recadero de domingo(日曜日よりの使者)   作:Writehouse

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第四話「ジオン顔はいただけない」

 新型MSの原型機、すなわちプロトタイプ第1号機の建造は破竹の勢いで進行していた。その主な理由は、設計ベースを現在の地球連邦軍主力MSとなっている〈RMS-106:ハイザック〉に求めたところが大きい。

 

 アントニオに旧ジオンへの格別の思い入れがあるわけではない。本格的な戦争がしばらくなかったため兵器の刷新が停滞気味の昨今ではあったが、その中にあって新鋭機と呼ぶに値するものがそれしかなかっただけの話である。

 連邦の、いわゆる純血機種であるGMⅡに至ってはロートル中のロートルであるわけだから、もとより他に選択肢がなかったのだ。

 

 だがハイザックとて決して悪い機体ではない。すべてのMSの始祖となった〈ザク〉の直系の子孫である。ただ設計思想的に旧態依然としており、これをいわゆる〈第2世代MS〉と呼ばれるカテゴリーに引き上げる――すなわちジオン系MSのひとつの完成形を導き出すというのが、このプロジェクトの側面であるともいえた。

 

 第2世代ということは、すなわちハイザックも搭載している全天周囲コックピットとリニアシート、それに加えてムーバブルフレームといった最新の水準に規格を合わせていくということである。その上でアナハイムも開発に寄与したハイザックのデータを叩き台にし、それを超える性能の機体を現出せしめるのだ。

 ハイザックを凌ぐ機体。さしあたっては限界稼働時間の拡大、最新素材による装甲、そしてビーム兵器の複数同時運用能力などといったところである。

 

 ハイザックはジェネレーターの電力供給限界から、ビーム兵器を一度に複数使用することができない。白兵戦でビームサーベルを抜こうと思ったら、その代償にライフルは電力供給をカットされ、途端にデッドウェイトと化してしまう。

 現在開発中の機体ではその問題を克服する予定で、そのために大きな役割を果たすことになるのが、アントニオが基本設計を手がけた新型のジェネレーターだった。

 

 プロジェクト名は〈ドミンゴ〉と名付けられた。スペイン語で日曜日の意味を持つこの名称は、プロジェクトの現場統括者であるアントニオの一存で決定されたものだった。

 だがなぜこのような言葉を選んだのか、その理由はアントニオ自身にも判然としていなかった。何となくそうしてみた、気まぐれだったというわけではない。むしろ彼には「この名前にするのがいいな」と思って選んだ感覚が残っている。

 じっくり腰を落ち着けて考えれば、何か思い出せることもあるかもしれない。だが今はそうするべき時ではなかった。彼にはやるべきことが山ほどあった。

 

 プロジェクトに召集されたスタッフの大半は、ハイザック開発に携わった経験を持つ者たちだった。そこには旧ジオン系の技術者も多数含まれていた。

 旧ジオン。それはつまり、かつて宇宙移民の主権国家独立を謳った亡国の出身者たちである。かの国の野望は地球連邦が叩きつぶしてしまったわけであるから、地球出身のアントニオは何となく不安に思う部分もあったわけだが、ジャンマリーの場合と比べる間でもなく、彼らは友好的に接してくれた。

 

「ハイザックには俺たちも不満があったからね。やり残したという気持ちがあった」

 

 休憩時間には各部門のエンジニアが集まって雑談に花を咲かせた。

 

「まったく不満だったよ。なんせ〈06R〉と違うところなんて、いくらもない。そりゃあいくらか変わったが、とりたてて新機軸を盛り込んだわけでもない。やっててつまらないといえば、あれほどつまらないものもなかったな」

 

「GMの仕様替えの方がずっと退屈だったんじゃないか?」

 

「あんなのは仕事のうちに入らねえよ。まあやっててつまらねえっていう点じゃいい勝負だったけどな」

 

 集まったスタッフはよく働き、よくしゃべった。彼らに負けず劣らず話好きだと自負するアントニオではあったが、新参者の気後れか、彼らの中では聞き手にまわることが多い。それでなくても現場統括責任者としての気負いもあるし、何よりもスタッフの中にあって自分が圧倒的に若いというのも大きかった。

 

「まあ……今回のプロジェクトも広義ではマイナーチェンジみたいなものですけどね」

 

「謙遜すんなよ、主任。今回はやりがいがあるってみんな言ってるぜ」

 

「そうですか?」

 

「だってそうだろう、今回開発するのはジオン系MSの完成形みたいなもんだからな。ハイザックはガンダムタイプとの折衷みたいな、言っちまえばGMとの混血みたいになっちまったけど、今回のヤツはかなりいい感じだよ。こんな時代にザク系列のハイエンドが作れるとはね、想像もしていなかった」

 

「まあ、確かにそうかもしれないですね。いい技術だってたくさんあるのに、それがジオンの技術ってだけで鼻をつままれる風潮って、確かにありますね。開発を注文してくるのが連邦軍だから、しようがないといえばしようがないんですけど」

 

