もし、錬金術士に妹がいたら   作:睦月江介

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何気に選抜前まで引っ張っておいて架浪葉初の食戟です。
ここに来て、得意ジャンルというものを持たない『凡庸な』架浪葉のスタイルが分かりますが、あるキャラに似ています。
その辺はあとがきで補足予定です。


それが架浪葉クオリティ

この食戟の審査員は、以下の5名。

遠月十傑評議会第十席・薙切えりな

同・第七席・一色慧

遠月学園汐見ゼミ教授・汐見潤

同・宮里ゼミ教授・宮里隆夫

遠月学園フランス料理部門主任講師・ローラン・シャペル

 

「いやー、ごめんね? 急な日程だったもんだから学内でしか審査員集められなくってさあ」

「いえ、事情は分かるので。兄ぃを入れないだけ公正だと思いますよ」

「お兄さん、妹ちゃんに票入れそうだもんね☆そりゃ身内びいきしそうなのを外すくらいはやるよ~信用無いな~」

「いえ、兄ぃは嬉々として久我先輩に投票するでしょうね。私が怒り出すと大笑いするような人なので」

「うっわぁ~……なんとなーくわかってたけどめっちゃくちゃ仲悪いんだね」

「逆恨み、と言われればそれまでですが私は兄ぃに対してマリアナ海溝より深い恨みがあるので」

 

 人形かと思うほど感情の起伏が希薄に見えた架浪葉が露骨に怒りを露わにしている状況で茶茶を淹れて地雷を踏むこともない、と照紀はそれ以上の追及を避けた。

 

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 ほどなく調理が開始され、中華研、保存食研が観客席からその様子を見つめる。

 

「今回の食戟、主将から仕掛けたんだって?」

「あのちっこいのにそんな価値があるのかねぇ?」

「お前ら! 我が保存食研のアイドルを馬鹿にするな!!」

「現に見てみろ、あの手際を! 選抜に選ばれるだけはあるんだ、お前らごときとは違うんだよ!」

「あの、先輩……」

「それ、俺らも他人のこと言えないっす……」

「ん? 何だ、この香りは……」

「麻婆豆腐を作るのに、こんな香りがするものなのか?」

「あ、あれだ! 味を整える時の酒だ!」

「あれは……日本酒!?」

 中華研の生徒達が驚く中、保存食研は逆にその様子を静観している。

「やはり、自分のスタイルは崩さないか……」

「しかし、相手は十傑。どこまで通用するか」

「か、架浪葉君なら大丈夫だ! 『どこまで行っても、相手は人間』! それが彼女の口癖だろう?」

「信用されてるね架浪葉ちん☆色仕掛けでも使った?」

 

 観客席の様子にも、照紀の煽りにも眉一つ動かさず、作業を進めていく架浪葉。

 

「本気で言っているなら眼科の受診をお勧めします」

「だよねー、小っちゃいし愛嬌もないもんね」

「身長はお互い様かと。随分目線が近いように感じましたよ」

 

「んだとゴラァ!!」

 

「お互い気にしている、ということでこれは言うだけ損です。制限時間もありますし、調理を進めましょう」

「……ほんっとつかみどころ無えな。可愛くねえ」

「これでも傷つくので、堂々言わないでください」

 

「いや全っ然傷ついてるように見えないよ!?」

 

 そんなやり取りを交わしている間にも調理は進み、後半架浪葉が失速したものの、問題なく時間内に調理を終え、いざ実食となった。先に給仕(サーブ)したのは照紀。

 

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「この色と香りから主張してくる強烈な辛さ、変わらないね」

「君らには馴染みの味かもしれないが、審査である以上実食しないわけにもいかん」

「その通りですね、シャペル先生。では……」

 

 

この雷撃にも似た強烈な辛さ! そして、それに負けないだけの旨さ!

 

「涙が出るほど辛いのに、その旨味のためにさらに欲しく……」

「流石十傑、見事だ。では次に叡山君の麻婆豆腐だが……」

 

 審査員が辛さに悶えながらも称賛する様子を見ても、架浪葉は表情を変えず審査員に皿を提供した。

 

(これでダメなら、今の私では何をやっても食戟で久我先輩に勝つことはできないでしょう)

 

「色は、さほど変わらない。でも……」

「香りが、ずいぶん弱いわね」

 

 えりなは、この時点でゆで卵1個で編入試験を突破したにしては大したことない、と見下していた。そして、審査のため渋々一口麻婆豆腐を口にして、そのカラクリに気が付いた。

 

「これは……!」

「辛いことは、辛いが……」

「すごくまろやかで、優しい味……」

「直接使用したものはもちろん、豆板醤に用いた唐辛子も、辛さに丸みのある韓国産の唐辛子を使いました」

「でも、それだけじゃあない……この麻婆豆腐には、和食のテイストをかなり取り込んであるね?」

「はい。通常、麻婆豆腐で使うスープは鶏ガラですが、そこに昆布出汁を使いました。更に、味を調える際の調味料にも、日本の醤油を使ってあります。あと、酒は紹興酒ではなく日本酒……旨味が強く、度数も強い原酒を使いました」

