最強ヤンデレ不良青年に捕まってしまいました   作:小金井はらから

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第四話『助けられる』

★最強ヤンデレ不良青年に捕まってしまいました 第四話『助けられる』

 

 郁也さん。

星原郁也さん。

私の、日常を壊した人。

私の、日常となってしまった人。

 考えてみれば、私は彼のことを本当に何も知らない。

名前を教えてもらったから、少しは近付けた気になれたけど、それだけだ。

 知っているのは、郁也さんの名前と、郁也さんが近所の高校に通う高校生だと言うこと。

正確な年齢は知らない。

私と彼がどれだけ離れた世界で生きているのか、私は知らない。

 そもそも、どうして彼が私の膝の上で眠ろうとするのかもわかっていない。

もしかして、普段彼が寝ている場所にたまたま私が居たのだろうか。

退かすのも手間で、そのまま眠ってしまったんだろうか。

だとしたら、申し訳ないことをした。

 けれど、邪魔な筈の私にどうして郁也さんは『明日も来ないと殺す』なんて言ったんだろう。

……やっぱりわからないなあ。

今日も私は、郁也さんの真意が掴めず、彼の不可解な行動に思い悩むばかりだった。

 

 

 

 

 その日も、私は公園のベンチで郁也さんを待っていた。

どきどきを少しでも鎮める為に、読みかけの文庫本を開く。

最近は、郁也さんが眠っている間も私は読書をしていた。

少しは、緊張が薄れる気がするから。

 本の、物語の世界は好きだ。

何でも好きだけど、特にファンタジーには心惹かれた。

きらきらした世界、勇気ある登場人物。

そのどれもが眩しくて、私には持っていない何かを持っている。

 物語に没頭していると、自分も彼らと同じく冒険している気になれる。

そんな時、私はそれが例え一瞬の夢だとしても少しは強くなれた気がする。

そうやって、自分の心を癒す為、慰める為、私は読書という手段に頼っていた。

――本当は、現実世界でも頑張らなきゃいけないんだけどな。

 

「あれぇ? 高橋じゃん」

 

 甲高い声が聴こえて、びくっと肩が跳ねる。

郁也さんの声じゃない。

女の人の声。

そしてそれは、私にとって良く良く聴き慣れた物だった。

 恐る恐る顔を上げ、その人達と目が合う。

明るい茶髪、校則で禁止されているピアスやネックレス、所々改造が施された女子制服。

 いつも私をからかってくる、クラスの派手なグループの女の子達がそこには居た。

彼女達は、にやにやと笑いながら私を見下ろしている、見下している。

本能的な恐怖で、私は身を震わせた。

 

「こんな所で読書とか、何? あんた一緒に遊んでくれる友達もいないの? あははっ、カワイソー!」

 

「ねえ、何読んでんのよ? あたしにも見せてよ」

 

 女の子の一人が、私から文庫本を無理矢理奪い取った。

嘲るような視線を向けながら。

私は慌てて手を伸ばす。

 

「か……返してください……っ!」

 

「うっせーブス!」

 

 伸ばした手は呆気なく振り払われ、私はそのまま突き飛ばされる。

私は公園の砂の上に倒れ込んで、制服をその砂で汚す。

勢いが良かったから、少し肘を擦り剥いてしまったかもしれない。

こんな私の姿を見て、女の子達がますますおかしそうに笑い声を上げる。

 ああ、本当。

どうして、私ってこんなに弱いんだろう――。

 

「――何してんの?」

 

 ふと、別の意味で聴き慣れた声がその場に響いた。

低めのテノール。

いつも聴くと身が竦む声。

 でも、いつもと響きがどこか違った。

その声に、確かな怒気と殺気が乗せられていたのだ。

 顔に付着した砂を手で軽く払って顔を上げると、郁也さんが立っているのが見えた。

冷たい瞳で、女の子達を見下ろしている。

女の子達は、突然の第三者の登場に困惑しているようだった。

 郁也さんが、私に近付く。

軽く私の頭を撫でてきたかと思えば、くしゃりと私の髪を掴んで。

 

「これ、俺のなんだけど」

 

 ……え?

一番びっくりしたのは、多分私だと思う。

いつの間に、私は郁也さんの所有物になったのだろう。

 郁也さんの手が離れる。

かと思えば、彼はベンチを掴んで。

 ――ぶちぶちと片手でベンチを地面から引き剥がし、軽々とベンチを担いだ。

……え?

あまりの光景に、言葉を失う。

 何で?

ベンチとは、そんな簡単に持ち上がる物だろうか。

ベンチが極端に軽い?

ううん、そんな筈は無い。

つまり、これは郁也さんの筋力が異常に強いということで。

頭の中が、ぐるぐるぐるぐると混乱してくる。

 それは、女の子達も同じだった。

みんな顔を青くして、郁也さんを前に固まっている。

 

「――俺のもんに手ぇ出すとかさ、何、死にてえの?」

 

 郁也さんの冷たい声と瞳。

女の子達が震え上がるのがわかる。

一番早く我に返った女の子が、リーダー格の女の子の肩を揺さぶった。

 

「ちょっと、やばいって……! あいつ、星原郁也だよ。赤沢高の!」

 

「え……あの、暴走族を一晩で3グループ潰したり、ここ一帯のケンカじゃ負けなしだっていう……?」

 

「あの怪力じゃ間違いないって!」

 

「何で、そんなやつと高橋が……?」

 

「知らないっ! いいから行こっ!」

 

 女の子達がそそくさと逃げ出して行く。

……今、暴走族がどうとか、不穏な言葉が聴こえたような気がする。

それに、郁也さんの怪力は、一体どういうことだろう。

郁也さんは、私が思っている以上にとんでもない人なのかもしれない。

――でも。

 涙が、じわりと溢れてきた。

これは、恐怖から来る物じゃない。

郁也さんが来てくれたから、助けてもらったから、その安堵感からくる涙だ。

 郁也さんが、ベンチを静かに地面に下ろす。

屈んで、泣きじゃくる私と目線を合わせる。

私は、嗚咽を洩らしながらも。

 

「……あ、りがとうございます……」

 

 たどたどしく、お礼を伝える。

一瞬郁也さんが、面食らったような顔をした気がした。

気のせいだろうか。

だっていつも、郁也さんはむすっとした顔をしているばかりなのだから。

 

「……俺のこと、怖くねーの」

 

「……怖くない……って言ったら、嘘になるんですけど……でも、郁也さん……は……私を、助けてくれたから……」

 

「……ふーん」

 

 郁也さんが、乱暴な手つきで私の頭を撫でてくる。

彼なりに慰めてくれているのだろうか。

 

「……別に」

 

 ふと、郁也さんがぼそっと呟く。

 

「俺とお前の邪魔する奴は、全員消えればいいと思っただけだし」

 

 何だか、物騒な台詞が聴こえたのは気のせいだろうか。

彼の発言の意図が、上手く汲み取れない。

 郁也さんのこと、私は何も知らない。

彼がどんな生活を送っているのか、過去にどんなことをして来たのか。

 でも。

こんな私の頭を撫でてくれる彼に――私は今、温かさのような物を感じてしまっていた。

 ふと、思った。

私が迷い込んでしまった非日常は、思いの外優しい時間なのかもしれないと。


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