「やつらは何でもかんでも連邦の色で塗り直さなくちゃ気がすまないんだろうさ……まったくエゥーゴ様々だよ。そういうんじゃリックディアスのチームにいた連中なんて羨ましかったね。今回のドミンゴがザクの最終形なら、あっちはリックドムの第2世代型だ。やってみたかったってのが正直なところだよ」

 

 終始順調に進んでいた。

 機体の外形デザインも決まり、ザクを踏襲して右肩にシールド、左肩にスパイクアーマーを持つ機体が姿をあらわしつつあった。まだ先のことだというのに皆カラーリングは絶対にグリーンだなどと口角泡をとばし、ドナと同じ秘書課の少紅(シャオホン)は、デザイン画を見て「古い中国のサムライみたいで恰好いいわね」と言った。どこがどのように中国のサムライなのかわからなくて、みんなで笑った。

 そんな和気あいあいとしたひとときに水をさしたのは、珍しく人の輪のなかにあったジャンマリーだった。

 

「ジオン顔はまずいな」

 

 デザイン画を見ての第一声がそれだった。

 

「えっ?」

 

 予想していなかった言葉にアントニオたちが戸惑うのにも構わず、ジャンマリーは淡々と続けた。

 

「アナハイムには旧ジオン系の技術者も相当数が流入しているんだろうが、軍隊となるとこれはそうもいかん。君は、連邦軍という組織の中に、なぜティターンズという特殊部隊が編成されているか了解しているのか? なぜティターンズが地球生まれの連中だけで組織されているかをわかっているかね?」

 

「いっ、いや、その……」

 

 それはむしろ穏やかな口調だった。しかし獲物を追い詰めるようなあの青い眼で睨まれながら責め立てられては、アントニオは予期せぬ展開にしどろもどろになってしまい、反論の言葉すら見つけられない。部下である皆の前で恥をかかされているようで、何だか屈辱のようなものすら憶えてしまう。

 

「いいかね、彼らはエリート部隊などではない。ティターンズに与えられた使命は平和維持でもないし、彼らが史上最優秀の軍隊というわけでもない。彼らが帯びている任務はただひとつ――ジオンの残党狩りだ。事実、一部の旧ジオン派が過去に大規模な暴動を起こしたことがあるし、それがティターンズ結成の遠因になっていることも否定できないが、しかし、だからといって旧ジオンというだけで逮捕したり、あるいは殺害したりしていい理由はない。君は30バンチ事件を……いや、その話はいまは関係ないか。とにかくだ。エゥーゴでは今後しばらく、ガンダムMkⅡがフラッグシップ機となる。それに随伴するのがモノアイのジオン顔では都合が悪いということだ。なぜなら我々はジオン残党ではないのだからな。我々エゥーゴには、自分たちこそが正常な連邦組織だという自負がある」

 

 早口にまくしたてると、ジャンマリーはアントニオにデザイン画の挟まったクリップボードを突っ返した。

 

「デザインを変えろということですか?」

 

「そんな、いまさら!」

 

 アントニオが何とか食い下がろうとする背後で、誰かが不満を口にした。ジャンマリーは顔色ひとつ変えなかった。ただ前髪の向こうからまっすぐこちらを見据えている。

 

「時間もないだろうから、頭部だけでいい。変えてくれ」

 

 そう言うと、そのまま談話室を出ていった。

 十数人が集っていたにもかかわらず、談話室は水を打ったような静けさに包まれる。

 

「何様だよ、あいつ」

 

 誰かが沈黙を破る。

 

「軍人様ってのは、そんなに偉いもんなのかよ」

 

「本当だよな。俺たちが泊まり込みでひいひい言ってる間だって、あいつはシミュレーターで遊んだり、そんなことばっかりしていやがる」

 

「誰のおかげでモビルスーツに乗れると思ってんだよ、俺たちのおかげじゃねえか」

 

「軍隊ではどうだかしらねえけど、むこうの事情をここに持ち込んでもらっても迷惑だって話だぜ」

 

 和やかだったはずの空気は、一気に険悪な愚痴放題の場に変わりつつあった。あわててアントニオがなだめに入る。

 

「まあまあまあ……ここで文句を言っても何にもなりませんよ。こうなったら、ロラン氏が文句の言えなくなるような、最高のMSを完成させることに力を注ぎましょう。技術者らしく、技術者の本分でもって意地を見せつけてやるということです」

 

「デザインの変更はどうするんだよ、まさかGMの頭でも載っけろっていうのか?」

 

「その問題はいったん私の方に預けてもらいましょう。さあ、仕事、仕事!」

 

 ぼやきながらもスタッフたちが三々五々散っていくのを見届けると、アントニオも談話室を出た。

 そして通路の先を悠然と歩くジャンマリーを走って追いかけた。

 

「ロランさん!」

 

 アントニオの剣幕にジャンマリーが振り向いた。前髪の向こうから怪訝そうな目つきでこちらを見ている。

 

「なんだね、課長」

 

「さっきの話のことで……その外装デザインの話です」

 