「そして、かかっているのは花椒(ホアジャオ)ではなく、山椒……本来四川料理に欠かせない(マー)(ラー)を抑えてまで、和風に近づけようとしたのね。あと、種があるのは豆腐もでしょう? よく下ごしらえしてあるじゃない」

「お褒めいただき、ありがとうございます。おっしゃる通りです……柔らかく水分の多い絹ごし豆腐をさいの目に切った後に生姜のしぼり汁と塩を加えた湯に通し、豆腐の臭みをとった上で塩により十分な張りと弾力を、各さいの目の表面に万遍なく与えました。表面をしめてある上に中身の水分はそのまま、中までは熱が伝わらず、やわらかく冷たいままなので舌の上で豆腐の熱さを堪能したのち、歯ざわりを……更にその直後にくる柔らかみをも楽しめます。そして中からこぼれた冷たい水分は熱を中和し、食道と胃を優しく保護する効果も期待できる」

 

 その説明に、照紀は納得がいかないといった様子で食って掛かる。

 

「へー、豆腐の細工はなかなかいいアイディアじゃん。で? 俺の本格的な麻婆豆腐の後に、ずいぶんと邪道に走った皿を並べてくれたじゃないの」

「久我先輩、流石ですね」

「は?」

「面白いほど、こちらの思惑通りです。本格的で、圧倒的な辛さと旨さを持った麻婆豆腐を出してくるなんて、予想通りです……審査員も、シャペル先生が捕まるとは思っていませんでしたが、概ね予想の範囲内」

 

 審査の中、一度『それ』を経験しているえりながその『毒』に気が付いた。

 

(味は、久我先輩には及ばない……でもこれは! 叡山架浪葉が仕掛けたこれは毒だ……久我先輩特攻の『猛毒』……!!)

 

 審査員は、5人中4人が日本人……一般人よりは遥かに経験豊富だが、そもそもが本格的な四川料理の辛さに『慣れている』わけではない。どちらかと言えば日本人向けに調整された麻婆豆腐の方が馴染み深いのだ。そして、麻婆豆腐はそれ自体が『重い』……そのため、照紀の麻婆豆腐は旨いものの『辛さと重さ』という二重の暴力なのだ。

 対して、架浪葉はより和風に近づけることで『馴染みがあり、より日本人好み』の味に仕上げている。更にある程度はやむを得ないものの、照紀の麻婆豆腐よりは軽く、豆腐の工夫により優しい。

 

(食べ比べるとわかる……これは久我先輩の品を予測、逆手にとって審査員に寄り添うことで票につなげる心理誘導……!!)

 

「審査員たち、悩んでるな……」

「お、おいどうなってんの!? 普段ならもっとパパパッと決まるっしょ!?」

 

(『どこまで行っても、相手は人間』。人間であれば、そこには必ず感情、思考、好みが反映されます……審査員の傾向、相手の食戟の傾向、スタイル。その辺りの情報があれば、自然と審査員受けのする品や、相手の戦術を逆手に取る方法は見えてきます。お金で買収できずとも、心理的にこちらに引き込むことは、十分可能なのです……それが架浪葉クオリティです)

 

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『3-2! 勝者 久我照紀!!』

「純粋な力量の差、ですね……やはり十傑は簡単には落とせませんか」

「いや審査員が考えこんじゃうとか、地味にヤバいんじゃね……っと、かーなはちん☆そのまま中華研にれんこー。2人もいればいいよね」

「ハイッ!」

「で、採寸ヨロシク。選抜もあるっていうし、4週間でみっちり今回の麻婆豆腐叩き込むからね」

「えええっ!?」

 

 で、保存食研の嘆きを聞きながら問答無用で連行された架浪葉は女子ゆえに髪は配慮されたが、キッチリ採寸されて中華研にてチャイナドレス姿で鍋を振るう羽目になったのであった……。

 

 




はい、というわけでさっくりしてますが意外と善戦してもらいました。
ベクトルが『相手の利点を潰す』ではなく『審査員の好みを把握して誘導する』になっているのですがやってることとしては事前の調査情報を基に組み立てる、という意味で兄や美作に近いスタイルを取るのでした。そういう意味では割と悪役ムーブ。

今回の麻婆豆腐は中華一番の『幻の麻婆豆腐』でショウアンが出した豆腐のネタが盛り込まれています。

(時間と費用の面で割に合わないから)そもそも勝負を嫌うので積極的な食戟はない予定です。

そしてちゃっかり久我先輩直伝四川料理という強力武器を手に入れつつ(北条さんと比較するとかわいそうなお子様体型だけど)チャイナドレスというサービスカットまで披露。こっちでもアイドル化しそうな不思議。

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