recadero de domingo(日曜日よりの使者)   作:Writehouse

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第七話「火の玉」

 格納庫のハンガーにおさまったドミンゴ試作1号機は、すでにエンジンやジェネレーターを始動させ、主がやってくるのを待ち受けていた。アナハイムのロゴが入ったパイロットスーツに着替えたジャンマリーが、感慨深そうにその威容を見上げている。

 

「緑色じゃないんだな」

 

 まるでからかうようにそんなことを言った。アントニオは少々むっとしたが、もしかすると今のは彼なりの冗談だったのかもしれないとも思った。真意を確かめるように彼の方を振り向けば、ジャンマリーはすでにヘルメットを被り、バイザーを下ろしたところだった。

 第1回目の試験メニューを記したクリップボードを渡すと、ジャンマリーはそのまま真っ直ぐ歩を進め、クレーンのステップに足をかけるや一気にコックピットの高さまで運ばれていった。

 エアロック解放の警報ブザーが鳴り響き、黄色と黒の警戒帯を巻いた作業用エレカに乗ったスタッフがアントニオを拾っていった。エレカの後部座席からうかがうと、ガンダムタイプの顔に改装されたドミンゴの双眼に光が灯ったところだった。スタッフたちが歓声を上げるのが聞こえる。

 

 ジャンマリーが言ったとおり、結局ドミンゴのボディが緑色に塗られることはなかった。モノアイがジオンMSの最たる特徴であるように、緑色がザクを連想させる色であったからだ。結局、塗装は宇宙空間での迷彩効果を期待したといわれるリックディアスの紺色に準じ、非常時における視認性確保のため部分的に赤で塗り分けられた。

 しかしついこの間、第二次量産以降のリックディアスすべてが赤色に塗られることになったと聞いた。迷彩も政治的な配慮もあったものではないとアントニオは思った。軍人というものが何を配慮して物事を決定しているのか、こうなってはアントニオには皆目見当がつけられないのだった。

 

 頭部デザインもいわゆるジオン顔から一新された。ジオンを連想させるものが好ましくないというジャンマリーの苦言を受け、スタッフたちが悪のりの果てにガンダムタイプに似せてこしらえた代物である。

 今やその〈顔だけガンダム〉の機体がグラナダ上空、アナハイムテスト宙域を縦横無尽に駆けめぐっていた。第1回目の試験メニューは基本運動性能と加速性能のチェックである。

 管制室から様子を眺めていたアントニオは、ドミンゴの完成度が上々であることを確信しつつあった。加速性はまったく申し分のないものだった。月が発散する重力などものともしないように上昇したドミンゴは、試算されていた数字を上回る加速度で目標高度まで到達してみせるのだった。

 

「今のところ機体に異常はありませんか? では次はこのコースで……いまデータを送信します。よろしいですか? ではこのコースを飛行して下さい。設定速度は……」

 

 人員不足のせいでオペレータをやる羽目になったドナが、インカムに向かって次々と指示を発していった。それに応えるようにジャンマリーの駆るドミンゴが、ほとんどすべてのメニューにおいて試算を上回る数値を叩き出してくる。

 

 最後のメニューの様子を見届けて、前屈みになっていたアントニオはようやく安堵のため息とともに、椅子の背もたれに身を預けるに至った。

 何も問題はなかった。まだまだテストしなくてはならない項目は多岐にわたるが、この幸先のよさを見た現在では、問題が起ころうことなど夢にも想像したくはなかった。

 

「ありがとう。みんな、この短期間によくやってくれた」

 

 立ち上がるとアントニオは皆の方に向き直って心からの謝辞を述べた。皆も満足そうに微笑みをよこし、今となってはそう多くないスタッフの一人々々とアントニオは握手を交わしてまわった。

 それを済ませると、今度はアントニオ自身がインカムを装着し、通信回線を開いた。

 

「こちらカナーレス。ジャンマリー・ロラン、聞こえますか?」

 

『通信はクリアだ』

 

 あいかわらずぶっきらぼうな調子でジャンマリーが返してくる。

 

「本日のテストはこれで終了です。帰投してください」

 

『終了だと? 私もマシンも、まだまだやれそうだが?』

 

「民間の規定により、長時間におよぶMS連続搭乗は禁じられていますから、仕方がないんですよ。それに機体の点検や整備の時間も必要になってきますからね」

 

『なるほど了解した。これより帰投する』

 

 インカムを放り出すと、アントニオは大きく伸びをした。ここまでの流れが平坦なものばかりではなかったにせよ、それでも彼らの築いた船は出港を果たしたのだった。

 この後どんな航海が待ち受けているのかは神ならぬ身には予想もつかぬことではあったが、それでも彼らの目に海は、今では穏やかさをたたえたものとして映っていた。

 

「ドミンゴの出来映えは、ひとまず上々と言ってかまわないだろう。無事、期日通りにテストに入ることができたのも、皆ががんばってくれたおかげだ。しばらく家に帰っていなかった者も今日からは自分のベッドで寝られるぞ。しかし時間もまだ早いし、寝る前にちょっとした祝賀会を開いても罰はあたらないと私は思うのだけれど、皆はどうかな? 勤務明けに私のおごりでビールを飲むくらい、ささやかなものだろう?」

 

 皆の間からいっせいに歓声があがり、文字通り飛び跳ねて喜ぶ者も中には何人かあった。その輪に加わりながら相好を崩していると、不意に背後から張りつめた声が飛んだ。

 

「カナーレス課長!」

 

