【完結】我が名はヴォルデモート卿   作:冬月之雪猫

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第十一話『より大きな善のために』

 半世紀以上前、ヴォルデモート卿を魔法界に招き入れたのはアルバス・ダンブルドアだった。

 マグルの孤児院で、幼い少年はすでに魔力を完璧に制御していた。その力を使い、恐怖で他者を服従させる(すべ)を会得していた。

 ホグワーツに入学すると、彼はすぐに頭角を現し始めた。

 端麗な容姿、研ぎ澄まされた魔力、類まれな頭脳、優れた精神性。

 ダンブルドアは彼を《ホグワーツ始まって以来の秀才》と評した。

 

 ―――― 彼は素晴らしい生徒だ!

 ―――― あれほどの能力を持ちながら、彼は決して驕る事がない!

 ―――― アルバス・ダンブルドアを超える可能性を持つ逸材だ!

 ―――― 魔法界の未来を担うのは彼に違いない!

 

 性格に難のある者でさえ、彼を悪く言う事はなかった。

 偉大なる存在になる事を疑う者もいなかった。

 その気になれば、彼は誰よりも魅力的な存在になる事が出来た。

 アルバス・ダンブルドアの名声は、後に彼が手に入れる名声であるはずだった。

 

 第十一話『より大きな善のために』

 

 ダンブルドアはひと目でヴォルデモート卿の本質を見抜いていた。

 その慧眼を人々は讃えた。信じるべきは彼の方だったのだと誰もが悔いた。

 

 ―――― アルバス・ダンブルドアこそ魔法界の希望だ!

 ―――― 彼はゲラート・グリンデルバルドを討伐した男だ!

 ―――― 彼はヴォルデモート卿の事を常に警戒していた! 警鐘を鳴らしていた!

 ―――― 偉大なるダンブルドア! 彼についていく事こそが未来を得る唯一の方法である!

 

 人々はシンプルに思った。

 アルバス・ダンブルドアは凄い人だ。だから、ヴォルデモート卿の本質を見抜く事が出来たのだ。

 誰も疑問など抱かない。彼の輝かしき経歴が疑わせない。

 

 誰も彼らの事など見ていない

 

 どちらの事も見えていない。ただ、彼らの心にある二人の姿を見ている。

 人々にとって、ダンブルドアは善の存在であり、ヴォルデモート卿は悪の存在。

 まさに光と闇の如く、両者は対極の存在だと誰もが確信している。

 

 笑い話だ

 

 ダンブルドアがヴォルデモート卿の本質を見抜けた理由は単純明快だ。

 あの日のヴォルデモート卿は、嘗てのダンブルドアだった。

 ただ、それだけの事だ。

 

「……あぁ、アルバス」

 

 若き日のヴォルデモート卿が受けた評価はそのまま若き日のダンブルドアの評価だった。

 端麗な容姿、研ぎ澄まされた魔力、類まれな頭脳、優れた精神性。

 彼らは誰よりも卓越した存在でありたいと思い、力を示したいと願っていた。

 目的の為ならば手段を選ばないところもそっくりだ。

 ヴォルデモート卿がダンブルドアになり得たように、ダンブルドアもヴォルデモート卿になり得た。

 

「力を貸してほしい」

 

 その言葉が腐り果てていた大地に恵みを与える。

 ここはヌルメンガード要塞監獄。

 嘗て、史上最悪の魔法使いと称されたグリンデルバルドが建造した城である。

 私設監獄として、グリンデルバルドに敵対した多くの者を収監していた場所でもある。

 その最も厳重な檻に彼はいた。

 

「ゲラート」

 

 この監獄を作り上げた張本人であり、ダンブルドアが嘗て討伐した闇の魔法使い。

 彼の前にダンブルドアは現れた。

 

「もちろんだとも」

 

 若き日に理想を分かち合い、肌を重ね合った相手の出現にグリンデルバルドは驚かなかった。

 彼は視ていたのだ。

 死を迎える前に再び愛する者と手を取り合う機会を得る事が出来ると。

 互いに髪からは色素が抜け落ち、肌にも無数の皺が刻まれている。

 それでも胸に渦巻く愛おしさは変わらない。

 

「わたしを清めてくれ」

 

 ゲラートは薄汚れた肌や服をアルバスに清めてもらうと、すぐさま彼を抱きしめた。

 半世紀以上も会えなかった。時は想いを募らせる。

 

