空飛ぶ怪物の難を逃れた東條英機大佐率いる歩兵第1連隊は進軍を再開して、霞が関に入った。周囲には政府の主要な官公庁が立ち並んでいる。
だが既にそこは戦場と化していた。
先ほど確認した中世ヨーロッパ風の装備を身に付けた賊軍が、大挙して手当たり次第に官公庁を襲撃していたのである。
警備の警官や、早々に駆けつけていた憲兵達が応戦していたが、徐々に押されているようであった。
東條は霞が関への援軍は歩兵第3連隊の担当だと眞崎中将から聞いていたが、どうやらまだたどり着いていないらしかった。東條達の任務は銀座を占拠する敵主力の掃討であったが、かといってこの状況を目のあたりにして敵を野放しにする訳にもいかない。東條は決断した。
「我が部隊の第一目標は、銀座を占拠する敵主
力であるが、ここで狼藉を働く賊軍をみすみ
す見逃す訳にはいかない!故に!これより霞
が関から賊軍を掃討する!総員戦闘用意!」
東條の命令を受けて、小銃手達は自分たちの小銃に着剣を、機関銃手達は支援射撃の準備を始めた。
「突撃!」
準備が整ったと見るや、東條は軍刀を振りかざしながら命じた。
突撃喇叭が鳴り響くと同時に、将兵達は一斉に喊声をあげ、敵兵に向け突撃を開始した。
今の今まで自軍の優勢を確信し、我が物顔で暴虐の限りを尽くしていた敵兵達は、一瞬何が起こったのか理解出来なかった。
しかし、彼らに状況を理解する暇は与えられなかった。無数の銃弾が雨あられと降り注いだ後、間髪入れずに突進してきた日本兵達に銃剣で滅多刺しにされてしまったからである。それは敵にとって正しく悪夢であった。官庁街に皇軍の猛々しい喊声と、賊軍の悲鳴が交錯する。
「一兵たりとも逃さず殺せ!賊軍に情けは無
用なり!! 」
戦闘開始からしばらくは、歩兵第1連隊が一方的に敵を蹂躙していた。しかし、敵がいつまでもこちらの良いようにやられることを良しとするはずがなかった。遂に敵が反撃に転じる。
「何だあれは!」
一人の兵士がある方向を指さしながら叫んだ。東條もその方向に目を向け、そして驚愕した。
兵士が指さした先には、巨大な人型をした───文字通り巨人というべき───生物が、巨大な棍棒のような武器を肩に担いで立っていたのだ。
東條は先ほど対峙した謎の空飛ぶ怪物を目撃した後、敵がどのような戦力を有しているのか不明であるから、どのような相手が現れても過度に恐れず、じっくり見極めてやる、と決意していた。しかし、たった今目の前に現れた敵は東條の想像を遥かに上回っており、不覚にも底知れぬ恐怖の念を抱いてしまう程だった。
しかし、精強無二を誇る歩兵第1連隊の将兵達は恐怖を振り払い、攻撃を開始した。無数の小銃弾が巨人に命中し、鮮血が辺りに飛び散る。だが、何故か巨人は立ったまま倒れる様子がない。
将兵達が怪訝に思っていると、突然巨人は咆哮をあげて、将兵達めがけて突進し始めた。
「まずい!」
それを見ていた東條は思わず叫んだ。そして次の瞬間に東條が目にしたのは、巨人の体当たりをもろに食らって吹き飛び、巨大な棍棒で叩き潰される部下達の姿だった。
まさに地獄のような光景が繰り広げられていた。叩き潰された兵士は人間の形を留めない、ただの赤い肉の塊と化していた。巨人の凄まじいまでの暴れ様は、例えるなら制動が利かなくなった暴走機関車である。
