【完結】我が名はヴォルデモート卿   作:冬月之雪猫

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第七話『完全復活』

 組分けの儀式が終わり、ヴォルデモート卿は改めて大広間を見回した。

 そして、気づいた。

 

「……なん、だと?」

 

 ホグワーツの教員達が座る席。そこに本体(オリジナル)がいた。

 教師の一人に取り憑いているようだ。

 アルバス・ダンブルドアとヴォルデモート卿が並んで教員席に座っている。

 あまりの事に飲んでいたカボチャジュースを吹き出しそうになった。

 

「ど、どうしたの?」

 

 心配そうに声を掛けてくるアーニーに「問題ないよ」と返しながらオリジナルとダンブルドアの方に視線を向ける。

 ダンブルドアは気づいていないのだろうか? そんな筈はあるまい。恐らくは気づいている筈だ。何故なら、彼はアルバス・ダンブルドアなのだから。

 仮に気づいていなかったらエマやワームテールを使って自分の存在を徹底的に隠そうとしているヴォルデモート卿がまるでバカみたいだ。

 きっと、オリジナルとダンブルドアは既に熾烈な頭脳戦を繰り広げている筈だ。

 

「ハリー! このタンドリーチキン最高だよ!」

 

 アーニーの素朴な笑顔に救われる思いだった。

 ヴォルデモート卿はとりあえずオリジナルの事を置いておく事にした。

 いずれ接触する必要はある。だが、それは今ではない。こんな所で接触して正体を明かすわけにはいかない。

 

「うん……、おいしいね!」

 

 オリジナル(が取り憑いている教員)とダンブルドアがグラスをコツンと鳴らして乾杯している姿から目を逸らしながらヴォルデモート卿は食事に集中する事にした。

 もしかして、十年の間にオリジナルとダンブルドアが和解して仲良くなったとかいう超展開が起きているのではないかと彼は本気で悩みそうになった。

 

 第七話『完全復活』

 

 食事が終わり、ダンブルドアの諸注意を聞き流した後、ヴォルデモート卿はハッフルパフの監督生に連れられて寮に向かった。

 実は結構ワクワクしていた。ハッフルパフの寮には特に用事が無かったから今まで一度も足を踏み入れた事がなかったのだ。

 入り口は屋敷しもべ妖精が忙しなく働いている厨房の奥にある樽の山だった。

 ヴォルデモート卿はこっそりとすれ違う屋敷しもべ妖精に触れておいた。

 

「いいかい? 君達にはこれから《ハッフルパフ・リズム》というものを覚えてもらうよ」

 

 監督生が言った。

 魔法界で最も多くの知識を蓄えている自負があるヴォルデモート卿はハッフルパフ・リズムという単語を初めて知った。

 小刻みに肩を上下させながらリズムを取り始める監督生。

 

「ヘイ! トントントトトン! ヘイ!」

 

 あの《ヘイ!》は必須なのだろうか?

 ヴォルデモート卿は真剣に考え込んだ。

 

「よーし、ハリー・ポッター! 折角だし、今日は君に開けてもらおうか!」

 

 オリエンテーションのつもりなのか、監督生はヴォルデモート卿に白羽の矢を立てた。

 まだ一回しか見ていない。《ヘイ!》に意識を持っていかれ過ぎて、完全に把握出来ているとも言い辛い。あまり無様な姿は晒したくなかった。

 

「やってみなよ、ハリー!」

 

 ところがアーニーが口火を切って、ハッフルパフのみんなに応援され始めた。

 

「君なら出来るよ!」

「がんばって!」

「大丈夫さ! 失敗しても笑わないよ!」

「ファイトー!」

「ハリーならいけるさ!」

 

 温かい雰囲気だ。逃げ出す隙が全く無い。

 溜息を零しそうになりながら「や、やってみるよ!」と言って樽の前に立つヴォルデモート卿。

 

「ヘイ!」

 

 とりあえず、見様見真似で樽を叩いた。

 

「トントントトントン!」

「あっ……」

 

 監督生の気まずそうな声が聞こえた。

 そして、いきなり上から熱々の(ビネガー)が降ってきた。

 お酢の酸っぱい匂いに涙が滲みそうになった。

 みんな、ヴォルデモート卿から距離を取った。

 さっきまでの温かい雰囲気は一変して、ヴォルデモート卿は馴染み深い孤独感に晒された。

 

「……ど、どんまい!」

「どんまい!」

「どんまーい!」

「どんまいどんまい!」

 

 どんまいのコールが響く中、ヴォルデモート卿は樽の山に悪霊の火を打ち込まないように耐えるのだった。

 

 ◆

 

 監督生に案内された風呂場でシャワーを浴びたけれど、ビネガーのツンとした匂いは中々取れなかった。

 魔法の石鹸の消臭作用すら上回る酢の匂い。そんな物を浴びせるハッフルパフの寮は他のどの寮よりもサディスティックだとヴォルデモート卿は思った。

 

「……ヘルガ・ハッフルパフは慈愛に満ちた女性との事だったが、あれはウソだな」

 

 げんなりしながらハッフルパフの談話室に戻ってくると、すでに生徒の姿はなかった。

 みんな、とっくに寝床に入ったらしい。

 

「ハリー!」

「!?」

 

 ちょっと薄情じゃないかと思っていたヴォルデモート卿はその声に目を丸くした。

 そこに居たのはアーニーだった。

 

「アーニー? 寝てなかったのかい?」

「ハリーを待っていたんだ! みんなも待ってるって言ってたんだけど、先に寝てもらったよ。僕、君とルームメイトだ! よろしくね!」

「……ありがとう、アーニー」

「へへ! 僕らの寝室はこっちだよ!」

 