「……アルバス。まずは謝らせてほしい。そして、出来る事ならば許してほしい」

「ゲラート、わかっておる」

 

 その言葉は甘く心を満たした。

 布越しに伝わってくるぬくもりが互いの存在を実感させる。

 

「猶予はない。すぐにホグワーツへ戻る」

 

 ダンブルドアは冷ややかに言った。

 つれない態度だとグリンデルバルドは微笑んだ。

 これこそがダンブルドアの本当の姿なのだ。冷たい炎が彼の中で燃え上がっている。

 

「ああ、行こう」

 

 高鳴る胸を抑えながらグリンデルバルドはダンブルドアと手を繋ぐ。

 そして、僅かな浮遊感の後、彼はホグワーツへ舞い降りた。

 

『……ダンブルドア、正気なのか?』

 

 そこは校長室だった。姿現しが出来ないはずの場所だった。

 周囲に飾られている歴代校長の肖像画達はダンブルドアとグリンデルバルドを見つめている。

 

「無論じゃよ」

 

 ダンブルドアは応えた。

 

「ヴォルデモート卿のオリジナルは既に復活を果たしておる。そして、分霊も個別の意思を持って動いておる」

「おまけに分霊は憑依能力を持っているのだろう? 誰の内にも潜む事が出来るわけだ。……もはや、人間ではないな」

 

 グリンデルバルドの言葉にダンブルドアが頷いた。

 

「現状は既に詰みかけておる。今日明日にでも、あやつは生徒達の命を人質に取り、わしを殺すじゃろう」

『……到底、打つ手がある状況とは思えぬ』

 

 肖像画の一人が呟いた。

 それは他の肖像画達の意見を代弁している。

 誰もが状況を覆すビジョンを見れずにいる。

 

「だからこそ、アルバスはわたしを牢獄から解放したのだよ」

 

 ゲラートは言った。

 

『……何をする気なのかね?』

「ヴォルデモートに先んじて魔法界を掌握する」

 

 肖像画達は言葉を失った。

 あまりにも予想外の言葉だったからだ。

 

『……魔法界を、しょう……あく?』

「その通りだ、ディリス・ダーウェント。ヴォルデモートが魔王として君臨する前に、我々が王として君臨する。それが現状で唯一残された手段だ」

『ダ、ダンブルドア……、この者は正気を失っているのでは……?』

 

 ディリスの言葉にダンブルドアは「正気じゃよ、ディリス」と応えた。

 

「その為に牢獄より出したのじゃ」

『し、しかし……!』

『落ち着きなされ、ディリス殿!』

 

 狼狽するディリスに対して、オッタライン・ギャンボルが鋭い声をあげる。

 

『オ、オッタライン殿!?』

『それ以外に手があると言うのなら、提示するがいい! 今すぐに! 時は一刻を争うのだ! それほどまでに切羽詰まっている状況なのだ!』

『……左様。もはや、ヴォルデモート卿が魔法界を掌握するのは時間の問題じゃよ。何しろ、服従の呪文以上に確実に、そして、自在に人間を操る事が出来るのだからな。そして、そうなってからでは本当に手遅れとなってしまう』

『エ、エルフリーダ殿……』

 

 エルフリーダ・クラッグの言葉にディリスは口を噤んだ。

 

「現状は既に詰みかけている。手段を選んでいられる余裕もない。だからこそ、最初の一手は華々しく飾ろうじゃないか!」

 

 そう呟くと、グリンデルバルドはダンブルドアから返された杖(・・・・・)を振り上げた。

 

「エクスペクト・フィエンド」

 

 竜が舞う。紅蓮の業火は一瞬の内に校長室を燃やし尽くした。そして、炎はホグワーツ全体に広がっていく。

 既にダンブルドアの姿はなく、グリンデルバルドは哄笑する。

 

「ヴォルデモートよ。貴様の悪逆に華を添えてやろう。フハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」

 

 それは丁度、大広間で生徒達の生首が並べられた瞬間でもあった。

 炎の竜はホグワーツの創設者達が掛けた守護を次々に破壊していく。

 そして、その壁を溶かし、赫灼に染め上げていく。

 それを可能にしているのは彼の杖。ダンブルドアが取り上げていた史上最強の一振り。

 

 ニワトコの杖。

 

