカーの方が人気があった事もあり、幼い頃の中之島にとって簡単にヒーローになれたサッカーはとても魅力的なものだった。

 

『――けど一人だけ野球選手でもカッケーと思った選手がいたんだ。俺はあの人のような選手になりたくてサッカーを辞めた。ついでにピッチャーだったポジションもショートにコンバートした』

 

 日本のアマチュア野球において実力の高い者、センスのある者はピッチャーを経験している。それは若い年代であればあるほど顕著である。

 なぜならピッチャーというポジションが日本野球にとっての最も花形な場所だからだ。

 中之島ほどの実力があればピッチャーを勧められてもなんら不思議ではないだろう。

 

『……その選手は?』

 

『日本で活躍してアメリカに行ったが……けど向こうじゃ全然歯が立たなかったそうだ』

 

 僅かに暗い表情を見せた中之島。

 ここまででようやく要も中之島が誰について述べていたのかは大方見当がついていた。

 その日本では超一流の遊撃手であった選手がアメリカではまともな出番すら与えられなかった。そんな事実が中之島は自分の事のように悔しかったのだろう。

 

『それもあってか、いつしかアメリカじゃ日本人内野手は大成しないなんてほざく奴まで出てくるようになった』

 

 中之島は心の底からの嫌悪を吐き出すかのような表情を浮かべる。

 アメリカという野球における世界最高峰の舞台に幾人もの日本人選手が挑戦してきた。それでも成功と呼べる実績を残せたのはほんの一握りであり、大半は投手である。

 

 とりわけ内野手は一瞬の判断力が問われるポジションである。

 身体能力で不利な日本人の選手には瞬間的な選択肢が少ないのは事実と言わざる終えないだろう。

 

『――だから、俺は決めた』

 

 要は中之島を目の色を見て僅かに驚きを現した。

 

 その目は誰よりも純粋で野球に対してとても――

 

 

『そんなくだらねぇ定説はこの俺がひっくり返してやるってな』

 

 

 挑戦的な笑みを浮かべ、そう宣言する中之島。

 要はようやく理解する。

 

 既に高校最高峰の遊撃手である彼は、自分よりも遥かに高い頂を目指していたという事実を。

 

(きっとそれは茨の道だ)

 

 もしかしたらサッカーという道に進んだ方が更に上のステージに駆け上がれたかもしれない。

 もしかしたらピッチャーという道に進んでいれば今頃はエースナンバーを背負っていたかもしれない。

 

 それ程の才覚の持ち主なのだ。中之島 幸宏という男は。

 

 しかし天才が選んだ道は、憧れを超える道。

 

 天が彼に与えた道ではなく、彼自身が生み出した道。

 

(そうか。この人にとってバッティングは……)

 

 確かに中之島のバッティングセンスは並のプレイヤーよりも遥かに優れたものだろう。

 しかしそれ以上の(才能)を彼は持っていた。

 

(証明なんだ、自分の選んだ道の)

 

 誰も成し得なかった道を進むために彼は自分の最大の才能ではないものを磨くのだ。

 

 絶対的な頂点に至るために。

 

 

 

『お前、昨日俺に聞いたよな。バッティングのコツが聞きてぇって』

 

 中之島は少しだけ遠くを見るかのように言葉を続けた。

 

『話聞きゃ上手くなんなら誰も苦労しねぇ。技術なんてのはなテメェで必死こいて練習してテメェで他人から盗むしかねぇんだよ』

 

 彼の背景を知ったからこそ重い言葉である。

 中之島自身がそうやってバッティングを磨いてきたのだろう。

 

『俺はお前の練習には付き合ってやるつもりはねぇ。だが、俺の練習にはいつでも付き合わせてやってもいいぜ』

 

 変わらぬ横暴な態度である。

 先程までの要ならならほぼ間違いなく断ろうとした提案であろう。

 

 要は中之島に向けて頭を下げる。

 それは僅かでも野球選手として彼を軽く見てしまった事への謝罪。

 

 そして――

 

『全力で技術を盗ませていただくので、よろしくお願いします』

 

 それは宣言。

 中之島という教材から学び自身の技術の糧とするという。

 

『ハッ、やれるもんならやってみろ』

 

 要の態度に中之島も笑みを浮かべてそう答えた。

 

 

 それからの時間、主に基本のメニューを終えた自主練のタイミングで要は中之島の後ろについて行くようになった。

 中之島の自主練は単純なトスバッティングからバランスボールにまたがりながらボールを打つなど実に様々である。

 

 それを見るたび自身に足りないものを痛感するばかりの要であったが、すぐに応用できるものはほとんど無かった。

 改めて中之島がいかにバッティングというものを積み上げてきたのかを実感したのであった。

 

 

 だからこそ直前に迫った大漁水産高校戦での打席で意識する事を一つに絞った。

 

 

 ♢

 

 

 ――状況は1アウトランナー無し。

 

 バッターボックスから見る松崎 トミオの姿はそのガタイの良さに加え、甲子園を経験した強豪校のエースたる風格があった。

 

(俺がこの人をリードするなら……)

 

 要は自分をキャッチャーの視点に置いて思考する。

 

 初回に2点を奪われたエース。

 しかしこの二回は幸先よく1アウトを奪えた。

 このまま2アウトに持ち込み上位の打線を迎えたい。

 

(何より打席に立つのは九番バッターの一年)

 

 キャッチャーのサインに頷いたのであろう松崎はワインドアップから投球フォームに移行する。

 力強く投じたられたボールは唸りを上げながらストライクゾーンへと向かってきた。

 

(ただ……強く)

 

 一週間の間、自主練を共にした中之島。

 彼のバッティングを見て最初に印象に残ったのは、どんな難しいボールでも体制を崩さずにバットを振り抜いていたこと。

 

 鍛え抜かれた柔軟かつ強靭な下半身が彼のバッティングを支えていた。

 

 しかしそこはすぐには改善できない。

 なら今意識すべき事は何か。

 

(強く振り抜く……!!)

