recadero de domingo(日曜日よりの使者) 作:Writehouse
ドミンゴの原型機、すなわち試作1号機が完成した日、アナハイム・エレクトロニクスで〈Z計画〉がスタートした。エゥーゴに参加した若き青年士官によって生み出されたアイデアをもとにした、きたるべき決戦に向けた新型MSを建造するプロジェクトだという。アントニオも詳しい話を聞いたわけではなかったが、それは〈第3世代MS〉と呼ばれる新しいカテゴリーに属するものになるとのことだった。
そして、ドミンゴに関わっていたスタッフは、Z計画のためにごっそりと引き抜かれていった。
アントニオとて抗議しなかったわけではない。だが、しょせんは無駄なことだった。
「戦争の波がすぐそこまで来ているんだよ、カナーレス君」
マクローリン設計局長はそう言った。
「出資者でもある我々アナハイム・エレクトロニクスとしては、そう簡単にエゥーゴを負けさせるわけにはいかないのだ。だからといって彼らに勝たれてしまっても困るわけなんだが……それはまあいい。私が言いたいのは、ドミンゴのような汎用機も重要だが、より高性能な機体も必要とされているということだ。たとえば新聞の一面を飾るような、スペシャルと呼ぶに値するフラッグシップ機だよ。エゥーゴがそういうものが欲しいと言ってきているんだ、袖にはできん。幸い、君のところのプロジェクトは大詰めで、ほとんど終了したも同然なんだろう? あとは予定どおりテストをこなしながら、別ラインで増加試作機(事実上の第一次量産機)が建造されるのを待ちたまえ」
一気に暇になった。
脱力感に肩を落としながら談話室に行ってみると、わずかな人数に減少してしまったスタッフとドナ、それにジャンマリーの姿があった。
「カナーレス課長、遅かったじゃないですか」
プライベートではファーストネームで呼ばれる権利を手に入れていたアントニオだったが、職場だとそういうわけにはいかない。彼は作り笑いを浮かべながらドナのほうへ向きなおった。
「ガルシア君か。どうした、何かあったかな?」
「何かって……このありさまは一体どうしちゃったんです? スタッフも五分の一に減ってしまって……」
胸の前で両手を合わせて、まるでお祈りでもするようにアントニオに迫る。
「これからテスト期間に入るわけだからね、機体をバックアップするだけの人数がいれば大丈夫だから……他にも進行中のプロジェクトが山ほどあるわけだし、手の空いている者を遊ばせておく余裕なんかないってことだよ。今日はいよいよドミンゴのエンジンに火が入るんだ、僕たちだってこんなところで油を売ってなんかいられないぞ」
もはや20人ほどになってしまったスタッフがざわざわと揺らめいた。やがてその中からひとり、またひとりと思うところを口にしはじめる。
「もしかして、Z計画ってやつのせいですか」
「ガンダムを作る計画だっていうのは本当なんですか!?」
思わずアントニオは顔を上げた。
「ガンダムだって?」
「新型のガンダムを作るんだってもっぱらの噂ですよ。変形機構を備えた、第3世代のガンダム」
自然、皆の視線がジャンマリーに集まった。それまで部屋の隅で壁に身を預け、黙って話を聞いていた彼は、自分が注目を浴びているのに気づくとばつが悪そうに組んでいた足をほどいた。
「いや、私も聞いてはいたが」
言葉を探すように足元を見つめながらそう言った。
「話には聞いていたが……こんなに早く動き出すとは、正直私も意外に思っているところだ。アナハイムでやっているんだから、いずれ皆も知るところとなるんだろうが、噂のとおりZ計画とは新型ガンダムを作るプロジェクトだ。その……ニュータイプという触れ込みでエゥーゴに参加した青年士官がいるんだが、彼が搭乗したガンダムMkⅡの稼働データなどをもとにして、エゥーゴの象徴たるMSを作ろうということになったんだそうだ。しかし……こんなに急ピッチで製作に入るということは、まさか降下作戦に間に合わせようという腹づもりなのか、いやさすがにそれは……」
「降下作戦!?」
周囲の皆がいっせいに色めきたった。
「ああ、いや……その……エゥーゴでも色々と作戦を考えているということだ。だからカナーレス課長の言うとおり、我々もドミンゴのテストを進めて、一日でも早く正規の量産ラインに乗せねばならない。こうしている間にも戦局は刻一刻と変化しているだろうからな」
ジャンマリーが戦局という言葉を使ったのを聞いて、アントニオは自分がひどく動揺するのを感じた。
ここに集っている人々、それらが手がけた仕事の成果は、否応もなく戦場へとつながっている。そういう〈現実〉が急速に説得力を増したように思われた。鳥肌がたった。
皆が落胆しているのも感じられた。
同じ社内で新型のガンダムを作るというプロジェクトが進行している。そして一緒に仕事をしていた仲間たちがそこに引き抜かれていったということは、では我々はプロジェクト・ドミンゴのために選抜されたメンバーなのではなく、むしろ取り残されたメンバーなのではないか……?
物がガンダムであるというのなら、ドミンゴがザク系の完成形になるだろうとか、リックディアスがドムのアップデイトであるとか、もはやそういう次元の話ではなくなってくる。それはその時代のMSをひと括りにした上での、究極のMSを設計するということに他ならないのだ。
旧ジオンの出身だろうが、そうでなかろうが、そんな話を聞いて嫉妬を抱かない方がどうかしている。そしてここにいるスタッフはZ計画の始動にあたって、お呼びのかからなかった連中なのだ……。
「何言ってるのよ!」
水を打ったような沈黙の中、水面を蹴散らすようにドナが大きな声で言った。
「ガンダムがスペシャルな機体の代名詞だなんてことは、そりゃあ知ってるけれど、しょせんワンメイクの実験機じゃない。お金ばっかり湯水のように使いこんで、いざ量産してみたらGMⅡみたいにスペックダウンしちゃってたなんてのがオチってものだわ――よく考えてみてよ、ガンダムみたいに高くつくおもちゃより、あたしたちのドミンゴの方がずっと会社に貢献できるはずだって思わない? 高性能で、値段もハイザックよりちょっと高いくらい。いくらガンダムだって言ったって、たった1機の高級実験機じゃそもそもベストセラーになりようがないわよ」
予想外にドナが演説をぶちあげたので皆面食らったが、黙って聞いているうちに顔をほころばすもの、頬に赤味の差す者があらわれはじめた。やがて口々に励まし合う。
「まあ……そりゃそうだよな、俺たちゃザクのハイエンドを作ってんだもんな」
「まったくだ、大量生産機のどこが悪いって話だよ」
「ああ、どれだけ高性能のガンダムだって、ドミンゴ10機とは渡りあえねえよな。これこそ量産機の強みってもんだぜ」
「ケチくさいこと言うなよ、1対1だって負けやしねえさ。量産機と違って実験機ってのは、とかく信頼性が低いと相場が決まってる」
沈みゆく船と運命をともにするような顔だちだった皆が、どんどんと活気づいていった。ドナの豪放磊落っぷりに唖然となっていたアントニオも、口許に笑みがこみあげてくるのを止められない。
「よおし! ドミンゴのテストを開始するぞ、目にもの見せてやろうじゃないか!」
声を張り上げて、アントニオは号令を発した。