 死の秘宝とも呼ばれ、偉大なる創設者の魔力すら上回る力を担い手に授ける杖だ。

 炎は瞬く間に大広間を取り囲んだ。

 誰もが思った。

 これは生徒の生首を並べた残忍極まるスリザリンの継承者の追撃に違いないと。

 姿くらましの使えない状況下で逃げる事など叶わない。

 悲鳴が上がる中でハリー・ポッターの内に潜むヴォルデモート卿の分霊は選択を迫られた。

 

「……ッハ、驚いたぞ」

 

 こんな手段に打って出るなど想像もしなかった。

 幸い、生きている生徒達は全員が大広間に集められていた。

 けれど、一部の教師や闇祓いは外にいた。彼らは既に死亡しているはずだ。

 殺したのだ。何の罪もない善良な者達を……!

 

「驚かされたぞ、ダンブルドア!」

 

 ヴォルデモート卿は杖を抜く。

 このままでは殺される。大広間を囲っているのは悪霊の火であり、その魔力は分霊箱すら破壊する。

 反撃に出て、ハリーがヴォルデモート卿である事をダンブルドアに確信させるデメリットと己の死を秤にかけようとした。

 バカバカしい。秤にかけるまでもない。既にダンブルドアは気づいている。だから、こんな無茶苦茶な手を打って来たのだ。

 ならばこそ、選ぶべき手は一つ。

 

「エクスペクト・フィエンド!!」

 

 隣で悲鳴を上げるアーニーを地面に転がすと、ヴォルデモート卿は壁を溶かしながら迫る炎の壁に向かって悪霊の火を放った。

 紅蓮の龍が壁に向かって突き進んでいく。

 

「アーニー!!」

 

 意識したわけではなかった。ヴォルデモート卿は転ばせたアーニーの制服の襟を掴んで無理やり立たせた。

 二年近く鍛えた甲斐があり、彼の筋肉はアーニーの体重を軽々持ち上げる事が出来た。

 

「走れ!!」

 

 炎の壁に道を拓くハリー・ポッター。

 その姿に怯えきっていた生徒達はこぞってついていく。

 一瞬顔を見合わせた教師達もその後に続いた。

 

「外へ出るんだ!!」

 

 誰もが必死だった。左右に広がる炎の壁は触れただけで焼き尽くす。

 壁を通り抜ける事が出来た者は幸運であり、一部の生徒や教師は骨も残さず焼き尽くされた。

 そして、外に飛び出した者達は目撃する。

 天に昇る髑髏の紋章。

 ヴォルデモート卿の印が彼らを見下ろしている光景を……!

 

 そして、その光景を多くの記者が目撃していた。

 彼らを用意していたのはヴォルデモート卿だった。

 彼らにダンブルドアの死を報じさせるつもりだった。

 けれど、彼らが報じるのは全くの逆となる。

 紅蓮に燃え上がるホグワーツと髑髏の紋章を見れば誰もが気づかずにはいられない。

 ヴォルデモート卿が復活した。

 

 記者達がその情報を魔法省に持ち帰る為に姿くらましている頃、ダンブルドアは焼け焦げた姿で生き残った生徒達や教師達の前に現れた。

 その姿にヴォルデモート卿は息を呑む。

 

「……みな、すまなかったのう」

 

 たった今、生徒を含めた多くの者を虐殺した男は哀しそうに呟いた。

 

「わしは守り切る事が出来なかった……」

 

 ヴォルデモート卿は悟る。

 甘く見ていた。これがアルバス・ダンブルドア。

 誰も彼を疑いなどしない。

 

「ヴォルデモート卿が復活した。死んでいった者達の為に、わしは命を賭けて戦うと誓おう」

 

 その言葉に鳥肌が立った。

 ヴォルデモート卿の瞳には、ダンブルドアの姿が得体の知れない怪物のように映った。

 

 ◆

 

 そして、その姿を死の秘宝の一つである透明マントを使って姿を消しながらグリンデルバルドが見つめていた。

 愚かなるヴォルデモート。

 

 《そんな事をする筈がない》

 

 そう思い込んでいた時点で貴様の負けだ。

 ニワトコの杖を彼の背中に近づけて、呪文を唱える。

 

「インペリオ」

「……ばか、な」

 

 ニワトコの杖による服従の呪文はヴォルデモート卿の精神を完全に支配した。

 

「さて、反撃開始と行こうか」

 

 そう、ゲラート・グリンデルバルドは邪悪に嗤う。


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