 声を発したのはドナだった。せっかくの祝賀ムードに水を差されてアントニオは怪訝そうな顔をしたが、すぐにオペレータ席まで行って、彼女が表情をこわばらせる理由を確かめた。

 彼女が指さすディスプレイを見て、アントニオは我が目を疑った。

 そこには移動を続けるドミンゴが発するビーコン信号の光点があった。つまりドミンゴがグラナダ上空のどの座標に存在しているのか、その現在地を表示するディスプレイである。

 その中で移動を続けるドミンゴはこちらに向かってきてはいなかった。それどころか正反対を向いて、まるで月重力圏を脱出しようとでもするかのように上昇につぐ上昇を繰り返していたのである。ドミンゴの移動速度を示すカウンターの数字がどんどん高まっていくのを見て、やっとのことでアントニオは事態を把握した。

 

「一体何をしようっていうんだ!」

 

 忌々しげに言うと、いま一度インカムを取り上げ、耳に当てた。

 

「ジャンマリー・ロラン! 一体何のつもりです!? いますぐ帰投して下さい!!」

 

 返信を待った。途端にガリガリと耳障りなノイズが耳に飛び込んできた。その向こうに微かにジャンマリーの声が聞こえる。

 

『…………あそこを……っている、あれは私の……すぐ……』

 

「なんだこれは……ミノフスキー粒子が干渉しているだと?」

 

「課長、ミノフスキー粒子濃度が上昇しています……准尉の身に何か異常があったのでは?」

 

 アントニオの言葉に答えるように叫んだドナが、緊張した面持ちで通信ディスプレイを示していた。画面の隅ではミノフスキー濃度を示す数値が踊り、通信困難を示す警告メッセージが表示されている。

 明らかに異常事態だった。こちらではあずかりしれないが、ジャンマリーは間違いなく何らかの異常に見舞われたのだ。途切れ途切れに聞こえた彼の声は、普段とは違ってずいぶん興奮した口調だった。

 しかしなぜこんな場所で、それも先程までは平常値の範囲内だったミノフスキー濃度が急速に上昇したのか。

 

「おい、あれのせいなんじゃねえか!?」

 

 スタッフのひとりが不意に声を上げた。みれば管制室の隅にもうけられたガラス窓に数人がひしめきあい、何事が騒いでいる。何に色めき立っているのか合点のいかないまま、ひょいと首を伸ばして窓の向こうを覗き見ると、はるか遠く、地球をかすめるあたりに明滅する光点が見えた。

 

「すげえ……あれって艦隊戦なのかな!?」

 

「そうなんじゃねえか? おっ……また光った」

 

「見えねえなあ。どっちがどっちなんだろうなあ」

 

「いいじゃねえか。どのみちニュースでやるだろ、これ」

 

 スタッフたちのそんな言葉を聞いて、アントニオはあれが戦闘の光であることを理解した。それは長いことスペインで暮らしてきた彼が初めて目にする光だった。あそこで……月のすぐ向こう、おそらくは地球の衛星軌道上と思しき場所で、艦隊による戦闘が行われているのである。スタッフは遠くてよく見えないなどとぼやいているが、アントニオはこれでも近すぎるくらいだと思った。

 

「まさか、ジャンマリー・ロランはあそこに向かっているというのか……?」

 

 再びインカムを耳に押しあてると、アントニオは声を限りに張り上げた。

 

「ジャンマリー・ロラン、帰投せよ! その機体に武装は施されていない、帰投して下さい!!」

 

 何度かそんなことを繰り返したが、聞こえてくるのはほとんどがノイズだった。かすかにジャンマリーのものらしき音声の破片が浮き上がってきたが、何万光年の隔たりがあるがごとく、まったく聞き取ることができない。

 そうこうしている間にもビーコンの光がディスプレイ上を移動していた。このままでは本当に月を飛び出してしまいかねない勢いである。

 

「ガルシア君、緊急停止だ! こちらからでもある程度の操作はできるはずだな!? 急いでやってくれ!!」

 

「でも、このミノフスキー濃度では……」

 

「いいからやるんだ!!」

 

 アントニオの剣幕に押されて、弾かれるようにドナはキーボードを叩き始めた。ディスプレイにメニューがあらわれ、次々と画面が入れ替わっていく。

 

「駄目です……やっぱりこの濃度ではこちらの信号は届きません」

 

「通信だってまだ完全に途切れちゃいない、信号が届くまでやるんだ!!」

 

 そうは言っても、通信などほとんど途切れたも同然の状態であった。だからといってアントニオには他に何か具体的な手だても浮かびそうにない。

 再びドナがディスプレイに視線を落とし作業を続けた。彼女の背後からビーコンの移動を見守っていたアントニオは、息をつぐのも忘れたほどだった。ほどなく画面に「送信成功」のメッセージがあらわれ、彼の目にビーコンの移動が急速に衰えていくのが確認できるようになった。

 

「成功したみたい……です」

 

「ありがとう、よくやってくれた」

 

「こちらの信号を受信して、機体の稼働は完全に停止しました……しかしまだ慣性がはたらいています。マニュアルで制動をかけはしましたが、機体は微速移動を続けています」

 

 汗ばんだ手をハンカチで拭いながら、ドナがビーコンを指さした。

 

「回収のMSを出してもらうしかないか……こんなこと、できれば上には知られたくないがね」

 

 そう答えて内線電話の方に移動したアントニオの耳に、再び窓際から上がった歓声が聞こえてきた。

 

「見たかよ、今のでかい火の玉! ありゃあ戦艦が沈んだ光に違いないぜ!」


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