最強ヤンデレ不良青年に捕まってしまいました   作:小金井はらから

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第三話『名前を呼ぶ』

★最強ヤンデレ不良青年に捕まってしまいました 第三話『名前を呼ぶ』

 

 『来ないと殺す』、と殺害予告をされたあの日から。

私は自分の命惜しさに、放課後はあの公園に足を運ぶようにしていた。

 ベンチの上で緊張しながら待っていれば、あのお兄さんはふらりとやって来る。

しばらく無言で私を見下ろしたかと思えば、当たり前のように彼は私の膝の上に頭を預け、寝入ってしまう。

 私はそんな彼をただただ受け入れ、されるがままで。

たまに恐る恐る頭を撫でれば、彼の表情が少し安らかになっていく気がした。

 そのような歪な日々が、もう何日続いただろう。

気がつけば彼は、私の日常と同化していた。

名前も素性も、私は彼のことを何も知らないと言うのに。

 自分で何をやっているんだろう、と思わなくはない。

けれど大人しく膝さえ差し出せば、彼が私に危害を加えることは無い。

だから、ついつい現状を享受してしまっていた。

 それでもやっぱり彼のことは怖いし、彼に触れられている間は緊張してしまうけれど。

そう言えば、最近は『殺す』と言われていない。

だからもうあの公園には行かなくてもいいのかもしれないけれど、もし最初の彼の殺害予告が反故にされていなかったら、と思うとぶるっと悪寒が走るので、私は恐る恐る今日も公園へと向かうのだった。

誰にも、相談なんてできないまま。

 

 

 ○

 

 

 公園に着いて、私はいつものベンチに座る。

二十分、三十分もすれば彼が訪れる筈だ。

それまでの時間は、何というか、ひどく落ち着かない。

 彼が来たら来たでまた落ち着かないけど、待っている時も、今日もし昨日と違うイベントが起きたらどうしよう、と思ってしまうのだ。

膝枕以外に何かを要求されたらどうしよう、とつい身構えてしまう。

そんな時。

 

「……何、変な顔してんだよ」

 

 低めのテノールが聴こえて反射的に顔を上げると、いつものお兄さんがそこに立っていた。

変な顔。

考え事をしていたから、難しい顔をしていたのかもしれない。

 

「ご……ごめんなさい……」

 

「何で謝んの。意味わかんねー」

 

 不機嫌そうに呟きつつも、お兄さんは私の膝の上に寝そべり、いつものように寝る準備をする。

けれど、いつもと違うことがあった。

彼が、なかなか目を閉じようとしないのだ。

 じっと、彼が私の目を見ている。

その瞳の奥には、何か、焦げるような感情が揺らめいていた気がした。

ちょっと怖くて視線を逸らしたいのに、何故か私はその目に射抜かれると石のように固まってしまう。

 

「……お前さ」

 

 話しかけられて、びくっと肩が跳ねる。

こういう会話は、今までのルーティンワークにはなかったからだ。

 

「……聞いてんの?」

 

「き、聞いてます聞いてます……ごめんなさい……」

 

 固まって黙ったままの私を見て、彼の不機嫌オーラが増す。

私は怯えながら、こくこくと何度も頷いた。

そんな私を見て、彼がますます面白くなさそうに眉間に皺を寄せる。

何か不快にさせてしまったらしい。

 どうしよう。

どうしよう、どうしよう、どうしよう――。

 

「お前、名前なんて言うの」

 

「……え?」

 

 でも、彼が告げたのは予想外の言葉。

 

「名前、聞いてんだけど」

 

 名前。

そう言えば、私が彼の名前を知らないように、彼も私の名前を知らないのだ。

 

「た……高橋円香です……」

 

 どもりながら、つっかえながら名前を正直に告げる。

何故か、少しだけ彼の不機嫌オーラが和らいだ気がした。

 

「円香、ね」

 

 そう言う彼の声も、どこか柔らかだ。

彼が見せた新たな一面に、少し驚く。

こんな穏やかな声も、出せる人だったんだ。

 

「……俺、星原郁也(ほしはら いくや)」

 

 それから、彼は自分の名前を初めて告げる。

……星原さん。

星原さんって言うんだ。

 

「……聞いてんの?」

 

「き、聞いてます。聞いてます。ごめんなさい……」

 

「じゃあ、名前で呼べよ」

 

 突然の命令。

名前。

呼んでも、いい物なのだろうか。

 

「……星原さん?」

 

「違う。下の名前」

 

 下の、名前。

男の人を、下の名前で呼ぶ。

そんなの、幼稚園以来ではないだろうか。

 急に緊張してきて、顔が赤くなる。

でも、黙ったままだときっと彼の機嫌を損ねてしまう。

だから。

 

「……郁也さん」

 

「ん」

 

 そうして、彼は――郁也さん、は、ようやく目を閉じた。

ほっと、どこか安堵の気持ちが訪れる。

眠りに落ちる直前、郁也さんはぽつり呟いた。

 

「……いい加減、『ごめんなさい』以外の言葉が聴きたかったんだよ」

 

 その発言の意図する所は、わからなかったけれど。


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