さすがの東條も目の前で蹂躙される部下達を見て狼狽えたが、天皇陛下から連隊の指揮を預かっている立場にありながら醜態を晒す訳にはいかないと自分自身に渇をいれた。そして東條は巨人に対抗するため、将兵達に命令を発しようと口をひらきかけた。
すると、突然一人の将校が喊声をあげながら巨人に向けて突進を始めた。東條は驚いて叫ぶのを止め、その将校の方を見た。その表情は何か重大なことを決意したかのような決死の表情だった。東條はすぐにその将校が何をしようとしているのかを悟った。
巨人もすぐにそれに気付き、棍棒を振り上げた。しかし、巨人がそれを振り下ろすのよりも先にその将校が巨人の足元に滑り込んだ。そして
「天皇陛下万歳!!!」
と叫んだかと思うと、巨人を巻き込み自爆したのである。その将校は手榴弾で決死の自爆攻撃を仕掛けたのである。爆発に巻き込まれた巨人は遂にその場に倒れこんだ。
その将校は隊内でも部下思いで有名な第3中隊長であった。おそらく目の前で自分の部下達が無惨にも蹂躙されていくのが耐えられなかったのだろう。部下を助けてやりたい────その一心で我が身を顧みず部下の盾となって散っていったのであった。
そう悟った東條は部下の立派な最後に思わず涙しかけた。しかし、今はまだ戦闘の最中である。どうやら先ほどの巨人は一体だけでなく多数存在するらしく、敵兵達の後方から何個かの巨大な黒い影が現れていた。さらに、上空からは、例の空飛ぶ怪物が複数接近してきていた。
───本当の戦闘はこれからだ───
東條は気を引き締め、部下を叱咤激励する。
「諸君!これからが佳境だ!気を引き締めよ!
我々の骨捨て場は、
凄まじい大激戦が繰り広げられていた。街道の至るところに敵味方の死体が積み重なり、辺り一面血で真っ赤になっている。血の匂いと硝煙の匂いが混じり合って戦場に異様な臭気が立ちこめる。あっちで味方が敵を倒したかとおもうと、こっちで味方が木っ端微塵にされているといった光景があちこちで見受けられた。。
そんな生き地獄の体現のような戦いが繰り広げられていたが、歩兵第1連隊が機関銃と擲弾筒を駆使して敵の戦力を削ぎ、決死の銃剣突撃を繰り返した結果、戦局が徐々にこちらに傾いてきた。
さらに、遂に到着が遅れていた歩兵第3連隊が霞が関にたどり着いたことによって完全にこの戦闘の命運は決した。歩兵第1連隊との戦闘で疲弊していた敵軍に、歩兵第3連隊を相手取る余裕など少しも残されていなかった。
遂に敵は例の巨人を殿に据え、銀座に向けて雪崩を打って敗走を始めた。それを見た東條が叫んだ。
「追撃せよ!
銀座の主力もろとも殲滅してしまえ!」
勢い付いた将兵達は喊声をあげ、敵軍を追い始めた。追撃を妨害する巨人どもは擲弾筒と歩兵砲で粉砕排除した。上空からの攻撃は、味方の航空隊の登場によって沈静化していた。もはや脅威と呼べる脅威はなくなっていた。あとは目の前の敵に集中するのみであった。
追いに追い続けて遂に銀座までたどり着いた。そこからは応援に駆け付けた近衛第3連隊と近衛第4連隊が加わって一方的な殲滅戦となった。さすがに銀座にいたのが敵の主力だったというだけあって簡単にはいかなかったが、敵も4個連隊の一斉攻撃を受けてはひとたまりもない。巨人は砲撃を受けて爆発四散し、敵兵は機関銃の十字砲火を受けて次々と倒れていった。
「行けぇーーーっ!!!賊軍は虫の息だぞ!!!