 アーニーに案内されて、ヴォルデモート卿は寝室へ向かった。

 板張りの床、はちみつ色の煉瓦の壁、モダンな家具の数々。

 実に温かみのある部屋だ。

 

「いっぱい話したいけど、もうクタクタだ。明日から早速授業だっていうし、もう寝ようよ」

「うん、そうだね」

 

 それぞれ自分の荷物が置かれているベッドに横たわる。

 

「おやすみ、ハリー。良い夢を」

「おやすみ、アーニー。良い夢を」

 

 ヴォルデモート卿は僅かに微笑みながら瞼を閉じた。

 

 ◆

 

 そして、ワームテールの瞼を開いた。どうやら、ロンも既にベッドで眠っていたようだ。

 スリザリン寮では一人につき一つの寝室が与えられる。

 ヴォルデモート卿はワームテールを走らせた。ネズミらしく、実にすばしっこい。あっという間に目的地へ辿り着いた。

 オリジナルが居る筈の部屋だ。

 

『……来たか』

 

 ワームテールの方を彼は見ていた。

 頭にターバンを巻いていた教員。その男のターバンが解かれ、そこにヴォルデモート卿の顔があった。

 あまりにも醜悪な姿だ。

 

『ワームテール……いや、我が分霊よ』

 

 ヴォルデモート卿はワームテールを人間の姿に変身させた。

 

「……目的は賢者の石か?」

『その通りだ。今はユニコーンの血で命を繋ぎ止めているが、賢者の石を手にする事が出来れば完全復活を遂げる事が出来る』

「なるほどな」

『しかし、驚いたぞ。よもや、ハリー・ポッターを支配するとは……。あの時か?』

「ああ、ハリーを殺そうとした時、リリー・ポッターの加護がアバダ・ケダブラを跳ね返した。その時、同時にハリーの中に俺様の魂が紛れ込んだ」

『なるほどな……、面白い状況だ』

 

 オリジナルは言った。

 

『分霊箱が自我を持つ事も予想外の事だった』

「俺様が例外なのか、分霊箱が元々そういう術だったのか……。とりあえず、賢者の石を手に入れる事が先決だな。具体的なプランはあるのか?」

 

 オリジナルの言葉に頷きながら、ヴォルデモート卿は問いかける。

 

『無論だ』

 

 どうやら、オリジナルは既に賢者の石の在処を掴んでいたようだ。

 その守りについても把握していて、大方の攻略法も判明しているようだ。

 

「なるほど、既にチェックをかけているわけか」

『俺様が取り憑いているこの男も守り手の一人なのだ』

「……罠ではないのか?」

『その可能性もある。だが、賢者の石を手に入れる為ならばリスクを背負う覚悟は必要だ』

「確かにな……。しかし、場所が分かっているならリスクを避ける方法はある」

『ほう……、言ってみるがいい』

「屋敷しもべ妖精を使う。連中の魔力は特殊だ。ホグワーツに張られている術をすり抜け、姿現しも可能な筈だ」

『屋敷しもべ妖精か……。(いささ)か、盲点だったな』

「ハッフルパフの寮に向かう途中、たまたま見掛けてな。それで思いついたわけだ」

『なるほど、つまり……』

「ああ、チェックメイトだ」

 

 使う可能性を考慮して、既に屋敷しもべ妖精の一体に魂の断片を忍び込ませていた。

 意識を屋敷しもべ妖精の方にシフトする。ロイエルという名の屋敷しもべ妖精は幸運にも他の屋敷しもべ妖精から離れた場所でホグワーツの壁を磨いていた。

 ヴォルデモート卿は屋敷しもべ妖精を操り、オリジナルが調べ上げた賢者の石の保管場所へ姿現した。

 台座の上にポツンと真紅の石が置かれていた。

 

「クハッ! 手に入ったぞ、賢者の石!」

 

 賢者の石を確保すると同時に姿くらまして、ヴォルデモート卿はオリジナルの下へ戻った。

 

「ほら、賢者の石だ」

『……素晴らしい』

 

 賢者の石を渡すと、そのままヴォルデモート卿は遠い地の火山の火口へ移動した。

 そして、落下しながら魂を屋敷しもべ妖精からワームテールの下へ戻した。

 

「これでよし」

 

 今頃はマグマに焼かれて死んでいる筈だ。

 

「これで完全復活というわけだな」

『ああ、完全復活だ! 喜ばしい事だ。そうだろう? クィレルよ』

「……は、はい……、よ、よ、喜ばしい……、は、はい、ことにございます」

 

 それまで黙って俯いていたオリジナルの依り代であるクィリナス・クィレルは青褪めた表情を浮かべながら言った。

 そして、命じられるままに賢者の石から命の水を精製する。

 既に賢者の石が盗み出された事をダンブルドアも察知しているだろう。しかし、もう間に合わない。

 命の水の精製など、ヴォルデモート卿の手に掛かれば容易き事である。

 コップに注がれた水をクィレルは恐ろしげに掲げ、後頭部に宿るヴォルデモート卿の口に注ぎ込んだ。

 その直後、変化が始まった。クィレルは悲鳴を上げ、悶え苦しみ、そして、彼の後頭部からヴォルデモート卿のオリジナルの魂が抜け出した。

 魂は空中を蠢き、やがて光と共に物質を生成し始める。

 最初は骨格が出来上がった。次に筋肉だ。そして、血管や神経が張り巡らされ、その上を皮膚が覆う。

 今、ここにヴォルデモート卿は完全復活を遂げたのだった。 


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