recadero de domingo(日曜日よりの使者)   作:Writehouse

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第十一話「ターニングポイント・後編」

 ジャンマリーがTVを消すと、まるで0気圧になったエアロックのように何の音もなくなってしまった。動くものもない。携帯電話はひび割れて床に転がり、アントニオは腰の砕けたように床にうずくまり、ジャンマリーは腕を組んでそれを見下ろしている。

 

 音のみならず、この部屋が世界そのものから切り離されてしまったのではないか。

 そんな風に思ったアントニオの脳裏に、さきほどのTVの映像が鮮明によみがえった。

 バリュートが破壊され、無抵抗に落下していくマラサイ。熱気流に焼かれて千切れるように吹き飛んでいくその外装。はるか彼方に落下を続け見えなくなる機影。やがて起こった爆発。

 

 あの瞬間、アントニオには名の知りようもない誰かが死んだのだ。

 

 TVのスイッチを切ってしまったところで戦闘はまだ続いている。世界は遮断されてなどいない。この部屋はちゃんと世界につながっている。たった今までTVに映っていたあの戦場へ否応なしに続いている。彼が設計に携わったMSはいまこの瞬間も地球上空で戦い、誰かの命を奪い、奪われている。

 

「僕は取り返しのつかないことをしてしまった! ジャンマリー、僕は取り返しのつかないことを!」

 

 弾かれたように立ち上がったアントニオはジャンマリーの肩を激しく揺さぶり、声のかぎりに叫んだ。

 恐慌の様子を呈した、大きく開いた目からは涙があふれていた。手のひらは汗ばみ、掴まれたシャツの肩越しにジャンマリーに熱さが伝わっていく。

 

「落ち着けアントニオ! 落ち着くんだ!!」

 

 ジャンマリーが怒鳴ると、アントニオはびくりと身体をこわばらせ、叫ぶのをやめた。ジャンマリーに導かれるようにソファに座ると、両手で自分の肩を抱いた。彼は小刻みに震えていた。

 

「たくさん死んだんだ……アンマンでも、あの作戦でも、たくさんの人が死んだ……それをやったのは僕が関わったドミンゴなんだ」

 

「わかるように話すんだ、アントニオ」

 

「僕が殺したも同然なんだ、僕は戦争を食い物にしているんだ、人のことを笑えないんだ……」

 

 自分たちはMSを設計して売るまでが仕事。買われていったMSがどこでどう使われようが知ったことではない。なぜなら、より優れた物を設計して、より利益を得るのが我々の仕事なのだ。

 ドナやマクローリン設計局長の言葉がアントニオの頭の中に渦巻いていた。小ばかにするようなドナの顔や、苦り切ったマクローリンの表情があらわれては消えていく。

 逃げていたのだとアントニオは思った。自分の仕事が戦争相手の商売であることなど、自分が設計に携わっているものが兵器であることなど、言われなくてもわかっていたはずなのだ。それなのにアントニオは土壇場まできて考えることを放棄し、彼らの言葉に逃げ込んだのだった。

 だから12機のドミンゴがティターンズの戦艦に搭載され、アンマン市を襲い、エゥーゴの地球降下作戦を追撃し、たくさんの人が死んだ。

 

 悪い夢だと思いたかった。だが目の前の男が――戦場からやってきたジャンマリーという男の存在が、これが夢ではないことを雄弁に物語っていた。

 

「あなたなんかこなければよかったんだ……あなたに出会いさえしなければ、こんなことには……」

 

「どうした、いきなり何だ」

 

 なだめるようにジャンマリーが言うと、アントニオは頬を涙で濡らしたまま彼を睨み付けた。

 

「あなたに出会いさえしなければ、きっと何も起こらずに済んだんだ。なにひとつ疑問に思わずに毎日仕事をして、ドナと楽しくやって……そういう風に暮らせていたはずなんだ。それなのにあなたに出会ったばっかりに、こんな風になってしまって……」

 

「しかし君は気づいてしまった。本当はわかっているんだろう? 君が変わってしまったのは、君自身が変わることを選択していった結果のはずだ」

 

 穏やかな口調でそう言うと、ジャンマリーは空のグラスにウィスキーを注ぎ、アントニオの前に置いた。自分のグラスにもジンを満たし、一口含んだ後にアントニオの方に向き直った。

 

「まずはウィスキーでもやって落ち着きたまえ。話はその後でいい」

 

 長いこと沈黙が続いた。水割り用のグラスに注がれたストレートのウィスキーをアントニオはちびちびと口に運んだ。

 ジャンマリーは故郷の酒を味わいながら無言でアントニオの様子を眺めていたが、グラスを空にしても彼がしゃべり出す気配がないので、何も言わずにまたウィスキーを注いでやった。

 再び目の前にグラスを置いてやると、アントニオはグラスの中に揺れる酒を見つめながらようやく口を開いた。

 

「知らずにいた方が幸せなことって、あるでしょう」

 

「そうだな」

 

 話の主導権を奪ってしまわないように、ジャンマリーが短く答える。

 