 

 キィンという金属バット特有の音と共に打球はセンター前に飛んでいった。

 初球ストライクを欲しがり、アウトコースの真ん中寄りにきた甘い直球を要は確実に捉えてみせた。

 

 

 

「ふぅ……読みが当たったとはいえ……」

 

 悠々と一塁に到達した要は、ボソッと周りに聞こえるか聞こえない程度の声量で呟いた。

 

 それは結果が伴った事への僅かばかりの安堵であった。

 

 今までの要は、極端に空振りを恐れていた。

 ボールに当てにいきファールゾーンへ退くカット打法がその顕著な例である。

 

 しかしバットを振り抜けば空振りの率は間違いなく上がる。

 

 それに加えて相手ピッチャーは自身よりも格上。

 

(ちょっと痺れた。コースが甘くなきゃ内野を越えられなかった)

 

 バッティンググローブを外しながら要は手を振るった。

 金属バット越しに伝わるボールの力はかつての記憶も含めこれまでに要が対戦したピッチャーの中でも一、二を争うものであった。

 

 それほどのピッチャーを相手取りリスクを犯す事は不安がある。

 しかしそれを乗り越えなければ更に上には登れない。

 

(とりあえず繋いだんで。見せてもらいますよ、貴方が築き上げてきたものを――)

 

 要はバッターボックスに入る中之島へ視線を向けた。

 その視線に気がついた中之島がいつものように強気な笑みを浮かべたのは要も容易に想像できたのである。

 

 

 ♢

 

 

「ハッ。悪かねぇな」

 

 ネクストバッターボックスから見守っていた中之島は兵藤の一打をそう評した。

 ボールに対してアジャストしなければセンター返しはできない。

 初球から攻めていった点を含め、概ね中之島の兵藤に対する評価は悪いものでは無かった。

 

 まあ、本人には絶対に言わないが。

 

「――だが、その一打には報いてやるよ」

 

 中之島は右打席に立ちバットを高く後方に構えた。

 

 松崎が力強く投じたボールは中之島の懐へと向かってきた。

 のけ反りながら中之島はその初球を避けた。

 

「ボールッ!」

 

(相変わらず荒れてやがるがセットだと球威が落ちてんな)

 

 松崎はキャッチャーのサインに頷き一瞬だけ一塁に立つ兵藤へと視線を向けてからボールを投じた。

 ゆったりとした放物線を描くボールはストライクゾーンのギリギリに吸い込まれてゆく。

 

「ウラッ!!」

 

 ストレートと30km/h以上も球速差のあるスローカーブであるが、中之島は体制を崩されることなくファールゾーンへとボールを弾き飛ばした。

 

「ファール!」

 

(次で撃ち抜いてやる)

 

 一度バッターボックスから離れた中之島は親指でヘルメットのつばを持ち上げる。

 それは一塁ランナーである兵藤へ向けたメッセージ。

 

 サインを確認した松崎が投球モーションに入った瞬間。

 

「スチールッ!」

 

 ランナーである要が走り出した。

 外角の端を通り抜けようかというストレートをギリギリまで引き付けた中之島は流し打った。

 鋭い打球はライト線ギリギリのフェアゾーンに落ちる。

 ライトを守る岡本が打球を追うがフェンス際までボールは転がっていった。

 

「突っ走れッ!!」

 

 走塁をしながら外野の守備の遅れを見抜いた中之島は三塁に到達しようとしていた兵藤へ向けて叫ぶ。

 その声を聞いた兵藤は迷うことなくホームへ向けて駆け出した。

 

「ランナー!ホームッ!」

 

 そんな大漁水産守備陣の声が聞こえた中之島は不敵な笑みを浮かべて加速した。

 守備で出遅れたライトの岡本であるがさすがは甲子園出場校。そこから好返球がホームへと向かい、兵藤がホームへ到達する前にキャッチャー船橋のミッドに収まる。

 それ同着で兵藤はホームに頭から突っ込んでいった。

 

 

 勝負を決めたのは、コンマ数秒の差。

 

 

「セーフッ!!」

 

 失速することなく塁間を駆け抜けた兵藤の走塁が、大漁水産の守備よりも一瞬だけ早かった。

 そして攻防の間に中之島も三塁にまで到達してみせた。

 

 

「中之島さんッ!」

 

 三塁ベース上に立つ中之島に向けガッツポーズをする兵藤。

 それを見た中之島はプイッと兵藤を無視した。

 

 明後日の方向を見る中之島であるが、彼は薄く笑みを浮かべ誰にも聞こえない声音で口を開いた。

 

「――ナイスランだ。兵藤」

 

 

 中之島 幸宏という天才が兵藤 要という凡才を認めた瞬間でもあった。

 

 




ちゃんと選手能力を載せて行こうと思います。

中之島 幸宏(二年四月)

[基礎能力]
弾道:3 ミート:S パワー:C 走力:A 肩力:C 守備力:B 捕球:D

[特殊能力]
チャンス:A 盗塁:B 走塁:B 送球:E アベレージヒッター 流し打ち


松崎 トミオ(二年四月)

[投手基礎能力]
球速:153km/h コントロール:F スタミナ:B
スローカーブ:5

[投手特殊能力]
ノビB 回復G 重い球 逃げ球 速球中心

[野手基礎能力]
弾:3 打:F 力:C 走:F 肩:B 守:G 捕:G


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