【完結】我が名はヴォルデモート卿   作:冬月之雪猫

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第十三話『ヴォルデモート卿VSゲラート・グリンデルバルド』

 ダンブルドアが魔法省の全権を握ると同時にヴォルデモート卿は自らの腕に指を沿わせた。

 そこに刻まれているものは闇の印。同じものが配下の死喰い人にも刻まれている。そして、刻印同士は見えない糸で繋がっている。

 

「俺様が支配した後、新たなるシステムの構築の為に施しておいた仕掛けだが……」

 

 分霊は魔法省の内部に糸を張り巡らせていた。

 本人に気づかれぬように刻んだ刻印の数は魔法省の職員のおよそ八割。 

 刻印を通じて、ヴォルデモート卿は魂の一部を送り込んでいく。

 分霊箱は魂に干渉する。如何に穏やかな者でもヴォルデモート卿の底無き憤怒と憎悪に魂を染め上げられる。

 荒れた心は不和を生む。人間関係の縺れは組織を容易く瓦解させる。

 如何にダンブルドアが優れたカリスマ性を持っていても意味がない。

 

「魔法省が瓦解すれば、それは英国魔法界全体の混乱に繋がっていく。混沌は良識や倫理を溶かしていく。災害の時、略奪が横行するように、人とは管理されなければ平然と罪を犯す生き物なのだ」

 

 性善説など戯言だ。罪に罰がなければ平然と自分より弱い者から搾取する。

 分霊が憑依していたハリー・ポッターの人生が良い例だ。

 まるで生まれた事が罪かのように虐げられる人生だった。

 疑問を抱く事を許されず、部屋とも呼べない狭い空間に閉じ込められ、食事も満足に与えられず、気まぐれに嬲られる。

 けれど、彼を虐げた者達に罪の意識はなく、罰も与えられない。だからこそ、あそこまでエスカレートしたとも言える。

 

「ダンブルドア。やはり、貴様を殺すのは貴様が守る者達だ」

 

 ヴォルデモート卿は闇の中に消えていく。

 彼は何もしない。けれど、ダンブルドアは警戒を続ける。緊張は長引く程に心を削っていく。

 そして、人々は警戒しなくなる。警戒を続けるダンブルドアに疑問を抱く。やがては彼を糾弾し始める。

 民衆とは愚かなものだ。知恵無き身で知恵有る者を平然と見下し、罵倒する。それが己の首を締める事になっても気づかない。

 動かぬ事こそ、最大の攻撃となるのだ。

 

 第十三話『ヴォルデモート卿VSゲラート・グリンデルバルド』

 

 ヴォルデモート卿の読みは的中していた。

 動かないヴォルデモート卿に対して、人々の危機意識は急速に削られていく。

 大臣の全権を奪い取ったダンブルドアに対して、不信感を抱く者が現れ始める。

 そして、同時にヴォルデモート卿の擬似的な分霊箱となった者達の心が荒れ始める。

 些細な事でイザコザが発生し、不和は瞬く間に魔法省全体へ広がっていった。

 

「……スチュアート。アンデルセン。ウォーロック。エマニュエル。ロット。アーウィン」

 

 ダンブルドアは不和が広がる原因となった人物達をリストアップしていた。

 ヴォルデモート卿がダンブルドアの行動を読んでいたように、ダンブルドアも彼の行動を読んでいた。

 分霊箱の特性をグリンデルバルドが解明した成果である。

 

「見えざる糸。じゃが、そこには確かに存在しておる」

 

 ヴォルデモート卿は一つ重大な見落としをしていた。

 それはニワトコの杖の存在だ。

 

「トム。お主は何もするべきではなかった。一切、何もしない。それこそが最適解じゃった」

 

 本当に何もしなければ打つ手が無かった。

 しかし、彼は刻印を刻んだ者に魂の一部を送り込んだ。

 信用していないのだ。人間という生き物を一切信用していない。

 人間を悪性だと断じながら、その悪意すら信じていない。

 だから、手を打ってしまった。

 

「人を信じる心。それがお主には欠けておる」

 

 ダンブルドアは杖を振るう。

 すると、ニワトコの杖を持つグリンデルバルドの下へリストが届けられた。

 

「さて、対面といこうではないか、ヴォルデモートよ!」

 

 グリンデルバルドがニワトコの杖を振るう。

 解析した分霊箱の情報を元に糸を辿る術は会得済みだ。

 元々、闇の印は配下の者を呼び寄せる為に仕掛けが施されている事も大きかった。

 グリンデルバルドの姿はかき消え、そして、彼方に姿を晦ました筈のヴォルデモート卿の眼前に現れた。

 

「……驚いたな」

「アバダ・ケダブラ!」

 

 目を見開くヴォルデモート卿にグリンデルバルドの死の呪文が向かっていく。

 ヴォルデモート卿は咄嗟に姿晦ました。集中する暇がなく、その距離は数メートル。

 

「エクスペクト・フィエンド!」

 

 グリンデルバルドは術を悪霊の火に切り替えた。

 周囲一体を焼き尽くしていく。

 

「エクスペクト・フィエンド」

 

 ヴォルデモート卿は迫り来る炎の竜に一点集中の悪霊の火をぶつけた。

 龍と竜がぶつかり合う。

 そして、一瞬の膠着状態が発生する。

 

「……なんと」

 

 グリンデルバルドは息を呑んだ。

 己が使っている杖は最強の一振りだ。一瞬だろうと拮抗される事などあり得ない。

 けれど、ヴォルデモート卿は拮抗してみせた。

 その絶大な魔力がグリンデルバルドに格の違いを実感させる。

 

