映像という発明は19世紀末に生まれた。
夢というものは、それまで音とぼやけた色の明滅に過ぎなかった。
けれど、映像が生まれた事で夢は輪郭を得た。
カラーテレビの発明後は夢に明確な色が生まれた。
「……科学技術とは生き物だ」
蜂が蜜を得る代わりに花の受粉を救けるように、人々は豊かな生活を得る代わりに科学技術を進歩させている。
それは美しい共生関係のように見える。花も科学も意思など持たない。どちらが支配している側なのかは一目瞭然に思えた。
けれど、毒花が蜂に毒を運ばせる事で死を撒き散らす事があるように、科学は人で戦争という名の毒をばら撒く。
「魔法とは、科学に対抗する為に人が身に付けた力だ」
いずれ、科学は人を根絶やしにする。
ゲラート・グリンデルバルドは《予言》という名の魔法によって警告を与えられた。
彼だけではない。《タイムマシン》や《宇宙戦争》といった著書で有名なハーバート・ジョージ・ウェルズも警告を与えられた者の一人だ。
1913年、彼は平和な世界で科学の恩恵を享受する人々に警鐘を鳴らした。
彼は著書の中で『最終戦争が始まる。飛行機が戦争に利用され、爆撃が行われる。戦車が生まれ、田園を踏み荒らす。そして、強大な力を持つ兵器が世界を焼き尽くす』と語っている。
それは二十世紀の世界の運命を予言したものだった。
第十六話『運命に抗う者』
強張る若者の顔があった。
祖国の勝利の為に勇敢に戦場を駆け、ドイツ軍の新型兵器である機関銃の餌食となった。
笑顔は泣き顔に変わり、誰もが絶望の表情を浮かべていた。
塹壕という名の溝で身を寄せ合い、砲弾や銃弾の音に怯え続ける姿を見た。
誰もが直ぐに終わるものだと甘い考えを抱いていたが、戦争は何年も続く事になる。
雨が降れば塹壕は地獄と化し、病までもが敵に回る。
人々を戦争に走らせたのは科学だ。それは疑いようがない。
平和な時間、科学は人々を豊かにし、過ぎた力を与えた。その力に溺れた権力者や反権力主義者を良からぬ方向へ走らせたのだ。
勝利した国は更なる繁栄を求め、敗北した国は抗う為の力を求める。
結果として、戦争は科学を劇的に進化させる。
それが科学の狙いなのだ。
「毎夜のように地獄を見た。科学を滅ぼせと魔法が囁いた。さもなければ滅ぶ事になると」
死にたくないと叫ぶ者、病気に苦しむ者、不潔な環境で精神を病む者。
彼らを救う為に立ち上がった。
それが始まりだった。
「塹壕の中で置き去りにされる死体を見た。雪山に進軍を強要され、戦う事すらなく凍え死ぬ兵士達の無念な顔を見た。戦争が戦争を呼び続ける様を見た」
放っておく事など出来る筈がない。
権力と力が必要だった。その為に闇の魔術に寛容なダームストラング専門学校から放校処分を受ける程の邪悪な術の研究にまで手を伸ばした。
それでも足りなかった。忍び寄る最終戦争は世界全体を舞台に繰り広げられる。世界と戦うには魔法の力を持ってしても足りないと感じていた。
だから、死の秘宝と呼ばれる秘宝を追い求めた。
「戦争が始まる前にマグルをすべて支配下に置かなければならない。魔法という人自身の力で科学を封印しなければならない。さもなければ多くの人が苦しみ抜いた果てに死ぬ」
グリンデルバルドはマグルを軽視などしていなかった。憎んでもいなかった。ただ、救いたかった。
ダンブルドアと出会った時、彼は天啓を得たように思った。彼となら世界を救う事が出来ると思った。けれど、運命は彼らを引き裂いた。
そして、手を
後の世に第一次世界大戦と呼ばれる戦争である。
夢で見た光景は現実のものとなった。
1915年、一人の女性が自身の命を断った。