最後の一兵まで残さず叩き潰せぇーーーっ!!!」
東條は声を枯らしながら将兵達を叱咤激励する。そして遂に、馬に乗った賊軍の総司令官とおぼしき者が、例の銀座に突如現れた謎の建造物の前に陣取っているのを発見した。
「見つけたぞ!敵の総大将だ!!!」
「やってしまえ!!!」
「天皇陛下万歳!!!」
将兵達はそう叫びながら雑兵どもを蹴散らし敵の本陣に迫っていった。
すると敵司令官は、謎の建造物に向けて遁走体勢に入った。幾多もの兵をまとめて薙ぎ倒し、巨人すら粉砕して突撃してくる大勢の敵兵を見て恐れをなしたのだろう。
しかし東條には逃がすつもりなど毛頭なかった。もし、敵の総大将を目の前にしながらみすみす逃したとあっては二度と陛下に顔向けできないと思ったからである。
「待て!逃げるな、戦え卑怯者!!!」
東條は叫んだ。しかし、敵兵は今まさに謎の建造物の中へ逃げ込もうとしている。
駄目だ、間に合わない──────
そう思ったその時、天に願いが通じたのだろうか、敵司令官の真横に擲弾が着弾し、馬もろとも吹き飛んだのである。
「やったぞ!!!」
東條はあまりの喜びに思わず歓声をあげた。そして将兵達に向かってこう叫んだ。
「賊軍の総大将は討ち取った!!!残るは雑兵のみ!!!
一気に蹴散らしてしまえ!!!」
将兵達はさらに勢い付き、敵兵を次々に討ち取ってゆく。対する敵兵達は自分達の司令官の死を知るや、謎の建造物へ退却を始めた。
それから10分程経って、最後の一兵に止めがさされ、遂に賊軍を銀座から一掃することに成功したのであった。
東條は謎の建造物の前に立った。それはとてつもなく巨大な石造りの建物で、見た目はギリシャにある神殿を想起させた。
「これは────言うなれば『門』であるな。」
そう呟いた。この時、銀座に突如現れた謎の建造物が初めて「門」と呼ばれた。今後、日本ではこの呼び名が定着していくこととなる。
それから東條は後ろを振り向いた。そこには市民の死体がうず高く積み上げられ、その頂上に賊軍のものと思われる旗がはためいていた。恐らく賊軍が自らの強大な力を誇示するためにやったのだろう、と思った。そこで東條は部下に言った。
「あの旗を下ろしてこい!それから連隊旗を
ここに持ってこい!!」
直ぐに兵士達が死体の山から敵の旗を下ろしてきた。そして東條は隷下の大隊長に命じて将兵達を死体の山の前に集めさせた。その後、連隊旗も到着し、東條が将兵達の前に立つ。
「諸君!各員のたゆまぬ努力が功を奏して遂に
忌まわしき賊軍の撃退に成功した。
しかし!いまだ賊軍どもが湧いて出てきた
この建造物は残っている!つまり、また再び
賊軍が攻めてくる可能性がある
ということだ!! この死体の山を見よ!!!
諸君らにもいかに賊軍が野蛮な連中であるか
よく分かるだろう!!
もし、再び帝都を賊軍どもが侵しに来たら
我々はどうする!?
答えは言うまでもない!
こうやってまた殲滅してやればよいのだ!!!」
そういうと東條は死体の山から下ろしてきた敵の旗に火をかけた。
そして燃えあがった敵の旗を地面に投げ捨て、連隊旗手に連隊旗を掲げさせた。
「我らは皇軍なり!!!賊軍が何度やって来よう
とも、この連隊旗の誇りにかけて
討ち払ってやろうではないか!!!」
東條がそう言い終えると将兵達から一斉に喊声があがった。将兵達は皆死地をくぐり抜け、前にも増して精悍になったようだった。
「天皇陛下万歳!!!」
「万歳!!!」
その喊声はしばらく止むことはなかった─────
以上が歩兵第1連隊の戦闘の全容である。見事賊軍の撃退に成功した帝国陸軍であったが、これはあくまで始まりに過ぎない。
いよいよ大日本帝国は運命の荒波に飲まれていくこととなる──────────