【完結】我が名はヴォルデモート卿   作:冬月之雪猫

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第十五話『愛は盲目』

 アルバス・ダンブルドアは刻一刻と悪化していく現状を憂いていた。

 あの時、彼は間違えた。優先するべきはニワトコの杖の回収だった。次点はヴォルデモート卿の殺害。完全な討伐は無理にしても、一時的に無力化する事は出来た筈だった。それなのに、グリンデルバルドの救出を選んでしまった。

 あまりにも致命的なミスを犯してしまった。

 

 第十五話『愛は盲目』

 

「アルバス」

 

 グリンデルバルドは消沈しているダンブルドアをジッと見つめていた。

 彼はダンブルドアが世界よりも自分を選んだ事に歓喜していた。

 そして、悪に染まりながらも大望を成就する事が出来なかった事を嘆く姿に口元を歪めている。

 ゲラート・グリンデルバルドにとって、世界などどうでもいい。むしろ、事態は彼にとって好転しているとさえ言えた。

 

「すまなかった、アルバス」

 

 そっと指を彼の方に沿わせる。拒絶されると思ったが、そんな気も起こらないようだ。

 ロンドンが燃え、ウェールズが燃え、スコットランドも数時間前に燃え尽きた。

 死者の数などとうに数え切れなくなっている。

 今頃、魔法省は行方を眩ませたダンブルドアを糾弾している事だろう。この状況を覆す事が出来る唯一の可能性を自ら潰す為に。

 きっと、マグルの世界も変わらない。顔も名前も知らない彼の事を糾弾している事だろう。

 誰もがダンブルドアの死を望んでいる。

 己の命惜しさに生贄となる事を求めている。

 実にくだらない。救ける価値を一欠片足りとも見いだせない。

 それでも、ダンブルドアは彼らを見捨てられずにいる。

 茨の道を自ら進み、その先に紅蓮の業火が燃え盛っている事を知っても立ち止まる事が出来ない。

 その儚い生き方が愛おしい。その破滅的な心情が愛おしい。

 

「……もう、十分なのではないか?」

 

 それはどちらに向けた言葉なのだろうか。

 グリンデルバルドは囁くように言った。

 

「ダンブルドア。お前は神ではない。人だ。人に出来る事など限られている」

「……何が言いたいのかね?」

 

 向けられた冷たい視線にゾクゾクした。

 どうやら、この状況にあっても彼の中に諦めという言葉はないようだ。

 

「冷静になれ、アルバス。勝負は決したのだよ。ヴォルデモート卿がニワトコの杖を手にした時点で」

「……よもや、お主」

 

 瞳の内に怒りの炎が燃え上がる様を見て、グリンデルバルドは慌てた。

 

「勘違いをするな。わたしはベストを尽くした。君が来てくれなければ……、君がわたしを選んで(・・・・・・・)くれなければ……、あの場で躯を晒していた筈だ」

「……わしは誤った判断を下してしまった」

「そうだ、アルバス。お前は間違えた。決して間違えてはならない時に間違えたのだ。アルバス。なあ、アルバス。わたし達はいつまでも若くないのだ。老いとは恐ろしいものよ。如何に魔法で延命しようとも、脳髄の劣化を抑えようとも、やがては限界が来る。寿命とはそういうものであり、如何なる者であっても逆らえぬ運命だ」

「だから、受け入れよと?」

「そうだ。そうだよ、アルバス。運命を受け入れるんだ」

「運命か……」

 

 ダンブルドアは悲しげに目を細めた。

 グリンデルバルドは彼が運命を受け入れたのだと確信した。

 辛い決断だ。悲しむのも仕方のないことだ。

 だから、精一杯の愛をもって彼を慰めようと手を伸ばした。

 

「変わってしまったのじゃな、ゲラートよ……」

「……は?」

 

 ダンブルドアは悲しげにグリンデルバルドを見つめていた。

 手を伸ばしたまま、彼は凍りつく。

 

「嘗て、わしはお主の中に光を見た。それはお主が未来に目を向けていたからじゃ」

「……アルバス?」

 

 ダンブルドアは立ち上がった。

 

「お主は未来を見通す眼を持っていた。そして、その眼は《大いなる災い》を視た。それが世界の運命だと知りながら、それでも抗おうとしておった。その手を血に染めながら、それでも戦っておった」