「なるほど、強いな……」

 

 戦いを長引かせるのは不利だ。

 彼に対して、ニワトコの杖によるアドバンテージは絶対ではない。

 

「だが、終わりだ。アバダ・ケダブラ!!」

 

 一点集中の悪霊の火。それは、そうしなければ迫り来る炎竜に焼き殺されていたからだ。

 炎竜の一部に穴を空ける事で活路を見出し、そこに飛び込んだヴォルデモート卿。

 そこにグリンデルバルドは回り込んでいた。

 緑の閃光がヴォルデモート卿に向かっていく。

 炎竜を突破する為にヴォルデモート卿は力を振り絞った。さっきのように姿晦ましで回避する事は不可能。

 

「勝った!」

「ああ、僕の勝利だ」

「……っが……え?」

 

 いきなり、背後から胸を刺された。

 激痛と混乱に顔を歪めるグリンデルバルドの目の前では緑の閃光が激突する寸前に何者かと付き添い姿くらますヴォルデモート卿の姿が映った。

 杖を奪い取られ、組み伏せられる。

 

「……いやはや、驚いた。まさか、ここまで上手く事が運ぶとは」

 

 倒れ伏したグリンデルバルドに姿現したヴォルデモート卿が微笑む。

 その傍らにはヴォルデモート卿をそのまま若くしたようなハンサムな少年と平凡な顔立ちの少女がいる。

 

「……まさか」

「ああ、ここまでの展開をすべて読んでいた」

 

 グリンデルバルドがハリー・ポッターの分霊から情報を抜き取る事をヴォルデモート卿は想定していた。

 だからこそ、何もしない事を選びながら闇の印を通じて魂の断片を送り込んだのだ。

 ダンブルドアが魔法省で身動きが取れなくなっている今、実行部隊となる者は彼一人。

 そして、こちらのミスだと考えた彼は即断即決で不意打ちを狙ってくると推理した。

 

「貴様如き、ヴォルデモート卿の脅威とはなり得ない」

 

 ヴォルデモート卿の瞳が真紅に輝き、グリンデルバルドを見下ろしている。

 

「だが、厄介の種は摘み取るべきだ。そうだろう? ゲラート・グリンデルバルド。貴様はダンブルドアの手足だ。それをもぎ取れば、もはやヤツには何も出来ない。唯一無二の生命線とも言える。だから、まずは貴様を葬る事に決めていたのだよ」

 

 これが闇の帝王の力。

 嘗て、世界を支配しかけた男すら手球に取る。

 十年前も結局誰も彼には勝てていなかった。ただ、ハリー・ポッターの存在が数奇な運命を引き寄せたに過ぎない。

 そして、ハリー・ポッターはグリンデルバルドが既に殺害してしまっている。

 

「……アルバス」

 

 杖もなく、グリンデルバルドには逃げる手段がなかった。

 

「殺すのかい? 利用価値があると思うけど?」

 

 黒い手帳のような物を持つ少年が気安く傍らのヴォルデモート卿に話しかける。

 

「ああ、殺す。利用価値よりも、存在する事のリスクの方が大きい」

「慎重だね」

「っふ、融合の影響かもしれんな」

 

 ハリー・ポッターに憑依していた分霊はグリンデルバルドが接触する前に既にオリジナルと融合していた。

 ただ、グリンデルバルドをここに誘き寄せる為に断片を忍ばせていたに過ぎない。

 そして、新たにワームテールからドラコを経由して入手したマルフォイ邸の分霊箱(日記)とエマ・ヒースガルドを使って罠を仕掛けていた。

 ホグワーツ炎上の直後、ドラコを心配してルシウスが現れた事はヴォルデモート卿にとって幸運な事だった。

 

「僕とも融合するかい?」

「いや、魔力は十分だ。遊撃として動ける者が一人は必要だろう。貴様は消えたスリザリンのロケットを捜索してもらいたい」

「オーケーだ、もう一人の僕。いくよ、エマ」

「……はい、ヴォルデモート卿」

 

 虚ろな目のエマを連れて日記の分霊が姿くらます。

 そして、残されたヴォルデモート卿はグリンデルバルドに杖を向けた。

 

「さらばだ。アバダ――――ッ!?」

 

 その時だった。突然、ヴォルデモート卿に真紅の閃光が襲いかかった。

 咄嗟に回避したヴォルデモート卿に更なる魔法が降り注ぐ。

 

「どこだ!?」

 

 見えない。どこにも誰もいない。

 

「なっ!?」

 

 いきなり、何もない空間から真紅の閃光が放たれた。

 

「透明マントか!?」

 

 市販の物ではない。そんなものではヴォルデモート卿の目を欺く事など不可能だ。

 脳裏に過るは死の秘宝の一つ、本物の透明マント。

 音もなく、気配もない。ヴォルデモート卿は忌々しげに舌を打った。 

 そして、彼は姿くらました。

 見えない敵と戦うには準備が不足していると判断したのだ。

 ここでグリンデルバルドにとどめを刺せない事と強行するリスクを天秤に掛け、撤退を選んだ。

 

「……すまん、アルバス」

 

 グリンデルバルドは表情を歪めた。

 悔しさと申し訳無さ、そして、喜びの感情が彼の表情を複雑に彩っている。

 

「戦いは始まったばかりじゃ」

 

 透明マントを脱ぎ去るダンブルドア。

 彼の表情も苦悩に満たされていた。


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