拍手喝采を贈ろう。
アルバス・ダンブルドア。彼は見事にヴォルデモート卿の目論見を打ち破った。
「犠牲を善しとしたな、ダンブルドア。ならば、貴様は此方側だ」
ありえないと考えていたが、想定していなかったわけではない。
逆の立場に立った時、状況を覆す事は不可能だと思った。けれど、それはダンブルドアが今の姿勢を崩さなかった場合に限る。
光に背を向け、闇を征くならば道は拓かれる。
「だが、分かっているのか? 闇は我が領域だぞ」
ヴォルデモート卿は思考する。
ダンブルドアの立場に立つ。彼が持ち得るものを列挙していき、そこから解答を導き出す。
「……ゲラート・グリンデルバルド」
分霊の憑依術を目の当たりにした時点でダンブルドアは孤立無援となった。
けれど、一人では限界がある。それに、年季の違いはダンブルドアも分かっている筈だ。
ならばこそ、ダンブルドアはグリンデルバルドをヌルメンガード要塞監獄から出す。
此方側のやり方に精通していて、ダンブルドアに匹敵する力を持つ者。
手段を選ばなくなったのなら、この状況下で必要不可欠な戦力だ。
「俺様が魔法省を掌握する為に動くと考え、先手を打つ気だな」
ダンブルドアがその気になれば魔法省は諸手を上げて歓迎する筈だ。
ヴォルデモート卿が魔法界を掌握する為に仕掛けた策も丸々利用される事になるだろう。
「……面白くなってきたではないか」
第十二話『三人の魔王』
ホグワーツの崩壊のニュースは瞬く間に魔法界全体へ広がっていった。
ハリー・ポッターによるヴォルデモート卿討伐から十年、誰もが蓋をしていた奥底の恐怖が蘇る。
「……ダ、ダンブルドア。本当なのか……?」
魔法省の最上階、魔法大臣室で現職の魔法大臣であるコーネリウス・ファッジは恐怖の表情を浮かべながらダンブルドアに問いかける。
「ヴォルデモートは復活した。一刻の猶予もない状況じゃ」
ファッジは信じられない気持ちでいっぱいだった。
ヴォルデモート卿は十年前に滅びた。それが彼の中での事実だった。
如何にダンブルドアの言葉だろうと、すぐに納得など出来る筈もなかった。
「しょ、証拠だ! 証拠はあるのか!?」
「……死者の数を数えてみるが良い。報告は上がっている筈じゃ」
ファッジは青褪めていく。報告書に記された27の数字。
それはホグワーツで死亡した人間の数だ。
生徒だけで18人が死んだ。
「望むのなら死者の姿を見せようではないか」
その言葉がダンブルドアの口から発せられたものである事にファッジは一瞬気づけなかった。
「……は?」
ダンブルドアは杖を振るった。
すると、ファッジの目に死者の姿が映り込んだ。
壁に貼り付けられた肉塊。大広間に並べられた子供達の生首。血と肉骨で満たされた立方体。燃えていく者達……。
あまりの光景にファッジは胃袋の中身を吐き出した。
「……こ、こんな事」
子供の死体はファッジの心を大きく揺さぶった。
彼らの恐怖と苦痛の表情が脳裏に焼き付いた。
不安と恐怖に押しつぶされそうになりながら、虐殺を働いた者に対する一縷の怒りを燃やす。
「どうしたら……、いいんだ?」
ファッジはダンブルドアに問う。
「戦うのじゃよ。矢面にはわしが立つ。だから、お主の力を貸して欲しい」
「……ダンブルドア」
ダンブルドアの言葉は巧みだった。
ファッジという男は凡庸であり、温和である。そして、革新的な思想を厭う保守的な人間でもあった。
彼には戦いを選ぶ勇気などない。そして、己の地位を失う事を常に恐れている。
言い方を誤れば、彼は己の権力に固執し、ダンブルドアの言葉を虚言と断じ、ヴォルデモート卿に対して無抵抗を貫いていた事だろう。
そういう男なのだとダンブルドアは理解していたのだ。
「お主の事はわしが守る。だから、共に魔法界を守ろう」
その言葉にファッジは頷く。
ダンブルドアに守られる安心感と魔法界を守るという使命感。
その二つがファッジの心をあたたかく包み込む。
「ありがとう。お主の勇気に感謝しよう」
その言葉にファッジは照れたように微笑む。
そして、ダンブルドアに魔法省の全権を委ねた。
◆
ゲラート・グリンデルバルドはニワトコの杖を振るった。
ハリー・ポッターと共に遠い地の山小屋へ姿現す。
そこは嘗て、彼が使っていた隠れ家の一つだった。魔法使いにも、マグルにも見つからないまま今日まで残っていたのだ。
そこにはあらゆるものが揃っていた。
「さて、始めようか」
ハリー・ポッターの中にはヴォルデモート卿の分霊が住み着いている。
今は服従の呪文によって封印を施している。
ニワトコの杖だからこそ可能な芸当だ。
「すまない、ハリー・ポッター」
グリンデルバルドは小さな瓶を取り出した。
それは法定規則を大きく逸脱した濃度の
飲んだ者の心と体を完全に壊してしまう。代わりにあらゆる情報を吐き出させる事が出来る。
拷問などよりも効率的で、比べ物にならない程に残酷で取り返しのつかないものだ。
それを幼い少年の口に含ませる。薬液が全身に巡っていくのが見て取れる。
髪が抜け始め、歯も取れ始めていく。
「レジリメンス」
あと数分でハリーポッターは死ぬ。
それまでが勝負だ。もはや口を開く事も出来ない。
その為、開心術を併用する。
彼の心にはグリンデルバルドが知りたいすべての情報が揃っていた。
ハリー・ポッターの事、分霊の事、分霊箱の事、他の分霊箱の場所、オリジナルの事、全てだ。
「分霊箱。実に面白い術だな」
分霊箱という術のメカニズムも把握出来た。
「……この術、うまく利用すれば武器になるな」
嘗て、彼は死の秘宝を求めていた。
その中でも、とりわけ《蘇りの石》を欲していた。
それは蘇りの石を使う事で亡者の軍勢を生み出す事が出来ると考えた為だ。
「アルバスはヴォルデモートを討伐した後、己の死をもって闘争を鎮める気のようだが、そうはいかない」
グリンデルバルドの表情は禍々しく歪んでいく。
嘗て、彼は彼なりの理想を持っていた。
ダンブルドアが口にしていた《より大きな善の為に》という言葉を胸に、彼なりの正義を持っていた。
たとえ、どれほどの罪を犯そうとも世界を正しき方へ導く決意を固めていた。
けれど、もはやそんなものはない。半世紀以上もの間、暗闇の中で懐き続けていた思いは一つだ。
「アルバス。お前だけだ。お前だけでいいんだよ」
肌に皺が刻まれようと、髪が白くなろうと、愛おしさは変わらない。
人も光も無い空間。孤独は心を蝕み続ける。それでも正気を失わなかった理由は一つ。
ダンブルドアに対する愛。それだけが彼の中に残り続けていた。
「犯すがいい。殺すがいい。穢れたお前をわたしが愛そう」
世界などどうでもいい。光に照らされようと、闇に沈もうと構わない。
ただ、ダンブルドアを穢したい。共に堕ちていきたい。
愛しているのだ。手元に置きたいのだ。その身も心も魂さえも我が物としたいのだ。
その為ならば世界を救おう。
その為ならば世界を壊そう。
「フハハハハハハハハハハハハハッ!!!!」