「……やめろ、アルバス」

 

 グリンデルバルドは苦しげに言う。

 

「あの頃のわたしを否定したのは、他ならぬお前だろう」

「……それでも、わしは戦うお主が好きじゃった」

 

 その言葉にグリンデルバルドの眼は大きく見開かれた。

 

「……わたしはお前を愛している。あの頃から! 今も変わらず! 永久に……」

「お主はわしを愛してなどいなかった」

 

 その言葉にグリンデルバルドは心臓を鷲掴みにされたような感覚を覚えた。

 

「あの頃のわしは擦り切れていた。愛を求めておった。だから、お主はわしを手に入れる為に愛を与えた。ベッドの上で組み伏せられた時、お主の眼が何処へ向いているか分かっていた。わしではない。遥か彼方を見ていた」

 

 ダンブルドアは涙を零しながらつぶやく。

 

「……それでも良かった。注がれた愛に身も心も満たされ、欲しいものを与えてくれるものに縋り付こうとしてしまった」

「違う……、違うぞ! わたしは愛していた! 誰よりも、何よりも! アルバスを!」

 

 愛していない筈がない。アルバスと別れた時の身を引き裂かれるような苦痛を覚えている。いつ何時も彼を忘れた事などなかった。

 ずっと彼を求めていた。共に歩む未来を夢見ていた。

 

「ゲラート。わしの最大の過ちは過去を取り戻そうとしてしまった事じゃ」

「……何を言っているんだ?」

 

 困惑するグリンデルバルドにダンブルドアは言う。

 

「今度こそ二人で世界を救えると思った。けれど、そうではなかった。わしはお主を見て、お主はわしを見ている。どちらも世界を見ていない。そんな様では何も救えない。何も守る事など出来ない。こうなってしまったのも当然の成り行きかもしれぬ」

「……ならば、ならばこそ! もう世界など……」

「だから、こうしよう」

「は?」

 

 ダンブルドアは自らの胸に杖を押し当てた。

 

「……アルバス?」

「これは呪いじゃ。ゲラート・グリンデルバルド。世界を救え」

 

 その直後、緑の光がダンブルドアの杖から溢れ出した。

 それは死の呪文の光だった。

 詠唱を破棄する事など出来ない筈の術をダンブルドアは無言呪文で発動した。

 それはヴォルデモート程の凶悪な殺意をもってしても不可能な事。

 

「……ア、アルバス?」

 

 グリンデルバルドはよろよろとダンブルドアへ歩み寄った。

 そして、そこに魂の輝きが失せている事を理解した。理解してしまった。

 

「ばかな……」

 

 心はぐちゃぐちゃに乱れていた。

 それなのに、頭はどこかスッキリとしていた。

 ヴォルデモート卿が他者に抱く殺意よりも、ダンブルドアが自らに抱く殺意は大きかった。

 それこそが死の呪文を無言呪文で発動させられた理由だ。

 そして、ダンブルドアの狙いも分かった。

 ダンブルドアばかり見ている今のグリンデルバルドを嘗ての彼に戻す。

 その為に彼は死んだのだ。

 もはや、自らの力では及ばぬ程の高みへ至ってしまったヴォルデモート卿を倒す為に。

 

「……アル、バス」

 

 ダンブルドアの亡骸を見つめている内にグリンデルバルドの内へ彼の言葉が染み込んでいく。

 彼の言葉は真実だった。グリンデルバルドはダンブルドアを愛してなどいなかった。

 ただ、グリンデルバルドを愛してしまった彼の力を利用する為に偽りの愛を注いだに過ぎなかった。

 半世紀にも渡る暗黒の孤独が彼の認識を歪めたのだ。

 胸に渦巻く憎悪。己の野望を打ち砕いた不倶戴天の敵に対する殺意。

 それが長い時間を掛けて執着へ変貌し、やがて愛だと錯覚した。

 

「ああ……、愛してなどいなかった」

 

 グリンデルバルドはつぶやいた。

 そして、大粒の涙を零した。

 

「愛しているのだ、アルバス」

 

 優しく亡骸を抱きしめた。

 そして、温度を失いつつある唇を啄んだ。

 

「その呪い、確かに受け取った」

 

 ダンブルドアを失った事で彼の心は正常へ戻って行く。

 本当の彼を取り戻していく。

 

「……運命に抗うとしよう」


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