「でも僕はあなたに会って、色々なことを知ってしまった……いや、気づいてしまった。30バンチ事件というものがあったことを知り、自分の仕事が何なのかに気づき、戦争が遠い異国の出来事ではないことに気づいてしまった。それなのに僕の仕事が人殺しの兵器を作ることに変わりはなく、ドナはそれが当たり前だと言い、局長はより高く買ってくれる相手に売るのが当然だと言い……。おかしくなったって不思議はないじゃないですか、だから、だから僕は……」

 

「だから?」

 

「だから僕は、しょせん作って売るだけが仕事なんだという言葉に逃げ込んで……あなたの信頼を裏切ってしまった。本当は一緒に酒を呑む資格なんてないんです」

 

「それじゃあ、君は私に隠し事をしていながらここに来たというのか」

 

「そうです……今日、あなたがドミンゴのテストをやっている時、僕は増加試作機の搬出作業を監督していたんだ。局長の指示を受け、エゥーゴに納品するドミンゴとは別MSだと言い張るために、色も形も、名前まで変えた増加試作機を、ティターンズに納品するための見張り役をしていたんです。当然あなたには秘密にするよう指示がありました。上司の命令だから仕方ないと自分に言い訳しましたけど、本当はそうじゃない。僕はあなたの信頼を失うのが嫌だったんだ――うまくごまかすつもりでいた」

 

 そう言うとアントニオはウィスキーで喉を潤した。そして話を続けようとしたが、うまく言葉が見つからないように頭を掻いたり、落ち着かない様子で目をきょろきょろさせた。

 話の流れを止めるのを嫌うようにジャンマリーが口を開く。

 

「だが、上からの命令なら仕方ないというのもまた事実だ。君はいつか〈職場が自分たちの戦場だ〉とか言っていたが、その通りだよ。軍隊だってそうだ。下の者は納得できようができまいが上からの命令に服従しなけりゃならない。納得できなかった人間が集まって結成されたエゥーゴだって同じことだ。今回の地球降下作戦だって地球環境への影響を危惧して反対する者がたくさんいた。降下完了とともに廃棄されるバリュートひとつとっても、おびただしい数が南米の原生林にばらまかれることになる。そこで戦闘をすればなおさらだ。しかしいくら反対していても作戦の実施が決まったら従うしかないんだ。作戦の成功に全力を注がなくてはならなくなる」

 

「それはわかりますよ。でも、命令に従うのが当たり前だと割り切った結果がこれです。ドミンゴはアンマン市を攻撃し、地球降下作戦を追撃してしまった」

 

「君がやったんじゃない。やったのはティターンズだ」

 

「でもティターンズにMSを供与したのは……」

 

「それは上の人間が決めたことだ。あるいはティターンズから圧力がかかったのかもしれない」

 

「……だけど僕はあなたを裏切った」

 

「そうだ」

 

 アントニオが黙った。ジャンマリーは再びジンを飲み干し、静かにグラスを置いた。

 

「残念だといえばそれだけが残念だ。だが君は土壇場で間に合ったんだと、私は思う」

 

「間に合ってなんかいませんよ」

 

「いい物を作って、より高く買う相手に売るってのは、ある意味では間違ったことじゃない。たとえそれが兵器であってもそうだ。問題は買った相手がどう使うかだ。戦場という場所がどうしてあ るか知っているか? 戦う連中だけを隔離するためだ。戦場に出た者はみな自分の信じるもののため納得ずくで戦っているんだ。そうであればこそ戦争と呼ぶに値する。アンマンを攻撃したティターンズみたいなやり口は、あれは論外だ。アナハイムだって奴らがアンマンに、しかも事前勧告なしに攻撃すると知っていたら、果たしてティターンズの求めに応じたかどうか。君の恋人にしてもそうだ。自分の街を攻撃するかもしれない連中なら、いくら高く買おうが売ってはいけないと言ったかもしれない」

 

「それは……そうかもしれません」

 

「君は色々なことに気づいて、それを後悔していると言ったが、私はむしろ良かったと思う。要は〈見えているか見えていないか〉が肝要なんだ。戦争が遠い異国で行われるものだと信じ切っているから、君の恋人は誰に売ったっていいなどと言うんだ。ティターンズが何をしてきたのか、供与したMSで何をするのか知らなかったから、君の上司たちは求めに応じたりしたんだ。そういう意味では君は少しずつピントが合ってきて、多分あのニュースを見た時にはっきり見えるようになったんだ。君は悩んだようだが、それも仕方ない。知らない方が幸せだと君が言ったように、現実を知るということは、それだけ悩みの種が増えるということなのだからな」

 

 アントニオはしばらく黙っていたが、ふと思い出したように顔を上げた。

 

「でも……僕のことを怒っていないんですか?」

 

「そりゃあ少しは腹も立つが、結局すべて話してくれたじゃないか。今はそれで充分ということにしておこう。だが、これ以上ドミンゴのテストに関わることはできないな。マークⅡの的にするため開発に携わったつもりもないし、これ以上データを採ったところでティターンズのMSのためのOSが洗練されていくだけだ。そんな仕事には関われんよ」

 

「じゃあ、これからどうするんです?」

 

「私はエゥーゴへ帰る」


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