あのアルベルト・アインシュタイン博士が天才と認めた男、フリッツ・ハーバーの妻であり、女性初の博士号を得た才女、クララ・ハーバーだ。
彼女が死を選んだ理由。それは夫であるフリッツの極秘研究にあった。
フリッツ博士は空気中から窒素を取り出す窒素固定法を生み出し、窒素肥料によって飢餓に苦しむ世界中の人々を救った人物だ。
彼の極秘研究を知ったアインシュタイン博士は怒りを顕にした。それほどの恐ろしい研究を行っていたのだ。
人類史上初の化学兵器、《毒ガス》である。
7kmに渡る前線に168トンの毒ガスは霧のように広がっていき、600人以上の兵士達が悶え苦しんだ後に死亡した。
目をやられ、のたうち回る姿はまさに地獄絵図だ。
死んだのは兵士だけではない。近隣の住民にまで被害は及んだ。
彼らの感じた恐怖は銃弾の雨すら超えるものだった。
フリッツ博士は毒ガスが戦争を早期に終結させ、多くのドイツ兵を救うと信じていた。
毒ガスが完成すると、博士の邸宅で祝賀会が開かれた。
その夜、クララ女史は夫のピストルを胸に押し当て、引き金を引いた。
そして、悲劇は続いていく。
フリッツ博士の研究はチクロンBという毒ガスを誕生させる。
それは強制収容所で多くのユダヤ人を殺害する為に用いられた。
そして、博士自身もユダヤ人であった。
その悲劇はグリンデルバルドが取りこぼしてしまった悲劇だった。
悪魔の如き発明は世界中で生み出されていたのだ。そして、そのすべてを生まれる前に葬り去る事は出来なかった。
多くの同胞と共に必死になって止めようと足掻いたが、どれも無駄に終わってしまった。
毒ガスによる無差別な大量殺戮が世界各地で巻き起こり、次々に最新の兵器が生み出されていく。
百の悪魔を仕留めても、千の悪魔が地獄を作る。
正道に拘る事など出来る筈もなかった。邪道に手を染めても足りないのだ。
悪魔よりも悪魔となり、それでも業火は燃え上がっていく。
爆弾の威力も日を追う毎に増していく。
例え、国の機能が停止しても構わない。
その覚悟で国の首脳を殺害しようとした。けれど、どの国の魔法族も自国の首脳を守った。
世界など見ていない。彼らは彼らの国の事で精一杯だったのだ。
せめて、最悪の兵器の誕生だけは止めなければと思った。
けれど、彼が活動を開始した時、既にアインシュタイン博士は相対性理論を発見していた。
必要な土台は既に出来上がっていて、予言で見た発明家達をグリンデルバルドは殺し回った。生まれた直後の赤子すら手にかけた。
その悪魔の所業に魔法界は怒り、ダンブルドアが本腰を入れてグリンデルバルドの討伐へ動き始めた。
そして、決戦の日が来た。その時、既に最悪の兵器は完成してしまっていた。
日本という国に核兵器が落とされる。それを止めれば、アメリカに落ちる。それを止めればソビエト連邦に落ちる。
完成してしまった以上、もはやどこが犠牲になるかの問題になってしまった。
「……結局、わたしは無駄な事をしたのだな」
ダンブルドアに敗れ、ヌルメンガードの監獄に投獄された彼は日本で起きた悲劇を夢で見た。
そして、その後も世界は幾度となく地獄を見る事になると知った。
未来を知るという事は運命を知るという事であり、未来を変えるとは運命に抗うという事だ。
人は神にはなれない。
人に運命は変えられない。
暗闇の中で多くの夢を見た。
多くの運命を見た。
やがて、彼は生涯で唯一希望を抱けた時間に思いを馳せるようになる。
アルバス・ダンブルドア。
彼と過ごした僅かな時間だけが彼を慰めた。
「アルバス」
杖を片手に握り、グリンデルバルドは山の頂から世界を見下ろす。
「今一度立ち上がろう。そして、今度こそ運命を変えてみせる。見ていてくれ」