「ああ、それが何か?」

 

「いえ……ジオン系のデザインではなぜいけないのかと思いまして」

 

 ジャンマリーがふんと鼻を鳴らした。それがやけに癇に障った。

 

「それならさっき説明したはずだ。とにかくモノアイはやめてくれ」

 

「納得いきませんよ」

 

 再び歩き出そうとするジャンマリーを遮るように、アントニオはくるりと回り込み、彼の眼前に立った。

 

「まったく納得いきませんね」

 

「それならもう一度説明しよう。旧ジオンの体質を色濃く引き継いだのは、我々よりもむしろ地球連邦の方で……」

 

「そうじゃない、どうしてあんたはそういう態度なんだ!? 反地球連邦だなんだって言ってるくせに、まるでティターンズみたいに高圧的な態度じゃないか! ここは会社なんだ! そりゃああんたらみたいに命のやり取りをしているわけじゃあないが、俺たちにとっちゃここが戦場みたいなもんだ! みんな真剣にやってるんだ、それをさもわかったような顔で……そのくせあんたは何もわかっちゃいない、あのデザインに込めたみんなの気持ちだって……」

 

 アントニオの中で今まで押さえつけられていたものが一息に吹きだしてくるようだった。言っても言ってもへそのあたりに際限ない怒りがこみ上げてきた。だがアントニオが口を閉じる前にジャンマリーの手がさっと伸び、まるで聞く耳をもたないというようにアントニオの胸ぐらをがっしと掴み上げた。想像していたよりずっと強い力だった。ジャンマリーの背がもう少し高かったなら、彼の足は床から離れていたかもしれなかった。

 

 ジャンマリーはすさまじい形相でアントニオを睨み付けていた。だが不意に冷静さを取り戻し、その手を離した。そこには不完全燃焼を思わせるくすぶりが見てとれた。猟犬という印象は間違っていないとアントニオは思った。ひどく訓練のいきとどいた猟犬は、本能にまかせて突っ走ることができないでいるのだ。

 

「……すいません。言葉がすぎました」

 

 背広の襟をなおしながらアントニオがそう言うと、ジャンマリーはうつむいたまま「いや」と言った。

 そして思い切ったように口を開いた。

 

「私だって旧ジオンの人間なんだ」

 

 アントニオは耳を疑った。だが、冷静に考えれば何も不思議な話ではなかった。ジオン公国というひとつの体制が崩壊したからといって、その国民だった者すべてが消えてなくなるわけではない。

 アナハイムにだって沢山の旧ジオン技術者が採用されているし、そうであればエゥーゴに旧ジオンの軍人たちがいたって、ひとつもおかしなことはない。

 ただ、それなら。

 

「それなら、どうしてドミンゴのデザインに不満があるんです?うちのスタッフにも旧ジオンは大勢いますけど、むしろ好意的にデザインを受け止めていますよ。ハイザックなんかよりもよほどザクらしいってね」

 

「正直、私だってそう思っているよ。だが、個人的な好き嫌いでそういうことは決められない。さっきも説明したようにジオン的なものはあまり歓迎できない」

 

「ティターンズのジオン狩り――ですか?」

 

「そうだ。我々の同志クワトロ・バジーナ大尉はリック・ディアスをドムの再来などと評し、名前まで踏襲した上に、自らの機体をかつての〈赤い彗星〉のように真っ赤に染め上げてはいるがね、そういうことは意図しないプロパガンダととられかねない危険をはらんでいる」

 

「エゥーゴがすなわちジオンの残党組織だと思われるということですか?」

 

「そういう可能性があるということだ。確かに、私のように旧ジオン出身の人間だってエゥーゴには少なくない。だが今はみな新しい理想のために戦っているんだ。これ以上ジオン的なものを身にまとうわけにはいかん。そうこうしているうちに、自分たちがどれだけ違うといったところでジオンの残党というレッテルを貼られ、ティターンズが自らを正当化する口実をあたえてしまう」

 

「まあ、クライアントがそういう意向であれば、我々は従うしかないわけですけれど……でも本当にティターンズってのはジオン狩りなんてことをするんでしょうか? そんなの人種差別以外の何ものでもない。ちょっと僕には信じられませんね。何だか、まるで現実味がわかない」

 

「やつらはそういうことを平気でやるんだよ。しかも自分たちが何をやっているのかも理解せずにやっているし、それにもうやってしまってもいる――君はこんな言いまわしを聞いたことはないか? 有史以来、世界に戦火の絶えたためしはない」

 

「わかりますよ。わかりますけど、それが何だっていうんです?」

 

 アントニオが怪訝そうな顔でそう返すと、ジャンマリーがまるで説得をこころみるように彼の両肩をがっしと掴んだ。とても強い力だった。

 

「本当にわかっているのか!? 君がグラナダで平和に暮らしている今この瞬間にだって、誰かがどこかで戦っている、どこかが戦場になっているんだ。たとえばそれは、君が思っているよりもずっと近くで起こっている出来事かもしれない――君にはその意味が本当にわかっているのか!?」


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